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第2章
11 リアムの友達?
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嵐が去った次の日は晴天で、真っ青な空が広がっていた。
荒れた庭を綺麗にし、庭にテーブルと椅子を運び、パンケーキの準備をする。
風の魔石を付けた高速泡立て器は、卵白を泡立て放題で、大量のふわふわパンケーキを作ることができる。
贅沢に火の魔石で焼くパンケーキは、極上の罪の味。
「うわぁ! しゅわって口の中で溶けます」
「そうだろ。サーラの料理はうまいんだ」
ラーシュとフランは、あっという間に打ち解けて、とても仲良くなった。
フランは気がつくし、あの茶色のもふもふした毛並みに癒されて、昨日の泣き顔から一転、明るい笑顔を見せている。
残念ながら、私のほうはフランのガードが固く、もふもふさせてもらえなかった。
はあ……、うらやましい。
「こんなすごいパンケーキ、王宮の食べ物かと思った!」
「王宮のパンケーキは、もっと薄くて、ふわっとしていません。師匠、これが魔道具の力ですか!」
高速泡だて器に感動したラーシュは、目をキラキラさせていた。
分厚いふわふわパンケーキは、子供二人の心をつかみ、一気に尊敬される大人へと早変わり。
「こんな美味しいパンケーキが作れるなんて。ぼく、師匠についていきます!」
「えっ!? う、うん。でも……その……後ろで、こっちをにらんでる黒い影が……」
「もう師匠と呼ばせてるのか?」
情熱の炎をメラメラ燃やすラーシュの熱を冷ましたのは、黒い死神――リアムだった。
ラーシュとフランの背後に、現れたリアムは、圧倒的存在感でテーブルを見下ろす。
「随分と楽しそうな朝食だな」
「ひえっ! リアム様!」
昨晩の雷雨にも怯えなかった二人が、椅子から飛び上がり、お互いの手を握りしめた。
まるで、ホラーである。
「リアム。子供二人を怖がらせないでください」
「は? 普通に登場しただけなんだが?」
「そうですか……」
それで普通とは、怒った時はどれくらいの威圧感になるのか、少し気になった。
「リアムもどうぞ。お店が定休日の朝は、パンケーキって決めてるんですよ」
椅子を勧めると、リアムは庭から、玄関の方に顔を向けた。
「連れがいる」
「まっ、まさかっ! リアムに友達が!?」
「えっー! リアム様に友達?」
リアムに友達ができたと知り、私は喜びのあまり、浮かんだ涙を指でぬぐった。
フランはリアムの友達を見たくて、待ちきれずに背伸びしている。
「おめでとうございます。小さな頃から、ツン全開のトゲトゲハートで、周りを威嚇してきたリアムが、とうとう心を開ける相手ができたんですね!」
「お前は俺のことをそう思っていたわけか」
「えっ?」
これが乙女ゲームなら、ハートをひとつ失っていたところだ。
リアムの不機嫌な顔が、凶悪な顔になったのを見て、慌てて言い直した。
「冗談です、冗談! わぁ、リアムってば、社交的(棒)!」
私が嘘くさい演技をしたところで、リアムの背後から大きな人影が現れた。
「これが、サーラ妃……いえ、サーラ様でいらっしゃる?」
リアムの後ろから現れたのは、赤茶色の髪のゴツイおじさんだった。
魔石付きの立派な大剣を背中に背負い、長いコートの下にはチェーンメイルのベストを着ている。
その服装から、魔術師ではなさそうだと思った。
「サーラ。近衛騎士団団長テオドールだ。覚えているだろう」
――そういえば、そんな人がいたような気がする。
サーラの記憶にちらっとしか出てこなかった人は、よく覚えていない。
それをリアムは気づいていて、さりげなくフォローしてくれた。
「ええ。覚えてます。テオドール様。お久しぶりですね。十年ぶりですが、お元気そうでなによりですわ」
「ずいぶんと明るくなられた」
「そ、そうですね。えーと、ここでの暮らしが、私には合っているみたいです」
「ははは。どうやら、そのようですな。自分のことは、テオドールと呼び捨てにしていただいて構いません。サーラ様が妃になった頃は、まだ一介の騎士でしたから、そちらのほうが違和感がない」
記憶を探ると、テオドールらしき人がサーラの周りにいたような気がしてきた。
「テオドール。ぼくを迎えに行けって、お母さまに言われたの?」
「そうですよ。リアム様から教えていただいた時は、我々の心臓が止まるかと思いました」
「……ごめんなさい」
「謝らずともよろしいのですよ。書き置きを読みました。自分はラーシュ様のお気持ちを優先したいと思っております」
テオドールは小さなラーシュに跪き、同じ目線の高さになる。
ラーシュをとても大切にしているようで、なんだかホッとした。
