離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!

椿蛍

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1巻

1-3

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 庭師は以前のサーラを知っていて、毎日暗い表情で過ごしていたのを覚えていたのだろう。
 そして、氷の中から助け出された私の境遇が、幸せからほど遠いことも知っている。
 庭師は帽子をかぶり直し、白い髪を隠すと、獣人たちに『行くぞ』と目で合図する。
 去っていく庭師と獣人たちを見送りながら考えた。
『私の幸せ』。それは――

「お前は誰だ?」

 今まで黙ってながめていたリアムの鋭い声に、ハッと我に返った。

「え……。誰って……それは……」

 ――まさか、もう私がサーラじゃないってバレた?
 だらだらと冷や汗を流し、恐る恐るリアムの顔を見る。
 十年前はあんなに可愛かったリアム。
 それなのに、今はすごみをきかせた目つきで私をにらんでいる。仁王立ちで胸の前に腕を組む、得体の知れない者に対するその態度はとても冷ややかだ。
 死神みたいな黒の軍服は宮廷魔術師の制服で、王立魔術学院の卒業生でも数年に一人しか受からないという超エリート職である。宮廷魔術師は魔術の研究だけでなく、向こうの世界で言う軍や警察の役割も担っている。
 だから、私を尋問するのは難しい仕事ではない。
 ――ふっ! いいでしょう。私の演技力を見せてやりますよ!

「なに言ってるんですか。私はサーラですよ?」
「嘘をつけ」

 まだセリフを一つしか言ってないのに、もう嘘だとバレてしまった。

「私がサーラじゃない証拠がどこにあるっていうんですか!」
「まず、お前がサーラだと言い張るなら、顔と手についた泥を落とせ。ドレスのスカートをまくるな」

 言われて気づいたけど、わんぱく坊主が外で遊んできましたみたいなよごれっぷり。土を掘り起こし、石を探したせいだけど、公爵令嬢にはあるまじき姿だ。
 けれど私も負けじと言い返す。

「外に出て、少しはしゃいだだけで怪しんでいるんですか? 十年間、私の体は氷の中だったので、日光が必要なんですよ」

 リアムは少しも表情を変えない。

「ならば聞こう。それはなんだ?」

 噴水ふんすいの横には、私が土の中から掘り起こした石が【研磨】されて魔石になり、山積みになっている。

「魔石です」
「見ればわかる! その辺に転がる石はたいした魔力を含んでいない。価値のない石を【研磨】した理由は?」
「リアム。この世に価値のないものなんてありません。存在する物すべてに価値があります」

 ――私、いいこと言った!
 けれど、リアムは得意顔の私を無視し、尋問を続ける。

「俺をリアムと呼んだな。以前のサーラは敬称をつけて呼んでいたが?」

 隙のない問いかけが、さらに私を追いつめていく。

「え、えーと、魔石って綺麗ですよね!」
「話をらして誤魔化ごまかそうとするな。サーラが魔道具師の道具が欲しいと言っているのを聞いて不思議に思っていたが、実際に見ると完全に別人だ」
「そんな! ちょっと石を【研磨】しただけで別人認定なんてひどいです!」
「ちょっと?」

 リアムの視線が魔石の山に向く。私が【研磨】した魔石が犯行現場扱いされて辛い。

「答えろ。たましいを引きずり出すぞ」
「ひえっ! や、やめてください。リアムは外見だけじゃなく、中身も魔王なんですか?」
「なるほど。たましいが違うのか」

 ――バレた。
 肩を落とし、観念した。
 リアムをだますのは難しかったようだ。さすが治安を守る宮廷魔術師だけあって、誘導尋問の達人だった。

だましてすみませんでした……」
「謝られるほど、だまされてない」

 それはそれで、ちょっと傷ついた。

「……俺はサーラを救えなかったんだな」

 冷静で表情を崩さなかったリアムだけど、さすがにショックだったのか、髪をかき上げて額に手をあてた。そのまま唇をきつく結び、黙り込んでいる。
 そんなリアムの姿に気まずさを感じながら、私はぺこりと頭を下げ、日本風にお辞儀じぎをした。

