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第3章
24 本当に怖いのは
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――これはいったい、なんの握手ですか?
私と握手をしながら、ヘレーナは清々しい顔をしている。
リアムがいったいなにをしたのか、フォルシアン公爵も低姿勢だし、覇気がない。
――この勢いなら言える!
そう確信した。
「フォルシアン公爵。お願いがあります!」
「な、なんだ?」
なぜか私に怯えている。
リアムならわかるけど、私にそんなビクつかないで欲しいと思った。
「狼獣人の奴隷を解放していただきたいのです」
「奴隷を? それはできん。こちらは高額で優秀な奴隷を手に入れている」
公爵の獣人への態度は変わりなかった。
心配そうな顔をしたフランに気づき、ここは絶対負けられないと思った。
「では、そちらの条件を教えてください」
「ふむ。この件で処罰されても生活していけるよう金になるものがいいか……」
かなり高額な金額になる――そう思った瞬間、シエルさんの咆哮が轟いた。
『なにをモタモタしているのだ! からあげを作るというから、背中に乗せてやったのだぞ!』
待ちきれないシエルさんから、からあげの催促がきた。
この中で、竜語がわかるリアムだけが、シエルさんを『子供か……』というように、呆れた顔で眺めている。
「な、なぜ、竜は怒っているんだ?」
竜語がわからないフォルシアン公爵は怯えていた。
「竜はこう告げています。卵を盗んだ代償を身をもって払えと!」
「まさか、人間の生け贄を求めているのか?」
「代償は必要です……」
私が深刻な表情で言った。
そんな私をリアムがなにか言いたそうな顔で見ている。
でも、嘘は言っていない。
代償として、からあげを求めているのだから、これは真実である。
――必要なのは人ではなく、鶏の身ですけどね。
「娘を差し出すしかないのか」
「あ、あたし? お父様、娘を犠牲にするつもりなのっ!?」」
私がまだ出発しないため、シエルさんが焦れったそうにしている。
フォルシアン公爵の決断を促すため、あえて、私は厳かな態度で尋ねた。
「フォルシアン公爵。私なら竜と交渉できます。どうされますか?」
「わかった! 獣人二人は諦めよう。そのかわり、竜をなだめてもらいたい」
「承知しました」
私はシエルさんに向き直り、話しかける。
「すみません。お待たせてしてしまって。ようやく話が終わりました」
『なにかモメていたようだが?』
「気にしないでください。えーと、からあげの肉は、リアムにロックバードの肉を解凍してもらおうと思っているのですが、いかがでしょう?」
ロックバードときいて、シエルさんはつばをのみこんだ。
――あ、食べたことあるんですね。
すでにシエルさんはロックバードの肉の美味しさを知っているようだ。
お腹を鳴らし、つばをのみこむシエルさんを見て、フォルシアン公爵家の面々はびくびく怯えていた。
「お、おい。人間を食べようとしてないか?」
「きっと怒りがおさまらないのだろう」
そんな声が聞こえてくる。
竜語がわかるリアムの視線が痛い。
『ロックバードの肉か。想像しただけでうまい。悪くない取引だ。それで、どれくらいかかる?』
「そうですね。ここから王都に戻り、肉を解凍して漬け込む作業があるので、四日ほどいただけたら、作れると思います」
『ふむ』
「もうすぐ市場も再開しますし、からあげがたくさん食べられますよ」
シエルさんがその情報に食いついてきた。
『なんだと! それを早く言え! そうなると、鶏も食えるし、ロックバードも食べられるということか。夢のようだな……』
鶏もいいけれど、ロックバードの肉は格別である。
