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第2章
17 もう一度、君を妻に迎えてあげよう ※ルーカス視点
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「リアム様がエスコートされてるわよ!」
――エスコート役はリアムだった。
当然、周囲は騒然となり、僕の顔色をうかがう。
動揺した素振りを見せないよう作り笑いを浮かべ、人々を欺いた。
穏やかでない心を隠し、第一王子として、元夫として、余裕たっぷりの態度をとる。
だから、誰も僕の心うちには気づかなかった。
「まぁ、リアム様がエスコートだなんて、珍しいわ」
「こう申し上げるのもなんですけど、とてもお似合いではありませんこと?」
「ご覧になって。光の魔石を使ったドレスよ。あれほどの光の魔石を集めるなんて、なかなかできないことですわ」
「もしかして、あの光の魔石……。リアム様がサーラ様にドレスを贈られたのかしら?」
人間嫌いなリアムが、サーラをエスコートしているだけで、周囲は騒然となった。
――リアムめ。なんのつもりか知らないが、僕を差し置いて、妻にドレスを贈るとは。
いや、正しくは元妻だ。
ドレスを見ただけで、誰が贈ったかわかる。
四大公爵家であっても、簡単に用意できるものではない。
これはサーラを助けたことになる。
あきらかにルール違反だが、父上や貴族たちの前で、『手助けしない約束だろう』などと、言えるわけがなかった。
心の狭い元夫、ドレスを贈らずに、舞踏会に招待したなどと、悪評が立ちかねない。
「サーラ様を氷の中から助けられただけでなく、今もそばで支えていらっしゃるのね!」
「さすがリアム様だわ!」
サーラを助けたことで、リアムは高い評価を受けている。
その一方で――
「ルーカス様の元妃であるサーラ様と親しくされるのは、あまりよろしくないのでは?」
「まったくだ。他にも美しい令嬢がいるだだろう」
「いや、でも、サーラ様がご一緒だと、雰囲気が普段とどことなく違うな」
「あっ! サーラ様がリアム様にピンクのカップケーキを手渡したぞ。カップケーキを食べている! しかもピンクの可愛らしいケーキだ!」
「なにやら、サーラ様が一生懸命、説明しておられますな……。ふむ? カップケーキの色が毒々しい?」
リアムは毒じゃないと言っているが、サーラはかたくなに拒否している。
昔はカラフルで可愛いと言っていたはずが、好みまで変わったのだろうか。
それにしても、サーラがリアムのそばにいると、無愛想なリアムではなくなる。
十年前もそうだった。
社交的でないリアムが、親しくしていた唯一の人間。
それが、サーラだ。
サーラは四大公爵家のひとつアールグレーン家に生まれながら、【魔力なし】だった。
手先が不器用だったため、魔道具師としても落ちこぼれで、馬鹿にされ、サーラは、僕の妃候補から、早いうちに脱落していた。
令嬢たちに埋もれ、存在感はほとんどなかった。
――そんな君を日の当たる場所へ連れ出してあげたのは、僕なんだけどね。
僕に選ばれたサーラは、羨望のまなざしを受け、王子の妃という栄誉を得た。
リアムと違って、社交的な僕の妃になりたいという令嬢は多くいた。
サーラももちろん、その中の一人だ。
だが、目覚めた彼女は、リアムを信頼し、僕に冷たい態度をとる。
以前の慕う姿はない。
それなのに、僕は今の彼女のほうが、興味が持てる。
「リアムが舞踏会にやってくるとは珍しい」
父上がリアムに声をかける。
「父上が舞踏会に出席するよう命じられましたので」
それは今までもだ。
だが、実際、参加したのはほどんとなかった。
父上はリアムに優しげな笑みを浮かべた。
「こうして大勢が集まる姿を眺められるのは、後、何回もないだろう。リアムが出席する姿を見れてよかった」
その言葉に貴族たちがざわめいた。