「お母さまはなんておっしゃってた?」
「このまま、ラーシュ様の【魔力なし】について、周囲に秘密にしておきたいと……」
「無理だよ! 王族の子が、王立魔法学院に入学しないなんて、おかしいって思われる。ぼくに興味のないお父さまだって。さすがに気づくよ!」
泣き出しそうなラーシュに気づき、慌てて間に入った。
「まだ王宮に戻らなくてもいいじゃないですか? 数日、旅行中ってことにしておいて、私の家で預かりますよ」
「テオドール。それがいいだろう。納得できないまま、王宮へ連れ戻しても、どうせ、また抜け出す」
「サーラ様、リアム様。実は自分も王宮に連れ戻したいとは思っていないんですよ」
なにやら、ワケアリらしく、テオドールはため息をついた。
でも、その言葉を聞いたラーシュは喜び、テオドールに抱きついた。
「ありがとう、テオドール!」
「【魔力なし】であっても堂々と生きていけるのだと、ラーシュ様が知るべきチャンスではないかと思ったのです」
「これを見て!」
ラーシュはズボンのポケットから、昨日一緒に【研磨】した魔石を取り出し、テオドールの大きな手のひらにのせた。
「ぼくが初めて【研磨】した魔石だよ。テオドールにあげる」
「なんという栄誉。ラーシュ様、ありがとうございます」
ラーシュの成長が嬉しいのか、テオドールは感激していた。
「昨日、師匠に教えてもらって、たくさん【研磨】したんだ。とても楽しかったよ」
「そうですか……」
テオドールは涙もろく、少しだけ泣いていた。
ラーシュからもらった魔石を大切そうに胸ポケットに入れた。
「お言葉に甘え、しばらくラーシュ様を預かっていただけますか? 王宮には、こちらからうまく言っておきます」
「構いませんよ。人が多い方が、にぎやかで楽しいですし」
「ルーカス様とソニヤ様は、【魔力なし】を馬鹿にしている。ラーシュ様にとって、王宮は辛い場所です。こちらで、少しでも自信をつけ、戻られることを願っております」
それは、私もよく知っている。
何度、あの二人に落ちこぼれだとか、できそこないと言われたか。
「師匠。ぼくはお父さまが怖いんです。この間、ぼくを護衛していたロレンソを剣より魔術だと言って、吹き飛ばしたんです。遊びみたいにして。それを見たら……ぼく……」
――うわ、大人げない。
私とリアムは同じ顔をしていたと思う。
「お父さまは【魔力なし】を馬鹿にしています。でも、その後、魔道具師たちがやってきて、お父さまと話をしているのを聞いたんです」
「ファルクさんたちですね」
どうやら、王宮に報告すると言っていたのは本当で、タイミングよくそこにいたルーカス様に相談したのだろう。
「師匠のことを気にしている様子でした」
むしろ、私の存在は空気のように思ってくれていいんだけど……
どうやって、潰してやろうか考えているに違いない。
でも、これで話は繋がった。
やはり、舞踏会はルーカス様が仕掛けた罠。
とはいえ、直接、国王陛下にお会いし、私の魔道具店を認めていただかなくては、いつまでもルーカス様やソニヤ、他の魔道具師から店を閉めろと言われて嫌がらせを受ける。
店を続けるためには、舞踏会へ行くしかない。
「おっと、ラーシュ様に着替えをお持ちしたのを忘れておりました。お部屋はどこでしょうか?」
「自分で片付けるよ。ちゃんと、ぼくの部屋があるんだ!」
「おお。それはよろしゅうございました」
嬉しそうな顔をして、ラーシュは着替えが入った荷物を受け取った。
「おれも手伝……いや、えーと。ラーシュの部屋は、おれの部屋の隣にだからな」
「はい! 先輩!」
いつの間にか、フランは先輩呼びになっていて、先輩と呼ばれたフランは、満足げな顔をしていた。
嬉しそうに走っていったラーシュの背中を見送り、テオドール土の魔石がついた杭を四本取り出し、土に突き刺す。
「この場の声が漏れないよう念のため、結界を張らせていただきました」
今から話すことは、ラーシュにも秘密らしい。
リアムが腕を組み、怖い顔でテオドールを見ていた。
「ソニヤ妃とノルデン公爵にお気をつけください」
テオドールが不穏なことを言い出した。
「そ、それって……」
「ラーシュ様が【魔力なし】であることを知っているのは、自分とロレンソという騎士。そして、ご実家のノルデン公爵だけです」
「リアムも知っていますよね?」
「ラーシュ様がリアム様にご相談したことを知らず、ソニヤ妃はまだ気づいていないのです」
だから、ソニヤは隠し通せると思っているのだ。
リアムはリアムで、ラーシュを傷つけたくないから、誰にも言わない。
ノルデン公爵より、私が気をつけるべきはリアムだ。
ちらりと横目で見たリアムは、怖い顔をしていた。
――ほらねー! もう怒ってる!
