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第3章

16 元旦那様の贈り物攻撃!

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 リアムが竜の巣へ向かった後、私は市場の再開を目指して、忙しくしていた。
 無茶をするなと言われてしまったけど、リアムの不在予定は一週間。
 一週間程度、おとなしくできない私ではない。
 市場の再開に向けて、祭りで使う飾りや看板を作ったり、【修復】の仕事に追われている。
 祭りの打ち合わせ、商品の確認とやることは山ほどある。

「サーラ。出来上がった分の看板と飾りを届けてきたよ」
「ありがとうございます。フラン、町の様子はどうでしたか?」
「とくに変わりなかったけど、へレーナたちがいなくなったからか、表通りの市場がなくなってた」
「……そうでしょうね」

 元々、やる気がなかった表通りの市場。
 へレーナがいなくなったとたんにやめたらしい。

「怪しい奴はいなかった。でも、念のため、仲間たちが見回りをしてる」

 エヴェルさんたち狼獣人は裏通りを巡回し、怪しい者がいないか見張ってくれていた。
 そして、ラーシュの護衛もあって、近衛騎士団が店の近辺に潜み、身の安全は完璧に守られている――そう言い切りたいところだけど。 

「ヴィフレア王家が一番怖いかもしれません」
「おれもそう思う」
 
 フランがげんなりした顔をして、店を埋め尽くさんばかりの花を眺めた。

「第一王子ルーカス様より、サーラ元妃に贈り物でございます」

 ルーカス様付きの侍従が、店にやってきて、プレゼントの箱を積み上げ、花を運び入れていく。

「まった! 店の営業ができなくなるから、これ以上、中に運び入れるのはやめてくれ!」
「おそれおおくもヴィフレア王家、第一王子ルーカス様から、元妃に贈られたプレゼントですぞ!」

 王家の権威をアピールしてくる侍従に、フランはホウキを手にして前を阻み、入口から先に進めないようにする。

「大量の贈り物で、店の営業を妨害するなんて恐ろしいですね」
「見せつける財力と運搬力。迷惑極まりない力だな!」
「元妃、贈り物を受け取ってくださいませ!」

 フランのホウキから先に行けない侍従が、私に向かって叫ぶ。
 私を元妃と呼ぶ人がほとんどいなくなったと思っていたけど、侍従は違っていた。
 かたくなに元妃の肩書を主張してくる。

「駄目なもんは駄目だ! 見てわかるだろ! ここは店の商品陳列スペースなんだよ!」
「では、奥ならどうですかな? あばら家とはいえ、少しはスペースがあるでしょう」
「なっ! あばら家!? 私の家のどこがあばら家なんですか?」

 王宮に比べ、小さくて質素な家だけど、二階建てで庭も広い。
 この辺りでは大きめの一軒家である。

「元妃。王宮暮らしをしていた身として、お辛いでしょう」
「ものすごく快適ですよ!」
「お冗談を。王宮に勝る場所はありません」

 侍従は私の話を聞かず、ずうずうしくも許可なく奥へ行こうとする。

「侍従、この先は通しませんよ。師匠とぼくの大切な工房です」

 魔道具師の服装をしたラーシュが侍従を阻んだ。

「工房は【修復】依頼されたものでいっぱいです。もう入りません」
「くっ……! ラーシュ様を使うとは卑怯な」

 侍従が唸っているけど、工房は私とラーシュの共有スペースだ。
 ラーシュにも断る権利がある。

「ラーシュが言うように、家の収納には限りがあるんです。諦めて帰ってください」
「ルーカス様のお気持ちでございます。お受け取りくださいませ」

 リアムが去ってから、毎日こんなかんじだった。

「侍従。忙しい師匠をあまり困らせないでください」

 ラーシュも忙しく、手に書きかけの張り紙がある。
 お祭り少しでも人を呼ぼうと、広告用の張り紙を作っているのだ。

「わかりました。サーラ元妃。帰る前にルーカス様へお礼の手紙などありましたら、受けとりましょう」

 侍従が『さぞや、元妃は嬉しいことでしょう』という顔をして、スッと手を出す。
 絵の具でさらさらと文字を書く。
 その手に『返品』と書いた紙をのせた。

「ふおっ!?」

 侍従は信じられない顔で、その紙を見つめている。
 このやり取りが、日常化されつつあるというのに、いまだ侍従は現実を受け入れてくれない。

「サーラ元妃。まさかルーカス様の贈り物をお断りになられると? 遠慮は無用だと、ルーカス様もおっしゃられております」
「昨日も言いましたが、私は元妃です。ルーカス様は私の他に、妃にしたいと考えているご令嬢がいらっしゃいます」
 