父上は近いうちに退位されるのだと、全員が察した。
僕かリアムか――父上はどちらを指名するつもりでいるのか、まだ誰もわからない。
「陛下。ルーカスが舞踏会を開いてくれたのですよ」
父上が僕とソニヤに声をかけなかったことに気づき、母上がこちらを気遣い、名前を出す。
「そうだな。ルーカスは社交性がある。それはお前の長所だ。他の者からも、ルーカスがいると、華やかでいいという話をよく聞く」
「とんでもありません。王子として当然のこと。誰かのように、理由をつけて逃げ回るような真似はしませんよ」
リアムがムッとしたのがわかったが、社交の場から逃げ回っているのは事実。
――言い訳できるものならしてみせろ。
そう思っていると、父上がリアムをかばった。
「ルーカス。リアムは宮廷魔術師として働いている。忙しいというのは嘘ではない」
「父上。社交も仕事のうちでしょう。リアムは第二王子ですよ。第二王子の自覚が足りないのでは?」
父上の表情が険しくなったが、真実を伝えたまで。
貴族たちも以前より、リアムが社交の場に顔を出さないことを不満に思っており、静かにうなずいていた。
母上が場の空気が悪くなったのに気づき、慌てて話題を変えた。
「リアム様といえば、サーラ様を十年ぶりに氷の中から目覚めさせたと聞きました。それで、サーラ様はお元気でいらっしゃるのかしら?」
サーラに話題が移り、注目を浴びたサーラはおどおどするはずだったが――
「王妃様。私を覚えていてくださり、感謝いたします。体のほうは問題ございません」
物怖じせず、にっこり微笑んで答えた。
姿はサーラのはずが、一瞬、サーラとは別人に思え、混乱してしまった。
――誰だ? いや、サーラだ。
ドレスのせいか、それとも室内の灯りの加減なのか、いつも以上に違和感がある。
「王妃様と親しくさせていただいておりましたのに、ご挨拶もなく、出ていってしまったことをお許しください」
「お気になさらないで。サーラ様は王宮から出て、大変だったでしょう?」
「今の私にとっては、王宮の外で過ごすほうが、気持ちが楽でいられます。記憶があいまいな私が、過去を思い出せず、他の方々に失礼な態度をとってしまうよりは……」
「十年も経てば、周囲も変わりますものね。とても不安でしょう」
「はい。ですから、あまり公の場に出るのは控えたいと思っております」
これは、次回からは出席しないという宣言に他ならない。
今のサーラは以前のサーラとは違い、頭の回転が早い。
招待が罠だとわかっていながら、ここへきたのは、父上と母上を味方につけ、僕とソニヤに今後一切、自分に関わらせないためだ。
――そうはさせるか。
「少しずつ慣れていってはどうかな? 君も華やかな場所が好きだっただろう?」
「ルーカス。サーラ様をあまり困らせてはいけないわ。聞けば、王宮の外で貧しい暮らしを送っている上に、働いているそうではないの」
「よくご存じで」
「それを聞いた時、わたくしは悲しくなりましたわ。一時は妃にも選ばれた身でありながら、働いてお金を稼ぐなんて。ルーカスが世話をするべきだったでしょう?」
逆に説教されてしまった。
母上はおとなしく控えめなサーラを気に入っており、ソニヤよりもサーラに、僕の妃になってほしいと思っていた貴重な人間だ。
母上をここに呼んだのは失敗だった。
「いくらソニヤ様がいらっしゃるからといって、追い出すなんて……」
母上はソニヤをちらりと横目で見る。
ソニヤの派手な赤色のドレスに目をやり、扇子を口元にあて、ため息をつく。
母上とソニヤは趣味がかなり違う。
主張し過ぎない淡い色のドレスを好む母上だが、ソニヤははっきりした色を好む。
「恐れながら王妃様。まるで、わたくしがサーラを追い出したかのようにおっしゃりますけれども、自分から出ていくと申し出たのですわ」
「二人に遠慮してのことでしょう。サーラ様はお優しいご令嬢でしたもの」