サーラの体に傷をつけようものなら、魂を消滅されてしまう。
「わかりました。気を付けます」
「サーラはおれが守るよ。店を通らないと工房へ入れないし、買い物や用事には、おれがついていく」
「フラン……!」
魔術師でない限り、フランなら勝てるだろう。
でも、プロの暗殺者なら?
そう思っていると、暗殺者より怖いリアムがいた。
「安心しろ。人間の暗殺者など相手ではない」
「え……。う、うん、リアムもありがと……」
――人間の暗殺者じゃない相手って、いったいどなたですか?
あまりの怖さに、喜んでいいのかわからず、戸惑い混じりのお礼しか言えなかった。
ちょうど話がまとまった頃、家の中から外に出てきた。
「部屋に荷物を片付けてきました! 師匠。今日は傭兵ギルドへ行くんですよね?」
「そ、そうでしたね! おでかけの予定だったんですけど……その……」
傭兵ギルドで魔物の素材を見て、市場で買い食いをして帰ってくる予定だったのだ。
ラーシュはすごく楽しみにしていた。
安全を考えたら、でかけないほうがいいに決まってる。
でも、急な予定変更をすれば、なにがあったのかと、ラーシュから怪しまれてしまう。
「俺も行こう。この間、行けなかったからな」
「リアム様がご一緒なら安心です。では、自分は王宮へ戻ります」
「ああ。王宮はテオドールに任せる。傭兵ギルドか。ちょうどいい。用事があったのを思い出した」
――リアムの用事?
第二王子が傭兵ギルドに、なんの用があるのだろうか。
天才魔術師リアム――この時、私はまだリアムのすごさを理解してなかったのである。
荒れた庭を綺麗にし、庭にテーブルと椅子を運び、パンケーキの準備をする。
風の魔石を付けた高速泡立て器は、卵白を泡立て放題で、大量のふわふわパンケーキを作ることができる。
贅沢に火の魔石で焼くパンケーキは、極上の罪の味。
「うわぁ! しゅわって口の中で溶けます」
「そうだろ。サーラの料理はうまいんだ」
ラーシュとフランは、あっという間に打ち解けて、とても仲良くなった。
フランは気がつくし、あの茶色のもふもふした毛並みに癒されて、昨日の泣き顔から一転、明るい笑顔を見せている。
残念ながら、私のほうはフランのガードが固く、もふもふさせてもらえなかった。
はあ……、うらやましい。
「こんなすごいパンケーキ、王宮の食べ物かと思った!」
「王宮のパンケーキは、もっと薄くて、ふわっとしていません。師匠、これが魔道具の力ですか!」
高速泡だて器に感動したラーシュは、目をキラキラさせていた。
分厚いふわふわパンケーキは、子供二人の心をつかみ、一気に尊敬される大人へと早変わり。
「こんな美味しいパンケーキが作れるなんて。ぼく、師匠についていきます!」
「えっ!? う、うん。でも……その……後ろで、こっちをにらんでる黒い影が……」
「もう師匠と呼ばせてるのか?」
情熱の炎をメラメラ燃やすラーシュの熱を冷ましたのは、黒い死神――リアムだった。
ラーシュとフランの背後に、現れたリアムは、圧倒的存在感でテーブルを見下ろす。
「随分と楽しそうな朝食だな」
「ひえっ! リアム様!」
昨晩の雷雨にも怯えなかった二人が、椅子から飛び上がり、お互いの手を握りしめた。
まるで、ホラーである。
「リアム。子供二人を怖がらせないでください」
「は? 普通に登場しただけなんだが?」
「そうですか……」
それで普通とは、怒った時はどれくらいの威圧感になるのか、少し気になった。
「リアムもどうぞ。お店が定休日の朝は、パンケーキって決めてるんですよ」
椅子を勧めると、リアムは庭から、玄関の方に顔を向けた。
「連れがいる」
「まっ、まさかっ! リアムに友達が!?」
「えっー! リアム様に友達?」
リアムに友達ができたと知り、私は喜びのあまり、浮かんだ涙を指でぬぐった。
フランはリアムの友達を見たくて、待ちきれずに背伸びしている。
「おめでとうございます。小さな頃から、ツン全開のトゲトゲハートで、周りを威嚇してきたリアムが、とうとう心を開ける相手ができたんですね!」
「お前は俺のことをそう思っていたわけか」
「えっ?」
これが乙女ゲームなら、ハートをひとつ失っていたところだ。
