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第2章

19 リアムの妃候補

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「では、皆は引き続き舞踏会を楽しんでくれ。これで失礼する」
「わたくしも陛下とご一緒に下がりますわ。ルーカス。後は頼みましたよ」

 王妃様に命じられ、ルーカス様は一礼する。
 高齢の国王陛下はお疲れのご様子で、王妃様はまだお若いけれど、国王陛下に付き添い退出された。
 国王陛下が王妃様よりずっと年上なのは、結婚が遅かったからだ。
 元々、王になるつもりはなく、ひっそりと暮らしていた。
 四大公爵家は、自分たちが後見する王子を王位につけようと争い、最後に一人残ったのが、国王陛下のみ。
 病弱なふりをし、生き延びた国王陛下は、弟たちが殺されたことを嘆き、四大公爵家から、妃を選ばなかった。

 ――でも、ルーカス様は四大公爵家から妃を選んでいる。

 妃同士の争いなど、ルーカス様にとって、どうでもいいことなのだろう。
 すでに、ルーカス様は貴族たちと談笑し、ソニヤの父、ノルデン公爵となにか話している。
 その一方で、リアムの視線は、国王陛下に向けられていた。
 以前、侍従がリアムを呼びにきたのは、国王陛下が体調を崩され、リアムを必要としたからではないかと、私は考えている。
 病気で母親を亡くしたリアムにとって、肉親は国王陛下だけ。
 気にかけてくれていたのも、ただ一人。
 だから、国王陛下がリアムに妃を選べと命じたなら、きっと結婚を考えて――

「リアム様。ご結婚相手にサンダール家の令嬢たちはいかがでしょうか?」

 そう言って、リアムに近づいてきた人がいた。

 ――は、はやっ! しかも、令嬢!?

 国王陛下が去るか去らないかのタイミングで、リアムの元に、サンダール公爵がやってきた。
 それはいいけど、ずらりと並ぶ公爵家と縁のある女性たちは、色々なタイプを集めましたという雰囲気で、公爵にとって今日の舞踏会の目的がなんなのか、すぐにわかった。

「これだけ揃えれば、リアム様のお好みの女性が見つかるはずですわ」

 まるで、商品である。
 
 ――なんだか人を売り物みたいに扱っていて、好きになれない。

 それが、私のサンダール公爵への第一印象だった。
 南方に領地を持つサンダール公爵家。
 当主の年齢は若く、ルーカス様より少し年上くらい。
 ただし、外見は強烈なインパクトがあった。
 浅黒い肌をし、黒髪を長く伸ばし、魔石付きのアクセサリーをじゃらじゃらつけている。
 男性であるのに、体のラインがわかるようなドレスを違和感なく着こなす中性的な美人。
 サンダール公爵は、女性より色気があった。

「末の妹なんていかが? 妹たちの中では一番美しいと評判ですのよ」

 私の目から見た限りでは、サンダール公爵が一番美人でおしゃれだ。
 異国風のアクセサリーは特注品なのか、王都では見かけないデザインで、細工がとても美しく、サンダール公爵が動くと、軽い金属のシャラシャラという音がする。

 ――リアムはなんて返事をするのかな。

 そう思っている間にも、次の人物がやってくる。
 やってきたのは、この間、私の家にリアムを呼びにきた侍従だった。
 リアムに侍従が近寄ると、そっと耳打ちする。

「フォルシアン公爵のご令嬢が、リアム様とダンスを望まれております」

 次の相手も四大公爵家って……
 こんなの目に見えない殴り合いもいいところだ。
 四大公爵たちは、血なまぐさい争いを繰り返すつもりでいるのか、どの家も遠慮する様子はない。
 新たに参戦してきたフォルシアン公爵家は、西に領地を持つ四大公爵家のひとつで、夕日色の髪が特徴だ。
 サンダール公爵と真逆で、がっちりした体型に装飾を減らし、服装は簡素なもの。
 生地はいいけれど、おしゃれには程遠い。
 体が大きな人が多く、優れた剣士を輩出することで有名だ。

