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第2章
7 王宮からの呼び出し(2)
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「あ……」
店の前に閉店時間を書き、玄関の窓はカーテンで覆っていたから、誰も入ってこないと思って油断してしまった。
急いでからあげを咀嚼し、店の中に入ってきた品の良い年配男性に説明をした。
「申し訳ありません。今日は午後から出かけるので、お休みをいただいています」
品の良い年配男性は、店の一角でからあげをむさぼる私たちの姿を見て、動きを止め、固まっている。
その視線は、私からリアムへ移る。
「リアム様がこのような場所でお食事をとられ、ご歓談されている……? いやいや、まさか……」
その人はお店のお客様ではなく、リアムの知り合いだったらしい。
普段知っているリアムとあまりに違っていたらしく、目にしたものを即否定していた。
「侍従、どうした?」
「はっ! リアム様!」
リアムに声をかけられて我に返った。
自分がここにきた目的を思い出したようだ。
「申し訳ありません。こちらにいると、他の宮廷魔術師たちから聞き、急ぎ参りました」
白髪の男性は王宮の侍従で、私のことが気になるのか、ちらりと横目で見る。
第一王子の元妃、公爵令嬢がからあげをはさんだパンを頬張っていたのが、よくなったのかもしれない。
もう遅いけど、ハンカチで口をふき、何事もなかったような顔をして、淑女を装った。
「リアム様、至急、王宮にお戻りいただけませんか?」
「なにがあった」
「陛下がリアム様にご相談されたいことがあると……」
歯切れの悪い侍従に、リアムはなにか察したように食事の手を止め、立ち上がった。
「わかった。戻ろう」
「ありがとうございます」
よほど急ぐのか、昼食を中断してまで、戻らなくてはならないようだった。
そして、その顔はいつになく険しい。
あまりいいことではなさそうだ。
「悪い。傭兵ギルドに行くのは、別の日にしてくれ」
「それはいいですけど……。あっ、リアム。ちょっと待ってくださいね!」
からあげをパンにはさみ、紙に包んで、リアムに手渡した。
「からあげは冷えても美味しいですよ。お弁当にぴったりのおかずなんです」
「こ、こらっ! リアム様に変な食べ物を渡さないようにっ!」
侍従がリアムの手にあった包みを奪い、私に返そうとしたけれど、それをリアムが手で制した。
「サーラはからあげの魔術師らしい。これは、なかなかうまい食べ物だ」
「は? からあげ?」
冗談を言いそうにないリアムが、冗談を言ったからか、侍従は目を丸くしていた。
険しい顔をしていたリアムが、少しだけ笑ったような気がした。
「これは、もらっていく」
リアムもからあげが気に入ったみたいで、なんだか嬉しかった。
「リアム様。ルーカス様の元妃と親しくするのは、お立場上、よろしくないかと」
「誰と親しくするかは、俺が決める」
「ですが……!」
「侍従のお前が、俺に命じることではない」
しつこい侍従に、リアムは嫌気が差したのか、さっきまでの穏やかさが一瞬で消えた。
低く冷えた声に場の空気が凍った。
私たちの前で見せたことがない態度に、フランは驚き、耳がぺたんと下がり、私を見上げる。
十年前のリアムは、こんな雰囲気だったから、特に不思議なことではないし、私は驚かない。
侍従も王宮に勤めて長いためか、表情は変わらなかった。
ただ、侍従の私を見る顔は、嫌な顔をしていたけど……裏表ありすぎじゃありませんか?
「失礼しました。陛下がリアム様の将来を案じておりましたゆえ、つい出すぎてしまいました。この年寄りが、言わずとも、リアム様であれば、おわかりのことでしたな」
「急ぎなのだろう? 王宮へ戻るぞ」
「はい。陛下がお待ちです」
侍従は余裕の様子で微笑んだ。
自分が引けば、リアムも引くとわかってのことだ。
裏と表をうまく使い分ける侍従を見て、これが王宮で長く働く人間かと、感心してしまった。
その様子を眺めていると、今度は私に小声で言った。
「サーラ様のお立場は、ルーカス様の元妃。リアム様の結婚相手になれない立場だということをお忘れなく」
それだけ言うと、侍従は私に反論する隙を与えないよう素早く動き、リアムの後ろを追って去っていく。
――今のって、私とリアムの関係に釘を刺されたってこと?