「私の名前は柴田桜衣。別の世界で生きていた人間です。病気で死んだはずだったんですが、気づいたらサーラという名前の令嬢の記憶を辿たどっていました。そして氷から目覚めた時、私はサーラになっていたというわけです」
「なるほど。俺はサーラを生き返らせるつもりが、無関係のたましいを巻き込んでしまったのか……」

 申し訳なさそうな顔をしたリアムに少しホッとした。
 死神か魔王かと疑ったけど、リアムにも人の心は残っているらしい。

「悪かった」
「いいえ。こちらこそ、こんながんじょうで元気な体を与えていただき感謝しています。ありがとうございました」

 お礼を言ったのに、リアムは私をじろりとにらんだ。

「おい、その体に傷一つつけるなよ?」
「大切に使わせてもらってます」
「その格好で?」
「泥を落として着替えます……」

 そう言わなかったら、なにをされるかわからない空気を感じた。

「サーラは戻りたくなかったのか。それとも、十年という月日のせいか……」

 リアムは自分の魔術が失敗したのがショックだったのか、難しい顔で深いため息をついた。

「シバタルイ。お前を巻き込んだのは俺だ。この世界での生活は、俺が責任を持って面倒を見よう」
「巻き込まれて転生してしまいましたが、そんなに責任を感じていただかなくても大丈夫ですよ? 健康な体をいただけて、リアムには感謝してるんです。むしろ恩人です!」
「恩人か。サーラの記憶を辿たどったというなら、今の自分が置かれた立場を理解しているはずだ。それでも、恩人と言えるのか?」
「私の恩人は、サーラとリアムの二人です」

 リアムの目の前にピースサインをした指を突きつける。

「動けなかった私が、また土の上に立っているんですよ!」
「ああ……」
「毎日が楽しいです」

 さっきまで険しい顔をしていたリアムの表情が、わずかにやわらいだ気がした。
 周囲を気にしてか、リアムは手招きするとバルコニーから部屋に戻る。誰かに聞かれる可能性を考えたのだろう。リアムは私と話をするつもりだったらしく、すでに人払いがされていた。
 部屋には誰もいなかったけど、リアムはさらに窓を閉めた。ここから先はもっと聞かれたくない話になるのだと私は直感した。

「お前が知っている十年前とは違う。特に兄上との関係だが……」

 話がルーカス様に関することだからか、リアムはさっきより声のトーンを落とす。

「兄上が新しい妃に選んだのはアールグレーン公爵家と敵対する、ノルデン公爵家のソニヤだ」
「新しい妃……つまり、私は元妻という立場なのですか?」
「そういうことだ」
「じゃあ! 今はもう自由ってことですね?」

 やったぁと言いながら万歳した私を見て、リアムが大きなため息をついた。

「王宮のしきたりで、妃は離縁されても王宮に留まることになっている」
「そんな! どうしてですか?」
「離縁されるのは妃にふさわしくない行動をしたと判断された者だ。そのため、身柄を拘束される」
「身柄を拘束……。はっきり罪人扱いって言ってくれていいですよ」

 つまり、今まで離縁された妃は罪を犯した妃だけということだ。
 罪人扱いの私はゼロからどころか、マイナスからのスタートである。

「それで、シバタルイ。これからどうしたい? 王宮から出たいなら手を貸す。だが、王宮に留まりたいのなら、ここを自由に使えるようにしよう」

 手を貸すなんて、まるで脱走犯である。
 せっかくの異世界転生だというのに、冒険が始まる前にお尋ね者になるなんてごめんだ。

「私はここには残りません。堂々と王宮から出ていきます。ルーカス様にお願いすれば、あっさり自由にしてもらえるかも……」
「無理だぞ」
「お願いしてみないとわからないじゃないですか。離縁されたと言っても、こちらはなにも悪いことをしてませんし、新しい妃がいるなら、私の存在なんて忘れてますよ」

