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第3章
6 妃になってみせる! ※へレーナ視点
しおりを挟む「な、何を言ってるんだい? リステラ」
まさかの返答に動揺を隠せないのか、アスランが私に掠れた声音で問いかけてくる。さしもの彼も求婚の申し込みを拒否されるとは思っていなかったのだろう。
明らかに狼狽した様子でこちらを見つめてくる彼に、私は一切の躊躇をしなかった。
だって、もう後には引けない。引いてはならない。
私はこの婚約を拒絶した。拒否しなければならなかった。
何故ならアスランは本当に私を愛している訳ではないから。
いや、アスラン自身では本当に私を愛しているつもりかもしれない。
けれど、それは本当の愛ではない。
私は知っている。そのことを十年前から知っている。
だから、私も引けない。そのために『柱神』として過ごしたこの十年間、私は貴方への気持ちを捨てるために準備をしてきた。
「──私は確かに、貴方を愛していました」
震えそうになる声音をなんとか押さえつけ、私は必死に言葉を紡ぐ。極力アスランとは目を合わせないように。動揺している姿を見せてはならない。
きっと今貴方と目を合わせたら、この十年で固めた意思が崩れてしまう。
「けれど、それは過去の話です。私は殿下を愛してなどおりません。殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃるはず。殿下は将来国を治めることになる偉大なお方、婚約者は最も相応しい方にお譲り致します」
それだけを返し、私は尚もアスランを見ることなく国王の方へと振り向く。
「陛下、これが私の素直な気持ちです。僭越ながら、十年前に決まっていたアスラン王太子殿下との婚約は今日限りを以て破棄させていただきます。代わりと言ってはなんですが──」
と、一旦言葉を切り逡巡する仕草を見せる。
そして十年前より兼ねてから決めていたことを口にする。
「私は地位も名誉もいりません。ただ余生を静かに過ごしたいのです。どこか良い場所を紹介頂けますか?」
その言葉に国王がピクリと反応を示した。
私の言葉に隠された意味に気づいたのだろう、驚愕に目を見開き唇を震わせ、明らかに動揺している。
国王にとっては私の返答はとんだ誤算だろう。けれどそれは私の知ったことではない。
「あ、ああ。婚約は強制ではないのだし、そなたの意見を尊重しよう。直ぐに条件に該当する場所を手配する。そうだ。久しぶりに身体を動かしたのだし今日はもう疲れているであろう? 部屋を用意させる故、ゆるりと休むがよい」
「はい。お気遣い感謝致します」
私はもう一度恭しく礼を返し、アスランに声をかけられる前に身を翻しすぐにその場を後にした。
──ただ。
最後に一目だけ。もう一度見たいと、私はそっと彼の顔を盗み見た。
しかし、私はそれを後悔することになる。
退室する一瞬。私と、アスランのお互いの視線が交わった。
アスランが私を信じられないという面持ちで見つめていた。
信じていたものに裏切られたというあの傷ついた顔が。
苦悶に満ちたあの表情が。
頭に焼き付いて、どうしても離れてくれなかった。
まさかの返答に動揺を隠せないのか、アスランが私に掠れた声音で問いかけてくる。さしもの彼も求婚の申し込みを拒否されるとは思っていなかったのだろう。
明らかに狼狽した様子でこちらを見つめてくる彼に、私は一切の躊躇をしなかった。
だって、もう後には引けない。引いてはならない。
私はこの婚約を拒絶した。拒否しなければならなかった。
何故ならアスランは本当に私を愛している訳ではないから。
いや、アスラン自身では本当に私を愛しているつもりかもしれない。
けれど、それは本当の愛ではない。
私は知っている。そのことを十年前から知っている。
だから、私も引けない。そのために『柱神』として過ごしたこの十年間、私は貴方への気持ちを捨てるために準備をしてきた。
「──私は確かに、貴方を愛していました」
震えそうになる声音をなんとか押さえつけ、私は必死に言葉を紡ぐ。極力アスランとは目を合わせないように。動揺している姿を見せてはならない。
きっと今貴方と目を合わせたら、この十年で固めた意思が崩れてしまう。
「けれど、それは過去の話です。私は殿下を愛してなどおりません。殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃるはず。殿下は将来国を治めることになる偉大なお方、婚約者は最も相応しい方にお譲り致します」
それだけを返し、私は尚もアスランを見ることなく国王の方へと振り向く。
「陛下、これが私の素直な気持ちです。僭越ながら、十年前に決まっていたアスラン王太子殿下との婚約は今日限りを以て破棄させていただきます。代わりと言ってはなんですが──」
と、一旦言葉を切り逡巡する仕草を見せる。
そして十年前より兼ねてから決めていたことを口にする。
「私は地位も名誉もいりません。ただ余生を静かに過ごしたいのです。どこか良い場所を紹介頂けますか?」
その言葉に国王がピクリと反応を示した。
私の言葉に隠された意味に気づいたのだろう、驚愕に目を見開き唇を震わせ、明らかに動揺している。
国王にとっては私の返答はとんだ誤算だろう。けれどそれは私の知ったことではない。
「あ、ああ。婚約は強制ではないのだし、そなたの意見を尊重しよう。直ぐに条件に該当する場所を手配する。そうだ。久しぶりに身体を動かしたのだし今日はもう疲れているであろう? 部屋を用意させる故、ゆるりと休むがよい」
「はい。お気遣い感謝致します」
私はもう一度恭しく礼を返し、アスランに声をかけられる前に身を翻しすぐにその場を後にした。
──ただ。
最後に一目だけ。もう一度見たいと、私はそっと彼の顔を盗み見た。
しかし、私はそれを後悔することになる。
退室する一瞬。私と、アスランのお互いの視線が交わった。
アスランが私を信じられないという面持ちで見つめていた。
信じていたものに裏切られたというあの傷ついた顔が。
苦悶に満ちたあの表情が。
頭に焼き付いて、どうしても離れてくれなかった。
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