やわらかくジューシーで、からあげにはもってこいの肉だ。
『よかろう。四日、待ってやる』
「ありがとうございます」
交渉が成立した。
シエルさんとの交渉が終わり、フォルシアン公爵に向き直る。
「私は竜の怒りをおさめるため、急ぎ王都へ戻り、作業しなくてはなりません」
「わかった。特別な儀式をするのか?」
「儀式……? えーと、はい、そうです」
肉を調味液に浸ける儀式だから間違ってはいない。
真面目な顔でうなずいた。
「それでは、竜の怒りを鎮める儀式のため、狼獣人の二人を連れて帰ってもよろしいですか?」
「もちろんだ!」
「では、こちらにサインを」
しっかり二人の自由証明書にサインをもらう。
いそいそとウエストポーチにしまった私をリアムが呆れていた。
「なにが儀式だ」
「嘘は言ってませんよ? リアムにも協力してもらいますからね?」
「肉の解凍だろ」
「そうです」
リアムは私とシエルさんの話をしっかり聞いていたようだ。
シエルさんは竜の巣に戻るらしく、両翼を広げた。
『では一度、竜の巣に戻る。美味いからあげを期待しているぞ!』
「はい!」
シエルさんは去り際、なにか忘れていたのか、地面を蹴ろうとした足を戻した。
「シエルさん?」
『お前とヴィフレアの死神は親しいようだが、あやつだけはやめておけ』
シエルさんはリアムをちらりと見た。
『忌まわしい呪われた魔術師だ。ともにいても先がない』
「呪われた?」
私が聞き返そうとした時、土を踏む音がしてリアムが近づいてきた。
「おしゃべりな竜だ」
リアムが目を細め、シエルさんに近づく。
シエルさんは詳しく教えてくれず、途中で話をやめた。
『忠告はした』
リアムから逃げるように、シエルさんは翼を広げる。
『他の人間はともかく、我はお前を気に入った。また会いにいく』
「はいっ! ぜひ、またご来店ください!」
『そういう意味ではないのだがな』
シエルさんは苦笑して飛び立つ。
空を見上げ、竜たちが巣へ向かって去っていく姿を見送った。
その私の横で、リアムがため息をつく。
「お前は厄介な奴ばかりに好かれる」
「それって、リアムのことですか?」
「お前の口にからあげを詰めるぞ」
「からあげを!? 世界の平和を守ったのに扱いが雑じゃないですか?」
ヴィフレア王国の危機が去り、宮廷魔術師たちからも緊張感が消えた。
「サーラ様はとんでもない方だ」
「竜族やリアムさまと対等に話をされている」
宮廷魔術師であっても竜はやはり驚異であるらしい。
それと同等の扱いを受けるリアムに、複雑な思いを抱いたけれど、その言葉はソッと胸の奥にしまった。
宮廷魔術師たちの中に、青色の髪が見えた。
――青の髪と瞳。宮廷魔道具師長のセアン様ですね。
わかりやすい特徴のため、すぐに誰なのかわかった。
「フランの家族は森にいるんだったな?」
「あっ! はい」
「森に寄ろう」
お父さんとお兄さんと一緒に帰れるとわかって、フランは笑顔になった。
「サーラ。リアム様。本当にありがとう!」
「フラン。お礼はいりません。私たちは仲間なんですから」
仲間と言われて、リアムが嫌がるかもと思ったけど、まんざらでもない顔をしていた。
「帰るぞ」
リアムが先に歩いていく。
フランが嬉しそうに、その後ろを追いかけ、私も続こうとした。
けれど、私を呼び止めた人がいた。
「アールグレーン公爵令嬢」
それは魔道具師長セアン様だった。
穏やかな笑みと柔らかい空気を漂わせて、リアムとはまったく違う雰囲気だ。
「セアン様ですよね。挨拶が遅れてしまって……」
図書館ではルーカス様から助けてもらった。
まずは挨拶をし、握手しようと手を差し出すと、さっきまでの穏やかな表情が一変し、冷たい青の瞳が私の手を見下ろした。
――あ、あれ? なんだか雰囲気が違う?
