呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

椿蛍

文字の大きさ
上 下
7 / 33

7 帝国の花(2) ※アレシュ視点

しおりを挟む
「先に空から全体の造りを把握しておいてよかったな。迷うところだった」

 レグヴラーナ帝国の皇宮は、ドルトルージェ王国の王宮に比べ複雑な造りになっている。
 それは戦いの歴史だ。
 他国との戦争を続け、領土を増やしたレグヴラーナ帝国は敵が多い。

「恨みを買いすぎだ」

 外へ続く隠し通路、皇宮の奥へ続く通路は、隠し扉で塞がれている。
 壁を叩きながら進む。
 同じように見えても音が違うところに、なにか隠されていることが多い。
 皇宮を警備する兵士たちは、ロザリエ皇女がいる場所に、多く配置されていたようだが、奥のほうの警備も怠っていない。
 表面上の警備は、しっかりしているが、今の俺はレグヴラーナ帝国の兵士。
 手には酒を持ち、見張りの兵士たちに声をかけた。

「皇女の誕生を祝っていいと言われたので、酒をもらってきました」
「本当か? 見かけない顔だな」
「この誕生パーティーのために、警備の人手を増やすのに、急に雇われまして」

 ここの警備を任されているのは、古株の兵士らしい。
 それだけ、重要ななにかがある。
 空から見たのは、銀髪の少女だったが、あの少女を守るためなのか、それとも――

「しかし、酒か。勤務中だからな」
「飲まないなら、厨房に返しますが」
「待て!」
「一口だけならいいんじゃないか?」
「ロザリエ様のパーティーで忙しいだろうし……。誰も来ないよな?」

 ひそひそと話し合い、顔を見合わせ笑う。

「新人。お前、気が利くなぁ!」
「ちょうど退屈してたんだ」
「これくらいは当然ですよ」

 酒の瓶を渡す。
 ただし、これは睡眠薬入りだ。
 酒を飲んだ瞬間、兵士たちは眠りにつく。
 崩れ落ちた兵士たちを見下ろし、夜空を見上げた。
 空から見た銀髪の少女がいるのは、この先である。

「誰も来ない場所か……」

 まるで、閉じ込められているようだ。
 いや、閉じ込められているのだ。
 通路に鉄格子があった。
 先に進む前に、庭園の庭に咲く花を摘む。
 そこにいるのは、俺の予想が正しければ、第一皇女シルヴィエ。
 部屋の窓から灯りがこぼれ、庭に接する廊下を照らす。
 同じ皇宮で、華やかな誕生パーティーが開かれているとは思えないくらいの差。
 それは、小さく頼りない灯りだった。
  
「ん……? 畑?」

 立派な畑が広がっている。
 
「パン焼き窯?」 

 趣味の域を超えた出来栄え。
 シルヴィエ皇女はいったいここでなにをしているんだ……?

「閉じ込められているのは間違いなさそうだが」

 窓と扉には鍵がついた鉄格子がある。
 鍵がかかり、部屋へ入れないようになっていた。
 夜風に乗って届く楽の音を聴いているのか、窓が少しだけ開けられている。
 窓のそばにいたのは、銀髪の少女。
 ショールを羽織り、寝間着姿で本を読んでいた。

「シルヴィエ皇女殿下」

 試しに名前を呼んでみる。
 俺の声に反応し、窓のほうへ振り向き、椅子から立ち上がった。
 ショールが足元に落ちたが、それさえ気にならないくらい驚いていた。

「お兄様……では、ありませんわね。どなた?」

 こちらは暗く、向こうの灯りも小さいから顔は見えないだろう。
 だが、シルヴィエ第一皇女で間違いない。

「今夜だけ警備を任された者です。花をお持ちしました」

 鉄格子の隙間から、先ほど摘んだ花を見せる。

「まあ! これはスニフの花ですね。薬にもなるので、助かります!」
「薬ですか?」
「ええ。鎮痛薬として有効なんですよ。血行促進によろしいし、とても役立ちます」
「受け取っていただけますか?」

