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第2章

3 同業者からの苦情

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「店主は私ですが……」

 魔道具師たちは誰が店主であるか、知っているはずだ。
 王都で噂だった私の魔道具店を馬鹿にしていたのは、他でもない王都に店を持つ魔道具師たちだったのだから。
 でも――

「公爵令嬢にしては地味だな」
「思っていたより、身長も小さい……」
「そういえば、十年間、氷の中に閉じ込められていたから、十八歳のままか」

 ――これが悪意? 私のことを知ってましたよね!?

 私を目の前にして、本人かどうか相談し始めた。
 赤みを帯びた金髪と青い瞳、控えめな胸。
 平凡な外見だけど、私だって、フランと同じで食事をしっかり食べてるから、身長が伸びっ……体重が少し増えた。

「俺たちが十八歳の頃は、弟子の中でも一番下っぱだったな」
「独立の時も嫌がらせをされたのが、懐かしいよ」

 目の前で昔話が始まった。
 それもしかたのないこと。
 王立魔法学院を卒業した魔道具師が、王都で店を持とうとするなら、まずは魔道具師の元に弟子入りをし、高額な注文してくれるようなお得意様を見つけなければならない。
 だから、サーラと王立魔法学院で共に学んだ魔道具師たちは、十歳上の二十八歳だけど、独立している者のほうが少なく、彼らの弟子として働いている。
 それを想像して、来店したというのなら、私の年齢に驚くのも当たり前だ。
 そう思いたい(願望)。

「外見は子供っぽく見えるかもしれませんが、この魔道具店の主です。なにかご用ですか?」

 動じることなく、落ち着いた態度で対応した。
 十八歳とは思えない落ち着きは、中身が柴田しばた桜衣るいという二十四歳の日本人女性だからだ。

「公爵家のご令嬢ではなく、魔道具師であるサーラ殿と話をしたいと思い、うかがったのだが、失礼を許していただけるだろうか」
「構いませんよ。皆さんがご存じように、私はアールグレーン公爵家から勘当され、追い出された身です。なんでもおっしゃってください」

 ルーカス様の愛人を目指せと、両親が言ってきたのをきっぱり断ったせいで、実家から勘当されてしまった。
 もちろん、これは有名な話で、知らない人はいない。
 魔道具師たちは、王宮へ出入りを許される貴族の身分であり、権力にも敏感だ。
 お客様のほとんどが、上流階級であることを考えたら、四大公爵家を敵に回してしまえば、店は潰れる。
 だから、先に断ったのだろう。

「ならば、話をさせていただこう。サーラ殿は魔道具師の技術をなんだと思っているのかね」
「魔道具師の仕事は、ゴミを拾い集め、【修復】の力で元通りにすることではない。もちろん、鍋など論外」
「我々、魔道具師は志の高い物を作るべきである」

 どうやら、私が売り出した鍋や便利グッズの数々が、自分たちと同じ魔道具として扱われているのが気に入らないようだ。
 魔道具店に並ぶのは、アクセサリーや宝石箱、弓や盾、剣などが一般的で、今まで鍋を売った魔道具師はいない。
 
「私は人々の暮らしが、少しでも楽になるような魔道具を作りたいだけです。魔道具師としての志がないわけではありません」

 私が自分の考えを述べるのと同時に、新たに店に入ってきた人がいた。
 魔道具師たちは一斉に彼を見る。

「それをなんと言うか知っているかね」
「ファルクさん……」

 王都でも指折りの魔道具店を経営する魔道具師のファルクさんは、私が店を開く前、商品を見せてもらった店の店主である。 
 ファルクさんは中年男性だけど、派手めの服装がお好きで、今日は赤と白のフリルシャツ、赤のタイ、金の鎖がついた眼鏡を身につけている。
 眼鏡は素材を鑑定するのに役立つ便利な魔道具だけど、とても高価な商品なのだ。
 
 ――う、うわぁ、全身おいくらですか?
 