 リアムにはフォルシアン公爵家のへレーナ、ルーカス様にはサンダール家が妃候補がいる。
 以前、へレーナがそんな話をしていたような気がする。

「ふっ。嫉妬ですかな?」
「違います」
「いやいや、わかっておりますよ? 王宮で陛下や殿下たちの寵愛を競う女同士の戦い。それを目の当たりにしてきた我が数十年の人生。複雑な女心がそこにはあるということを!」
「ありません」
 
 私が秒で答えても、侍従は『多くを語らずとも、自分にはわかりますよ』的な顔で、私を見る。
 直球で断っていたつもりだけど、王家至上主義、王族大好きな侍従にはわかってもらえないようだ。

「私はルーカス様から離縁されました。つまり他人です。贈り物を受け取る理由がありません。そして、王宮にも戻りません」

 これ以上ない私の直球を越えたド直球な返答に、侍従は顔を赤くして怒り出した。

「ルーカス様からの贈り物を返品された女性は、誰一人としておりませんぞ! それも、ふたたび妻に迎えてやろうと。寛大なお心でおっしゃられておられてます!」
「では、私が記念すべき一人目になります。ここにラーシュもいるのに、父親の再婚話を口に出すなんて、無神経すぎます」

 侍従にそう言い返した私だけど、ラーシュのほうはまったく気にしていなかった。

「最新のドレスと王家御用達のクッキー、紅茶。アクセサリーは【魅力】を高めるという女性に人気の魔石。さすがお父さまです。女性への贈り物センスはレベルが高くて、勉強になります」

 ――なんの勉強ですか?

 このままでは将来、ラーシュがルーカス様みたいに、女性を泣かすような大人になってしまう。
 師匠として弟子の道をたださねばならない!

「ラーシュ、大切なのは物より心です。こ・こ・ろ!」

 すごくいいことを言った私に、フランが横から口を挟む。

「サーラ。おれ、思いついたんだけど。この贈り物をかたっぱしから売れば、お金になるんじゃないかな?」
「あっ! そうですよね。ある意味、リサイクルって……駄目ですよ!」

 危うく人として越えてはいけないラインを越えるところだった。
 せっかくラーシュに、金品より気持ちが大事と伝えたはずなのに、これじゃ、まったく心に響かない。

「師匠として、もっと心を磨かなくては……」

 弟子であるラーシュを見ると、なにか考え込み、ぶつぶつ言っている。

「お父さまは師匠が好きなんでしょうか……。ぼくも早く大人になりたい。でも、大人になったら一緒に暮らせない……?」

 なにを言ってるのかよく聞こえなかったけど、耳の良いフランには聞こえていたようで、横目でちらりと私を見る。

「あのさ。サーラはヴィフレア王家の人間を引き寄せる能力が高すぎると思うよ」
 
 黒い悪魔を集める某商品のように言われてしまった。
 たしかに黒い悪魔であるのは間違いないけど、こんな状況になるとは思ってもみなかった。

「サーラ元妃。せめて、ルーカス様へのメッセージをいただけませんか? このままでは、ルーカス様が死んでも死に切れません」
「安心してください。ルーカス様は長生きします。まだまだ死ぬ予定はありません」

 憎まれっ子世になんちゃら。
 竜がやってくるかもと騒いでいるのに、リアムのように視察に行く気もなく、女性に贈り物をしているルーカス様。
 一番死にそうにない人物である。
 涙を誘う言い方をしても私は騙されない。
 侍従が舌打ちしたのを見逃さなかった。

「ナマモノのお花だけいただきます。後は返品可能な商品ですので、そちらはお持ち帰りください。ルーカス様には、私はもう妃ではありませんし、ただの魔道具師ですとお伝えしていただけますか?」
「お言葉はお伝えしましょう。ですが、宮廷魔道具師になられたサーラ元妃は、ただの魔道具師ではない。それにリアム様の妃を目指しているのではないですかな~?」

 ――探りですか。

 収穫なしで帰るわけにはいかないと、私とリアムの関係について、新たな情報を手に入れようとする。
 侍従は宮廷の荒波を長年生き抜いてきただけあって、しぶとくて困る。
 手ぶらで帰るつもりはないようだ。