「竜の卵を守る獣人に殺されてくれたらいいと思って、案内したんだけど、残念な結果に終わっちゃったな」
小声で言われた言葉は、私以外の誰にも聞こえなかった。
リアムも背中を向けていたし、フランも遠くにいる。
セアン様は穏やかな笑みを浮かべていたから、私もなにを言われたのか瞬時に理解できなかった。
表情とセリフが一致してなかったため、言われた私も理解が追いつかない。
「え? 殺されなくて残念……?」
セアン様は笑い、私が差し出した手を無視して、その横を通りすぎていった。
――今のは冗談?
それとも本気だったのだろうか。
握手するために差し出した手をすぐに引っ込めるわけにはいかず、自分の手をしばらく見つめていた。
私と握手をしながら、ヘレーナは清々しい顔をしている。
リアムがいったいなにをしたのか、フォルシアン公爵も低姿勢だし、覇気がない。
――この勢いなら言える!
そう確信した。
「フォルシアン公爵。お願いがあります!」
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「では、そちらの条件を教えてください」
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『なにをモタモタしているのだ! からあげを作るというから、背中に乗せてやったのだぞ!』
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この中で、竜語がわかるリアムだけが、シエルさんを『子供か……』というように、呆れた顔で眺めている。
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「竜はこう告げています。卵を盗んだ代償を身をもって払えと!」
「まさか、人間の生け贄を求めているのか?」
「代償は必要です……」
私が深刻な表情で言った。
そんな私をリアムがなにか言いたそうな顔で見ている。
でも、嘘は言っていない。
代償として、からあげを求めているのだから、これは真実である。
――必要なのは人ではなく、鶏の身ですけどね。
「娘を差し出すしかないのか」
「あ、あたし? お父様、娘を犠牲にするつもりなのっ!?」」
私がまだ出発しないため、シエルさんが焦れったそうにしている。
フォルシアン公爵の決断を促すため、あえて、私は厳かな態度で尋ねた。
「フォルシアン公爵。私なら竜と交渉できます。どうされますか?」
「わかった! 獣人二人は諦めよう。そのかわり、竜をなだめてもらいたい」
「承知しました」
私はシエルさんに向き直り、話しかける。
「すみません。お待たせてしてしまって。ようやく話が終わりました」
『なにかモメていたようだが?』
「気にしないでください。えーと、からあげの肉は、リアムにロックバードの肉を解凍してもらおうと思っているのですが、いかがでしょう?」
ロックバードときいて、シエルさんはつばをのみこんだ。
――あ、食べたことあるんですね。
すでにシエルさんはロックバードの肉の美味しさを知っているようだ。
お腹を鳴らし、つばをのみこむシエルさんを見て、フォルシアン公爵家の面々はびくびく怯えていた。
「お、おい。人間を食べようとしてないか?」
「きっと怒りがおさまらないのだろう」
そんな声が聞こえてくる。
竜語がわかるリアムの視線が痛い。
『ロックバードの肉か。想像しただけでうまい。悪くない取引だ。それで、どれくらいかかる?』
「そうですね。ここから王都に戻り、肉を解凍して漬け込む作業があるので、四日ほどいただけたら、作れると思います」
『ふむ』
「もうすぐ市場も再開しますし、からあげがたくさん食べられますよ」
シエルさんがその情報に食いついてきた。
『なんだと! それを早く言え! そうなると、鶏も食えるし、ロックバードも食べられるということか。夢のようだな……』
鶏もいいけれど、ロックバードの肉は格別である。
やわらかくジューシーで、からあげにはもってこいの肉だ。
『よかろう。四日、待ってやる』
「ありがとうございます」
交渉が成立した。
シエルさんとの交渉が終わり、フォルシアン公爵に向き直る。
