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第2章

27 魔道具師の反撃

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「お待ちください」

 突然、ファルクさんが前に出た。
 判定を話し合おうとしていた宮廷魔道具師たちは、その真剣な面持ちを見て、何事かと思い、動きを止めた。

「本日、国王陛下に献上した魔道具ですが、今まで我が魔道具店では、取り扱うことがなかったものでございます」
「なにを言ってるんだ。他の品物とそれほど差はないだろう」

 ルーカス様は味方だと思っていたファルクさんが、なにを言うつもりなのかわからず、軽くけん制する。
 けれど、ファルクさんはまっすぐに前を見つめ、少しも動じない。

「人々のために魔道具を作ると言ったサーラ嬢に敬意を表し、自分なりに考えた魔道具を作らせていただきました」
「私に敬意を……」

 驚いたけれど、たしかに今までの魔道具店では、人を支える杖など見たことがなかった。

「お許しいただけるのであれば、献上品の技術を使い、体が不自由な方の生活を助ける杖を販売したいと考えております」
「もちろん、許可する。引退した世話係たちに、杖を贈ってやりたいと思っていたところだ」
「ありがとうございます」
「ファルク。お前のような魔道具師がいることを誇りに思う」
「滅相もございません。まだまだ未熟だと思い知った次第です。今の自分には、その言葉だけでじゅうぶんでございます」

 国王陛下の言葉に、ファルクさんは涙ぐんだ。
 そして、顔を上げると、私に手を差し出した。

「素晴らしい魔道具だった。王都で店を持つ我々は、魔道具師であることを誇りに思ってきたが、それだけでは胸を張れないと気づいた。舞踏会の日、なにも言い返せなかったことが恥ずかしい。あの日、我々の誇りを守ってくれたことを感謝している」
「ファルクさん……」
 
 先日の舞踏会にて、ルーカス様が言った『魔術師のほうが優れているに決まっているだろう』という言葉が、魔道具師たちの心に突き刺さったのだ。
 ルーカス様を思い知らせるため、わざとファルクさんは、今までとは違う魔道具を作ったのだ。
 それも、私の考えに沿った魔道具を作り、私を勝たせるための魔道具を。

「やっぱりファルクさんはすごいですね」
「そんなことはない。サーラ嬢のような魔道具は思いつきもしなかった」

 差し出された手を握り、ファルクさんと握手をした。
 大きな拍手が起こり、国王陛下は私たちの握手を見て、満足そうにうなずいた。

「これで判定は出たと思うが、どうだろう?」
「わたくしに異論はございませんわ。サーラ様は宮廷魔道具師としての能力をお持ちだと思います」

 優しい王妃様が後押ししてくれた。
 宮廷魔道具師になれば、ルーカス様は簡単に妃にできなくなる。
 それこそ、国王陛下になって命令でもしない限りは無理だ。
 アールグレーン公爵家は、すでに諦めているのか、私が宮廷魔道具師になることを反対しなかった。
 サンダール公爵はニヤニヤ笑い、フォルシアン公爵は興味なさそうな顔をしている。
 そもそも、私がルーカス様の妃にならないほうが、他家にとっては都合がいい。
 けれど――

「父上。僕の意見は聞いていただけないのでしょうか?」

 ルーカス様は納得していないようだった。
 
 ――そんな私にこだわらなくても、ルーカス様の妃になりたい女性は多いと思うけど。

 今日も大勢の令嬢がやってきている。
 舞踏会でもないのに、気合いの入ったドレス姿の令嬢たちが、ずらりと並んでいた。

「王子の妃が不在では困るでしょう? 僕にはソニヤに代わる妃が必要ではないかと……」

 それはそうだという声が上がり、慌てて断ろうとした瞬間――

「師匠は魔道具師てす! お父さまの妃にはなりません!」

 分厚い黒のカーテンの陰から、飛び出してきたのは、ラーシュだった。
 ルーカス様は突然現れたラーシュの勢いに気圧され、わずかに身を引いた。
 まさか、ラーシュがいるとは思わなかったのだろう。

「ラーシュ? ソニヤと部屋にいたんじゃなかったのか?」
「どうしても、師匠の魔道具が見たくて、部屋を抜け出してきました」

 ノルデン公爵家のことがあり、ラーシュはソニヤとともに、監視されていた。
 監視と言っても、テオドールが担当しているため、ラーシュにとっては監視というより、日常である。

「リアム様が連れ出してくれたんです」
「リアムが?」

 監視役のテオドールも協力したのだろうけど、名前を出さないようにと、リアムが言ったに違いない。
 リアムの表情はいつもどおりの無表情。
 なにを考えているのか、誰もわからなかった。
 でも、ラーシュをここへ連れてきたのは、リアムの優しさだと私にはわかる。
 私の命を狙ったのはソニヤとノルデン公爵で、ラーシュに罪はないと知らしめるため。

