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第3章
9 第一王子の素顔は…… ※へレーナ視点
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――見返りなんて、なにも考えていなかったわ。
あたしはフォルシアン公爵家の一人娘。
お金持ちの令嬢で、なんでも当たり前に与えられてきた。
与えられることに慣れすぎていて、ルーカス様の思惑に気づけなかった。
――でも、サインひとつで見返りを要求? そんな馬鹿なことってある!?
ルーカス様の優しげな笑顔を思い出す。
「きっとリアム様の脅しよ。だって、ルーカス様は快くサインをしてくれたんだから!」
それでも気になって、王宮に戻ってすぐにルーカス様を探した。
お父様はルーカス様ではなく、ヴィフレア王国最強の魔術師であるリアム様を王に望んでいる。
リアム様の魔力は魅力的だ。
リアム様が王になれば、魔獣だけでなく、竜族だって滅ぼせる。
敵対する竜族が滅びてくれたら、フォルシアン公爵家は戦う必要がなくなるのだ。
でも、今のリアム様だと、竜族と仲良くしようなんて言い出しかねない。
「サーラのせいよ。サーラがリアム様を変えたんだわ」
きっかけになったのは、彼女の魔道具だと思う。
氷の中から解放されたサーラは、平民たちのために魔道具を作り始めた。
最初は鍋で、加熱時間が短くなる鍋を売り出した。
鍋なんか作ってどうすると、魔道具師たちは馬鹿にしていたけれど、売れ行きが好調で、自分たちも使ってみたら便利なことに気づいた。
最近では、サーラの店で鍋を購入して使っている貴族たちも多い。
他にも便利な調理道具が売られ、重宝されているとか。
サーラに影響されたのはリアム様だけではない。
王都でも有数の魔道具店を経営するファルク伯爵もそうだ。
彼はサーラとの魔道具対決の後、体の不自由な人のための杖を平民たちにも格安で売り始めた。
『魔術も魔道具も民の幸せのため』
サーラのその考えは広まり、リアム様だけでなく、魔道具師たちにも影響を及ぼしている。
「サーラは宮廷魔道具師として認められているし、お父様も非凡だっておっしゃっていたわよね。もしかして、ルーカス様が気に入っているのは、今の彼女だとか?」
「今の彼女? サーラのことかな?」
「ルーカス様!」
ルーカス様を探していたのだから、出会うのは当たり前。
けれど、リアム様が言った見返りが気になって、つい警戒してしまう。
「え、ええっと……。そ、そうです」
「彼女がどうかした?」
「サーラに会いました。でも、サーラのどこに魅力があるのかわからなくて。ルーカス様が彼女にこだわる理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
淑女らしい挨拶をしなかったからか、ルーカス様は一瞬、表情を曇らせた。
慌てて軽く膝を曲げ、お辞儀をする。
――本当はルーカス様が苦手なのよね。
ルーカス様はあたしより十歳も年齢が上だし、人生経験も豊富。
女性関係も華やかだと聞く。
選ぶ女性は、貴族女性として恥ずかしくない振る舞いができる淑女、立場をわきまえた女性。
つまり、貴族女性のお手本のような方がお好みのようだ。
だから、きっとあたしみたいな風変わりな令嬢は、お好きではないはず。
フォルシアン公爵家の家風もあって、あたしが男性と同じ服装でいるのを許されているけど、これが他の貴族令嬢であれば、完全に無視されていたと思う。
ルーカス様に話しかけても空気のように扱われる。
そんな令嬢を何人も見てきた。
けれど、一番恐ろしいのは、それが王宮では当たり前になっていること。
だから、令嬢たちはルーカス様に嫌われないよう必死だった。
「そうだね。たしかに僕は過去の彼女より、今のサーラに興味がある。興味があるというか、気に入ってるよ」
――ルーカス様が気に入っているって、最大限の褒め言葉じゃないのかしら?
サーラはルーカス様の好みとまったく違うのに、そう言えるのはなぜなのか。
「ルーカス様は元妃に未練があるということですか?」
「これは未練というか、新しい気持ちなんだけどね」
「それはいったいどういう意味でしょうか?」
言っている意味がよくわからなくて聞き返した。
ルーカス様自身もよくわからないのか、少しだけ首をかしげた。
「今のサーラと過去のサーラ。氷の中から出てきたのは別人のような気がするんだよ」
――別の人間?
