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第2章
9 元旦那様の子供
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雨に濡れたラーシュの服を洗濯し、その代わりにフランの服を用意した。
少し大きいけど、着れないこともない。
夕食の準備と同時に、蜂蜜をたっぷり入れたホットミルクを作る。
温めるだけになっていた鍋の中身は、お肉たっぷりのミートソースで、おかわり自由のミートソーススパゲッティ。
ソースは甘めに仕上げてある。
「ミートソースを多めに作って正解でしたね! ソースをケチったミートソースなんて、ションボリですし!」
再現に苦労した手作りケチャップは、まとめて大量に作り、瓶に詰めて保存してあるから、店が忙しい時もお手軽にケチャップ味を楽しめる。
それに、スパゲッティらしき麺は、こちらの世界にもあったため、作れる料理が増え、とても助かった。
それさえあれば、あとはソース次第。
いまのところ、肉食なフランのナンバーワンはミートソースで、次にクリームソースらしい。
そして、私の研究に研究を重ねたミートソースには、みじん切りにした野菜や香辛料が加わり、味に深みがある。
真剣に味を確認していると、フランがキッチンに入ってきた。
「サーラ。あいつの部屋はどうする?」
「二階に余っている部屋がありますけど、今日はベッドが間に合わないので、フランが一緒に眠ってあげてください」
「お、おれ!? でも、ベッドはひとつしか……」
「犬の姿になったら、今より小さくなりますよね?」
「狼だよっ!」
ゆでた麺の固さを確認しながら、うなずいた。
話しながらも心は半分、ミートソースである。
「そうでした(麺はアルデンテ……)」
「あいつは王宮の贅沢な暮らしに慣れたお坊っちゃんだし、獣人と同じベッドなんて、嫌に決まってるよ」
「私の弟子なら、獣人だからという理由で、フランを嫌いになったりするのは許しません」
「サーラ……」
「だから、狼の姿になったら、もふもふさせてくださいね! いっそ私がフランと一緒に眠りたい!」
感動していたフランの目が、一気に冷たくなった。
いいこと言ったはずなのに……どうして?
「あの……。着替えをありがとうございます。ぼくは床でも大丈夫です」
お風呂が終わり、二階から降りてきたラーシュは、遠慮がちにキッチンの入り口に立っていた。
邪魔にならないように、気を配る姿はサーラを彷彿させる。
「そんなわけにいくかよ。王宮育ちのお坊ちゃんが、床で眠れるわけないだろ」
「剣の修行のため、騎士見習いと同じ生活をしたことがあるので、外で眠るのも平気です」
「え? 騎士? ヴィフレアの王族って、魔術師になるんじゃないのか?」
ラーシュが気まずそうにうつむいたのがわかった。
「同じベッドでも問題なさそうですね! ラーシュ。フランの狼の姿は、とっても可愛い……かっこいいんですよ!」
「すごい! 狼になれるんですか!? ぼく、狼を見るのは初めてなんです」
「ま、まあな! すごいっていうか、まあ、獣人なら当たり前ていうか……。ちょっとだけなら、毛並みに触ってもいいぞ」
フランは褒められて嬉しかったのか、あっさり心を開いた。
「お腹が空きましたよね。二人とも椅子に座ってください。夕食にしましょう」
ホットミルクと大盛りのミートスパゲッティを置く。
鍋に入ったミートソースはおかわり自由、麺は大盛りで、食べ盛りな胃袋を満足させるだけのじゅうぶんな量がある。
「このソースが入っている鍋って、魔道具なんですよね? 護衛の騎士が言ってました。すごく人気で手に入りにくいって」
「そうですよ。あと、野菜を細かくしたり、肉をミンチにする包丁も売ってます」
「他の道具も、とても便利だって、王宮の厨房から聞きました」
王宮の料理人が、いつ買いに来たのかわからなかったけど、きっとルーカス様やソニヤの手前、目立たぬよう変装して店に来たのだろう。
私を勘当したアールグレーン公爵家にも配慮して、こっそり来店するお客様は多かった。
フランに不評な便利グッズも、王宮や貴族の屋敷の厨房なら、たくさん料理を作るだろうし、役に立ちそうだ。
