呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

椿蛍

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3 妹を傷つけた罰

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 帝国の政治と皇帝を支える皇宮。
 皇宮はロザリエを救うべく、高価な薬や高名な医者を集め、皇宮は必死に治療を試みた。
 その一方で――

「第一皇女シルヴィエを皇宮の奥へやれ!」

 皇帝陛下のお父様の命令により、私は今までの部屋から移された。

「食事もロザリエが回復するまで、一切与えるな! 水のみだ!」

 ――第一皇女を餓死させるつもりなのだ。

 そんな噂が皇宮内に流れた。
 私をロザリエ以上に苦しませ、殺そうとしているらしい。
 お父様の怒りはすさまじく、私は誰の目にもつかないような皇宮の奥、荒れた土地に追いやられ、話さえ聞いてもらえなかった。

「弁明さえ、させてもらえないのですね……」

 手入れされてない部屋には、冷たい風が入ってくる。
 最低限の身の回りの品が置かれていた。
 そして、庭には物置小屋がひとつ。
 帆布や農具などの壊れ、捨てるに捨てられなかったものが、押し込められている。

「牢屋じゃなかっただけ感謝しなくては! ここなら、生き延びることができます!」

 死んでなるものかと、自分を奮い立たせた。
 私に生きろと、誰も言ってくれない。
 だから、私自身が生きることを諦めたら、そこで私の人生おしまいなのだ。
 特に今は、誰もが私を殺したいと思っているだろう。
 マイナスの気持ちに気づき、それを振り払おうと、首を横に振った。

「しっかりしなくては! ささやかな幸せを大切に!」

 モットーを唱え、ぐっと拳を握りしめた。
 そして、生き延びるため、使えそうなものはないか部屋の周辺を観察する。
 井戸があった。
 庭に噴水などを設置する予定だったのか、石材などの資材や道具類が無造作に置かれている。
 野生のハーブ類に、自生しているイモ類。
 
「自生のイモはねっとり系が多いと、本に記してありました。それに、このハーブはピリッとした辛みが特徴で、調味料に使えそうです」

 せっせと食料を集め、増産計画を立てる。
 餓死どころか、気づいたらイキイキと土を耕し、食料を集めていた。
 草を薬草になるもの、食べられるものにわける作業をしていると、なんとなく気持ちが落ち着いてきた。

「それにしても、わかりません。お兄様はロザリエのことも大切にしていたのに、どうして、私に嫉妬したのでしょう」

 仲良く会話をしていたはずなのに、突然の出来事だった。
 お父様とお母様に愛されて育ったロザリエ。
 どれだけ考えても嫉妬する理由がわからなかった。
 
「病状がよくなったら、本人に尋ねるしかないですよね」

 ――また会いに来てくれるだろうか。

 今のところ、誰も私を訪ねてきた家族はいない。
 餓死計画進行中である。
 誰もこなくて当然だった。
 少しでも快適にしようと、物置小屋に入っていた帆布を使って、タープを作る。
 外壁から、紐を伸ばし、地面に固定。
 雨風を遮るおしゃれなタープが完成した。
 素敵な日よけができて、勢いづいた私は部屋の毛布やシーツはお日様の下に干し、壊れたドアは木の蔓で応急処置を施す。
 黙々と働く私を見て、監視の兵士たちはポカンとしていた。

「ここにいるのは、皇女だよな?」
「もしかして大工か? いや、庭師か?」

 混乱している兵士たちに、にこっと微笑んだ。
 向こうも釣られて微笑み、『しまった!』という顔をしていた。

「お、おい。気を付けろ。ロザリエ皇女が死にかけているのは、シルヴィエ皇女の呪いのせいだと聞いているぞ!」
「そうだよな……」

 ――死にかけている?

 レグヴラーナ帝国が誇る有能な治癒師や薬草師たちを集めても、ロザリエを治療できていないとわかった。

「それは本当ですか?」

 兵士に詰め寄ると、兵士たちは大袈裟なまでに、身を引いた。

「ひえっ! 近づかないでくださいよ!」
「呪われるのはごめんだ! 俺には妻子がいるんだー!」

 そこまで怯えなくていいと思うけど、逃げられてしまった。
 
 ――ロザリエ。大丈夫かしら?

 幸運なことに、私の手の傷は塞がり、血は止まっている。
 初めて目の当たりにした自分の呪われた体。
 私の血は危険なのだとしたら、お兄様はなぜ倒れなかったのだろう。

「もしかして、呪いの発動には、なにか条件があるの?」

 それさえわかれば、呪いをコントロールできる。
 
「でも、今さらわかっても、ロザリエは……」

 ロザリエは呪いを受けてしまったのだ。
 少しでも症状が軽くなればと思い、私の呪いを受けた人たちへ定期的に渡している薬を見張りの兵士たちに持っていった。

「この薬をロザリエに渡してもらえませんか? それから、空気を清浄にする植物があるんです。それも効果があります。香りもすっきりしていて、爽やかで部屋に置くにはちょうどいいんです」