 元妻とはいえ、愛情が残っているなら、会いに来るはずだ。
 それに、私は覚えてる。

「リアム。ルーカス様の子供は何歳ですか?」
「……十歳だ」
「サーラを裏切ったルーカス様と一緒にいるなんて、ごめんですね」

 リアムもそうだろうなと言うように首を縦に振る。

「王宮を出るのはいいが、シバタルイ。気をつけろよ」
「え?」
「十年前サーラを氷漬けにした魔道具は、まだ見つかっていない」
「私の命が、今も狙われてるってことですか?」

 リアムは腕を組んで、しばらく考え込んだ。

「そうとは断言できないが、犯人は見つかってない。あれは事故として片づけられた」
「事故じゃないです! サーラが宝石箱を手にして、ふたを開けたら、氷の魔術が発動したんですよ!」

 私はその瞬間を、サーラの目を通して確かに見た。
 だから、断言できる。

「あれはわなです」

 リアムには言わなかったけれど、私には自由になる以外に、もう一つ目的がある。
 それは、サーラにわなを仕掛けた犯人を見つけることだ。
 私がこんな元気な体をもらえたのはサーラのおかげ。その彼女のためにできることがあるとするなら、ルーカス様たちへの仕返しと犯人を捕まえることだ。

わなだったというのは、わかっている。だが、アールグレーン公爵を除く四大公爵が宮廷魔術師たちに圧力をかけ、事故として処理させたんだ。自分たちの家から妃を出すため、早急に事故として解決させ、妃候補となる令嬢を王宮に送り込むためにな」

 四大公爵家とはヴィフレア王国の大貴族で、王家に次ぐ権力を持っている四家のことだ。

「そんな……」
「結果、すでに子供をごもっていたソニヤの一人勝ちだった」

 サーラの記憶では知ることのできなかった部分だ。
 氷に閉じ込められるまでのことしか、私は知らない。

「だから、リアムは宮廷魔術師になったんですね。四大公爵家が圧力をかけてうやむやにしたサーラの事件を解明するために……」
「別にサーラのためじゃない。王子としての仕事より、宮廷魔術師のほうが向いていると思ったからだ」

 リアムのツンは健在のようだ。
 それで、私は調子に乗って言ってしまった。

「わかっているんですよ。ツンなリアムがサーラにだけ挨拶したり、一緒に花壇かだんの手入れをしたり。甘酸あまずっぱい青春の……って、にらまないでください!」
「なにを見たか知らないが、言葉には気をつけろ」