「サーラは便利な物も作るけど、変なものも作るぞ」
そこは自慢するところじゃなかったけど、フランは自慢げにラーシュに言った。
「変な箱にパンをいれたら焦げたり……」
「トースターです」
「お湯を保温するポットを作ったら、蒸発したり……」
「火の魔石の温度調整が難しいんですよ! あと、材料費コストが問題なんです。ランクの高い魔石を使うと、価格が高すぎて買ってもらえなくなります」
魔道具師になりたいと言ったのは、本気だったのか、ラーシュは真剣に、話を聞いていた。
でも、少し気になることがあった。
「ラーシュ。ミートソースが熱いうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
「ミートソースは麺にからめて食べると、すっごく美味しいんだぞ」
フランにとっては、何度か食べたことのあるミートソースだけど、ラーシュは初めてだ。
けれど、ラーシュは戸惑うことなく口にし、にっこり微笑んだ。
「すごく美味しいです」
「そうだろ? サーラの料理はどれもうまいんだっ!」
「おかわりもありますから、遠慮しないで、たくさん食べてくださいね。ソースはかけ放題です。サラダもありますよ」
ミートソースだけでなく、栄養が偏らないようサラダ付き。
今朝、市場で買ったばかりの野菜はパリッとしていて、みずみずしく新鮮だ。
オリーブオイルと塩だけのドレッシングでも、じゅうぶん美味しいけれど、そこにレモンを絞ると、さわやかなサラダになる。
「ホットミルクもどうぞ。雨に濡れて寒かったでしょう?」
「はい……」
甘い蜂蜜入りのホットミルクを口にした瞬間、ラーシュは気が緩んだのか、涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい。悲しいわけじゃないんです」
「安心したんですよね?」
私がそう言うと、なぜわかったのだろうという顔をして、ラーシュは私を見る。
「なにか事情があって、ここへ来たんですよね。もしよかったら、その事情を話してもらえませんか?」
ラーシュはホットミルクが入ったカップをギュッと握りしめた。
「私の工房では、全員が対等な立場です」
ここでは、王族も獣人も関係ない――ラーシュにもそれが伝わったはずだ。
ラーシュはフランを最初から、差別していなかった。
むしろ、自分が一番劣っているとさえ、思っている。
ラーシュが自分が劣っていると思う理由に、私はすでに気づいていた。
「ぼくを馬鹿にしたりしないって、信じてもいいですか?」
「もちろんです。まずは、師匠である私を信じてもらわないと、弟子にはできません」
迷っていたラーシュだけど、意を決して口を開いた。
「師匠。ぼくには魔力がありません。王族なのに【魔力なし】として生まれたんです」
――やっぱりそうだった。
気づいてなかったフランは驚き、私の顔を見る。
ラーシュが私を師匠に選んだ理由は、私が【魔力なし】だからだ。
四大公爵家出身でありながら、【魔力なし】として生まれ、冷遇されてきた。
でも、最近になって魔道具師として店を開き、名が知られ始め、ラーシュと仲の良い騎士たちから、噂話を聞いたのだろう。
話を聞いて、【魔力なし】でも活躍できると思った――
「ぼくが【魔力なし】だってことは、お父さまに言わないでください! お父さまは僕が【魔力なし】だって知らないんです!」
ラーシュは声を張り上げ、必死になって言った。
その声の大きさに、私もフランも驚いたけど、ルーカス様は【魔力なし】を馬鹿にしていたし、自分の子がそうだとわかれば、どんな態度をとるかわからない。
それが、ラーシュにもわかるのだ。
「お父さまはがっかりして、ぼくを嫌いになります……」
「大丈夫、言いません。ルーカス様と連絡をとっていませんし、公爵家から勘当されてますから、王宮との繋がりはゼロです」
「そうだよな。王宮関係者でここに来るのって、リアム様くらいだけど、リアム様は?」
フランは心配そうな顔で、ラーシュに尋ねた。
「リアム様はぼくが【魔力なし】だって知ってます。どうやったら、魔力が手に入るか、聞いたことがあるんです。内緒にしてほしいってお願いしたら、リアム様は約束を守ってくれました」
「そっか……」
「ぼくは魔道具師になれますか?」