予想外な答えだった。
あたしが聞きたかったのは、サーラをふたたび妃に戻すのかどうかということで、別人だという答えは想像していなかった。
姿かたちがサーラなのに、別人だなんて、そんなことがありえるのだろうか。
「僕が勝手に思っているだけで、同じサーラかもしれないけどね。別人だと思ったことに対して、証拠も根拠もない。ただ、そんな気がしただけだよ」
「あたしは以前の彼女を詳しく知りません」
「ああ、そうか。十年前、へレーナはまだ八歳か。王宮へ遊びに来ていたころは、よくリアムについて回っていたよね」
有名なリアム様をそばでチャンスを見る機会は、そう多くなかった。
だから、一方的にあたしがつきまとっていただけである。
もちろん、相手にされなかった。
でも、リアム様は誰にでもそんな態度だ。
せめて、挨拶くらいしていたら、リアム様はもっと女性に人気があったと思う。
それに比べ、ルーカス様はリアム様と正反対の容姿と性格で、明るく華やかだ。
だから、結婚しても言い寄る女性は多く、あたしが社交界にデビューした時も周囲に女性をはべらせていた。
――それこそ、胸が大きくて色っぽい女性ばかり。なにがどう間違ってサーラへ?
「それで、へレーナ。僕がサインをした承諾書は役に立ったのかな?」
「ええ、それはもう!」
返事をしてから、ハッと我に返った。
笑顔のルーカス様が、急に恐ろしくなった。
「役に立ったなら、よかった」
「あ、あの……」
「フォルシアン公爵のたくらみに協力してあげたんだから、僕の頼みごとも聞いてくれるよね?」
――あたしがお願いしたことなのに、どうして『フォルシアン公爵』なの?
ルーカス様はリアム様側にいるフォルシアン公爵家を自分側に取り込もうとしていることに気づいた。
「まっ、待ってください! 父はこの件を知りませんし、無関係です。あたしが勝手にお願いして、承諾書にサインをもらったんです!」
「君はフォルシアン公爵家の一人娘だ。無関係ではないよ」
――これが見返り!
あたしだけでなく、お父様まで自分の手駒にするために、ルーカス様は承諾書にサインをしたのだとわかった。
「僕は君がリアムの妃になるべきだと思っている」
「あたしが!?」
「そのつもりで王宮へ来たのだろう? 僕は王宮の慣例に従って、元妃のサーラを王宮へ戻したい。リアムの妻など、もってのほかだ」
プライドもあるからなのか、ルーカス様はサーラを王宮に閉じ込めるつもりでいるようだ。
「だから、僕たちは敵ではない。そうだろう?」
「ルーカス様を敵だなんて、一度も思ったことはありません!」
「そうか。それなら、僕たちは協力しあえるね」
気づけば、あたしはルーカス様に丸め込まれ、協力することになっていた。
――え? 待って? あたしが味方するべきはリアム様よね?
混乱する私に、ルーカス様は優しい声音で語りかける。
「僕はヘレーナが妃になれるよう応援しているよ。協力してほしいことがあれば、気軽に言うといい」
ありがたい申し出のはずなのに、感謝の言葉が口から出なかった。
次はなにを見返りに求められるかわからない。
「ルーカス様はフォルシアン公爵家になにを求めていらっしゃるのですか?」
「言葉どおり協力だよ。僕が王になった時、リアムのほうがいいと反対されると面倒だからね」
「王になった時? でもっ……」
国王陛下はリアム様を次期国王に選んだ。
冬前には正式に指名されることが決定されている。
だから、妃候補を選出するのを急いでいた。
ルーカス様が王になれるチャンスはもうないはず。
――それなのに、ルーカス様は王になるつもりでいる。でも、どうやって?
「へレーナは……いや、フォルシアン公爵家は僕が王になれないと思っているようだね」
「いえ、そんなことは……」
「フォルシアン公爵家は読みが甘い。アールグレーン家はさすがだ。まだ王が決定したわけではないとわかっているから動かない」
ルーカス様が言うように、アールグレーン公爵家だけは、どちら側にもついていない。
王都の屋敷にも滞在せず、東の領地に引きこもっている。
次期王位継承者が決定するまで、仮病を使って出てこないつもりだ。
そのことをお父様は卑怯だと言っていたけど、それは賢い選択だったのかもしれない。
――フォルシアン公爵家の動きが、全部ルーカス様に見抜かれていて、利用されてしまっている気がするわ。
「ルーカス様。こちらにいらっしゃいましたか」
ルーカス様付きの侍従が現れた。
侍従は銀のトレイに手紙を一通のせ、うやうやしくルーカス様に差し出す。
誰かからの手紙のようだけど、ルーカス様なら、たくさん手紙が届くはずであり、それだけ特別扱いされていることがわかった。
「ごくろうさま。僕の元妃が迷惑をかけてすまないね」
侍従に優しくルーカス様はねぎらい、金貨を一枚、銀のトレイに置いた。
深々と侍従は頭を下げ、黙って去っていく。
「元妃って、サーラから手紙ですの?」
二股の現場を見てしまった。
――こっそり手紙を送ってるの? さすがアールグレーン公爵家の血筋は違うわね。ルーカス様とリアム様を手玉にとるつもりかしら?