 シルヴィエ皇女は喜び、手を伸ばそうとして、ためらい、その手を引っ込めた。

「手袋をしていないから、今はあなたに触れられないのです」
「平気ですよ。手をどうぞ」
「でも……」

 少し伸ばせば、掴める距離。
 ためらう手の指を自分の指に絡め、引き寄せた。
 握る手に、銀髪が触れた。

「待って下さい! これ以上近寄るのは危険です!」
「これ以上は近寄れませんよ」

 慎ましい性格らしく、男性を不用意に近づけないよう気を付けているようだ。
 花を触れてないほうの手で渡す。

「あなたは兵士じゃありませんね。そして、レグヴラーナ帝国の人間ではなく、他国の方」

 鉄格子近くに寄ったからか、彼女は違和感に気づいたようだ。
 ここまで来るまで、誰も気が付かなかったと言うのに、農業や薬草の知識だけでなく、勘もいいようだ。

「バレてしまいましたか」
「異国の香りがします。爽やかな木の香りですね」
「香木です」
「香木? 香水とは違うのですか?」

 興味津々に食いついてきた。

「そうですね。香炉を使い、香りを出します」
「まあ……。香炉……」

 見たこともないのか、しばらく思案していた。
 その仕草も可憐で可愛らしい。

「名残り惜しいですが、そろそろ戻らなくては」
「そうですね。忍び込んだのが、お父様たちに知られては、大変なことになりますわ。気を付けて下さいね。スパイさん?」
「怖がらないとは、不思議な方だ」
「私に危害を加えることは誰もできませんから」
「なるほど」

 この鉄格子があるから、安心という意味なのだろうか。
 シルヴィエ皇女には謎が多い。
 だが、今はその謎を解明している時間はなかった。

「シルヴィエ皇女。無礼を失礼しました」
「いいえ。私のほうこそ、不用意に近寄ってしまいました。お花をいただきありがとうございました」

 彼女の美しさを考えたら、花など山ほどもらっているはずだ。
 なんて謙虚なのだろう。
 絡めた指をほどくと、シルヴィエ皇女は、ホッとした顔を見せた。
 人と触れあうことになれておらず、そこらに咲く小さな花束ひとつに喜ぶ。

「いつか、あなたにたくさんの花を差し上げたい」
「ここから出られたら……。その時、お花をください」

 白い花に視線を落とし、柔らかく微笑む。
 純粋で美しく、心優しい。
 閉じ込め、粗末な暮らしをしいられるような皇女ではない。

「必ず」

 約束をした。
 本気の約束だと気づいたのか、シルヴィエ皇女は顔を上げ、こちらを見たが、彼女の返事を聞く前に離れた。
 夜空にヴァルトルの鳴き声が、ひとつ聞こえたからだ。

「戻らないと危険だな」

 第一皇女の扱いは、まるで罪人だ。
 なぜ、ここまで二人の扱いに差が出るのか、俺にはわからなかった。
 一度だけ、振り返った皇女の部屋は、外に零れる灯りすら頼りない。
 第二皇女ロザリエがいるパーティーの広間は、夜空を焼くほどの光だというのに――楽隊が奏でる音楽が止む。
 パーティーが終わり、招待客たちは皇宮を出なくてはならない時間だ。

「アレシュ様!」

 俺を探していたのか、廊下の向こうから、カミルが走ってくる。
 それと同時にヴァルトルが空から戻り、腕にとまる。

「悪い。遅くなった」
「すぐに着替えて皇宮を出ましょう。ロザリエ皇女がアレシュ様とダンスを踊りたくて、ずっと探し回っていたんですよ!」
「なるほど。いなくて、正解だったな」
「不正解ですよっ。ずっと生きた心地がしませんでした!」

 替え玉がいるとはいえ、別人だ。
 なんとか誤魔化していたようだったが、限界だったらしい。
 着替えを受け取り、ふと自分の手を見る。

「あの、アレシュ様。なにかありました?」
「いや。細い指だったなと思った」

 そして、手は荒れていた。
 農作業をしていたのも、花一つにあれほど喜んだのも、皇女らしい暮らしをしていない証拠。

「指? 誰の指ですか? ま、ま、まさか、あの美少女を探して……!?」

 カミルが顔を赤くし、あと少しで怒鳴られそうな気配がした。

「シルヴィエ皇女を見つけた。彼女を俺の妻にしようと思う」
「は……?」

 白い花のようなシルヴィエ皇女のを思い出す。
 一瞬の出会いが、未来を決め、運命を変えることもある。
 次に会う時は、隔てる物のない場所で君に会いたい―― 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

皆さん、覚悟してくださいね?

柚木ゆず
恋愛
 わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。  さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。  ……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。  ※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...