 残念ながら『もしかして、リアムの初恋ですか?』まで聞くことはできなかった。

「もういい。お前が王宮の外に出たいと望んでいることはわかった。全面的に協力しよう」
「ありがとうございます」

 とりあえず、私とリアムは秘密を共有する仲間になったようだ。
 ちょっとギスギスした仲間だけどね……

「失礼します」

 扉を叩く音がして、私とリアムは身構えた。
 部屋の扉を開け、入ってきたのはリアムの王子宮にいる侍女ではなく、ルーカス様の侍女だった。

「ルーカス様がサーラ元妃にお会いしたいとおっしゃっています」

 ――とうとう来た!
 浮気者の元夫、サーラを裏切った男とご対面である。

「元妃……」
「お気を悪くなさいませんよう。ソニヤ様がサーラ様を元妃とお呼びするよう命じられましたので、それに従っているだけでございます」
「はあ……」

 ソニヤは今の妻と昔の妻をしっかり区別させている。
 別に構わないけど、ソニヤは会う前から私を牽制けんせいするのを忘れていないわけだ。

「身支度が済み次第うかがうと、ルーカス様にお伝えください」

 さすがに泥だらけで会うわけにはいかない。

「かしこまりました」

 リアムの王子宮にいる侍女と違って、どことなく冷たい印象がある。
 侍女はちらりとリアムを見て言った。

「リアム様。サーラ元妃の処遇は、ルーカス様にお任せするべきです。目覚めさせたのがリアム様とはいえ、サーラ元妃を連れ去ったことをルーカス様は面白く思っていらっしゃらないようでした」
「兄上にはすでに別の妃がいる。仕方がなく面倒を見ているだけだ」
「王子同士のめ事にならぬよう進言したまででございます。ルーカス様のところへはお二人そろってではなく、別々にいらしてください」
「……わかった」

 侍女は一礼し、黙って扉を閉めた。
 これだけのやりとりで、リアムとルーカス様の不仲ぶりがよくわかる。

「ルーカス様と話す必要があると思っていたので、ちょうどよかったです」
「兄上にうまく丸め込まれないよう気をつけろよ。俺は少し時間を置いてから顔を出す」
「はい」

 リアムが心配するくらいくせ者なルーカス様。サーラの記憶では、いつも優しい笑顔で嫌みを言って去っていくイメージだった。
 無視されて話しかけられないよりはいいけど、サーラはいつもルーカス様から馬鹿にされて恥ずかしそうにうつむいていた。

「サーラの代わりにバシッと言ってやりますよ!」

 意気込んだ私に、すかさずリアムが注意する。

「兄上から不審に思われないようにしろよ。無事に王宮から出たいならな」
「中身が異世界の人間のたましいだと気づかれたら、研究材料にされてしまうってことですか?」
「その可能性もある」

 両側から手を引かれ、連行される宇宙人の画像を思い浮かべた。
 拘束される宇宙人――それが、私。

「……わかりました。演技力でカバーします」
「お前に必要なのは演技力より沈黙だ」
「言ってくれますね」
「適切なアドバイスだ」

 私の演技を見破っただけあって、リアムは自分のアドバイスに自信があるようだ。
 表情は変わらないけど、得意げな顔をしているように見えた。

「父上が報告を聞いて会いたいと言っていたが、断って正解だったな」
「そうですね……」

 さすがに研究材料にされるのは怖いので、守ってくれそうなリアムに同意するしかなかった。
 リアムは王子で、国王陛下から命じられたら逆らえない。
 そして、同等の立場かそれ以上の立場にいるのは、サーラの元夫のルーカス様。
 ふたたび、部屋の扉をノックする音で、私とリアムの会話が途切れた。

「失礼します」
「ルーカス様の命で、サーラ元妃の着替えのドレスとアクセサリーをお持ちしました」

 ルーカス様のところの侍女は表情を変えず、雑務を淡々とこなすだけの機械のようだ。

「サーラ元妃。ルーカス様とソニヤ様がお待ちです。お急ぎくださいませ」
「わかりました。では、支度をして乗り込み……いえ、ルーカス様にお会いしますわ!」

 令嬢らしく言ったつもりだけど、リアムの目は『大丈夫か?』と言っていた。
 私は任せてくださいと目でうなずき返しておいた。

「私の演技力をナメないでください」

 まずは浮気性な元夫、ルーカス様の手から逃れ、王宮から出ていってみせます!