「わたくしが優しくないような言い方ですわね」
負けじとソニヤは言い返し、母上は眉をひそめた。
「それにしても、サーラ様。とても素敵なドレスですこと。どなたからの贈り物?」
「ありがとうございます。舞踏会にあわせて、リアム様から贈っていただきました」
「リアム様が……」
母上の僕に対する目が厳しいものになった。
その目は『ルーカス? あなたがドレスを贈るべきだったでしょ?』と語っていた。
母上は宮廷の権力に興味がない代わり、男女のこういうやり取りにだけはうるさい。
リアムがサーラに金を援助する可能性は考えたが、直接ドレスを贈るとは思わなかった。
今まで、さんざん令嬢との婚約を断り、女性の噂ひとつなく、近寄る者は容赦なく冷たい言葉で遠ざけてきた人間嫌いの変わり者が、ドレスを贈るとは、誰が予想できただろうか。
「リアム様がサーラ様にドレスを……」
「もしかして、お二人の関係は……」
「でも、ルーカス様の元妃でしょう?」
貴族たちのささやきを耳にした父上が、これは良くないと判断したのか、リアムにダンスを勧めた。
「リアム。お前と踊りたい令嬢は大勢いる。令嬢たちと踊ってはどうだ?」
嫌そうな顔をしたリアムだが、ダンスの誘いを断るのは難しい。
父とはいえ、国王陛下。
リアムでさえ断るのは――
「足を負傷しているので踊れません」
――いや、絶対嘘だろう?
この場にいた全員がそう思ったが、リアムはしれっとした顔で、その嘘を貫き通す。
可愛げのない弟だ。
リアムになにを言っても無駄だと思っていたが、サーラだけは違っていた。
「ダンスが苦手だったんですね」
「足の負傷だ」
「そんな岩をも砕きそうな足でよく……」
「は? なにか言ったか?」
「たとえです、たとえ!」
リアムからにらまれ、怯まない女性を初めて見たような気がする。
相手が僕の元妻でなければ、父上は喜んでリアムの相手に考えたかもしれない。
――いや、待て。父上がサーラをリアムの相手として考える可能性もある。
それは僕ではなく、リアムを王にする時だ。
王妃のいない王など、ありえないからだ。
父上が周りの批判を無視してでも、サーラをリアムの妃にしないとは限らない。
楽隊の奏でる音楽が、やたら遠くに聞こえた。
サーラを呼び、舞踏会を楽しむはずが、気がつけば、追い込まれているのは自分自身。
なぜ王宮へ呼びたいと思ったのか、リアムにエスコートされた彼女を見て、はっきりした。
――僕は今のサーラが気に入っている。それを言えば、また怒るだろうけど、それは事実だ。
十年前、彼女を妻にした理由はリアムだった。
王立魔法学院の授業で、風の魔術で花壇が荒れ、そのままになっていたのをサーラが片付けていたのをリアムが手伝った。
ただそれだけのことなのだが、魔術を使わずにリアムはサーラを手伝い、笑っていた――それが、気にいらなかったからだ。
今も同じ感情があるが、それは別物。
――君は僕の元妻だが、王宮に戻せば復縁も可能。リアムにはできないことだ。
立場上、サーラを妃にし、王宮に戻したところで、なんの問題もない。
父上に申し出て、王宮へ戻すよう話をする。
そう思った瞬間――
「もう一度、君を妃に迎えたい」
気づけば、口からそんな言葉が出ていた。
「ルーカス。どのような理由で、もう一度迎えたいのだ?」
父上の視線は発言した僕ではなく、四大公爵家の当主たちに向けられている。
アールグレーン公爵は、僕の言葉に歓喜の声を上げた。
「なんとっ! アールグレーン公爵家の娘を再び妃に迎えてくれるとは、なんたる寛容なお心! 理由など、なんでも構いません!」
「喜んでいただけて嬉しいですよ」
アールグレーン公爵の大喜びする姿を見て、父上が険しい表情を浮かべる。
「ルーカス」
言葉の真意を述べろというわけである。
今までうまく立ち回ってきた僕にとって、この場を取り繕う理由を考えることは簡単だった。
――それが、僕の長所でしょう。父上?
