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第2章

26 魔道具対決

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 ――ノルデン公爵家がアールグレーン公爵令嬢に暗殺者を放った。

 目撃者が多かったこともあり、またたく間に人々の知るところとなった。
 王宮はこの事実を隠し通せず、首謀者であるとされたノルデン公爵は捕らえられた。

「サーラ。君が無事でよかったよ」

 知っていたのか、知らなかったのか――ルーカス様はまるで他人事だ。
 私とファルクさんの魔道具対決の日、大勢の人が王宮へやってきたけれど、この場にノルデン公爵の血縁者はいない。
 この暗殺騒ぎによって、ノルデン公爵家は完全に宮廷の権力図から弾かれてしまった。
 
「ノルデン公爵家は暗殺がお上手なほうだったのにね? アールグレーン公爵、フォルシアン公爵もそう思われるでしょ?」

 サンダール公爵がクスクス笑い、楽しげにしている一方で、フォルシアン公爵は沈黙を保っていた。
 父のアールグレーン公爵はというと、『地位を犠牲にしてまで、娘の命を狙う必要があったのか?』という顔をしている。

 ――それが親のする顔ですか?

 アールグレーン公爵家にしてみれば、妃を断り、令嬢らしからぬ行動をする娘に、そこまでの価値はない。
 ノルデン公爵家が命を狙った理由は、私がラーシュの秘密を知ったからというのが一番大きな理由だと思う。
 ルーカス様も知らないラーシュの【魔力なし】は、ソニヤが妃の地位を守るため、ルーカス様の王位継承者としての立場を優位にするため、どうしても隠したかったことなのだ。

「ノルデン公爵家は宮廷への出入りを禁じ、領地の半分を没収。娘のソニヤ妃は王宮で監視の下、謹慎処分とする」

 国王陛下は集まった人々に告げた。

「ノルデン公爵は娘のソニヤ妃の助命を願ったそうだ」
「ロレンソという騎士がそそのかしたとか……」
「サーラ様のそばには、リアム様がいらっしゃるというのに、浅はかな行動だったとしか思えない」

 厳しい処分に、貴族たちは動揺していたけど、私の命が狙われて一番驚いていたのが、アールグレーン公爵家の人々だった。
 血縁者の評価が一番低くて興味がないなんて、本当に笑えない。

「アールグレーン公爵令嬢は優秀な魔道具師であり、我が息子リアムが救った命だ。その命を奪おうとする者は、王家を敵に回すと思え」

 黒い軍服姿のリアムは宮廷魔術師長として、国王陛下のそばに控えており、他の宮廷魔術師たちも並び、威圧感も倍である。
 そして、同じ列には宮廷魔道具師たちが、私とファルクさんの対決を見ようと集まっていた。
 国王陛下の言葉に貴族だけでなく、彼らも粛々とした様子で頭を垂れた。
 
「では、本来の目的である魔道具対決を行う」

 控えていたファルクさん、準備をしていた私が、それぞれ魔道具を運び込む。

「サーラ様。わたくし、楽しみにしておりましたのよ」
 
 王妃様はわくわくした様子で、私の魔道具が披露されるのを待ちわびていた。
 その一方で、ルーカス様は私が負けると思っているのか、余裕の笑みを浮かべている。
 ルーカス様にしてみれば、後ろ盾のノルデン公爵家を失っても、私を妃にすれば、アールグレーン公爵家の後ろ盾が手に入る。
 負けると思っているからこその笑みだ。

「私の魔道具は準備が必要ですので、ファルクさんからどうぞ」
「よろしいでしょう」

 ファルクさんが私にうなずく。

「我が魔道具を献上する栄誉をいただきまして、心より感謝申し上げます。すべては偉大なるヴィフレア王国国王陛下の御為に……」

 ファルクさんは顔を下に向けて跪き、魔道具をのせた両手を高く掲げた。
 その手には立派な金の錫杖がある。
 もちろん、ただの錫杖ではない。

「なんて美しい錫杖でしょう!」

 王妃様や貴族たちが、錫杖を見たなり、拍手をした。
 錫杖にはヴィフレア王家の紋章である獅子と蛇の細工を施し、獅子と蛇の目は魔石、山に見立てた魔石は大きな光の魔石を使用している。
 王冠にも細かい魔石がはめこまれ、その魔石にはそれぞれ特別な効果があると思われる。
 
「魔術を使う際、体への負担を減らす効果がございます。この錫杖を手にするだけでも、国王陛下の支えとなるよう作らせていただきました」

 体の力が弱ったとしても、錫杖がその体を支えられるように作られているようだ。
 その心遣いを感じとり、王妃様はファルクさんに対して、優しい目を向けた。 

「ありがとう。ファルク」
「いえ……」
「素晴らしい錫杖に感謝する」
「滅相もございません」

 ファルクさんは私をちらりと見る。
 その視線はもの言いたげで、次はお前の番だという意味だと解釈し、わかりましたとうなずいた。

「それでは、私の魔道具を披露させていただきます。披露の際、室内が暗くなりますことをお許しください」

 実は前もって、広間のカーテンを黒の分厚いカーテンに変えてもらっていた。
 丸い球体の中には、光の大きな魔石が入り、それを覆うのはニルソンさんに作ってもらった不規則な穴が空いたザル――