   ◆◇◆◇◆◇


「王宮を出て、魔道具師として自立します!」

 私はルーカス様の前で堂々と宣言した。
 ルーカス様とソニヤは、ポカンとした顔をしている。
 私が『お願いします。王宮にいさせてください』と泣いて頼み込むとでも思っていたようで、どう反応していいか困っているように見えた。
 静まり返っているのが気になるけれど、この後、私は華麗にドレスのすそひるがえし、『それでは、ごきげんよう! 皆様!』と令嬢らしくかっこよく去るつもりで、指でスカートのすそを持ち上げた時だった。

「サーラったら、面白い冗談を言えるようになったのね!」

 ソニヤが笑い声を上げながら、私の自立宣言をからかった。

「魔道具師? ご自分の王立魔術学院時代の成績をご存知? 十年も氷の中にいたから、忘れてしまったのかしら?」

 ソニヤは口元に手をあて、プッと笑う。
 ルーカス様も馬鹿にした目つきで私を見て、くすりと笑う。

「不器用で魔道具作りもヘタクソ、落ちこぼれの半人前。魔道具師として働くだなんて、よく言えたわね」

 もちろん、サーラが落ちこぼれと馬鹿にされてきたことは知っている。でも、王宮で侍女をやるより魔道具師になったほうが圧倒的に楽しそうなのだ。
 なにより、いつまでもリアムのお世話になるわけにはいかない。
 将来を考えたら、魔道具作りを仕事にして自立するのが一番だと思った。

「サーラ。冷静になって考えてごらん? 君には十年のブランクがある。魔道具師として自立だなんて、できるはずがないだろう」

 ルーカス様は私をあわれみの目で見ていた。

「ルーカス様に離縁されて、やけになっているのですわ。だから魔道具師になるなどとこうとうけいなことを……」

 ソニヤが意地悪く、せんの陰でくすりと笑ったのを私は見逃さなかった。
 王立魔術学院の学生時代を思い出す。
 サーラからルーカス様を奪い、第一王子の妃となって自分の望みを叶えたソニヤ。望みは叶ったはずなのに、なおも学生の頃と同じように私を馬鹿にするなんて、成長がなさすぎる。

「きっとサーラは王宮にいて、わたくしたち夫婦の仲睦なかむつまじい姿を見るのが悔しいのでしょう。わたくし、女性としてサーラの気持ちがわかりますの」

 ――私の気持ちがわかる? 今のはきっと聞き間違いですよね?
 思わず、自分の耳をトントン叩いてしまった。

「そういうことか。でも、僕はサーラを冷たく扱ったりしないよ。条件付きだけど、このまま王宮に置いてあげるつもりだ」
「ルーカス様ったら、優しすぎますわ」
「ソニヤもだよ」
「まあ! そんな!」

 二人は私の目の前でイチャイチャし、ソニヤはルーカス様のおでこを指で『えーい』とつつく。
 この夫婦、私の話を聞く気がまったくないようだ。

「もし追い出しでもしてサーラが路頭に迷って死んだら、僕が非難を受けて人気が下がる……じゃなくて、僕を信頼する国民を、がっかりさせてしまうだろう」

 あっさり手放してもらえると思っていたのに、ルーカス様はしつこく引き留めてきた。
 そんなに外聞を気にするなら、国民の信頼を意識する前に、まずは元妻の信頼を意識してくれたらよかったと思う。
 なお、私の二人への信頼は、もはや地面どころかマントルまで落ちている。
 結婚前の浮気、浮気相手との子供……どこに信頼が生まれるチャンスがあったのか、教えてほしいくらいだ。せめて離縁した妻の望みを聞いて、快く解放するのが優しさというものではないだろうか。
 さすがの私もかんにんぶくろが切れそうだ。

「たしかに、私は半人前の魔道具師です」

 手に力を込め、ぎゅっと握りしめた。
 私はこの体に転生し、決意したことがある。

「ですが、私はまだ十八歳。そして健康です。離縁されたからといって、人生を諦める気はありません」

 氷の中から救ってくれたリアム、体の持ち主だったサーラ。
 未練たっぷりで死んだ私にとって、人生をもう一度楽しむチャンスをくれた二人の恩人。
 二人に恩を返すためにも、私は魔道具師になって力をつけ、サーラを氷漬けにした犯人を見つけ出してみせる!