 ――ルーカス様にソニヤが嫁いだから、他の家はリアムに嫁がせようってわけですか。

 四大公爵家があまりに露骨すぎて、娘を紹介したい他の貴族たちが遠慮する始末。
 やりとりを横で眺めていた私に侍従が気づき、牽制する。

「サーラ様。リアム様には、他のご令嬢がたがいらっしゃいます。どうぞ向こうで舞踏会をお楽しみください」
「は、はあ……」

 私がそばにいると邪魔らしく、離れてほしいようだ。

 ――婚活会場だと思えば、それも納得だけど。

 でも、リアム自身が結婚を望んでいないことは、鋭い目つきから、すぐにわかった。
 よくあの凶悪な顔を前にして、めげずに話しかけられるものだと、逆に侍従を尊敬してしまった。

「リアム様。ノルデン公爵家、アールグレーン公爵家に対抗するには、他の公爵家と親しくなったほうが……いえ、失礼しました」

 今まで無言だったリアムだけど、とうとう我慢の限界に達したのか、視線だけで侍従を黙らせた。
 そして、サンダール公爵と向き合う。

「サンダール公爵。俺の結婚話より、話すべきことがあるのでは?」
「は……」

 思いもよらないリアムの言葉に、サンダール公爵は言葉を失った。

 ――あ、これは攻撃態勢ですね。

 私はすぐに察した。
 どうやら、リアムはサンダール公爵の弱みを握っているようだ。

「最近、山を購入したと聞いた」

 余裕を見せていたサンダール公爵だけど、『山』と聞いて、動揺したのが目に見えてわかった。

「石の採掘には、王家の許可が必要だ。だが、まだ申請が王宮に届いていない。一度、そちらの領地を視察しなくてはと思っていたところだ」
「採掘はまだでして。もちろん、採掘前には、王家の許可をいただいてからと考えておりました」
「そうか。ならば、拘束した技師は許可を得るまで、そのままにしておこう」
 
 サンダール公爵は口元に扇子をあて、気まずそうな顔をした。
 ヴィフレア王国では、魔石の価格を管理するため、闇取引を禁じている。
 最悪、死刑にもつながる重罪である。

「命まではとらないが、これからは、購入時に許可を得てもらいたいものだ」

 サンダール公爵は、リアムに一礼したけれど、そのうつむいた顔が、悔しそうにしているのがわかった。

 ――十年前も今も、リアムは敵を作っていくスタイルは変わらないですね。

 むしろ、十年経って可愛さが減った分、凶悪さがパワーアップしている気がする。

「それから、侍従。俺は足を負傷していると言ったはずだ」
「せめて、フォルシアン公爵令嬢とお話だけでもなさってください! 国王陛下はリアム様の結婚を望んでいるのです」

 結婚というより、ルーカス様と王位を争えという言葉に聞こえた。
 リアムはそれには答えず、侍従を無視した。
 
「サーラ。帰るぞ」
「えっ!? 帰って大丈夫ですか?」
「俺は付き添いで、舞踏会に参加しただけだ。話が済んだ以上、ここにいる理由はない。後は兄上がうまくやるだろう」
 
 気が付けば、ルーカス様とソニヤが仲良くダンスを踊っている。
 大広間の真ん中を陣取り、注目を浴びてとても楽しそうだ。
 夫婦仲の良さをアピールし、お互い微笑みながらのダンス。
 注目を浴びることに慣れているだけあって、二人は人の目を引き、華やかだった。
 でも、腹の中まではわからない――これが、王宮。

「面倒だ」

 リアムが私の手を取ると、足早に退出する。
 その間、私たちに向けられた視線は多くあったけれど、四大公爵たちの私を見る目は、氷のように冷たいものだった。

 ――私、もしかしなくても、実家を含めた四大公爵家を敵に回してしまった?