話術も社交性も低いリアムにできないことが、僕にはできる。
「父上。僕は二十八歳です。ですが、子はラーシュ一人。直系王族の血筋を絶やさぬようにするのが義務。若い妃を迎えたいと思っておりました」
貴族たちは沈黙しているが、僕の意見には賛成のようで反対しない。
ノルデン公爵だけが、嫌な顔をしていたが、直系王族の血筋を守るために、僕が言っていることも理解している。
ラーシュ一人では、将来的に不安だという声は常にあった。
ソニヤは青ざめたが、僕は心配ないよと、ここで断っておく。
「もちろん、ソニヤへの愛が薄れたわけではありません。ですが、氷に閉じ込められる前はサーラが僕の正妻でした。若い妃を迎えるというのなら、サーラを妃にするのが、一番いいのではと考えました」
父上から王宮へ戻るよう命じられたら、サーラはもう逃げようがない。
いや、逃げると言う表現はおかしい。
サーラはきっと喜んでいるはずだ。
なぜなら、この僕が愛人ではなく、妃の一人として戻れと言ったのだから――
「ルーカス様の妃にはなりません。再婚はお断りします」
喜ぶどころか、嫌そうな顔をし、サーラはきっぱりとした態度を見せた。
「私は魔道具師です」
――僕の妻より魔道具師?
サーラがなにを言っているか、理解できなかったのは、僕だけじゃなく貴族たちも同じ。
第一王子の妃より魔道具師がいいというプロポーズの返事は、一番ありえない返事だった。
――エスコート役はリアムだった。
当然、周囲は騒然となり、僕の顔色をうかがう。
動揺した素振りを見せないよう作り笑いを浮かべ、人々を欺いた。
穏やかでない心を隠し、第一王子として、元夫として、余裕たっぷりの態度をとる。
だから、誰も僕の心うちには気づかなかった。
「まぁ、リアム様がエスコートだなんて、珍しいわ」
「こう申し上げるのもなんですけど、とてもお似合いではありませんこと?」
「ご覧になって。光の魔石を使ったドレスよ。あれほどの光の魔石を集めるなんて、なかなかできないことですわ」
「もしかして、あの光の魔石……。リアム様がサーラ様にドレスを贈られたのかしら?」
人間嫌いなリアムが、サーラをエスコートしているだけで、周囲は騒然となった。
――リアムめ。なんのつもりか知らないが、僕を差し置いて、妻にドレスを贈るとは。
いや、正しくは元妻だ。
ドレスを見ただけで、誰が贈ったかわかる。
四大公爵家であっても、簡単に用意できるものではない。
これはサーラを助けたことになる。
あきらかにルール違反だが、父上や貴族たちの前で、『手助けしない約束だろう』などと、言えるわけがなかった。
心の狭い元夫、ドレスを贈らずに、舞踏会に招待したなどと、悪評が立ちかねない。
「サーラ様を氷の中から助けられただけでなく、今もそばで支えていらっしゃるのね!」
「さすがリアム様だわ!」
サーラを助けたことで、リアムは高い評価を受けている。
その一方で――
「ルーカス様の元妃であるサーラ様と親しくされるのは、あまりよろしくないのでは?」
「まったくだ。他にも美しい令嬢がいるだだろう」
「いや、でも、サーラ様がご一緒だと、雰囲気が普段とどことなく違うな」
「あっ! サーラ様がリアム様にピンクのカップケーキを手渡したぞ。カップケーキを食べている! しかもピンクの可愛らしいケーキだ!」
「なにやら、サーラ様が一生懸命、説明しておられますな……。ふむ? カップケーキの色が毒々しい?」
