離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!

椿蛍

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第2章

8 弟子にしてください!?

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 十年ぶりに目覚めた第一王子の元妃が、王宮主催の舞踏会に参加するとわかって、貴族たちが大勢参加するという噂を耳にした。
 噂好きの貴族たちは、私という旬な話題に乗り遅れまいと、わざわざ領地からやってくるとかで、王都にある貴族の屋敷が、多く手入れされていた。
 おかげで、こちらは屋敷から出た不用品を回収できて、リサイクルショップの商品が充実し、助かっている。
 それはよかったけれど、問題は舞踏会である。
 舞踏会に一度も出席したことがないシバタルイ、二十四歳。
 サーラの記憶上では、舞踏会に出席していたものの、実際にダンスを踊るとなると、また別だ。
 
「うう……。ダンスの練習をしすぎて筋肉痛です……」
「おれ、貴族の子息より、ダンスがうまくなったと思う」

 初めてダンスに挑戦したフランは、身体能力の高さからか、あっという間にダンスを覚えた。
 私の練習相手になってくれたフランだけど、踊りすぎてゲンナリしている。
 もう一生分のダンスを踊ったとまで、言われてしまった。
 最初は楽しそうにしていたくせに、二日三日と続くうちに、フランは『お風呂の時間だから』と言って逃げるようになった。
 お風呂が一番嫌いな時間だったのに、ダンスの練習より、お風呂の方がマシだと思ったらしい。

「でも、フランのおかげで、かなり上達しましたよ」
「それなら、よかったけど……。あ、雨だ」

 フランの耳がぴょこぴょこ動き、遠くの音を聞き分ける。
 雨が降る前から、音や匂いでわかるフランは、庭の商品が雨に濡れないよう店内に運び入れて、窓を閉めた。
 しばらくして、激しい雨が降りだし、雷が鳴った。

「ひどい雨ですね」

 クラゲ精霊ちゃんは、雷が怖いのか、いつもの定位置である窓から遠ざかり、暖炉の上にちょこんと座る。
 
「そろそろ閉店時間ですし、少し早いですけど、店を閉めましょうか」
「うん。この雨の中、買いに来るお客もいないと思う」
 
 雨で外が暗くなったため、早めにランプを灯す。
 入り口ドアが開きっぱなしなっていて、雨音が大きく聞こえた。

「早くドアを閉めないと雨に濡れますよ……フラン?」

 振り向くと、フランよりも一回りくらい小さい男の子が、店先にずぶ濡れで立っていた。
 
「ごめんなさい……。ぼく、お客じゃないんです」
「お客じゃないって? えーと、いいから、店の中に入れよ。風邪をひくぞ」

 深くフードをかぶり、顔は見えづらいけど、どこか切羽詰まった様子が気になった。
 フランもそれに気づいて、男の子の手を引き、店の中へ招き入れる。

「今、なにか拭くものを持ってきますね」
「あのっ! ぼくを弟子にしてください!」
「弟子? 私の弟子ですか?」
「そうです」
 
 男の子が顔を上げると、フードから銀髪がこぼれた。
 毛先から水滴が落ち、青い目が覗く。
 水を吸って重たくなったマントさえ、気にする余裕はないのか、男の子は必死だった。

「お願いです! ぼく、魔道具師になりたいんです!」
「あ、あの……。私はまだ駆け出しの魔道具師ですし、弟子をとるような身では……」
「今、一番王都で人気がある魔道具店だって、騎士たちが話しているのを聞きました」
「騎士たち?」

 この男の子は、騎士見習いなのだろうか。
 それにしては幼い気がするし、マントの下の服は、とても高価そうだ。
 子供用の剣には、魔石がついていて、ベルトやブレスレットは護符アミュレットの効果がある魔道具だ。
 身を守るため、惜しみなく使われた魔石の量で、この男の子がただ者でないことがわかる。

 ――貴族のお坊っちゃまかしら?

「このままだと、風邪をひいてしまいます。お風呂に入って、服を着替えましょうか」
「サーラ。お湯を浴槽に入れたよ~!」

 二階からフランの声がする。
 男の子の格好を見て、フランが気を利かせ、浴槽にお湯を貯めてくれたようだ。
 お風呂は改良して、シャワーや蛇口を取り付け、いつでもお湯が出る。
 浴槽は火の魔石を溶かし、お湯を冷めにくくした特注のもの。
 特にシャワーは熱いお湯と水の両方がちょうどいい温度で出るようになるまで、かなり苦労した。
 お風呂は改良に改良を行った自信作である。
 このお風呂のために、魔石をかなり使ってしまったけど、悔いなし!
 いつでもお風呂に入れるという誘惑には勝てず、私が持てるすべての知識とスキルを使用したと言ってもいいくらいだ。

「マントはここでとりましょうか。でないと、家の中が水浸しになってしまいますからね」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいんですよ。ひどい天気の中、私を訪ねてきてくれて嬉しいです」

 身なりは立派なのに、おどおどして、自信のない顔をし、何度も謝る姿に、私は見覚えがあった。
 
 ――サーラに似てる。

 容姿じゃなくて、うつむいた顔だとか、周囲を気にする様子が、似ていると思った。

「ぼく、どうしても、魔道具師にならなきゃいけないんです」

 フードを脱ぎ、マントを外すと、顔がよく見え、その青い瞳からは、雨に負けないくらい大粒の涙がこぼれ落ちていた。
 二階から降りてきたフランが、男の子を見て足を止めた。

「ひえっ! サーラ! そ、そ、その子供っ!」
「フラン?」
「ラーシュ様だよっ! ルーカス様とソニヤ様の子供のっ! 王宮で働いていた時に、何度か見たことあるから、間違いない!」

 そう言われてみると、子供の髪はノルデン公爵家に多い銀髪で、顔もソニヤに似て、綺麗な顔をしている。

「師匠、お願いします。普通の子供と同じ扱いで構いません。弟子になって、頑張って働きますから、ここに置いてください!」

 涙をぬぐいながら、必死に頼み込む姿に、ソニヤとは違うと思った。
 もちろん、ルーカス様とも。
 性格はまったく似ておらず、優しい顔立ちをしている。

「ぼくのことは、ラーシュと呼んでください。掃除でもなんでもやります!」 
「同居なんか駄目だって! そもそも、家出だろ? こっちが王宮から、誘拐犯扱いされるよ!」

 フランが叫んだ。
 それは私の心の声でもあった。
 誘拐犯――ソニヤかルーカス様、そのどちらかが、大騒ぎするに決まってる。
 もしかすると、私に罪を着せて、王宮へ連れ戻す可能性もある。

「師匠がぼくを弟子にしてくれるまで、王宮に帰りません!」

 十歳の子が護衛もつけずに、雷雨の中、王宮を泣きながら飛び出してくるなんて、よほどの覚悟がないとできないことだ。

「わかりました。とりあえず、お風呂に入りましょう。風邪を引きますからね」 
「弟子にしてくれるってことですか?」
「そ、そうですね。えーと、私の弟子になるには、条件があります! その条件に合格したら、弟子にしましょう!」

 ラーシュは条件がなんなのかわからず、きょとんとした顔で、私を見上げる。

「条件は言えません。その条件をクリアしたら、ラーシュは正式に私の弟子です」
「わかりました。弟子になれるよう頑張ります」
 
 なんとか落ち着かせ、フランが浴室へ連れていったけど、なにか事情がありそうだ。
 店の中には、水溜まりがいくつかでき、外の明かりは雨風で揺れ、ぼやけて見える。
 夕方に降り出した激しい雨は、しばらく止みそうになかった――
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