ずっと悩んできたのか、苦しそうな顔をしていた。
ラーシュの手のひらには、剣の稽古でできたマメがある。
魔力がなくても、ルーカス様やソニヤに褒めてもらおうと、努力してきた様子がうかがえる。
「私が尊敬する鍛冶師のニルソンさんは、職人であることを誇りに思っています。魔力がなくても努力という才能を神様から与えられ、名匠と呼ばれるまでになったそうです」
「努力……」
「ラーシュには努力の才能が、誰よりもあると思います。それは神様がラーシュにくれた才能です」
青い目に浮かんだ涙が、ぴたりと止まった。
「ぼくには、なにもないと思ってました」
「そんなことないですよ。剣が上手でしょう?」
「自信はありませんが、リアム様はぼくの剣の腕を褒めてくださいました」
リアムはラーシュを気にかけていたようだ。
その理由は私と同じ――ラーシュを見て、サーラを思い出していたからに違いない。
「ラーシュ。食事が終わったら、一緒に石を磨いてみますか? 【研磨】するのって、すごく楽しいんですよ」
「やってみたいです! でも、仕事の邪魔になりませんか?」
「今日の作業は終わりましたから、大丈夫です。石ころを地道に【研磨】して、まずはスキルレベルを上げていきましょう!」
「はいっ! 師匠!」
魔道具師のスキルを上げるのは、なかなか大変で、王立魔法学院の課題でも【研磨】がほとんどだった。
石が変われば、方法も変わり、【研磨】しやすいように石を削ったり、ヤスリを変えたりと、細かい作業になってくる。
「食事の後片付けは、おれがやるよ。あと、リアム様に連絡しておく。このままだと、誘拐犯の濡れ衣を着せられそうだし」
フランはラーシュを気遣い、小声で私に言った。
私の立場上、『ソニヤに嫉妬する前妻』もしくは、『妻の座を狙う野心家』と思われてもしかたのないこと。
もちろん、まったくそんな気持ちはない。
でも、貴族たちは違う。
そして、ラーシュの母親であるソニヤが知れば、心穏やかではいられないだろう。
――ラーシュが私の弟子になるのは構わないけど、ソニヤがどう思うか。
【魔力なし】であることをルーカス様に隠しているのを考えたら、これはソニヤの弱みになる。
自分の弱みを知られたソニヤが、なにもしてこなければいいけれど……
家の中は穏やかで平和に見えても、外はまだ雷鳴が鳴り響き、嵐が続いていた――
少し大きいけど、着れないこともない。
夕食の準備と同時に、蜂蜜をたっぷり入れたホットミルクを作る。
温めるだけになっていた鍋の中身は、お肉たっぷりのミートソースで、おかわり自由のミートソーススパゲッティ。
ソースは甘めに仕上げてある。
「ミートソースを多めに作って正解でしたね! ソースをケチったミートソースなんて、ションボリですし!」
再現に苦労した手作りケチャップは、まとめて大量に作り、瓶に詰めて保存してあるから、店が忙しい時もお手軽にケチャップ味を楽しめる。
それに、スパゲッティらしき麺は、こちらの世界にもあったため、作れる料理が増え、とても助かった。
それさえあれば、あとはソース次第。
いまのところ、肉食なフランのナンバーワンはミートソースで、次にクリームソースらしい。
そして、私の研究に研究を重ねたミートソースには、みじん切りにした野菜や香辛料が加わり、味に深みがある。
真剣に味を確認していると、フランがキッチンに入ってきた。
「サーラ。あいつの部屋はどうする?」
「二階に余っている部屋がありますけど、今日はベッドが間に合わないので、フランが一緒に眠ってあげてください」
「お、おれ!? でも、ベッドはひとつしか……」
「犬の姿になったら、今より小さくなりますよね?」
「狼だよっ!」
ゆでた麺の固さを確認しながら、うなずいた。
話しながらも心は半分、ミートソースである。
「そうでした(麺はアルデンテ……)」
「あいつは王宮の贅沢な暮らしに慣れたお坊っちゃんだし、獣人と同じベッドなんて、嫌に決まってるよ」
「私の弟子なら、獣人だからという理由で、フランを嫌いになったりするのは許しません」
「サーラ……」
「だから、狼の姿になったら、もふもふさせてくださいね! いっそ私がフランと一緒に眠りたい!」
感動していたフランの目が、一気に冷たくなった。
いいこと言ったはずなのに……どうして?
