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第1章

13 戻らない(元)妻 ※ルーカス視点

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 サーラはすぐに王宮へ戻るはずだった。

 ――なぜ、戻らない!?

 手持ちの金もなく、所持品もわずかしか与えなかったというのに、いまだサーラが王宮に戻るという報告がない。
 ボロボロの空き家を手配したと、ソニヤからは聞いていた。
 だから、すぐに音を上げ、謝ってくるだろうと思っていたのだ。
 だが、実際は――

「これは、どういうことだ?」

 ソニヤに内緒で人をやって、調べさせた結果、うまく生活していることがわかった。
 今日、受け取った報告書によれば、サーラはまず、工房で手持ち花火という子供騙しの商品を作ったらしい。

 ――手持ち花火? 聞いたことがないな。

 花火は打ち上げるものだと思っていたが、あれをどうやって手で持つというのか。
 報告書だけでは、手持ち花火とやらが、どんなものであるかも想像できなかった。
 そこそこ売れたらしく、食費程度にはなったとか。
 さらに、ゴミを集めて魔道具師専用スキルの【修復】を利用し、ゴミを売っている――ゴミ?
 このゴミを売っているという報告もよくわからなかった。
 しかし、これが順調で、客足が途絶えるどころか、増える一方だと書いてある。

「気に入らない」

 なにが気に入らないって?
 それは、サーラが僕をすっかり忘れて生活していることだ。
 別れた妻であったとしても、一度は僕の妻となった身。
 簡単に僕を忘れるなんて許されない。
 サーラは僕の元へ戻る気がないのか、報告書には未練のみの字すら見当たらなかった。
 
 ――まるで別人だ。 

 僕がサーラを妻に選んだのは、おとなしく従順で、逆らわない性格だったからだ。
 そして、リアムと仲がよかった。
 腹違いの弟リアムは、底無しの魔力を持ち、王国最強の魔術師である。
 それは十年前、十二歳の頃から変わらず、幼い頃より才能を発揮していた。

「あの頃は十二歳のリアムも二十二歳か」

 僕は二十八歳で、サーラは十八歳。
 年齢を考えたら、今となっては二十二歳のリアムのほうが、僕よりサーラと釣り合う。
 そう思ったら、ますます気に入らなかった。

「よし、会いに行こう。僕が直々に会いにきたと知ったら、感激して王宮へ戻ると言うかもしれない」

 どうせ約束を破り、こっそりリアムが、サーラを手伝っているんだろう。
 この順調な裏には、あいつが資金を援助しているのではないかという疑惑もある。
 さっそく様子を見に行くことにした。

「ルーカス様、馬車の用意ができました」
「ああ」

 護衛を数人従え、王宮の入り口へ向かう途中で――

「ルーカス様。どちらへ行かれますの?」

 どこから聞きつけたのか、ソニヤが現れ、前を阻んだ。
 今日の予定は、王宮に自分の友人たちを招待し、お茶会をすると言っていたが、その友人たちを置いてまで駆けつけてきた。

「町へでかけてくるよ」
「まさか、サーラのところへ?」

 まるで、浮気相手に会う旦那を責める妻のようだ。 
 イライラしているソニヤを冷ややかな目で見た。

「ソニヤ、君が悪いんだよ? 君に任せておけば、うまくいくはずだったよね?」

 ソニヤは気まずそうな顔をし、なにも言い返すことができなかった。
 彼女も自分の失敗に気づいているのだ。

「だから、僕が直々に様子を見に行くことにしたんだよ」
「今日はラーシュが、剣の稽古をする日です。見てくださる約束だったでしょう?」
「剣はあまり得意じゃない。騎士団長にでも任せたらいい」

 息子のラーシュは十歳になるが、魔法より剣に夢中で、僕とあまり似ていない。
 そのせいか、ラーシュも僕より他の人間に懐いている。
 子供は苦手だから、それでいいけど、ソニヤがうるさい。
 
「ソニヤ。勘違いしないで欲しいな。僕は君の尻拭いに行くようなものだ。責められることはなにひとつないはずだ」
「え、ええ……。それは、そうですけど……」

 ソニヤはなにも言えなくなった。
 お願いしますくらい言ってほしいものだ。
 ソニヤはノルデン公爵に似て、プライドばかり高くて困る。

「わかりました。では、ラーシュの剣の稽古は騎士団長にお願いしますわ」
「そうだね。それじゃ、行ってくるよ」

 嫉妬深いソニヤは、僕がでかけるのを険しい顔で見送った。
 ソニヤは、美貌と強い魔力、優秀な成績で、王立魔法学院を卒業した実績から、妃に推された。
 もちろん、僕も嫌いではなかったし、美人に迫られたら悪い気はしない。
 たった一度の関係で、子供を授かるとは思っていなかった。
 息子のラーシュは十歳。
 サーラが氷に閉じ込められた日、ソニヤのお腹に子供がいることを知った。