「師匠……。ぼく……」
「ラーシュ、私の魔道具はどうでしたか?」
「とても素敵でした。昼間に星を見たのは初めてです! ずっと見ていたくなるくらい綺麗でした」
「本当ですか? 喜んでもらえて嬉しいです。ラーシュが元気そうでよかった!」

 私が微笑み、手を伸ばすとラーシュが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「どういうことだ?」

 王宮を抜け出して、私の魔道具店へきたことも知らないらしい。
 ルーカス様はソニヤからなにも聞かされていないようだ。

「ラーシュは私の弟子です」
「弟子? まさか魔道具師になるとでも?」

 ラーシュは私の手を握り、ルーカス様と国王陛下、王妃様の顔を見る。

「ぼくは【魔力なし】です」

 そう告げた瞬間、ルーカス様が固まり、国王陛下と王妃様は驚き、言葉を失った。
 貴族たちがざわめき、誰もがラーシュを見ていた。
 けれど、ラーシュは堂々とし、全員の前で告げた。

「王にはなりません。ぼくは師匠に弟子入りをし、魔道具師を目指します。師匠のような魔道具師になりたいからです」

 静まり返る中、私は微笑んだ。

「ラーシュはとても努力家で、作業も丁寧です。すでに【研磨】と【修復】のスキルを身につけ、店でも活躍しています。プラネタリウムの光の魔石は、ラーシュが魔物から取り出して、私にプレゼントしてくれたものなんです」
「まあ。ラーシュが魔物を!」
「はい。だから、プラネタリウムが作れたのもラーシュのおかげです」
「すごいこと。ラーシュは剣も使えるのね」

 王妃様は嬉しそうに微笑んだ。

「おじいさま、おばあさま。【魔力なし】だって、ずっと黙っていて、ごめんなさい」
「謝ることはないんですよ。魔力がなくても、ラーシュはわたくしの孫ですからね」
「ラーシュも手伝ったのかと思うと、なおさら価値がある気がしてくる」

 目に入れても痛くないほど可愛いのが孫。
 二人はラーシュが魔物と戦った時のことを聞き、そして、剣の腕を褒めた。
 けれど、ルーカス様だけは違っていた。

「妻と子に騙され、裏切られるとはね」
「お父さま……」
「魔道具師になりたいのならなればいい。【魔力なし】はヴィフレアの王にはなれない」
「つまり、それって、ラーシュが魔道具師になってもいいということですよね?」

 私が尋ねると、ルーカス様はわずかに動揺した。

「魔道具師に価値は……」
「よかったですね! ラーシュ! 私たち、魔道具師として頑張りましょう!」
「はいっ! 師匠!」
「フランも待ってますよ」

 手を取り合い大喜びする私たちを眺め、ルーカス様は面白くなさそうにしていた。
 国王陛下がファルクさんの錫杖を手にし、立ち上がった。
 
「ルーカス。魔術師は魔術で民を守り、魔道具師は道具で民を助ける。それがわからない者は、王にはなれない」

 今まで優しげな雰囲気だった国王陛下の低い声に、さっきまで笑っていたサンダール公爵から笑みが消え、アールグレーン公爵は目を細め、フォルシアン公爵は難しい顔をした。
 他の貴族たちは、さっと跪く。
 ヴィフレア王国の国王陛下は王というだけではない。
 トップクラスの魔術師であり、いざという時は王国を守る大魔術を使う特別な存在である。
 しかし、大魔術を使うには魔道具が必ず必要となるのだ。
 魔術師と魔道具師がいるからこそ、ヴィフレア王国の平和は守られている。

「魔術師と魔道具師によって、ヴィフレア王国は建国された。王でなくても、それを忘れるな」
「父上、それは……!」

 大きなざわめきと同時に、ルーカス様の声が広間に響いた。

 ――リアムがヴィフレア王国の国王になるの?

 リアムは国王陛下になにか言いたそうにしていたけれど、この場では言えないのか、口を閉じ、視線を下へ向けた。

「正式な発表は、後日行う。ラーシュ。なにも気づいてやれず、辛い思いをさせてしまった。魔道具師を目指し、励みなさい」
「はい! おじいさま!」

 ラーシュは大喜びだったけれど、ルーカス様は呆然としたまま、その場に立ち尽くしていた。
 
「サーラ=アールグレーン。貴公を宮廷魔道具師として任ずる」

 宮廷魔道具師として認められ、嬉しいはずなのに素直に喜べなかったのは、きっとルーカス様が気になったせい。
 このまま、ルーカス様が王位を諦めるとは思えない。
 今日、判定されたのは、私とファルクさんではなく、ルーカス様だ。
 魔道具師や【魔力なし】に対する考えがわかり、国王陛下は次期国王を誰にするか決断した。
 その決断が間違っているとは思わないけれど、ノルデン公爵家の力が弱まった今、他の四大公爵家はこの機会を逃さないだろう。
 ヴィフレア宮廷に不穏な空気が漂い始めていた。
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