ルーカス様は冷たい目で手紙を眺める。
「これは僕への手紙じゃない。母上への手紙だ」
「王妃様に取り入ろうとしているのでしょうか?」
「そうだったら面白かったんだけどね」
ルーカス様はサーラが王妃様に宛てた手紙を破き、あたしの前に紙片を散らす。
「あ、あの……」
「僕は優しいからね。君に協力してあげているんだよ? こうやってね」
足元に紙片が落ち、その紙をルーカス様が踏み潰す。
「サーラの手紙の内容を教えてあげよう。僕の承諾書を無効にするため、母上と面会を望んでいるという内容だ」
「あ、あたしのせいで……。申し訳ございません!」
サインひとつの協力ではなかった。
ルーカス様は侍従を買収し、あたしの計画に協力してくれていたのだ。
「フォルシアン公爵に伝えろ。リアムの味方をしても損をするだけだと」
ルーカス様は承諾書にサインしてくれた時と同じ微笑みを浮かべていた。
「わかりました。お父様に伝えます……」
「お利口だね。ああ、ヘレーナ。ここを片づけておいて? 誰かにこの手紙が見つかると困るからね」
ブーツの底に踏まれ、跡が残る白い紙片。
思いどおりにならない元妃に対するイラ立ちを感じた。
――これがルーカス様の素顔。今まで見てきたルーカス様は、別人だったのかもしれないわ。
ルーカス様の優しい顔に騙されて、知らないうちに罠にはめられている――それは、あたしだけでない。
散らばった紙片を集める自分の手が、恐怖で震えていた。
あたしはフォルシアン公爵家の一人娘。
お金持ちの令嬢で、なんでも当たり前に与えられてきた。
与えられることに慣れすぎていて、ルーカス様の思惑に気づけなかった。
――でも、サインひとつで見返りを要求? そんな馬鹿なことってある!?
ルーカス様の優しげな笑顔を思い出す。
「きっとリアム様の脅しよ。だって、ルーカス様は快くサインをしてくれたんだから!」
それでも気になって、王宮に戻ってすぐにルーカス様を探した。
お父様はルーカス様ではなく、ヴィフレア王国最強の魔術師であるリアム様を王に望んでいる。
リアム様の魔力は魅力的だ。
リアム様が王になれば、魔獣だけでなく、竜族だって滅ぼせる。
敵対する竜族が滅びてくれたら、フォルシアン公爵家は戦う必要がなくなるのだ。
でも、今のリアム様だと、竜族と仲良くしようなんて言い出しかねない。
「サーラのせいよ。サーラがリアム様を変えたんだわ」
きっかけになったのは、彼女の魔道具だと思う。
氷の中から解放されたサーラは、平民たちのために魔道具を作り始めた。
最初は鍋で、加熱時間が短くなる鍋を売り出した。
鍋なんか作ってどうすると、魔道具師たちは馬鹿にしていたけれど、売れ行きが好調で、自分たちも使ってみたら便利なことに気づいた。
最近では、サーラの店で鍋を購入して使っている貴族たちも多い。
他にも便利な調理道具が売られ、重宝されているとか。
サーラに影響されたのはリアム様だけではない。
王都でも有数の魔道具店を経営するファルク伯爵もそうだ。
彼はサーラとの魔道具対決の後、体の不自由な人のための杖を平民たちにも格安で売り始めた。
『魔術も魔道具も民の幸せのため』
サーラのその考えは広まり、リアム様だけでなく、魔道具師たちにも影響を及ぼしている。
「サーラは宮廷魔道具師として認められているし、お父様も非凡だっておっしゃっていたわよね。もしかして、ルーカス様が気に入っているのは、今の彼女だとか?」
「今の彼女? サーラのことかな?」
「ルーカス様!」
ルーカス様を探していたのだから、出会うのは当たり前。
けれど、リアム様が言った見返りが気になって、つい警戒してしまう。
「え、ええっと……。そ、そうです」
「彼女がどうかした?」