リアムの不機嫌な顔が、凶悪な顔になったのを見て、慌てて言い直した。
「冗談です、冗談! わぁ、リアムってば、社交的(棒)!」
私が嘘くさい演技をしたところで、リアムの背後から大きな人影が現れた。
「これが、サーラ妃……いえ、サーラ様でいらっしゃる?」
リアムの後ろから現れたのは、赤茶色の髪のゴツイおじさんだった。
魔石付きの立派な大剣を背中に背負い、長いコートの下にはチェーンメイルのベストを着ている。
その服装から、魔術師ではなさそうだと思った。
「サーラ。近衛騎士団団長テオドールだ。覚えているだろう」
――そういえば、そんな人がいたような気がする。
サーラの記憶にちらっとしか出てこなかった人は、よく覚えていない。
それをリアムは気づいていて、さりげなくフォローしてくれた。
「ええ。覚えてます。テオドール様。お久しぶりですね。十年ぶりですが、お元気そうでなによりですわ」
「ずいぶんと明るくなられた」
「そ、そうですね。えーと、ここでの暮らしが、私には合っているみたいです」
「ははは。どうやら、そのようですな。自分のことは、テオドールと呼び捨てにしていただいて構いません。サーラ様が妃になった頃は、まだ一介の騎士でしたから、そちらのほうが違和感がない」
記憶を探ると、テオドールらしき人がサーラの周りにいたような気がしてきた。
「テオドール。ぼくを迎えに行けって、お母さまに言われたの?」
「そうですよ。リアム様から教えていただいた時は、我々の心臓が止まるかと思いました」
「……ごめんなさい」
「謝らずともよろしいのですよ。書き置きを読みました。自分はラーシュ様のお気持ちを優先したいと思っております」
テオドールは小さなラーシュに跪き、同じ目線の高さになる。
ラーシュをとても大切にしているようで、なんだかホッとした。
「お母さまはなんておっしゃってた?」
「このまま、ラーシュ様の【魔力なし】について、周囲に秘密にしておきたいと……」
「無理だよ! 王族の子が、王立魔法学院に入学しないなんて、おかしいって思われる。ぼくに興味のないお父さまだって。さすがに気づくよ!」
泣き出しそうなラーシュに気づき、慌てて間に入った。
「まだ王宮に戻らなくてもいいじゃないですか? 数日、旅行中ってことにしておいて、私の家で預かりますよ」
「テオドール。それがいいだろう。納得できないまま、王宮へ連れ戻しても、どうせ、また抜け出す」
「サーラ様、リアム様。実は自分も王宮に連れ戻したいとは思っていないんですよ」
なにやら、ワケアリらしく、テオドールはため息をついた。
でも、その言葉を聞いたラーシュは喜び、テオドールに抱きついた。
「ありがとう、テオドール!」
「【魔力なし】であっても堂々と生きていけるのだと、ラーシュ様が知るべきチャンスではないかと思ったのです」
「これを見て!」
ラーシュはズボンのポケットから、昨日一緒に【研磨】した魔石を取り出し、テオドールの大きな手のひらにのせた。
「ぼくが初めて【研磨】した魔石だよ。テオドールにあげる」
「なんという栄誉。ラーシュ様、ありがとうございます」
ラーシュの成長が嬉しいのか、テオドールは感激していた。
「昨日、師匠に教えてもらって、たくさん【研磨】したんだ。とても楽しかったよ」
「そうですか……」
テオドールは涙もろく、少しだけ泣いていた。
ラーシュからもらった魔石を大切そうに胸ポケットに入れた。
「お言葉に甘え、しばらくラーシュ様を預かっていただけますか? 王宮には、こちらからうまく言っておきます」
「構いませんよ。人が多い方が、にぎやかで楽しいですし」
「ルーカス様とソニヤ様は、【魔力なし】を馬鹿にしている。ラーシュ様にとって、王宮は辛い場所です。こちらで、少しでも自信をつけ、戻られることを願っております」
それは、私もよく知っている。
何度、あの二人に落ちこぼれだとか、できそこないと言われたか。
「師匠。ぼくはお父さまが怖いんです。この間、ぼくを護衛していたロレンソを剣より魔術だと言って、吹き飛ばしたんです。遊びみたいにして。それを見たら……ぼく……」