「話が長くなりそうですね。よろしければ、開店前に朝食などいかがですか? 今から朝食なんです」
「今からですか?」
「急なお客様が来られるかもしれないので、先に掃除と店の開店準備、急ぎの仕事をしてから食事をしてます」

【修復】依頼は早朝から持ち込み可能で、店は昼前から夕方までの時間になっている。
 仕事前の職人たちから、壊れた道具を【修復】してほしいという依頼も少なくないからだ。

「お昼は簡単に済ませられるようスープとサンドイッチで、それぞれ手が空いた時に食べています。朝はだいたい昨日の夕食の残りですが、今日の朝食には、ハンバーグがたくさんあるんですよ」
「はんばーぐ? どのような食べ物ですかな?」

 首を傾げた侍従にラーシュが説明する。

「侍従。ハンバーグは肉をこねて焼いたもので、とても美味しい食べ物です」
「こねる? 肉を?」

 この世界では単純に肉を焼くというのが主流だった。
 私が買った肉串みたいなものが多く、肉のソテーや鳥の丸焼きという料理がほとんどである。
 
「煮込みハンバーグのほうが、ラーシュは好きだよな。今日のハンバーグはおれが好きな焼いたやつ」

 フランは温めたハンバーグにチーズをのせ、パンに挟む。
 そして、特製ソースをかけ、スッと侍従に渡す。

「こ、これは!? チーズがとろけて、とても香りがいい!」

 一口食べただけで、侍従はあっという間にハンバーグのとりこになった。

「最近、肉を噛むのが辛くなってきたが、これは柔らかく食べやすい……」

 体を震わせ、感動する侍従の前にフランはコーンポタージュスープを置く。

「ふお!? とろける! そして、トウモロコシの味が濃い!」

 フランとラーシュの大好きなスープである。

「ぼくの一番好きなスープです」
「ラーシュ様の好物であるハンバーグやコーンポタージュスープがわからないとは、宮廷に勤める侍従として恥ずかしい……!」

 ルーカス様に付けられた侍従は、宮廷でも有能で、長年勤めてきたプロ中のプロ。
 王族の好みを把握し、宮廷を取り仕切ってきたと思われる。
 まるで、死刑にでもなるのかというくらいショックを受けていた。

「これは、どちらの貴族邸の料理ですかな!? アールグレーン公爵家の料理人であれば、スカウトして……。いやいや、これほどの料理を作れる料理人を手放すだろうか……」
「異国の料理ですから、ハンバーグがわからなくても恥ずかしくないですよ」
「くっ……! さすが宮廷魔道具師に選ばれるだけあって、博識でいらっしゃる」

 突然、私が偉くなった気がした。
 ハンバーグとコーンポタージュスープによって……(複雑)。

「おかわりもありますから、ごゆっくりどうぞ」

 私とフラン、ラーシュと侍従というおかしな組み合わせで食事をすることになった。

「ふむ……。サーラ元妃の知識はセアン様に匹敵なさるかもしれませんな」
「セアン様って宮廷魔術師長ですよね?」
「いかにも。セアン様は建国の魔道具師に最も近い魔道具師と言われております。リアム様がいらっしゃらなければ、間違いなく、あの方が天才と呼ばれていたでしょう」

 王宮図書館で会った青い髪と瞳の男性を思い出した。
 たしかに他の人とは、どことなく空気が違う。

「リアム様は歴代最強魔術師。この時代に天才が二人生まれるのは、喜ばしいことです。ですが、恐ろしくもあるのです」
「恐ろしい……ですか?」
「なにか起きる前触れのような気がしてならない。いえ、リアム様がいらっしゃる限り、心配ありません。これは年寄りの杞憂ですな」

 侍従は笑ったけど、私の心には残った。

「セアン様がそれほどすごい方なら、十年前の箱について、なにか知っているはず……」

 会って話を聞きたいと侍従に言おうとした瞬間――店のドアが開いた。 

「頼もう!」

 ――え? まさか異世界に道場破りが?

 店の出入り口を見ると、金色の髪と瞳をした男性が立っていた。
 その人は市場のからあげを熱望していたお客様で、そして――

「む? 異国の人ですな。どちらの国の言葉でしょう?」

 ――侍従には彼が話す言語がなんであるか、わからなかったのだった。
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