「あの……。着替えをありがとうございます。ぼくは床でも大丈夫です」
お風呂が終わり、二階から降りてきたラーシュは、遠慮がちにキッチンの入り口に立っていた。
邪魔にならないように、気を配る姿はサーラを彷彿させる。
「そんなわけにいくかよ。王宮育ちのお坊ちゃんが、床で眠れるわけないだろ」
「剣の修行のため、騎士見習いと同じ生活をしたことがあるので、外で眠るのも平気です」
「え? 騎士? ヴィフレアの王族って、魔術師になるんじゃないのか?」
ラーシュが気まずそうにうつむいたのがわかった。
「同じベッドでも問題なさそうですね! ラーシュ。フランの狼の姿は、とっても可愛い……かっこいいんですよ!」
「すごい! 狼になれるんですか!? ぼく、狼を見るのは初めてなんです」
「ま、まあな! すごいっていうか、まあ、獣人なら当たり前ていうか……。ちょっとだけなら、毛並みに触ってもいいぞ」
フランは褒められて嬉しかったのか、あっさり心を開いた。
「お腹が空きましたよね。二人とも椅子に座ってください。夕食にしましょう」
ホットミルクと大盛りのミートスパゲッティを置く。
鍋に入ったミートソースはおかわり自由、麺は大盛りで、食べ盛りな胃袋を満足させるだけのじゅうぶんな量がある。
「このソースが入っている鍋って、魔道具なんですよね? 護衛の騎士が言ってました。すごく人気で手に入りにくいって」
「そうですよ。あと、野菜を細かくしたり、肉をミンチにする包丁も売ってます」
「他の道具も、とても便利だって、王宮の厨房から聞きました」
王宮の料理人が、いつ買いに来たのかわからなかったけど、きっとルーカス様やソニヤの手前、目立たぬよう変装して店に来たのだろう。
私を勘当したアールグレーン公爵家にも配慮して、こっそり来店するお客様は多かった。
フランに不評な便利グッズも、王宮や貴族の屋敷の厨房なら、たくさん料理を作るだろうし、役に立ちそうだ。
「サーラは便利な物も作るけど、変なものも作るぞ」
そこは自慢するところじゃなかったけど、フランは自慢げにラーシュに言った。
「変な箱にパンをいれたら焦げたり……」
「トースターです」
「お湯を保温するポットを作ったら、蒸発したり……」
「火の魔石の温度調整が難しいんですよ! あと、材料費コストが問題なんです。ランクの高い魔石を使うと、価格が高すぎて買ってもらえなくなります」
魔道具師になりたいと言ったのは、本気だったのか、ラーシュは真剣に、話を聞いていた。
でも、少し気になることがあった。
「ラーシュ。ミートソースが熱いうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
「ミートソースは麺にからめて食べると、すっごく美味しいんだぞ」
フランにとっては、何度か食べたことのあるミートソースだけど、ラーシュは初めてだ。
けれど、ラーシュは戸惑うことなく口にし、にっこり微笑んだ。
「すごく美味しいです」
「そうだろ? サーラの料理はどれもうまいんだっ!」
「おかわりもありますから、遠慮しないで、たくさん食べてくださいね。ソースはかけ放題です。サラダもありますよ」
ミートソースだけでなく、栄養が偏らないようサラダ付き。
今朝、市場で買ったばかりの野菜はパリッとしていて、みずみずしく新鮮だ。
オリーブオイルと塩だけのドレッシングでも、じゅうぶん美味しいけれど、そこにレモンを絞ると、さわやかなサラダになる。
「ホットミルクもどうぞ。雨に濡れて寒かったでしょう?」
「はい……」
甘い蜂蜜入りのホットミルクを口にした瞬間、ラーシュは気が緩んだのか、涙をこぼした。
「ご、ごめんなさい。悲しいわけじゃないんです」
「安心したんですよね?」
私がそう言うと、なぜわかったのだろうという顔をして、ラーシュは私を見る。
「なにか事情があって、ここへ来たんですよね。もしよかったら、その事情を話してもらえませんか?」
ラーシュはホットミルクが入ったカップをギュッと握りしめた。
「私の工房では、全員が対等な立場です」
ここでは、王族も獣人も関係ない――ラーシュにもそれが伝わったはずだ。
ラーシュはフランを最初から、差別していなかった。
むしろ、自分が一番劣っているとさえ、思っている。
ラーシュが自分が劣っていると思う理由に、私はすでに気づいていた。