リアムは毒じゃないと言っているが、サーラはかたくなに拒否している。
昔はカラフルで可愛いと言っていたはずが、好みまで変わったのだろうか。
それにしても、サーラがリアムのそばにいると、無愛想なリアムではなくなる。
十年前もそうだった。
社交的でないリアムが、親しくしていた唯一の人間。
それが、サーラだ。
サーラは四大公爵家のひとつアールグレーン家に生まれながら、【魔力なし】だった。
手先が不器用だったため、魔道具師としても落ちこぼれで、馬鹿にされ、サーラは、僕の妃候補から、早いうちに脱落していた。
令嬢たちに埋もれ、存在感はほとんどなかった。
――そんな君を日の当たる場所へ連れ出してあげたのは、僕なんだけどね。
僕に選ばれたサーラは、羨望のまなざしを受け、王子の妃という栄誉を得た。
リアムと違って、社交的な僕の妃になりたいという令嬢は多くいた。
サーラももちろん、その中の一人だ。
だが、目覚めた彼女は、リアムを信頼し、僕に冷たい態度をとる。
以前の慕う姿はない。
それなのに、僕は今の彼女のほうが、興味が持てる。
「リアムが舞踏会にやってくるとは珍しい」
父上がリアムに声をかける。
「父上が舞踏会に出席するよう命じられましたので」
それは今までもだ。
だが、実際、参加したのはほどんとなかった。
父上はリアムに優しげな笑みを浮かべた。
「こうして大勢が集まる姿を眺められるのは、後、何回もないだろう。リアムが出席する姿を見れてよかった」
その言葉に貴族たちがざわめいた。
父上は近いうちに退位されるのだと、全員が察した。
僕かリアムか――父上はどちらを指名するつもりでいるのか、まだ誰もわからない。
「陛下。ルーカスが舞踏会を開いてくれたのですよ」
父上が僕とソニヤに声をかけなかったことに気づき、母上がこちらを気遣い、名前を出す。
「そうだな。ルーカスは社交性がある。それはお前の長所だ。他の者からも、ルーカスがいると、華やかでいいという話をよく聞く」
「とんでもありません。王子として当然のこと。誰かのように、理由をつけて逃げ回るような真似はしませんよ」
リアムがムッとしたのがわかったが、社交の場から逃げ回っているのは事実。
――言い訳できるものならしてみせろ。
そう思っていると、父上がリアムをかばった。
「ルーカス。リアムは宮廷魔術師として働いている。忙しいというのは嘘ではない」
「父上。社交も仕事のうちでしょう。リアムは第二王子ですよ。第二王子の自覚が足りないのでは?」
父上の表情が険しくなったが、真実を伝えたまで。
貴族たちも以前より、リアムが社交の場に顔を出さないことを不満に思っており、静かにうなずいていた。
母上が場の空気が悪くなったのに気づき、慌てて話題を変えた。
「リアム様といえば、サーラ様を十年ぶりに氷の中から目覚めさせたと聞きました。それで、サーラ様はお元気でいらっしゃるのかしら?」
サーラに話題が移り、注目を浴びたサーラはおどおどするはずだったが――
「王妃様。私を覚えていてくださり、感謝いたします。体のほうは問題ございません」
物怖じせず、にっこり微笑んで答えた。
姿はサーラのはずが、一瞬、サーラとは別人に思え、混乱してしまった。
――誰だ? いや、サーラだ。
ドレスのせいか、それとも室内の灯りの加減なのか、いつも以上に違和感がある。