「十八歳……。つまり、サーラはわたくしが二十八歳のおばさんだと言いたいのかしら?」

 年齢をどうこう言ったつもりはないのだけど、ソニヤに怖い目でにらまれてしまった。

「いいえ、違います。私はただ、離縁されたから人生おしまいだなんて思ってない、と伝えたかっただけです」

 むしろ、人生これから!
 浮気者な元夫から逃れ、自分の人生を歩む絶好のチャンスである。

「サーラは、僕に未練はない?」
「ありません」

 即答すると、ルーカス様は面白くなさそうな顔で頬杖をついた。

「そこは嘘でもいいから、あると言うべきだよ? サーラ?」
「これからは、自分に正直に生きると決めたんです」
「ふーん。正直にね」
「はい! そうです!」

 私が笑顔でうなずくと、ルーカス様がイラッとした顔をした。
 サーラは気弱でおとなしい少女だった。周囲からずっと落ちこぼれと言われ続け、思っていることを口に出せなくなってしまったからだ。

「私の気持ちはおわかりいただけたと思います。それではルーカス様。ソニヤ様とお幸せに」

 やっと魔道具師として一歩踏み出せる。
 わくわくした気持ちで胸がいっぱいになった――その時。

「待った」

 ――待った?
 部屋を出ようとした私をルーカス様が止めた。しかも、ルーカス様はなにを勘違いしているのか、私に向かってウインクする。

「僕は寛大かんだいだ。君の記憶が戻るまで待ってあげるよ」
「記憶は戻ってます」
「君が僕を愛していた記憶が戻るまで、王宮でゆっくり過ごすといい」
「だから、記憶は戻って……」

 バキッとなにかが壊れる音がした。音がしたほうを見ると、ソニヤがせんを折ったらしく、それを床に叩きつけた。
 穏やかな笑みを浮かべていたルーカス様は、魔法や魔術ではなく力業ちからわざで破壊されたせんを見て苦笑した。

「ルーカス様。少しお尋ねしてよろしいかしら?」
「……どうぞ」
「まさか、サーラに部屋を与えるつもりですの? 妻以外の女性に、王宮に部屋を与えることが、どのような意味をお持ちか、ご存知ですわよね?」

 ソニヤが言わんとしているのは、有体に言えば愛人扱いということだ。ルーカス様の口ぶりからすれば、そのつもりだったのだろうことは想像にかたくない。
 侍女扱いならいいけれど、愛人として私を王宮に置くのにはソニヤは反対らしい。気持ちはわかるし、私だってお断りだ。
 このまま放っておくと、激しい夫婦喧嘩に発展しそうだ。正直、巻き込まれたくない。
 私は再度、ルーカス様に王宮から出ていくことを告げた。

「私は王宮から出ていきます。ですから、部屋は必要ありません」
「今の君がどこへ行けるって言うんだ?」

 その疑問に答えようと、口を開きかけた時、靴音が聞こえてきた。
 私は広間の入り口を振り返る。
 そこには、紋章付きの黒い軍服を着たリアムがいた。
 宮廷魔術師の正装で現れたリアムは迫力がある。氷に似た青い瞳がルーカス様を見据え、ルーカス様もまたリアムから目をらさない。
 まだなにも話していないのに、二人の間には緊張感がただよっている。
 リアムの低い声が広間に響いた。

「兄上。別れた女性をしつこく引き留めるのはいかがなものかと」

 空気は重いけど、リアムという今の私にとって唯一の味方が来てくれるとホッとした。

「僕がしつこく引き留めている?」

 リアムはルーカス様の不興を秒で買った。

「僕は王宮のしきたりに従っているだけだよ。一度、妃として王宮に入った女性は離縁されても王宮から出られない。、第二王子のリアムもそれくらいわかるはずだよね?」
、兄上の弟ですので理解はしているつもりですが、妃といっても一日だけのこと。すぐにソニヤ妃を妻に迎えた兄上に、引き留める権利があるとは思えませんね」


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