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第2章
18 妃?魔道具師?
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――ルーカス様の謎の再プロポーズ。
中途半端な返事はよくないと思い、きっぱりお断りさせていただいた。
けれど、私の返事は、かなり衝撃的だったらしく、四大公爵の面々でさえ、ポカンと口を開けたまま、こちらを見ている。
その中でも一番早く我に返ったのは、アールグレーン公爵――サーラの父親だった。
「この親不孝ものがっ! な、なにが魔道具師だ! 今すぐ撤回しろ! ルーカス様に謝罪し、妃として迎えてもらえっ!」
「おかしいですね? 私、アールグレーン家から勘当されたはず。勘当した娘の人生に口出しは無用です」
都合のいい時だけ娘扱いしてきた実家とも、これでオサラバである。
おとなしく口ごたえしないはずの娘から、手痛く反撃されたショックで、今にも泡を吹いて倒れそうな勢いだった。
「君は自分がなにを言ったか、わかっているのか?」
ルーカス様から完全に笑みが消えた。
――これが、ルーカス様の素顔。
その表情には、酷薄とした冷たさがあり、隠していた本性が見える。
ルーカス様を怒らせたからか、ソニヤは私をにらんでいた。
「僕は君のためを思って言ってあげたんだよ? それを断るのかな?」
「ルーカス様の気まぐれで再婚するのはいかがなものでしょうか。ルーカス様には、すでに妃がいらっしゃいますし、ラーシュ様も傷つきます。新しく妃を迎えるのは、よくお考えになられたほうがよろしいかと思います」
思いつきで言ったのだろうけど、貴族たちは動揺して、ダンスを踊るどころではなくなっている。
ルーカス様が新しい妃を迎えれば、宮廷内の権力図が大きく変わることになる。
落ち着かないのも当たり前だ。
その中でも、一番動揺しているのが、ソニヤの父であるノルデン公爵で、すかさず声をあげた。
「ルーカス様、あんまりではありませんか! 我が娘、ソニヤは十年間、ヴィフレア王家に尽くしてまいりました。二人の子であるラーシュ様も健康に育っております。今さら、妃などと!」
「ああ、ノルデン公爵。なにか問題でもあったかな? 僕はソニヤを妃として扱わないとは言っていないのだが?」
口元だけに笑顔を浮かべたルーカス様は、ノルデン公爵をも怯ませた。
「先ほども言ったように、子はラーシュ一人。リアムが結婚するというのなら、話は別だが……。ああ、そうだ。リアム、そろそろお前も結婚したらどうだ?」
できるものならばなと、小声で言ったのが聞こえた。
――リアムが結婚すれば、ルーカス様の地位が危うくなる。でも、その結婚相手によっては、ルーカス様が有利になる可能性がある。
身分の低い女性か、王妃にふさわしくない女性か。
リアムに自分と王位を争うかどうか、選ばせようというのである。
結婚について、リアムは考えていないわけではないだろうけど……
ルーカス様の問いに対して、返事をせず、無表情のまま。
場の空気は、完全にルーカス様が支配していた。
「父上。僕の妃だったサーラが、働いていることはご存じですよね?」
「うむ……。侍従から聞き知っている。魔道具師をしているそうだな」
「その事について、魔道具師たちが父上に申し上げたいことがあるそうです。ファルク、父上が話を聞いてくれるそうだ」
いつもより派手な赤いシャツを着たファルクさんが、重い空気の中、遠慮がちに現れた。
そして、国王陛下の前に跪く。
「魔道具師ファルクか」
「偉大なるヴィフレア王国の魔術師にして守護者。一介の魔道具師にしかすぎぬ身で、偉大なるヴィフレア王の拝謁を賜り、誠に光栄でございます」
「堅苦しい挨拶はいい。なにが問題なのだ?」
「恐れながら、サーラ殿が扱っている魔道具をご存じでしょうか」