 つい、頭の中で計算してしまいそうになった。
 ファルクさんの店には、一度行ったことがあるけど、どの魔道具も高くて、買えない商品ばかりだったのを思い出す。

「技術の安売りと言うのだよ」

 眼鏡の奥の目は冷たく、ファルクさんの言葉に、魔道具師全員がうなずいた。
 私の客層についても気にいらないようで、魔道具を買えるのは、一部の特権であるべきという考え方らしい。
 ファルクさんだけでなく、他の魔道具師もそれを言いたくて集まったのだ。
 ヴィフレア王国の魔道具師の中でも、トップクラスの魔道具師たちが、わざわざ集合し、私の店にやってきた理由がわかった。

「くだらん鍋や包丁を売って満足かね」

 私の魔道具を嘲笑したファルクさんに向かって、フランが吠えた。

「サーラの魔道具を悪く言うなっ!」

 フランが私を守るように前に出て、唸り声を上げる。
 獣人の身体能力の高さは、誰もが知っていて、フランの威嚇に魔道具師たちは怯んだ。

 ――一人じゃなくてよかった。

 私一人だったら、ファルクさんたちの勢いに負けていたかもしれない。
 背筋を伸ばして前を向き、やってきた魔道具師たちにはっきり言った。

「これは、技術の安売りではありません。魔道具で人々の生活が、少しでも楽になればいいと思ってのこと。実際、商品をお使いになられたお客様は、便利だと喜んでいらっしゃいます」
「お客? そちらの店に来るのは、貴族階級の人間ではないだろう」
「公爵令嬢……いや、ルーカス様の元妃でありながら、平民にこびへつらうとは!」
「なんと情けない。アールグレーン公爵が勘当したのもわかる」

 魔術師と魔道具師になれるのは、王族や貴族のみである。
 例外として、貴族の養子になれば、入学できるらしいけれど、それはごくわずか。
 魔道具は上級階級のお金を支払える者だけが、使用できる特権であるという意識は、長い年月の間に染みついたもので、その考えに疑問を持つ環境で、彼らは生まれ育っていなかった。
 だから、私との考え方に差があるのも仕方がないことだ。

「魔法や魔術、魔道具は裕福な人々だけのものではありません。ヴィフレア王国に与えられた恩恵は、同じ国に住む民たちにも等しく与えられるべきだと、私は思っています」

 反論する私が気に入らないのか、ファルクさんたちの表情が歪んだ。

「そうだよ! サーラの魔道具は、みんなが使える物なんだ。お店だって、誰がやってきても、楽しく商品を眺められるいい店だよ!」

 フランの耳に、ファルクさんたちは気づき、さらに顔を険しくさせた。
 
「せめて、売っている魔道具の値段を上げ、従業員はヴィフレア王国の人間にするべきだ」
「お断りします。私の魔道具は多くの人に使っていただきたい。そして、フランはこの店の店長です。しっかり店長として勤めてくれています」

 お客様からの人気だって、私よりある。
 それに、私の店は獣人であっても、気軽に買い物ができる魔道具を目指しているのだ。 

「我々とは考え方が違うようだ」
「そうですね」

 一歩も引かない私に、ファルクさんは苦々しい表情を浮かべた。
  
「魔道具師としてのあり方について、第三者を交え、話し合う必要があるようですな」
「その第三者が、公平な人間であることを望みます」

 自分たちの勝利を確信してか、にやりと魔道具師たちは笑った。

「了承をもらったことだ。さっそく王宮に報告させてもらう」
「王宮!?」

 商人ギルドだと思っていたら、ファルクさんたちが言ったのは、まさかの王宮だった。
 
「どちらが魔道具師として正しい姿か、宮廷魔道具師たちを擁する王宮側に判断していただく。それで異論はないだろう」
「宮廷魔道具師長が鍋をご覧になったら、なんとおっしゃるか」

 宮廷魔道具師は魔道具師たちの中でも、トップエリートである。
 首席で卒業したからといって、誰もが宮廷魔道具師になれるわけではない。
 
 ――王宮側に判断してもらうって、確実に私のほうが不利!

 ファルクさんたちは宮廷魔道具師たちと知り合いようだし、貴族だから宮廷への出入りも許されている。
 私の王宮で仲のいい人……り、リアム?(疑問形)
 実家の公爵家から勘当された私にとって、ファルクさんたちの提案は、完全にこちら側が不利な条件だった――
 
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