 誰一人として、私の味方ではないと感じた。
 私もリアムに負けず、敵を作るのがうまいようだ。
 相手が相手だけに、笑えないけど、十年前、宝石箱を仕向けた相手は、たぶん――

「四大公爵家に気を付けろ」
「で、ですよね……」
「友好的な態度はすべて演技だ。王家を乗っ取り、権力を握るためなら、なんでもやる」
「てっとり早いのが、王子と結婚させて、その子供を王位につけることですよね」
「ああ。父上の代では殺し合い、その前の代では妃を殺した」

 私が寒く感じたのは、夜風のせいだけじゃないと思う。
 
「父上は四大公爵家の権力を削ぐため、力を注いできた。亡くなった弟たちのために、父上ができることは、それだけだったからだ」

 そして、リアムは殺されたサーラのために、犯人を探そうとしている。
 その犯人が、四大公爵家のいずれかだと考えて。

「兄上が王位を継げば、ノルデン公爵が力を持つ。だが、他の公爵家は兄上が国王に指名されないため、動けずにいた」
「だから、ルーカス様は四大公爵家の争いに巻き込まれることなく、ラーシュも命を狙われずにいたんですね」
「そうなる」

 国王陛下は息子と孫を守っていたのである。
 息子と孫が成長し、四大公爵家に対抗できるまでの力を持つまではと――それなのに、ルーカス様は争いを招こうとしている。

「父上が生きている間は、このまま何事もないだろう」

 王宮の庭に出たリアムは、足を止めて王宮を振り返った。
 その方角には、国王陛下の部屋がある。

「国王陛下の体調を心配しているんですか?」
「気づいたのか」
「侍従がリアムを呼びに来たのも、国王陛下の体調が芳しくなかったからですよね」

 慌てる侍従と、冷静に見えたけれど、動揺していたリアム。
 
「父上は病気ではない。寿命だ」
「寿命……」

 ――寿命と言われては、どうすることもできない。どんな魔術も命だけは、扱えないのだから。

 実際、サーラの魂は戻らず、私の魂が異世界から召喚されたように、リアムの才能をもってしても不可能だった。
 それに、命に関わる魔術は禁忌とされ、使用を禁じられている。
 リアムが大魔術を行えたのも、宮廷魔術師長となり、誰も止める人間がいなくなってからのことだ。
 
「俺ができるのは、父上の周りを浄化し、体の負担を軽減するくらいだ」

 国王陛下が部屋の外に出られなかった理由を知った。
 リアムが王宮から視線を移し、私を見て、思い出したかのように言った。

「シバタルイはダンスを踊れるのか?」
「名字と名前の間は区切ってください。猛特訓しましたから、ダンスはプロ並みですよ」

 リアムがダンスを踊ることがないと思ったから、得意顔で言った。
 プロというのは、もちろん冗談である。

「お前はすぐに調子に乗るな」
「あっ! 疑ってますね! 私の華麗なステップを披露できないなんて残念です」
「ふーん。なら、見せてもらおうか」
「えっ!?」

 リアムが私に手を差し伸べた。
 王子様みたいなんて、リアムに対して思ったことなかったけど、今は少しだけ思ってしまった。

「ここなら、まだ音楽が聴こえる」
 
 噴水の水面には、星が瞬き、甘い花の香りが漂う。
 夜風に乗って流れてくる音楽は、庭園まで届いた。

「ダンス、踊れたんですね」
「踊れないとは言ってない」

 星空の下、私たちは踊る。
 ドレスの裾が揺れると、光の魔石がきらめき、地上にも星があるようで美しい。
 リアムとダンスを踊るなんて、二度とないはずだ。
 舞踏会だって、きっとこれが最後。
 だから、私はこの光景を一生忘れないでおこうと思った――奇跡に近い夢みたいな時間を。
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