「ぼくを馬鹿にしたりしないって、信じてもいいですか?」
「もちろんです。まずは、師匠である私を信じてもらわないと、弟子にはできません」
迷っていたラーシュだけど、意を決して口を開いた。
「師匠。ぼくには魔力がありません。王族なのに【魔力なし】として生まれたんです」
――やっぱりそうだった。
気づいてなかったフランは驚き、私の顔を見る。
ラーシュが私を師匠に選んだ理由は、私が【魔力なし】だからだ。
四大公爵家出身でありながら、【魔力なし】として生まれ、冷遇されてきた。
でも、最近になって魔道具師として店を開き、名が知られ始め、ラーシュと仲の良い騎士たちから、噂話を聞いたのだろう。
話を聞いて、【魔力なし】でも活躍できると思った――
「ぼくが【魔力なし】だってことは、お父さまに言わないでください! お父さまは僕が【魔力なし】だって知らないんです!」
ラーシュは声を張り上げ、必死になって言った。
その声の大きさに、私もフランも驚いたけど、ルーカス様は【魔力なし】を馬鹿にしていたし、自分の子がそうだとわかれば、どんな態度をとるかわからない。
それが、ラーシュにもわかるのだ。
「お父さまはがっかりして、ぼくを嫌いになります……」
「大丈夫、言いません。ルーカス様と連絡をとっていませんし、公爵家から勘当されてますから、王宮との繋がりはゼロです」
「そうだよな。王宮関係者でここに来るのって、リアム様くらいだけど、リアム様は?」
フランは心配そうな顔で、ラーシュに尋ねた。
「リアム様はぼくが【魔力なし】だって知ってます。どうやったら、魔力が手に入るか、聞いたことがあるんです。内緒にしてほしいってお願いしたら、リアム様は約束を守ってくれました」
「そっか……」
「ぼくは魔道具師になれますか?」
ずっと悩んできたのか、苦しそうな顔をしていた。
ラーシュの手のひらには、剣の稽古でできたマメがある。
魔力がなくても、ルーカス様やソニヤに褒めてもらおうと、努力してきた様子がうかがえる。
「私が尊敬する鍛冶師のニルソンさんは、職人であることを誇りに思っています。魔力がなくても努力という才能を神様から与えられ、名匠と呼ばれるまでになったそうです」
「努力……」
「ラーシュには努力の才能が、誰よりもあると思います。それは神様がラーシュにくれた才能です」
青い目に浮かんだ涙が、ぴたりと止まった。
「ぼくには、なにもないと思ってました」
「そんなことないですよ。剣が上手でしょう?」
「自信はありませんが、リアム様はぼくの剣の腕を褒めてくださいました」
リアムはラーシュを気にかけていたようだ。
その理由は私と同じ――ラーシュを見て、サーラを思い出していたからに違いない。
「ラーシュ。食事が終わったら、一緒に石を磨いてみますか? 【研磨】するのって、すごく楽しいんですよ」
「やってみたいです! でも、仕事の邪魔になりませんか?」
「今日の作業は終わりましたから、大丈夫です。石ころを地道に【研磨】して、まずはスキルレベルを上げていきましょう!」
「はいっ! 師匠!」
魔道具師のスキルを上げるのは、なかなか大変で、王立魔法学院の課題でも【研磨】がほとんどだった。
石が変われば、方法も変わり、【研磨】しやすいように石を削ったり、ヤスリを変えたりと、細かい作業になってくる。
「食事の後片付けは、おれがやるよ。あと、リアム様に連絡しておく。このままだと、誘拐犯の濡れ衣を着せられそうだし」
フランはラーシュを気遣い、小声で私に言った。
私の立場上、『ソニヤに嫉妬する前妻』もしくは、『妻の座を狙う野心家』と思われてもしかたのないこと。
もちろん、まったくそんな気持ちはない。
でも、貴族たちは違う。
そして、ラーシュの母親であるソニヤが知れば、心穏やかではいられないだろう。
――ラーシュが私の弟子になるのは構わないけど、ソニヤがどう思うか。
【魔力なし】であることをルーカス様に隠しているのを考えたら、これはソニヤの弱みになる。
自分の弱みを知られたソニヤが、なにもしてこなければいいけれど……
家の中は穏やかで平和に見えても、外はまだ雷鳴が鳴り響き、嵐が続いていた――
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