「私は竜の怒りをおさめるため、急ぎ王都へ戻り、作業しなくてはなりません」
「わかった。特別な儀式をするのか?」
「儀式……? えーと、はい、そうです」
肉を調味液に浸ける儀式だから間違ってはいない。
真面目な顔でうなずいた。
「それでは、竜の怒りを鎮める儀式のため、狼獣人の二人を連れて帰ってもよろしいですか?」
「もちろんだ!」
「では、こちらにサインを」
しっかり二人の自由証明書にサインをもらう。
いそいそとウエストポーチにしまった私をリアムが呆れていた。
「なにが儀式だ」
「嘘は言ってませんよ? リアムにも協力してもらいますからね?」
「肉の解凍だろ」
「そうです」
リアムは私とシエルさんの話をしっかり聞いていたようだ。
シエルさんは竜の巣に戻るらしく、両翼を広げた。
『では一度、竜の巣に戻る。美味いからあげを期待しているぞ!』
「はい!」
シエルさんは去り際、なにか忘れていたのか、地面を蹴ろうとした足を戻した。
「シエルさん?」
『お前とヴィフレアの死神は親しいようだが、あやつだけはやめておけ』
シエルさんはリアムをちらりと見た。
『忌まわしい呪われた魔術師だ。ともにいても先がない』
「呪われた?」
私が聞き返そうとした時、土を踏む音がしてリアムが近づいてきた。
「おしゃべりな竜だ」
リアムが目を細め、シエルさんに近づく。
シエルさんは詳しく教えてくれず、途中で話をやめた。
『忠告はした』
リアムから逃げるように、シエルさんは翼を広げる。
『他の人間はともかく、我はお前を気に入った。また会いにいく』
「はいっ! ぜひ、またご来店ください!」
『そういう意味ではないのだがな』
シエルさんは苦笑して飛び立つ。
空を見上げ、竜たちが巣へ向かって去っていく姿を見送った。
その私の横で、リアムがため息をつく。
「お前は厄介な奴ばかりに好かれる」
「それって、リアムのことですか?」
「お前の口にからあげを詰めるぞ」
「からあげを!? 世界の平和を守ったのに扱いが雑じゃないですか?」
ヴィフレア王国の危機が去り、宮廷魔術師たちからも緊張感が消えた。
「サーラ様はとんでもない方だ」
「竜族やリアムさまと対等に話をされている」
宮廷魔術師であっても竜はやはり驚異であるらしい。
それと同等の扱いを受けるリアムに、複雑な思いを抱いたけれど、その言葉はソッと胸の奥にしまった。
宮廷魔術師たちの中に、青色の髪が見えた。
――青の髪と瞳。宮廷魔道具師長のセアン様ですね。
わかりやすい特徴のため、すぐに誰なのかわかった。
「フランの家族は森にいるんだったな?」
「あっ! はい」
「森に寄ろう」
お父さんとお兄さんと一緒に帰れるとわかって、フランは笑顔になった。
「サーラ。リアム様。本当にありがとう!」
「フラン。お礼はいりません。私たちは仲間なんですから」
仲間と言われて、リアムが嫌がるかもと思ったけど、まんざらでもない顔をしていた。
「帰るぞ」
リアムが先に歩いていく。
フランが嬉しそうに、その後ろを追いかけ、私も続こうとした。
けれど、私を呼び止めた人がいた。
「アールグレーン公爵令嬢」
それは魔道具師長セアン様だった。
穏やかな笑みと柔らかい空気を漂わせて、リアムとはまったく違う雰囲気だ。
「セアン様ですよね。挨拶が遅れてしまって……」
図書館ではルーカス様から助けてもらった。
まずは挨拶をし、握手しようと手を差し出すと、さっきまでの穏やかな表情が一変し、冷たい青の瞳が私の手を見下ろした。
――あ、あれ? なんだか雰囲気が違う?
「竜の卵を守る獣人に殺されてくれたらいいと思って、案内したんだけど、残念な結果に終わっちゃったな」
小声で言われた言葉は、私以外の誰にも聞こえなかった。
リアムも背中を向けていたし、フランも遠くにいる。
セアン様は穏やかな笑みを浮かべていたから、私もなにを言われたのか瞬時に理解できなかった。
表情とセリフが一致してなかったため、言われた私も理解が追いつかない。
「え? 殺されなくて残念……?」
セアン様は笑い、私が差し出した手を無視して、その横を通りすぎていった。
――今のは冗談?
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