「そこまでは聞いていないが、なにを売っているのだ?」
国王陛下の問いかけに、ファルクさんに代わり、私が答えた。
「鍋です。調理時間が短くなる鍋を売っています」
大広間からは、嘲笑混じりの笑い声が聞こえてきたけど、私は気にしない。
「鍋か」
国王陛下は苦笑し、王妃様は困った顔で笑い、ルーカス様は嘲笑している。
ソニヤは私を馬鹿にするのを通り越して、呆れていた。
リアムはいつもの無表情で、やっぱりなにを考えているかわからない。
アールグレーン家の面々は、顔を青くしたり、赤くしたりと忙しそうだ。
さすがというか、他の公爵たちは、友好的な微笑みを浮かべ、成り行きを傍観している。
ただノルデン公爵だけは、鋭く冷たい目をしていた。
――だからといって、私がここで臆して引くわけにはいかない。
工房と魔道具店は、私の大切な居場所なのだから。
「国王陛下に、魔道具師の一人として、申し上げたいことがございます」
「ふむ? なんだ?」
「私が考える豊かな国というのは、貴族だけでなく、すべての人々が恩恵を受けられる国です。けれど、王都を見る限り、貧富の差は激しく、貧しい者はお腹いっぱい食べることができません」
リアムが『また食い意地の張った……』という目で私を見ていた。
ちょっと誤解があるけど、そこまで食い意地は張ってないと思う(たぶん)。
「ヴィフレア王国では、限られた人間だけが魔術や魔道具の恩恵を受けているようですが、それでよろしいのでしょうか?」
特権であると考える貴族がいる一方、私の言葉に神妙な面持ちになった貴族もいた。
「魔道具を身近なものにできれば、人々の暮らしは、もっと便利になります。便利になれば、生活にゆとりが持てます」
裏通りの人たちは忙しく、冷たいパンだけが夕飯という人も少なくなかった。
でも、時短鍋を購入してからは、煮込み料理だけでなく、お湯を沸かすのも早くなり、食後に温かいお茶やミルクを飲む家庭が増え、燃料代も節約できるようになった。
節約できた分で、少しいいお茶の葉を買ったり、服の布地を買ったという話も聞いている。
「ほんの少しのゆとりでも、人々にとって、ささやかな幸せにつながるのです」
「なるほど。魔術も魔道具も民の幸せのためにあるか」
「はい。ですから、私を魔道具師として認めていただきたく……」
国王陛下にわかってもらえたと思った瞬間、ファルクさんが私の言葉を遮った。
「陛下! 魔道具師は鍋を作るための存在ではございません! ヴィフレア王国を守るための存在です!」
かたくなに反対するファルクさんだけど、店は王都でも代々続く由緒正しい魔道具店だ。
これは、ファルクさんだけでなく、王都の魔道具店のほとんどがそうで、武器と防具を作り続けてきたいう誇りがある。
それを否定するつもりはない。
「ファルクさん。私は今までの魔道具師を否定しているわけではありません」
リアムと一緒に行った魔物狩りで、ラーシュが使っていた魔剣は素晴らしかった。
もちろん、ラーシュの剣の腕もあったけど、幼い子供の力でも魔物と戦い、身を守れる剣を作れるのは、並大抵の技ではない。
「私はファルクさんが作ったという剣に助けられました」
ラーシュがいると知られては困るので、そこは伏せておいた。
「魔力を持たないヴィフレア王国の人々を魔道具で、守ってきたのは魔道具師です」
人々を守るという点では、私とファルクさんは争っていない。
では、争っているものはなにか――
「人々の暮らしを助ける魔道具があってもいいのではないでしょうか?」
「だが、魔道具は……」
「この国で暮らす人々は、魔術師や魔道具師が守るべき民ではありませんか?」
ファルクさんが黙り、他の魔道具師たちも気まずい表情を浮かべた。
『魔道具は王族と貴族の特権である』と言える空気ではなくなっていた。
けれど、それで終わりにしなかった人がいる。
「サーラ。君が魔道具師でいたいのはわかった。けど、王子の妃より、魔道具師のほうが価値があるのかな?」