「サーラに会いました。でも、サーラのどこに魅力があるのかわからなくて。ルーカス様が彼女にこだわる理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
淑女らしい挨拶をしなかったからか、ルーカス様は一瞬、表情を曇らせた。
慌てて軽く膝を曲げ、お辞儀をする。
――本当はルーカス様が苦手なのよね。
ルーカス様はあたしより十歳も年齢が上だし、人生経験も豊富。
女性関係も華やかだと聞く。
選ぶ女性は、貴族女性として恥ずかしくない振る舞いができる淑女、立場をわきまえた女性。
つまり、貴族女性のお手本のような方がお好みのようだ。
だから、きっとあたしみたいな風変わりな令嬢は、お好きではないはず。
フォルシアン公爵家の家風もあって、あたしが男性と同じ服装でいるのを許されているけど、これが他の貴族令嬢であれば、完全に無視されていたと思う。
ルーカス様に話しかけても空気のように扱われる。
そんな令嬢を何人も見てきた。
けれど、一番恐ろしいのは、それが王宮では当たり前になっていること。
だから、令嬢たちはルーカス様に嫌われないよう必死だった。
「そうだね。たしかに僕は過去の彼女より、今のサーラに興味がある。興味があるというか、気に入ってるよ」
――ルーカス様が気に入っているって、最大限の褒め言葉じゃないのかしら?
サーラはルーカス様の好みとまったく違うのに、そう言えるのはなぜなのか。
「ルーカス様は元妃に未練があるということですか?」
「これは未練というか、新しい気持ちなんだけどね」
「それはいったいどういう意味でしょうか?」
言っている意味がよくわからなくて聞き返した。
ルーカス様自身もよくわからないのか、少しだけ首をかしげた。
「今のサーラと過去のサーラ。氷の中から出てきたのは別人のような気がするんだよ」
――別の人間?
予想外な答えだった。
あたしが聞きたかったのは、サーラをふたたび妃に戻すのかどうかということで、別人だという答えは想像していなかった。
姿かたちがサーラなのに、別人だなんて、そんなことがありえるのだろうか。
「僕が勝手に思っているだけで、同じサーラかもしれないけどね。別人だと思ったことに対して、証拠も根拠もない。ただ、そんな気がしただけだよ」
「あたしは以前の彼女を詳しく知りません」
「ああ、そうか。十年前、へレーナはまだ八歳か。王宮へ遊びに来ていたころは、よくリアムについて回っていたよね」
有名なリアム様をそばでチャンスを見る機会は、そう多くなかった。
だから、一方的にあたしがつきまとっていただけである。
もちろん、相手にされなかった。
でも、リアム様は誰にでもそんな態度だ。
せめて、挨拶くらいしていたら、リアム様はもっと女性に人気があったと思う。
それに比べ、ルーカス様はリアム様と正反対の容姿と性格で、明るく華やかだ。
だから、結婚しても言い寄る女性は多く、あたしが社交界にデビューした時も周囲に女性をはべらせていた。
――それこそ、胸が大きくて色っぽい女性ばかり。なにがどう間違ってサーラへ?
「それで、へレーナ。僕がサインをした承諾書は役に立ったのかな?」
「ええ、それはもう!」
返事をしてから、ハッと我に返った。
笑顔のルーカス様が、急に恐ろしくなった。
「役に立ったなら、よかった」
「あ、あの……」
「フォルシアン公爵のたくらみに協力してあげたんだから、僕の頼みごとも聞いてくれるよね?」
――あたしがお願いしたことなのに、どうして『フォルシアン公爵』なの?
ルーカス様はリアム様側にいるフォルシアン公爵家を自分側に取り込もうとしていることに気づいた。
「まっ、待ってください! 父はこの件を知りませんし、無関係です。あたしが勝手にお願いして、承諾書にサインをもらったんです!」
「君はフォルシアン公爵家の一人娘だ。無関係ではないよ」
――これが見返り!