「王妃様と親しくさせていただいておりましたのに、ご挨拶もなく、出ていってしまったことをお許しください」
「お気になさらないで。サーラ様は王宮から出て、大変だったでしょう?」
「今の私にとっては、王宮の外で過ごすほうが、気持ちが楽でいられます。記憶があいまいな私が、過去を思い出せず、他の方々に失礼な態度をとってしまうよりは……」
「十年も経てば、周囲も変わりますものね。とても不安でしょう」
「はい。ですから、あまり公の場に出るのは控えたいと思っております」
これは、次回からは出席しないという宣言に他ならない。
今のサーラは以前のサーラとは違い、頭の回転が早い。
招待が罠だとわかっていながら、ここへきたのは、父上と母上を味方につけ、僕とソニヤに今後一切、自分に関わらせないためだ。
――そうはさせるか。
「少しずつ慣れていってはどうかな? 君も華やかな場所が好きだっただろう?」
「ルーカス。サーラ様をあまり困らせてはいけないわ。聞けば、王宮の外で貧しい暮らしを送っている上に、働いているそうではないの」
「よくご存じで」
「それを聞いた時、わたくしは悲しくなりましたわ。一時は妃にも選ばれた身でありながら、働いてお金を稼ぐなんて。ルーカスが世話をするべきだったでしょう?」
逆に説教されてしまった。
母上はおとなしく控えめなサーラを気に入っており、ソニヤよりもサーラに、僕の妃になってほしいと思っていた貴重な人間だ。
母上をここに呼んだのは失敗だった。
「いくらソニヤ様がいらっしゃるからといって、追い出すなんて……」
母上はソニヤをちらりと横目で見る。
ソニヤの派手な赤色のドレスに目をやり、扇子を口元にあて、ため息をつく。
母上とソニヤは趣味がかなり違う。
主張し過ぎない淡い色のドレスを好む母上だが、ソニヤははっきりした色を好む。
「恐れながら王妃様。まるで、わたくしがサーラを追い出したかのようにおっしゃりますけれども、自分から出ていくと申し出たのですわ」
「二人に遠慮してのことでしょう。サーラ様はお優しいご令嬢でしたもの」
「わたくしが優しくないような言い方ですわね」
負けじとソニヤは言い返し、母上は眉をひそめた。
「それにしても、サーラ様。とても素敵なドレスですこと。どなたからの贈り物?」
「ありがとうございます。舞踏会にあわせて、リアム様から贈っていただきました」
「リアム様が……」
母上の僕に対する目が厳しいものになった。
その目は『ルーカス? あなたがドレスを贈るべきだったでしょ?』と語っていた。
母上は宮廷の権力に興味がない代わり、男女のこういうやり取りにだけはうるさい。
リアムがサーラに金を援助する可能性は考えたが、直接ドレスを贈るとは思わなかった。
今まで、さんざん令嬢との婚約を断り、女性の噂ひとつなく、近寄る者は容赦なく冷たい言葉で遠ざけてきた人間嫌いの変わり者が、ドレスを贈るとは、誰が予想できただろうか。
「リアム様がサーラ様にドレスを……」
「もしかして、お二人の関係は……」
「でも、ルーカス様の元妃でしょう?」
貴族たちのささやきを耳にした父上が、これは良くないと判断したのか、リアムにダンスを勧めた。
「リアム。お前と踊りたい令嬢は大勢いる。令嬢たちと踊ってはどうだ?」
嫌そうな顔をしたリアムだが、ダンスの誘いを断るのは難しい。
父とはいえ、国王陛下。
リアムでさえ断るのは――
「足を負傷しているので踊れません」
――いや、絶対嘘だろう?