ルーカス様の言葉は、私を貶めようとする巧妙な罠だった。
社交術に長けたルーカス様は、言葉のやりとりだけで、私を追い詰めることができる。
その問いに対して、魔道具師でいたいと答えれば、妃に価値がないとということになり、王妃様やソニヤに失礼になる。
妃に価値があると言ってしまえば、王宮へ戻る意思があると思われるし……
――ルーカス様は巧みに話術を使いこなす。
どんな説明をしようが、ルーカス様を納得させて、逃げ切るのは難しい。
「兄上」
私が困っていると、沈黙を守っていたリアムが口を挟んだ。
「なんだ、リアム」
ルーカス様は邪魔をするなという顔をし、リアムをにらんだ。
「妃か魔道具師かと聞くのは、魔術師と魔道具師、どちらが優れているかと聞いているようなものでしょう。比べようのない二者を比べるのは難しいのでは?」
「魔術師のほうが優れているに決まっているだろう」
魔道具師たちはルーカス様の言葉を聞き、魔道具師を下に見ていると気づいた。
けれど、それぞれの店が抱えるお客様は貴族たちだ。
ルーカス様の不興を買い、お客様の足が遠退くことだけは避けたい。
反論できずに、黙ってうつむいた――私以外は。
「ルーカス様。魔道具師は魔術師にも劣らない恩恵を国にもらすことができます」
「恩恵? どんな恩恵かわからないが、それを君が証明できるのか?」
ルーカス様が私を挑発した。
「できます。私は魔道具師です」
その挑発に乗る形になったけれど、ここで引く気にはなれなかった。
「ふーん。じゃあ、こうしようか。一ヶ月後、ファルクと君の魔道具を国王陛下にそれぞれ献上する。それを見て、どちらが優れているか判断するというのは?」
「まったく違う魔道具で、優劣を競うのはおかしいと思いますが、それで構いません。私は喜ばれる物を披露したいと思います」
「へえ? 喜ばれる物か」
ルーカス様はとても楽しそうに、私の提案に食いついた。
「その時、サーラが魔道具師としての力を示せなかったら、王宮へ戻り、僕の妃になるというのはどうでしょう。父上?」
「ふむ。いいだろう。どんな魔道具を作るのか、見てみたい。ファルク、お前はどうだ?」
うつむいていたファルクさんは、顔を上げてうなずいた。
「お引き受けしましょう」
こうして、私とファルクさんの魔道具師としての対決が決まった。
これで終わりだと思っていると、すかさず、ルーカス様が私にプレッシャーを与えた。
「ファルクの店は歴史ある魔道具店だ。代々、王家に貢献してきた。君の魔道具がファルクの上をいくものかどうか、楽しみにしているよ」
「まさか、鍋を持ってこないでしょうね?」
ソニヤは私が鍋を持ってくると思ったらしい。
いくらなんでも、国王陛下に鍋を献上するわけがない。
「いいえ。鍋ではありません」
――贈り物は贈る人のことを考えて選ぶ。
だから、私は喜ばれるものを贈りたい。
「すでに考えはあるのか。たのもしいことだ」
国王陛下は私を信じ、期待してくれていることがわかった。
――お優しい方だわ。
今の国王陛下を平凡だと言う人が多い。
けれど、思慮深く慎重で、争いを好まず、むやみに他国の土地を荒らすようなことがなかった。
その性格ゆえに、王位継承者を指名できずにいるのだろう。
少なくとも、国王陛下が健在でいらっしゃる間は、ルーカス様とリアム、四大公爵家の争いは抑えられている。
ルーカス様が王位につけば、ノルデン公爵が権力を握り、嫌われているリアムは冷遇される。
それを面白く思わない人々が、内乱を起こす恐れがあった。
魔法と魔術の国ヴィフレア。
宮廷魔術師長として、王国を守ってきたリアムを王に推す声は多い。
――今の平和を維持するために、国王陛下には少しでも長生きしていただくしかない。
国王陛下に頭を下げた。
「では、一か月後。王宮にて、二人の魔道具を披露してもらう。そこで、勝ったほうには、宮廷魔道具師の称号を与える」
――宮廷魔道具師!