あたしだけでなく、お父様まで自分の手駒にするために、ルーカス様は承諾書にサインをしたのだとわかった。
「僕は君がリアムの妃になるべきだと思っている」
「あたしが!?」
「そのつもりで王宮へ来たのだろう? 僕は王宮の慣例に従って、元妃のサーラを王宮へ戻したい。リアムの妻など、もってのほかだ」
プライドもあるからなのか、ルーカス様はサーラを王宮に閉じ込めるつもりでいるようだ。
「だから、僕たちは敵ではない。そうだろう?」
「ルーカス様を敵だなんて、一度も思ったことはありません!」
「そうか。それなら、僕たちは協力しあえるね」
気づけば、あたしはルーカス様に丸め込まれ、協力することになっていた。
――え? 待って? あたしが味方するべきはリアム様よね?
混乱する私に、ルーカス様は優しい声音で語りかける。
「僕はヘレーナが妃になれるよう応援しているよ。協力してほしいことがあれば、気軽に言うといい」
ありがたい申し出のはずなのに、感謝の言葉が口から出なかった。
次はなにを見返りに求められるかわからない。
「ルーカス様はフォルシアン公爵家になにを求めていらっしゃるのですか?」
「言葉どおり協力だよ。僕が王になった時、リアムのほうがいいと反対されると面倒だからね」
「王になった時? でもっ……」
国王陛下はリアム様を次期国王に選んだ。
冬前には正式に指名されることが決定されている。
だから、妃候補を選出するのを急いでいた。
ルーカス様が王になれるチャンスはもうないはず。
――それなのに、ルーカス様は王になるつもりでいる。でも、どうやって?
「へレーナは……いや、フォルシアン公爵家は僕が王になれないと思っているようだね」
「いえ、そんなことは……」
「フォルシアン公爵家は読みが甘い。アールグレーン家はさすがだ。まだ王が決定したわけではないとわかっているから動かない」
ルーカス様が言うように、アールグレーン公爵家だけは、どちら側にもついていない。
王都の屋敷にも滞在せず、東の領地に引きこもっている。
次期王位継承者が決定するまで、仮病を使って出てこないつもりだ。
そのことをお父様は卑怯だと言っていたけど、それは賢い選択だったのかもしれない。
――フォルシアン公爵家の動きが、全部ルーカス様に見抜かれていて、利用されてしまっている気がするわ。
「ルーカス様。こちらにいらっしゃいましたか」
ルーカス様付きの侍従が現れた。
侍従は銀のトレイに手紙を一通のせ、うやうやしくルーカス様に差し出す。
誰かからの手紙のようだけど、ルーカス様なら、たくさん手紙が届くはずであり、それだけ特別扱いされていることがわかった。
「ごくろうさま。僕の元妃が迷惑をかけてすまないね」
侍従に優しくルーカス様はねぎらい、金貨を一枚、銀のトレイに置いた。
深々と侍従は頭を下げ、黙って去っていく。
「元妃って、サーラから手紙ですの?」
二股の現場を見てしまった。
――こっそり手紙を送ってるの? さすがアールグレーン公爵家の血筋は違うわね。ルーカス様とリアム様を手玉にとるつもりかしら?
ルーカス様は冷たい目で手紙を眺める。
「これは僕への手紙じゃない。母上への手紙だ」
「王妃様に取り入ろうとしているのでしょうか?」
「そうだったら面白かったんだけどね」
ルーカス様はサーラが王妃様に宛てた手紙を破き、あたしの前に紙片を散らす。
「あ、あの……」
「僕は優しいからね。君に協力してあげているんだよ? こうやってね」
足元に紙片が落ち、その紙をルーカス様が踏み潰す。
「サーラの手紙の内容を教えてあげよう。僕の承諾書を無効にするため、母上と面会を望んでいるという内容だ」
「あ、あたしのせいで……。申し訳ございません!」
サインひとつの協力ではなかった。
ルーカス様は侍従を買収し、あたしの計画に協力してくれていたのだ。
「フォルシアン公爵に伝えろ。リアムの味方をしても損をするだけだと」
ルーカス様は承諾書にサインしてくれた時と同じ微笑みを浮かべていた。
「わかりました。お父様に伝えます……」
「お利口だね。ああ、ヘレーナ。ここを片づけておいて? 誰かにこの手紙が見つかると困るからね」
ブーツの底に踏まれ、跡が残る白い紙片。
思いどおりにならない元妃に対するイラ立ちを感じた。
――これがルーカス様の素顔。今まで見てきたルーカス様は、別人だったのかもしれないわ。
ルーカス様の優しい顔に騙されて、知らないうちに罠にはめられている――それは、あたしだけでない。
散らばった紙片を集める自分の手が、恐怖で震えていた。
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