――うわ、大人げない。
私とリアムは同じ顔をしていたと思う。
「お父さまは【魔力なし】を馬鹿にしています。でも、その後、魔道具師たちがやってきて、お父さまと話をしているのを聞いたんです」
「ファルクさんたちですね」
どうやら、王宮に報告すると言っていたのは本当で、タイミングよくそこにいたルーカス様に相談したのだろう。
「師匠のことを気にしている様子でした」
むしろ、私の存在は空気のように思ってくれていいんだけど……
どうやって、潰してやろうか考えているに違いない。
でも、これで話は繋がった。
やはり、舞踏会はルーカス様が仕掛けた罠。
とはいえ、直接、国王陛下にお会いし、私の魔道具店を認めていただかなくては、いつまでもルーカス様やソニヤ、他の魔道具師から店を閉めろと言われて嫌がらせを受ける。
店を続けるためには、舞踏会へ行くしかない。
「おっと、ラーシュ様に着替えをお持ちしたのを忘れておりました。お部屋はどこでしょうか?」
「自分で片付けるよ。ちゃんと、ぼくの部屋があるんだ!」
「おお。それはよろしゅうございました」
嬉しそうな顔をして、ラーシュは着替えが入った荷物を受け取った。
「おれも手伝……いや、えーと。ラーシュの部屋は、おれの部屋の隣にだからな」
「はい! 先輩!」
いつの間にか、フランは先輩呼びになっていて、先輩と呼ばれたフランは、満足げな顔をしていた。
嬉しそうに走っていったラーシュの背中を見送り、テオドール土の魔石がついた杭を四本取り出し、土に突き刺す。
「この場の声が漏れないよう念のため、結界を張らせていただきました」
今から話すことは、ラーシュにも秘密らしい。
リアムが腕を組み、怖い顔でテオドールを見ていた。
「ソニヤ妃とノルデン公爵にお気をつけください」
テオドールが不穏なことを言い出した。
「そ、それって……」
「ラーシュ様が【魔力なし】であることを知っているのは、自分とロレンソという騎士。そして、ご実家のノルデン公爵だけです」
「リアムも知っていますよね?」
「ラーシュ様がリアム様にご相談したことを知らず、ソニヤ妃はまだ気づいていないのです」
だから、ソニヤは隠し通せると思っているのだ。
リアムはリアムで、ラーシュを傷つけたくないから、誰にも言わない。
ノルデン公爵より、私が気をつけるべきはリアムだ。
ちらりと横目で見たリアムは、怖い顔をしていた。
――ほらねー! もう怒ってる!
サーラの体に傷をつけようものなら、魂を消滅されてしまう。
「わかりました。気を付けます」
「サーラはおれが守るよ。店を通らないと工房へ入れないし、買い物や用事には、おれがついていく」
「フラン……!」
魔術師でない限り、フランなら勝てるだろう。
でも、プロの暗殺者なら?
そう思っていると、暗殺者より怖いリアムがいた。
「安心しろ。人間の暗殺者など相手ではない」
「え……。う、うん、リアムもありがと……」
――人間の暗殺者じゃない相手って、いったいどなたですか?
あまりの怖さに、喜んでいいのかわからず、戸惑い混じりのお礼しか言えなかった。
ちょうど話がまとまった頃、家の中から外に出てきた。
「部屋に荷物を片付けてきました! 師匠。今日は傭兵ギルドへ行くんですよね?」
「そ、そうでしたね! おでかけの予定だったんですけど……その……」
傭兵ギルドで魔物の素材を見て、市場で買い食いをして帰ってくる予定だったのだ。
ラーシュはすごく楽しみにしていた。
安全を考えたら、でかけないほうがいいに決まってる。
でも、急な予定変更をすれば、なにがあったのかと、ラーシュから怪しまれてしまう。
「俺も行こう。この間、行けなかったからな」
「リアム様がご一緒なら安心です。では、自分は王宮へ戻ります」
「ああ。王宮はテオドールに任せる。傭兵ギルドか。ちょうどいい。用事があったのを思い出した」
――リアムの用事?
第二王子が傭兵ギルドに、なんの用があるのだろうか。
天才魔術師リアム――この時、私はまだリアムのすごさを理解してなかったのである。
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