全員が驚いた。
宮廷魔道具師は、エリート中のエリートである。
王宮が管理する図書館を利用することができるだけでなく、王宮の管轄下にあるすべての施設に、出入りが自由になる。
ルーカス様を見ると、しまったという顔をしていた。
なぜなら、宮廷魔道具師になれば、臣下の一人と扱われる。
王子といえど、簡単に妃に戻せなくなる。
国王陛下は私の気持ちを汲んでくださったのだ。
「感謝いたします。一ヶ月後、皆様に喜んでいただける魔道具を披露させていただきます」
その信頼に報いる魔道具を作りたい――心からそう思ったのだった。
中途半端な返事はよくないと思い、きっぱりお断りさせていただいた。
けれど、私の返事は、かなり衝撃的だったらしく、四大公爵の面々でさえ、ポカンと口を開けたまま、こちらを見ている。
その中でも一番早く我に返ったのは、アールグレーン公爵――サーラの父親だった。
「この親不孝ものがっ! な、なにが魔道具師だ! 今すぐ撤回しろ! ルーカス様に謝罪し、妃として迎えてもらえっ!」
「おかしいですね? 私、アールグレーン家から勘当されたはず。勘当した娘の人生に口出しは無用です」
都合のいい時だけ娘扱いしてきた実家とも、これでオサラバである。
おとなしく口ごたえしないはずの娘から、手痛く反撃されたショックで、今にも泡を吹いて倒れそうな勢いだった。
「君は自分がなにを言ったか、わかっているのか?」
ルーカス様から完全に笑みが消えた。
――これが、ルーカス様の素顔。
その表情には、酷薄とした冷たさがあり、隠していた本性が見える。
ルーカス様を怒らせたからか、ソニヤは私をにらんでいた。
「僕は君のためを思って言ってあげたんだよ? それを断るのかな?」
「ルーカス様の気まぐれで再婚するのはいかがなものでしょうか。ルーカス様には、すでに妃がいらっしゃいますし、ラーシュ様も傷つきます。新しく妃を迎えるのは、よくお考えになられたほうがよろしいかと思います」
思いつきで言ったのだろうけど、貴族たちは動揺して、ダンスを踊るどころではなくなっている。
ルーカス様が新しい妃を迎えれば、宮廷内の権力図が大きく変わることになる。
落ち着かないのも当たり前だ。
その中でも、一番動揺しているのが、ソニヤの父であるノルデン公爵で、すかさず声をあげた。
「ルーカス様、あんまりではありませんか! 我が娘、ソニヤは十年間、ヴィフレア王家に尽くしてまいりました。二人の子であるラーシュ様も健康に育っております。今さら、妃などと!」
「ああ、ノルデン公爵。なにか問題でもあったかな? 僕はソニヤを妃として扱わないとは言っていないのだが?」
口元だけに笑顔を浮かべたルーカス様は、ノルデン公爵をも怯ませた。
「先ほども言ったように、子はラーシュ一人。リアムが結婚するというのなら、話は別だが……。ああ、そうだ。リアム、そろそろお前も結婚したらどうだ?」
できるものならばなと、小声で言ったのが聞こえた。
――リアムが結婚すれば、ルーカス様の地位が危うくなる。でも、その結婚相手によっては、ルーカス様が有利になる可能性がある。
身分の低い女性か、王妃にふさわしくない女性か。
リアムに自分と王位を争うかどうか、選ばせようというのである。
結婚について、リアムは考えていないわけではないだろうけど……
ルーカス様の問いに対して、返事をせず、無表情のまま。
場の空気は、完全にルーカス様が支配していた。
「父上。僕の妃だったサーラが、働いていることはご存じですよね?」
「うむ……。侍従から聞き知っている。魔道具師をしているそうだな」
「その事について、魔道具師たちが父上に申し上げたいことがあるそうです。ファルク、父上が話を聞いてくれるそうだ」
いつもより派手な赤いシャツを着たファルクさんが、重い空気の中、遠慮がちに現れた。
そして、国王陛下の前に跪く。
「魔道具師ファルクか」
「偉大なるヴィフレア王国の魔術師にして守護者。一介の魔道具師にしかすぎぬ身で、偉大なるヴィフレア王の拝謁を賜り、誠に光栄でございます」
「堅苦しい挨拶はいい。なにが問題なのだ?」
「恐れながら、サーラ殿が扱っている魔道具をご存じでしょうか」
「そこまでは聞いていないが、なにを売っているのだ?」
国王陛下の問いかけに、ファルクさんに代わり、私が答えた。
