呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

椿蛍

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14 妨害と脅し

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「すぐにお取替えしますね」

 落ちたフォークを拾い上げ、優しく微笑んだのはドルトルージェの侍女だった。
 
「結構ですわ。シルヴィエ様が召し上がるものは、こちらで準備しております。そのような田舎料理を口になさる方ではございません!」

 とても美味しそうなケーキと香りの良いお茶が、私の前から遠ざけられる。

「早くお部屋へ戻りましょう。日に焼けてしまいますわ」

 帝国の侍女たちは、私を怖い顔でにらんだ。
 彼女たちの手に、私を殺すための毒薬がある。
 いつでも私を自害に見せかけて、殺せるぞという脅し。
 
 ――私を殺すための猛毒をお父様はどこからか入手し、そして、それを私に使うことを決断したのですね。

 好かれていないとは思っていたけれど、死を望まれるのはやっぱり堪える。
 でも、死にたくはない。

「わかりました……。お茶会を途中で退席してしまい、申し訳ありません。お誘いしていただき、本当に嬉しかったです」

 アレシュ様と話すのも忘れ、私は心からお茶会を楽しんでしまった。
 
 ――私はなんて愚かだったのでしょう。

 冷静になってみれば、お茶会よりアレシュ様に、二人で話すよう交渉するべきだったのに。
 手袋越しでもわかる温かい手と笑顔。
 華やかなお茶会のテーブル、細やかな気遣い。
 私にとって、幸せと思えることばかりだった。
 椅子から立ち上がり、国王陛下ご一家にお辞儀をし、侍女たちのほうへ向かう。

「シルヴィエ皇女」

 背中を向けた私に、アレシュ様が声をかけた。

「戻られる前に、花を贈らせてください」

 振り返り、私が目にしたのは薔薇の花。
 もちろん、庭師にトゲを処理させた後の薔薇の花だったというのに、侍女たちは半狂乱になって、それを拒んだ。

「なりませんっ! 薔薇なんてとんでもない!」
「指にトゲを刺して、血でも出たらどうします!」

 私が呪われた身であることを隠すため、侍女たちは必死だ。
 呪われた私の血は危険とされている。
 
 ――でも、お兄様は無事だったのですけどね。

 呪いの発動には、一定の条件があるのではないかと思う。
 少なくとも、私を物理的に殺そうとした人間は、全員呪われていることだけは確かだった。
 だから、お父様は毒殺を選んだ……

「シルヴィエ様に薔薇の花を近づけないでくださいっ!」

 侍女たちは必死に薔薇の花から、私を遠ざけた。
 薔薇の花を渡そうとしただけのアレシュ様は、なにがなんだかわからないという顔をしていた。
 私を探していた帝国の兵士たちが、騒ぐ声に気づき、荒い足音ををさせてやってくる。

「アレシュ王子! 先ほどのように鳥をけしかけて、我々を追いやるというのなら、ドルトルージェ王国側から、帝国への攻撃とみなしますぞ!」

 兵士たちの言葉に答えたのは、アレシュ様ではなく、国王陛下だった。

「薔薇の花を渡すだけで戦争とは、帝国が考えることはよくわからんな」 

 いつの間にか、寝そべっていた茶色の犬が起き上がり、国王陛下の隣に侍り、唸り声を上げながら鋭い牙を見せた。
 犬の低い唸り声に、兵士たちが怯んだのを見て、国王陛下は笑った。

「ああ、安心したまえ。とても賢い犬だ。敵にしか噛みつかない」

 さすがに国王陛下が相手では、兵士と侍女は失礼なことを言えず、『帝国では』『帝国が』と、騒がなくなった。

「シルヴィエ様は病弱でいらっしゃいますから、必要以上にお体を気遣ってしまうのです。なにかあれば、私たちの首が飛びます」
「ドルトルージェ国王陛下。私たちの立場をご理解いただけますよう」

 侍女はうまく言って、私の呪いを隠す。

「さっ! シルヴィエ様。お部屋へ戻りましょう!」

 アレシュ様は、侍女と共に去っていく私を追いかけようとした。
 けれど、それを国王陛下が止めた。
 
「アレシュ。結婚式が終わるまで待て」
「父上……」

 私とアレシュ様が、話すことができたのは、ほんの一瞬の時間だった。
 部屋までの道を歩く。

「シルヴィエ様。使命をお忘れですか?」 

 侍女の声が氷のように冷たく、私を蔑んだ目で見る。

「あのようなお茶会で喜ばれるなんて、お可哀想な皇女」
「ご一家だけのお茶会だなんてあり得ません。帝国の皇女を招待するなら、大規模なお茶会にするべきです」

 お茶会の内容にまで、口を出さなかったことを考えると、内容はとても素晴らしいものだったことがわかる。

「とても素敵なお茶会でした。私を毒薬で脅し、怯えさせたと思っていらっしゃるようですが、それは違います」

 私の言葉に侍女たちの足が止まる。

「明るくお優しいご家族に、迷惑をかけたくなかったからです。あなたがたの態度は侍女として、相応しくありません」

 侍女たちを敵に回すつもりはなかったけれど、こうなったからには仕方ない。
 暖かいはずのドルトルージェ王国に、冷たい空気が漂う。

「シルヴィエ様。結婚式まであと少しでございます。敵国との婚姻を嫌がって、皇女が命を絶ってもおかしくありません」
「それは、脅しでしょうか?」
「いいえ。たとえ話です」

 侍女たちは強気な態度を崩さない。

 ――誰かに細かく指示されている。

 この計画の発案者はお父様かもしれないけど、中身は違う。
 お父様は細部まで、命じるような細やかな性格をしていない。
 後は任せたと言って、大臣や周囲の人間に丸投げするタイプである。
 
 ――お父様の計画なら、隙があるはずでしたのに……。

 だからこそ、アレシュ様と二人で話す時間を作れると思っていたのだ。
 
「皇帝陛下の名を借りて、誰がこの計画を主導しているのですか?」

 ここで初めて、私はその名を尋ねた。

「帝国の尊き身、次期後継者でいらっしゃるラドヴァン様です」
「お兄様が……」

 この暗殺計画を主導するのは、お父様ではなくお兄様。
 帝国の汚点である私を始末し、敵国の力を削ぎ、次期皇帝として即位するため、着々と準備を進めている――というところでしょうか。

「シルヴィエ様。お喜びください」 
「喜ぶ?」
「皇帝陛下の代理として、ラドヴァン様が結婚式にご出席されます。計画がうまくいくよう手助けしてくださいます」
 
 お兄様が結婚式に参列する――ということは、今よりずっと厳しい監視の下に置かれる。

「シルヴィエ様。結婚式が楽しみですわね」

 私は返事ができなかった。
 兵士と侍女に囲まれ、身動きできないまま――結婚式の日がすぐそこまで迫ってきていた。
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