呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

椿蛍

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13 帝国の策略

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 結婚式まで、私とアレシュ様は別々の部屋で過ごすことになった。
 これも、帝国側からの要望らしい。
 
 ――二人きりになった時を狙った暗殺。初夜にアレシュ様が私に触れ、呪いを受けて死ぬ。

 命じられた者たちは、そんな計画を聞いているはず。
 二人きりなら、なにがあったかわからない。
 そして、初夜なら朝まで誰もこないから、私を自害させる時間もある。

 ――完璧な計画。この計画を立てたのは、きっとお兄様ですね。

 他国での生活が始まっても、私はずっと籠の鳥。
 部屋に閉じ込められたままで、監視の目はさらに厳しいものになった。
 そして、困ったことに、侍女たちは不満を口にし、失礼な態度ばかり繰り返している。

「この部屋の色が気に入らないわ。もっと重厚感のある色にして!」
「安っぽい花ね。花を捨ててちょうだい」
「部屋の色は緑色で安らげる色だと思いますよ。花は毎日、新しい花を飾ってくださっていますし、とても親切ですね」

 ひとつひとつに、私が反論すると、侍女たちは冷ややかな目で私を見る。
 その態度は悪く、私を皇女として扱っていない。

「皇宮の奥にしか、住んでいらっしゃらなかったから、最新の流行をご存知でないのですね」
「野花のような花に満足されるなんて、お可哀想に」

 私を見下した態度は、ずっと続いている。
 彼女たちは私の味方ではなく、皇帝陛下とお兄様の味方なのだ。
 
「ラドヴァン様は、第二王子のシュテファン様も可能であれば、始末するようおっしゃられていました」
「お兄様がそんな恐ろしいことを命じたのですか?」

 第二王子のシュテファン様はまだ十歳だという。
 出迎えてくれたシュテファン様は、とても可愛らしく、アレシュ様に似ていた。

「恐ろしい? 帝国のためですわ」
「計画の実行は本当に必要なのでしょうか? 帝国に対し、とても友好的な態度でいてくれてますよ。これは仲良くなるチャンス……」

 侍女たちから冷たい空気を感じた。

 ――帝国に忠実な侍女を選んだだけあって、敵国を受け入れられないようですね。 

 でも、敵国と言っても、一方的に帝国が攻め、毎回負けているというだけで、向こうから侵攻してきたわけではないのだ。
 歴史書を読んだ時、それに気づいた。
 帝国が戦争に勝ったことのない国で、邪魔だから敵国と呼んでいるだけにすぎない。
 邪魔な理由は、ドルトルージェ王国が壁になり、ここより南にレグヴラーナ帝国が侵攻できないからである。

「シルヴィエ様。仲良くなるために結婚したのではありませんわ」
「皇帝陛下の命令に逆らうのであれば、この毒を飲んでいただきます」
「毒……?」

 侍女が手にしているのは、毒薬が入った小瓶だった。

「シルヴィエ様の自害用に皇帝陛下からいただきました」
「そういうことですか。私が自害しなかった時のことを考えて、あなたがたに私を殺す毒薬を持たせたのですね」
「ラドヴァン様はシルヴィエ様を帝国へ戻すおつもりですから、逆らった場合使えと仰せつかっております」

 死にたくないのであれば、帝国に逆らうなということ――私の味方は一人としていないと知った。
 侍女たちはいつでも食事に混ぜるなりして、私を殺せる。
 お父様の狙いもそこになる。
 私が毒で死んだとなれば、ドルトルージェ王国に攻め込む理由を作れる。
 邪魔な私の使い道を見つけたと、喜ぶお父様の顔が思い浮かんだ。

 ――この結婚。帝国側にとって不利益なものではない……。だから、お父様は私の結婚を受けたのですね。

 逆にドルトルージェ王国は、国を蝕もうとしている毒を受け入れたことになる。
 帝国側の策略にじわじわと追い詰められているとは、誰もまだ知らない。
 
 ――早くアレシュ様にお伝えしなくては!