リアムの様子もなんだかおかしい。
王宮へ戻るリアムは急いでいたし、侍従もルーカス様を必要以上に意識し、警戒している。
「なんか、感じ悪いおじいさんだったね」
私が落ち込んでいると思ったのか、フランが励ますように声をかけた。
「そんなことないですよ。ルーカス様たちとは違って、悪意を感じませんでしたから」
純粋にリアムを心配して言ったことだ。
そして、この国の将来を考え、混乱を避けるために、私に忠告した。
王位継承問題に関わるからこそ、神経質になっていると考えた方が、侍従の失礼な行動に納得できる。
「いろいろ事情がありそうですね……」
次期国王に指名されないルーカス様、リアムの結婚、侍従の不安――それらが意味するのは、ヴィフレア王国の未来だ。
でも、王宮から出た私には関係ないこと。
私は離縁され、捨てられた妃なのだから、関わることもないだろうと思っていた。
舞踏会へ行くまでは――
店の前に閉店時間を書き、玄関の窓はカーテンで覆っていたから、誰も入ってこないと思って油断してしまった。
急いでからあげを咀嚼し、店の中に入ってきた品の良い年配男性に説明をした。
「申し訳ありません。今日は午後から出かけるので、お休みをいただいています」
品の良い年配男性は、店の一角でからあげをむさぼる私たちの姿を見て、動きを止め、固まっている。
その視線は、私からリアムへ移る。
「リアム様がこのような場所でお食事をとられ、ご歓談されている……? いやいや、まさか……」
その人はお店のお客様ではなく、リアムの知り合いだったらしい。
普段知っているリアムとあまりに違っていたらしく、目にしたものを即否定していた。
「侍従、どうした?」
「はっ! リアム様!」
リアムに声をかけられて我に返った。
自分がここにきた目的を思い出したようだ。
「申し訳ありません。こちらにいると、他の宮廷魔術師たちから聞き、急ぎ参りました」
白髪の男性は王宮の侍従で、私のことが気になるのか、ちらりと横目で見る。
第一王子の元妃、公爵令嬢がからあげをはさんだパンを頬張っていたのが、よくなったのかもしれない。
もう遅いけど、ハンカチで口をふき、何事もなかったような顔をして、淑女を装った。
「リアム様、至急、王宮にお戻りいただけませんか?」
「なにがあった」
「陛下がリアム様にご相談されたいことがあると……」
歯切れの悪い侍従に、リアムはなにか察したように食事の手を止め、立ち上がった。
「わかった。戻ろう」
「ありがとうございます」
よほど急ぐのか、昼食を中断してまで、戻らなくてはならないようだった。
そして、その顔はいつになく険しい。
あまりいいことではなさそうだ。
「悪い。傭兵ギルドに行くのは、別の日にしてくれ」
「それはいいですけど……。あっ、リアム。ちょっと待ってくださいね!」
からあげをパンにはさみ、紙に包んで、リアムに手渡した。
「からあげは冷えても美味しいですよ。お弁当にぴったりのおかずなんです」
「こ、こらっ! リアム様に変な食べ物を渡さないようにっ!」
侍従がリアムの手にあった包みを奪い、私に返そうとしたけれど、それをリアムが手で制した。
「サーラはからあげの魔術師らしい。これは、なかなかうまい食べ物だ」
「は? からあげ?」
冗談を言いそうにないリアムが、冗談を言ったからか、侍従は目を丸くしていた。
険しい顔をしていたリアムが、少しだけ笑ったような気がした。
「これは、もらっていく」
リアムもからあげが気に入ったみたいで、なんだか嬉しかった。
「リアム様。ルーカス様の元妃と親しくするのは、お立場上、よろしくないかと」
「誰と親しくするかは、俺が決める」
「ですが……!」
「侍従のお前が、俺に命じることではない」
しつこい侍従に、リアムは嫌気が差したのか、さっきまでの穏やかさが一瞬で消えた。
低く冷えた声に場の空気が凍った。
私たちの前で見せたことがない態度に、フランは驚き、耳がぺたんと下がり、私を見上げる。
十年前のリアムは、こんな雰囲気だったから、特に不思議なことではないし、私は驚かない。
侍従も王宮に勤めて長いためか、表情は変わらなかった。
ただ、侍従の私を見る顔は、嫌な顔をしていたけど……裏表ありすぎじゃありませんか?
「失礼しました。陛下がリアム様の将来を案じておりましたゆえ、つい出すぎてしまいました。この年寄りが、言わずとも、リアム様であれば、おわかりのことでしたな」
「急ぎなのだろう? 王宮へ戻るぞ」
「はい。陛下がお待ちです」
侍従は余裕の様子で微笑んだ。
自分が引けば、リアムも引くとわかってのことだ。
裏と表をうまく使い分ける侍従を見て、これが王宮で長く働く人間かと、感心してしまった。
その様子を眺めていると、今度は私に小声で言った。
「サーラ様のお立場は、ルーカス様の元妃。リアム様の結婚相手になれない立場だということをお忘れなく」
それだけ言うと、侍従は私に反論する隙を与えないよう素早く動き、リアムの後ろを追って去っていく。
――今のって、私とリアムの関係に釘を刺されたってこと?
リアムの様子もなんだかおかしい。
王宮へ戻るリアムは急いでいたし、侍従もルーカス様を必要以上に意識し、警戒している。
「なんか、感じ悪いおじいさんだったね」
私が落ち込んでいると思ったのか、フランが励ますように声をかけた。
「そんなことないですよ。ルーカス様たちとは違って、悪意を感じませんでしたから」
純粋にリアムを心配して言ったことだ。
そして、この国の将来を考え、混乱を避けるために、私に忠告した。
王位継承問題に関わるからこそ、神経質になっていると考えた方が、侍従の失礼な行動に納得できる。
「いろいろ事情がありそうですね……」
次期国王に指名されないルーカス様、リアムの結婚、侍従の不安――それらが意味するのは、ヴィフレア王国の未来だ。
でも、王宮から出た私には関係ないこと。
私は離縁され、捨てられた妃なのだから、関わることもないだろうと思っていた。
舞踏会へ行くまでは――
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