「まあ、それを知っていたなら、愛する僕への冷たい態度もわかる。でも、サーラは知らなかったはずなんだけどな」

 馬車に揺られ、結婚式当日を思い出す。
 結婚式を終えた後、ソニヤが会いに来て、僕の子だと打ち明けた。
 
 ――しかし、サーラはそれを知る前に、氷の中に閉じ込められた。

 だから、彼女は知らないはずなのだ。

「いや、サーラは僕の浮気を知ったからといって、冷たい態度をとれるような性格だったか?」

 おとなしく控えめで、自分の思いを口に出さず、遠慮ばかりしていた。
 その彼女が、氷の中から目覚めた途端、自立宣言だ。
 違和感しかない。
 なにより、僕を拒み、王宮にも僕にも未練はないとばかりに出ていった。
 
「ルーカス様?」

 名前を呼ばれ、我に返った。
 気がつくと、馬車はすでに裏通りに入り、サーラが住んでいる家の前に到着していた。

「あの、お着きしましたが……」

 御者が馬車の扉を開けたまま、中をうかがっている。
 僕がなかなか出てこないので、心配になったのだろう。

「今、降りる」

 王都の裏通りなど、ほとんど来る機会もなかったが、今日は特別だ。
 
「小汚ないところだな」
「裏通りでも、ほとんど王都の外に近い場所ですので、仕方ありません」
「わかっている」

 護衛たちが一礼し、僕の両側に立つ。
 昔、母上と食料を配りに、裏通りに行った時は、古びた建物が並び、汚いゴミで埋め尽くされていた記憶がある。
 それ以来、僕が汚い裏通りへ足を踏み入れることはなくなった。
 
「こんな汚い場所に、尊い身である僕が訪れたんだ。きっとサーラは感激して泣くだろう」

 さあ、サーラが住んでいるというボロ屋を眺めよう!
 どんなボロ屋かと思いながら、サーラが住む家を見る。
 そこにあったのは――

「うん? 新築……?」

 こんな真新しい建物が、裏通りにあっただろうか――いや、ない。
 庭には色鮮やかな花が植えられ、木製の看板には『サーラの工房&魔道具店』と書かれている。
 看板には、花の絵が添えられ、可愛らしい。
 庭に足を一歩踏み入れたら、そこには様々な商品が並べられていた。
 椅子やホウキ、ブリキのバケツが積み重なり、リボンを結んだり、造花を入れて飾ったりと、女性が好みそうな雰囲気が出ている。
 護衛騎士たちもざわつくほど、王都に今までなかった女性向きのおしゃれな店だ。

「うわっ! これ、全部売り物だ! 値札が付いているぞ」
「ただの飾りじゃなかったんだな。そういえば、妻から花瓶を買ってほしいって頼まれていたんだっけ」

 一緒に来た護衛たちは、手頃な値段の商品に気づき、物色し始めた。
 店内には裕福そうな女性たちが、楽しそうにおしゃべりをしている。
 商品の中に混じるアンティーク物のティーカップが目に入った。

 ――これは貴族の屋敷から出たゴミじゃないか?

 サーラは魔道具師の【修復】スキルを使用し、集めたゴミを新品同様にして、店で売っているらしい。
 資金を持たないサーラが、どうやって生活資金を増やしたのかわかった。

「ふぅん。魔道具師の【修復】スキルが役に立つとはね」

 魔道具師の【修復】スキルには欠点がある。
 壊れた物を一瞬で元に戻せるのであれば、とても便利なスキルだった。
 だが、実際は魔石を使う上に、細かい作業や道具を必要とする。
 戦場や旅の道中で、そんなことをしているヒマがあるだろうか。
 日常であれば、新しい物を買った方が早い。

 ――家を【修復】できていることを考えたら、サーラの【修復】スキルはかなり上がっているな。

 やはり、サーラは以前のサーラじゃない。
 そもそも、ゴミを拾って、売ることを思いつくような女性ではなかった。

 ――では、いったい誰が彼女に助言を?

 これは、サーラがやったことではない。
 元旦那である僕の勘が、そう告げていた。
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