「鍋です。調理時間が短くなる鍋を売っています」
大広間からは、嘲笑混じりの笑い声が聞こえてきたけど、私は気にしない。
「鍋か」
国王陛下は苦笑し、王妃様は困った顔で笑い、ルーカス様は嘲笑している。
ソニヤは私を馬鹿にするのを通り越して、呆れていた。
リアムはいつもの無表情で、やっぱりなにを考えているかわからない。
アールグレーン家の面々は、顔を青くしたり、赤くしたりと忙しそうだ。
さすがというか、他の公爵たちは、友好的な微笑みを浮かべ、成り行きを傍観している。
ただノルデン公爵だけは、鋭く冷たい目をしていた。
――だからといって、私がここで臆して引くわけにはいかない。
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「国王陛下に、魔道具師の一人として、申し上げたいことがございます」
「ふむ? なんだ?」
「私が考える豊かな国というのは、貴族だけでなく、すべての人々が恩恵を受けられる国です。けれど、王都を見る限り、貧富の差は激しく、貧しい者はお腹いっぱい食べることができません」
リアムが『また食い意地の張った……』という目で私を見ていた。
ちょっと誤解があるけど、そこまで食い意地は張ってないと思う(たぶん)。
「ヴィフレア王国では、限られた人間だけが魔術や魔道具の恩恵を受けているようですが、それでよろしいのでしょうか?」
特権であると考える貴族がいる一方、私の言葉に神妙な面持ちになった貴族もいた。
「魔道具を身近なものにできれば、人々の暮らしは、もっと便利になります。便利になれば、生活にゆとりが持てます」
裏通りの人たちは忙しく、冷たいパンだけが夕飯という人も少なくなかった。
でも、時短鍋を購入してからは、煮込み料理だけでなく、お湯を沸かすのも早くなり、食後に温かいお茶やミルクを飲む家庭が増え、燃料代も節約できるようになった。
節約できた分で、少しいいお茶の葉を買ったり、服の布地を買ったという話も聞いている。
「ほんの少しのゆとりでも、人々にとって、ささやかな幸せにつながるのです」
「なるほど。魔術も魔道具も民の幸せのためにあるか」
「はい。ですから、私を魔道具師として認めていただきたく……」
国王陛下にわかってもらえたと思った瞬間、ファルクさんが私の言葉を遮った。
「陛下! 魔道具師は鍋を作るための存在ではございません! ヴィフレア王国を守るための存在です!」
かたくなに反対するファルクさんだけど、店は王都でも代々続く由緒正しい魔道具店だ。
これは、ファルクさんだけでなく、王都の魔道具店のほとんどがそうで、武器と防具を作り続けてきたいう誇りがある。
それを否定するつもりはない。
「ファルクさん。私は今までの魔道具師を否定しているわけではありません」
リアムと一緒に行った魔物狩りで、ラーシュが使っていた魔剣は素晴らしかった。
もちろん、ラーシュの剣の腕もあったけど、幼い子供の力でも魔物と戦い、身を守れる剣を作れるのは、並大抵の技ではない。
「私はファルクさんが作ったという剣に助けられました」
ラーシュがいると知られては困るので、そこは伏せておいた。
「魔力を持たないヴィフレア王国の人々を魔道具で、守ってきたのは魔道具師です」
人々を守るという点では、私とファルクさんは争っていない。
では、争っているものはなにか――
「人々の暮らしを助ける魔道具があってもいいのではないでしょうか?」
「だが、魔道具は……」
「この国で暮らす人々は、魔術師や魔道具師が守るべき民ではありませんか?」
ファルクさんが黙り、他の魔道具師たちも気まずい表情を浮かべた。
『魔道具は王族と貴族の特権である』と言える空気ではなくなっていた。
けれど、それで終わりにしなかった人がいる。
「サーラ。君が魔道具師でいたいのはわかった。けど、王子の妃より、魔道具師のほうが価値があるのかな?」
ルーカス様の言葉は、私を貶めようとする巧妙な罠だった。
社交術に長けたルーカス様は、言葉のやりとりだけで、私を追い詰めることができる。
その問いに対して、魔道具師でいたいと答えれば、妃に価値がないとということになり、王妃様やソニヤに失礼になる。
妃に価値があると言ってしまえば、王宮へ戻る意思があると思われるし……