この場にいた全員がそう思ったが、リアムはしれっとした顔で、その嘘を貫き通す。
可愛げのない弟だ。
リアムになにを言っても無駄だと思っていたが、サーラだけは違っていた。
「ダンスが苦手だったんですね」
「足の負傷だ」
「そんな岩をも砕きそうな足でよく……」
「は? なにか言ったか?」
「たとえです、たとえ!」
リアムからにらまれ、怯まない女性を初めて見たような気がする。
相手が僕の元妻でなければ、父上は喜んでリアムの相手に考えたかもしれない。
――いや、待て。父上がサーラをリアムの相手として考える可能性もある。
それは僕ではなく、リアムを王にする時だ。
王妃のいない王など、ありえないからだ。
父上が周りの批判を無視してでも、サーラをリアムの妃にしないとは限らない。
楽隊の奏でる音楽が、やたら遠くに聞こえた。
サーラを呼び、舞踏会を楽しむはずが、気がつけば、追い込まれているのは自分自身。
なぜ王宮へ呼びたいと思ったのか、リアムにエスコートされた彼女を見て、はっきりした。
――僕は今のサーラが気に入っている。それを言えば、また怒るだろうけど、それは事実だ。
十年前、彼女を妻にした理由はリアムだった。
王立魔法学院の授業で、風の魔術で花壇が荒れ、そのままになっていたのをサーラが片付けていたのをリアムが手伝った。
ただそれだけのことなのだが、魔術を使わずにリアムはサーラを手伝い、笑っていた――それが、気にいらなかったからだ。
今も同じ感情があるが、それは別物。
――君は僕の元妻だが、王宮に戻せば復縁も可能。リアムにはできないことだ。
立場上、サーラを妃にし、王宮に戻したところで、なんの問題もない。
父上に申し出て、王宮へ戻すよう話をする。
そう思った瞬間――
「もう一度、君を妃に迎えたい」
気づけば、口からそんな言葉が出ていた。
「ルーカス。どのような理由で、もう一度迎えたいのだ?」
父上の視線は発言した僕ではなく、四大公爵家の当主たちに向けられている。
アールグレーン公爵は、僕の言葉に歓喜の声を上げた。
「なんとっ! アールグレーン公爵家の娘を再び妃に迎えてくれるとは、なんたる寛容なお心! 理由など、なんでも構いません!」
「喜んでいただけて嬉しいですよ」
アールグレーン公爵の大喜びする姿を見て、父上が険しい表情を浮かべる。
「ルーカス」
言葉の真意を述べろというわけである。
今までうまく立ち回ってきた僕にとって、この場を取り繕う理由を考えることは簡単だった。
――それが、僕の長所でしょう。父上?
話術も社交性も低いリアムにできないことが、僕にはできる。
「父上。僕は二十八歳です。ですが、子はラーシュ一人。直系王族の血筋を絶やさぬようにするのが義務。若い妃を迎えたいと思っておりました」
貴族たちは沈黙しているが、僕の意見には賛成のようで反対しない。
ノルデン公爵だけが、嫌な顔をしていたが、直系王族の血筋を守るために、僕が言っていることも理解している。
ラーシュ一人では、将来的に不安だという声は常にあった。
ソニヤは青ざめたが、僕は心配ないよと、ここで断っておく。
「もちろん、ソニヤへの愛が薄れたわけではありません。ですが、氷に閉じ込められる前はサーラが僕の正妻でした。若い妃を迎えるというのなら、サーラを妃にするのが、一番いいのではと考えました」
父上から王宮へ戻るよう命じられたら、サーラはもう逃げようがない。
いや、逃げると言う表現はおかしい。
サーラはきっと喜んでいるはずだ。
なぜなら、この僕が愛人ではなく、妃の一人として戻れと言ったのだから――
「ルーカス様の妃にはなりません。再婚はお断りします」
喜ぶどころか、嫌そうな顔をし、サーラはきっぱりとした態度を見せた。
「私は魔道具師です」
――僕の妻より魔道具師?
サーラがなにを言っているか、理解できなかったのは、僕だけじゃなく貴族たちも同じ。
第一王子の妃より魔道具師がいいというプロポーズの返事は、一番ありえない返事だった。
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9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
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