「どうぞ皆様、ご覧ください」

 ――星空が一面に広がった。

「な、なんだ。これは……?」
「星?」
「今は昼間よね?」

 広間に集まった全員が、天井や壁をぐるりと見回した。
 光の魔石を見た時、私が最初に思いついたものである。
 
 ――小さいけれど、ちゃんとしたプラネタリウム。ちゃんと星のように見えてよかった。

「空が動いているぞ」
「星が沈んだら、また昇るのね」
「なんて不思議なの」

 驚きの声をあげたり、口を開けたまま見ている人もいる。
 光の魔石の光は、星のまたたきに似ている。
 球体の中に入れるだけで、星のように見えるのだ。
 そして、光の魔石には浄化効果もある。

「これは、プラネタリウムというものです。この空はヴィフレア王国から見える星空で、春の季節の夜空を表現しました」
「たしかに王宮から見える夜空だ」

 国王陛下は目を細め、星空を見上げる。

「……昔から眺めていた空だ」

 病弱なふりをして、ひっそりと王宮生活を送っていた国王陛下にとって、空は特別なものなのだろう。
 指で星の間に、線と線を描き、微笑む。

「きちんとした夜空だ。王妃にプロポーズした時と同じ夜空だな」
「ええ。春でしたわね。本当に美しいこと」

 国王陛下も王妃様も、若返ったように見えた。
 宮廷魔道具師たちは夜空を再現したことに驚いていた。

「たしかに非凡であるかもな」
「いや、だが、ただ光の魔石をはめただけでは……」

 ざわざわし始めたため、私はプラネタリウムの目的を述べた。

「このプラネタリウムは、光の魔石を利用したものであり、浄化の力があります。国王陛下のお体を考えたのはもちろんのこと、部屋にいながらにして、夜空を楽しめることができます」
「サーラ様。心遣いが素晴らしいわ。これが、あなたの魔道具ですのね」

 王妃様は大満足なご様子で、ルーカス様は苦い表情を浮かべた。
 手ごたえはバッチリだ。

 ――でも、この判定を誰が下すのか、私はまだ聞かされていない。

 宮廷魔道具師たちが集められていたのは、そのためだったのだろうけど、今まで見たこともない魔道具にどう評価していいか、誰もが思い悩んでいるようだ。
 
「父上。これは、学術的にも意義のある道具かと」
「リアム」
「誰もがヴィフレア王国の星空を学ぶことができます」
「ふむ……。そうだな。学院にあっても良い物だ。いや、王国内の学校に置けば子供たちも楽しみながら、学ぶことができるかもしれないな」
 
 ――魔道具は王族と貴族の特権ではない。

 その私の思いを国王陛下は、覚えていてくださったようだ。

「父上。お待ちください」

 まだプラネタリウムは動いていたのに、ルーカス様がカーテンを開け、外の光を取り入れた。
 星が消え、残念そうな声が聞こえてきても、ルーカス様は気にしない。

「どちらが優れているか、判定をするのは宮廷魔道具師がやるべきではありませんか? ファルクの魔道具も父上の体を考えた素晴らしいものだと、僕は思いますが」

 宮廷魔道具師たちはうなずいた。
 ファルクさんの計算は完璧で、細工も品がよく、美しい錫杖である。
 国王陛下も錫杖の素晴らしさは理解しているようで、宮廷魔道具師たちが並ぶ列を見る。

「魔道具師長のセアンは不在なのか」
「魔道具師長は昨日から、採掘に出かけておりまして。今日の朝には戻るとおっしゃられていました」
「父上。セアンの帰りを待つ必要はありません。ここには、宮廷魔道具師たちが大勢います。彼らに決めてもらってはいかがですか?」
「まあ、それでもいいが……」

 国王陛下はルーカス様が、なにを企んでいるのか、警戒していたけれど、ルーカス様が魔道具師たち全員に影響力があるわけではない。
 宮廷魔道具師も宮廷魔術師も、尊敬しているのはトップに立つ長である。
 王立魔法学院を首席で卒業したからといって、誰もがなれるわけではないエリート中のエリート。
 その中でトップになるのは、本当に実力のある者だけ。

 ――つまり、天才と呼ばれる人。

 リアムと対をなす宮廷魔道具師セアン様。
 まだセアン様に一度も会えていない。
 ルーカス様は魔道具師長が不在の間に、判定してしまおうと考えたらしく、並ぶ魔道具師たちに言った。

「宮廷魔道具師たちの君たちから見て、魔道具らしい物はどちらだろう?」

 その尋ね方は卑怯だと思った。
 今までの魔道具を考えたら、ファルクさんのほうが、魔道具であると全員が答える。
 ルーカス様は『君の負けだよ』とでも言うように微笑んだ。

 ――ルーカス様は私がファルクさんに負けて、妃になることを望んでいる。

「一流の魔道具を選んでほしい」

 宮廷魔道具師たちの視線は、当然、ファルクさんの魔道具に向けられた。
 ルーカス様の巧みな話術が、この場を支配していた……
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