 私が鉢植えで渡した植物は、どこにでも生えているような雑草である。
 兵士は驚いていたけど、田舎では有名な植物だったらしく、兵士たちは知っていた。

「風邪を引いた時、田舎の祖母がこの葉を熱いお茶にしてくれました」
「俺の故郷は、料理にも入れるんです。よくご存知でしたね」

 私は真剣な顔でうなずいた。

「ええ。なにもしないよりは、きっと効果があると思います」

 薬と空気を清浄にする植物の鉢植えを兵士たちに渡し、ロザリエの回復を祈る。

「そんなひどい状況になっていたなんて……」

 ここには、一切情報が入ってこない。
 せめて、なにか教えてもらえたら、私も対策できるのに――はがゆく思いながら、兵士の背中を見送った。
 そして、兵士と入れ違いにやってきた人たちがいた。

「シルヴィエ様! ご無事ですか!」

 私の世話をしてきた侍女たちが、兵士の監視が緩んだ隙に駆けつけてきた。
 部屋と畑を眺め、素敵なタープの下に石材のテーブルと椅子を置いて、くつろぐ私を見つめる。

「楽しんでいらっしゃいますね……」
「ええ。以前の部屋より、庭が広くて、日当たりも最高なんですよ。資源もたくさんあるから、やりがいがあります」

 侍女たちは前向きな私に感動していた。

「私たち、なにかできないかと思いまして、シルヴィエ様がロザリエ様を殺すわけがございませんと、皇帝陛下に申し上げました!」
「それから、こっそりパンを持って参りました。これをどうぞ」

 侍女たちの親切心からしてくれたことだろうけど、それを受けとるわけにはいかなかった。

 ――なんてこと。きっとお父様は、これを理由に彼女たちを解雇するわ。

 お父様が望むのは、邪魔な私の死だけであり、人望ではない。
 むしろ、私を慕う人間を疎ましく思っている。

「いいえ。ロザリエが回復するまではいただけません。お父様のご命令ですから」
「でも……」
「それより、私は身を清め、神様にロザリエを助けていただけるよう祈ろうと思います」

 侍女たちの未来も……
 お父様は今ごろ、私から親しい侍女たちを遠ざける算段をしているだろう。

「心配してくれて、ありがとう。私はこれから、ロザリエのために祈りを捧げます。ロザリエに呪いを与えたのが、私を呪った神ならば、きっと、私の近くにいらっしゃるでしょう。回復を願えば、聞き届けてくれるかもしれません」
「シルヴィエ様……」
「お父様のご不興を買ってはいけません。ここにも無断で、近寄らないよう気を付けてください」

 侍女たちは泣いていたけど、私は微笑んだ。

「ロザリエが回復したら、お父様も冷静になります。様子を見て、お兄様がなにがあったか説明してくれるでしょうから、私も元の生活に戻れます。だから、心配しないでください」

 侍女たちにはそう言ったけど、私はきっと戻れない。
 お父様が赦すはずがないと、わかっていた。
 でも、侍女たちの気持ちを考え、そう言った。
 侍女たちの話によると、お兄様はずっとロザリエに付きっきりで看病されているとか。
 私にできることは、ただひとつ。

 ――ロザリエの回復を祈るだけ。

 ひたすら、回復を願い、祈りを捧げた。
 呪いを軽減してもらえるように。

「いつまで、シルヴィエ様は祈りを捧げるのでしょう」
「ロザリエ様が悪いのに、なぜシルヴィエ様が……」

 ロザリエが剣を奪い、私を切りつけたのを見ていたのは、私の側付きの侍女たちとお兄様だけ。
 私を庇ってくれるのは、彼女たち以外、皇宮には存在しなかった。
 
「せめて、水を口にしてください。倒れてしまいます」

 私を気遣い水を運んできてくれた侍女たちは減っていき、気がつくと、私の回りから侍女がいなくなっていた。
 最後の一人が、私のところへやってきて、お別れの挨拶を口にする。

「シルヴィエ様。私も田舎に帰ることになりました。他の侍女たちも皇帝陛下の命令によって、解雇されました」

 お母様でさえ、嫌がって近づかなかった私を幼い頃から、お世話してくれた侍女たちだった。
 肉親同然。
 でも、私には彼女たちを助けてあげられる力はなかった。
 今では、お父様の指示で、窓と扉に鉄格子がつけられ、罪人扱いを受けている。

「刺繍したハンカチをあげると約束したのに、差し上げられませんでしたね」

 私の血が付いたハンカチは、呪いを恐れて燃やされ、刺繍も無駄になってしまった。

「ごめんなさい。約束を破ってしまいました」
「いいえっ……! シルヴィエ様と過ごした日々は、私たちにとって幸せな時間でした」

 侍女は泣き止まず、彼女に付き添い、出口まで見送る、
 出口にに立つ兵士たちは、私を見るなり、槍をこちらへ向けた。

「シルヴィエ皇女! こちらから先、出ることは許されません!」

 出るつもりはなかったけれど、兵士たちは私が逃げ出すと勘違いしたようだった。

「皇宮を去る侍女たちに、私はなにもしてあげられません。ですから、見送りだけでも、させていただけませんか?」

 兵士たちは戸惑い、私に向けた槍を下ろす。
 そして、私の味方だった最後の一人が、皇宮から去った。
 それを待っていたかのように、お父様は私を呼び出したのだった――
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