 せめて、窓から出られるのであれば――視線を走らせた。
 庭へ通じる窓、部屋の前に護衛と称した監視の兵士がいて、私のそばには侍女がいる。
 手袋をはめた手、室内であってもヴェールに覆われた顔。
 幽閉生活の時より、自由はなくなっていた。
 
「窓を開けましょうか」
「暑いわね」

 侍女たちは羊毛で作られた生地のドレスを着ている。
 長袖で、腕を隠し、首までぴっちりしているものだ。

「ドルトルージェ王国は南方にあるから、帝国のドレスでは合わないのですよ。こちらの布を使って、仕立てたらどうでしょう?」
「シルヴィエ様。帝国を離れても、帝国を忘れてはなりません!」
「そうです。ドレスは帝国のものが一番です!」

 動かない私はいいけれど、侍女たちは忙しなく動いている。
 ここにドルトルージェ王国の人間を入れないとなると、なんでも自分たちでやらなくてはいけなくなるからだ。
 窓が開き、涼しい風が入ってきた。

 ――これはチャンス! もしかしたら、外へ出られるかもしれません!

 さりげなく、窓のそばへ行く。

「シルヴィエ様?」
「どうかなさいましたか?」

 兵士たちは近づいた私に気づく。
 返事をせず、私は窓の外へ出ようとした――その時。 

「窓を閉めろ!」

 兵士の怒鳴り声が室内に響く。

 ――私が逃げようとしたことが、わかってしまった!?

 そう思ったけど、違っていた。
 窓から部屋へ飛び込んだ鳥。
 それは矢のように、閉まりかけた窓の隙間をすり抜け、目の前に突風を起こす。
 一瞬にして、その場を混乱させた。

「きゃあああ! 鳥よっ!」
「鳥が暴れまわっているわよ!」
「だ、だから、嫌なのよっ! こんな田舎っ!」

 侍女たちは鳥の名を知らないのか、私は冷静に教えて差し上げた。

「鷹ですよ」

 残念なことに、混乱して誰も聞いてなかった。 
 鷹は私の目の前を通りすぎ、侍女と兵士に鋭い爪を向け、押さえつける。
 悲鳴をあげて、逃げ惑う人たちを嘲笑うかのように、人と人の隙間を軽やかにすり抜けた。

「く、くそ! この鳥めっ!」

 兵士たちも鳥の名を知らないようで、繰り返し言った。

「鷹という種類の鳥ですよ」

 でも、追い払うのに必死で返事はない。
 この中で、唯一冷静なのは私だけのようだった。
 兵士たちは、さすがに抜き身の剣を振り回すわけにいかないと思ったのか、剣の鞘を使って、鷹を部屋の外へ追いやろうと四苦八苦していた。

「くっ……! 帝国に帰りたい。部屋に入り込んだ鳥を追い払うなど、農夫のやることだ!」

 侍女たちは頭を抱えて座り込み、悲鳴をあげていた。
 そんな大混乱の最中、悠然とした態度で現れた人がいた。

「騒がしいな」

 こちらの騒ぎを聞きつけたのか、部屋へ入ってきたのは、アレシュ様だった。
 突然現れたアレシュ様に驚き、兵士たちは身構える。
 アレシュ様が口笛を吹くと、鷹は兵士の背後を取り、鋭い爪を立てた。

「ぎゃっー! 鷹がぁっ!」
「俺たちはお前の獲物じゃないぞ!」

 襲ってくる鷹に、兵士たちはどうしていいかわからず、背中をとられないよう走り続けるしかなかった。
 その様子を眺め、アレシュ様は笑い、私へ近づく。

「やっと会えた」

 アレシュ様は紳士的に、私の手を取る。
 その手になぜか、懐かしさのようなものを覚えた。
 初めて会ったはずのアレシュ王子。
 金髪に緑の瞳、明るい太陽のような空気を持つ男性で、服装は緑のフロックコートにクリーム色のシャツ、銀糸で細部羽まで刺繍された衣装は見事で、帝国では目にすることがないものだった。
 美しい姿に、文句ばかりだった侍女たちも沈黙した。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。出迎えていただいたと聞き、お礼を申し上げなければと思っていたところです」

 ヴェール越しで表情が見えにくいけれど、アレシュ様が笑ったのがわかった。

「どうしているかと思っていたが、元気そうで安心した。シルヴィエ皇女。あなたをお茶会へ招待しても構いませんか?」

 かしこまった様子で、アレシュ様は私をお茶会へ誘ってくださった。

「まあ! お茶会! 私、お茶会に招待されるのは初めてです!」

 思わず口から飛び出した私の言葉に、侍女たちは慌てて言い訳をする。

「シルヴィエ様はお体が弱かったので、お茶会に出席されたことがありません」
「お茶会など、シルヴィエ様には無理です。倒れてしまいます!」
「そうか? すごく元気そうだが?」