――ルーカス様は巧みに話術を使いこなす。
どんな説明をしようが、ルーカス様を納得させて、逃げ切るのは難しい。
「兄上」
私が困っていると、沈黙を守っていたリアムが口を挟んだ。
「なんだ、リアム」
ルーカス様は邪魔をするなという顔をし、リアムをにらんだ。
「妃か魔道具師かと聞くのは、魔術師と魔道具師、どちらが優れているかと聞いているようなものでしょう。比べようのない二者を比べるのは難しいのでは?」
「魔術師のほうが優れているに決まっているだろう」
魔道具師たちはルーカス様の言葉を聞き、魔道具師を下に見ていると気づいた。
けれど、それぞれの店が抱えるお客様は貴族たちだ。
ルーカス様の不興を買い、お客様の足が遠退くことだけは避けたい。
反論できずに、黙ってうつむいた――私以外は。
「ルーカス様。魔道具師は魔術師にも劣らない恩恵を国にもらすことができます」
「恩恵? どんな恩恵かわからないが、それを君が証明できるのか?」
ルーカス様が私を挑発した。
「できます。私は魔道具師です」
その挑発に乗る形になったけれど、ここで引く気にはなれなかった。
「ふーん。じゃあ、こうしようか。一ヶ月後、ファルクと君の魔道具を国王陛下にそれぞれ献上する。それを見て、どちらが優れているか判断するというのは?」
「まったく違う魔道具で、優劣を競うのはおかしいと思いますが、それで構いません。私は喜ばれる物を披露したいと思います」
「へえ? 喜ばれる物か」
ルーカス様はとても楽しそうに、私の提案に食いついた。
「その時、サーラが魔道具師としての力を示せなかったら、王宮へ戻り、僕の妃になるというのはどうでしょう。父上?」
「ふむ。いいだろう。どんな魔道具を作るのか、見てみたい。ファルク、お前はどうだ?」
うつむいていたファルクさんは、顔を上げてうなずいた。
「お引き受けしましょう」
こうして、私とファルクさんの魔道具師としての対決が決まった。
これで終わりだと思っていると、すかさず、ルーカス様が私にプレッシャーを与えた。
「ファルクの店は歴史ある魔道具店だ。代々、王家に貢献してきた。君の魔道具がファルクの上をいくものかどうか、楽しみにしているよ」
「まさか、鍋を持ってこないでしょうね?」
ソニヤは私が鍋を持ってくると思ったらしい。
いくらなんでも、国王陛下に鍋を献上するわけがない。
「いいえ。鍋ではありません」
――贈り物は贈る人のことを考えて選ぶ。
だから、私は喜ばれるものを贈りたい。
「すでに考えはあるのか。たのもしいことだ」
国王陛下は私を信じ、期待してくれていることがわかった。
――お優しい方だわ。
今の国王陛下を平凡だと言う人が多い。
けれど、思慮深く慎重で、争いを好まず、むやみに他国の土地を荒らすようなことがなかった。
その性格ゆえに、王位継承者を指名できずにいるのだろう。
少なくとも、国王陛下が健在でいらっしゃる間は、ルーカス様とリアム、四大公爵家の争いは抑えられている。
ルーカス様が王位につけば、ノルデン公爵が権力を握り、嫌われているリアムは冷遇される。
それを面白く思わない人々が、内乱を起こす恐れがあった。
魔法と魔術の国ヴィフレア。
宮廷魔術師長として、王国を守ってきたリアムを王に推す声は多い。
――今の平和を維持するために、国王陛下には少しでも長生きしていただくしかない。
国王陛下に頭を下げた。
「では、一か月後。王宮にて、二人の魔道具を披露してもらう。そこで、勝ったほうには、宮廷魔道具師の称号を与える」
――宮廷魔道具師!
全員が驚いた。
宮廷魔道具師は、エリート中のエリートである。
王宮が管理する図書館を利用することができるだけでなく、王宮の管轄下にあるすべての施設に、出入りが自由になる。
ルーカス様を見ると、しまったという顔をしていた。
なぜなら、宮廷魔道具師になれば、臣下の一人と扱われる。
王子といえど、簡単に妃に戻せなくなる。
国王陛下は私の気持ちを汲んでくださったのだ。
「感謝いたします。一ヶ月後、皆様に喜んでいただける魔道具を披露させていただきます」
その信頼に報いる魔道具を作りたい――心からそう思ったのだった。
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