 つやつや、ぴちぴち、十八歳。
 毎日、農作業や保存食づくり、料理に勤しんできたから、体力は有り余っている。

「せっかくのお誘いです。お茶会へ出席させていただきます」
「では、エスコートをしましょう」

 アレシュ様は私の手を引き、部屋の外へ連れ出した。

「お待ちください! シルヴィエ様っ!」
「なりません! お戻りを……!」

 窓の外に広がっていたのは、眩しい青空と美しい庭園。
 ヴェールが風になびき、心地よい空気を感じた。

「くそ! 鳥のくせに!」
「たかが一羽!」

 兵士たちは鷹が足止めし、誰も私を追えない。
 大混乱をしり目に、アレシュ様は笑い、広い庭園の中へ私たちは身を隠す。
 ついさっきまで、逃げ出せないと、思い悩んでいたのに、気が付けば、庭園の中にいた。
 つる薔薇のアーチ、石の階段の両側に黄色と白の薔薇、赤い薔薇は噴水の周りに咲き、ピンクの薔薇はお茶の用意がされた広場を囲む。
 うっとりするような甘い香りで満たされている。
 お茶の用意がされた広場には、ドルトルージェ国王陛下、王妃様と第二王子のシュテファン様が待っていた。

「わぁ! 兄上がシルヴィエ様を連れ出してきた!」

 シュテファン様は無邪気に微笑み、手を叩いて喜んだ。

「やるな。アレシュ。うまく連れ出せたのか」
「もちろん。これくらいなんでもないことですよ」
「さすが、兄上っ!」

 金髪に緑の瞳をし、よく似た三人は国王陛下、アレシュ様、シュテファン様。
 その三人を呆れた顔で眺めているのは、燃えるような赤い髪をした王妃様。
 そばに赤い猫を連れ、優雅にその猫の頭をなでていた。

「止められなくて、ごめんなさいね。どうしても、みんなでお茶を飲みたいと言い出して。私が止めても誰も言うことをきかないのよ」
「いいえ。お誘いいただけて、とても嬉しいです。でも、お茶会に参加するのは初めてで……」
「かしこまらなくていいの。お茶を美味しくいただくだけよ」
 
 王妃様は優しく言ってくれた。

「さ、座って。今の時期のケーキは果物がたっぷり使われていて、とっても美味しいの」

 とろんとした赤いチェリーのシロップ漬けをのせたカップケーキ、黄いアプリコットをのせたタルト、ジャムビスケット。
 王宮の侍女たちがやってきて、私のカップに熱いお茶を注いでくれる。

「ありがとう」

 お茶を注いでくれた侍女にお礼を言うと、侍女は顔を赤らめ、戸惑った様子を見せた。

「あ、あのっ……! こちらは、紅茶に入れるお砂糖です」

 ハート型の砂糖が入ったシュガーポットを私のそばに置いてくれる。

「まあ! 町並みだけじゃなくて、砂糖まで可愛いなんて!」

 ひとつひとつが驚きの連続だった。 
 私の驚く姿を馬鹿にせず、微笑ましく眺めている視線に気づき、我に返った。

「あ……。申し訳ありません。はしゃいでしまいました」
「いや、気に入っていだけて嬉しく思う」

 国王陛下が笑う。その顔は、アレシュ様に似ていた。
 そして、その隣に座るシュテファン様もそっくりで―ーって、犬がいますね?
 茶色の大きな犬が、皇帝陛下の足元に控えている。
 とても忠実な犬のようだったけど、気のせいでなければ、犬の視線を感じる。
 こちらを探るような黒い目。

 ――なんだか、お前は誰だと尋ねられているような気がします。

 そういえば、さっきの鷹にしても、人の言葉を理解して飛んでいるように思えた。
 そんなわけないのに、どうして?

「シルヴィエ様、アプリコットのタルトはお好きですか?」
「は、はい!」

 シュテファン様がアプリコットのタルトを勧めてくれた。
 私の皿に大きく切り分けられたケーキがのせられ、和やかな空気になった。
 みんなで会話を楽しもうとした瞬間、ヒステリックな声が雰囲気を台無しにした。

「シルヴィエ皇女! なにをなさっているんですか!」

 それは、わかりやすい叱責の声。
 手にしたフォークが地面に落ち、私の幸せな夢は終わりを告げた。
 神に呪われたお前が、幸せになる権利はない――そう言われたような気がした。
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