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第1章

12 私のお店、開店です!

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 裏通りの奥に、魔道具店が開店したという話は、物珍しさもあって、あっという間に広まった。
 今までの魔道具店というのは、高価な品を取り扱い富裕層だけが利用する――そんなイメージだった。
 だから、富裕層がこないような奥まった裏通りに、店を置く魔道具師はいない。
 
『富裕層以外に向けた魔道具店を!』

 まず、その発想が、貴族階級の魔道具師たちにはなかったのである。
 その店を開いたのが、公爵令嬢で、第一王子の妃。
 噂にならないわけがない。 
 その上、氷に閉じ込められていた公爵令嬢が、王宮から出て働いているというだけで、人々は興味津々。
 毎日、店に訪れる人が途切れない。

「自分の存在が客寄せになっている現実。ネタのために体を張ってる感はありますが、目新しさ抜群です!」
「そりゃ、いないよ。ゴミを売る魔道具店なんてさ」

 フランは壊れた本棚や机を運び入れ、裏庭に置いていく。
 
「ゴミではなく、資源と言ってください」
「資源ねぇ……」

 フランは庭に置いた机に寄りかかり、壊れて使い物にならなくなった物を眺めた。
 工房から続く裏庭は資材置きに使っている。
 一階を工房と店に、二階を私たちが暮らす住居と決めた。
 家は古かったけど、広さだけはあり、特に表と裏にある庭が作業の助けとなっている。

「おれにはゴミにしか見えないんだけど」
「そんなことないですよ。私には、お宝の山にしか見えません。【修復】スキルで、元の姿に戻せば、立派な商品になります」

 魔道具師のスキルには、魔石を利用した【修復】スキルがある。
 そのスキルを利用して、私はリサイクルショップを開くことにしたのだった。

「フランが私にヒントをくれたんですよ?」
「ヒント!? おれはゴミを運んだだけで……」
「家具がなかった家に、家具を探して持ってきてくれましたよね。それで、私は思い付いたんです」

 材料がなければ、拾えばいいじゃない!
 それも材料費ゼロ。
 魔石だって、石ころを粉末にしたもので、じゅうぶん足りる。
 
「魔道具師が持つ【修復】スキルで、壊れた物を元に戻せるなんて便利ですよね。どうして、この【修復】スキルを使わないのか、わかりません」
「壊れても新しく買えるような連中が、魔道具師だからだよ」

 魔術師と魔道具師のほとんどが貴族である。
 普通の人が魔道具師を目指す時は、お金を積んで養子になるしかない。
 それを知っているフランは、暗い表情で私に現実を語った。
 ファルクさんの店を見た後だったから、フランが言っていることは、よく理解できた。

「サーラって本当に変わってるよ。獣人のおれや裏通りの人間も差別しないしさ。公爵令嬢とは思えないんだよなぁ」

 フランの言葉にドキッとした。
 だって、中身は公爵令嬢じゃないから当たり前。
 まさか、私が異世界人だと誰も思わないだろうけど、周りにバレたら、解剖とかされてしまうのだろうか。
 私の頭の中に、『捕らえられた宇宙人』の映像が思い浮かぶ。
 冷や汗をかきながら、慌てて誤魔化した。
 
「え、えーと。ほら、私って馬鹿にされてきたじゃないですか? だから、自分がすごいなんて思えないんですよ」
「うん。おれもわかるよ。その気持ち」

 フランは十二歳なのに、とても大人びている。
 獣人国からヴィフレア王国まで奴隷商人に連れてこられ、家族全員が奴隷として売られたそうだ。
 体が小さくて、買い手がつかなかったフランだけど、奴隷商人の元で文字や簡単な計算を覚えたことで、王宮の仕事を任されるようになった。

「フラン! 私と一緒に頑張りましょう!」
「は!? いきなり、なんだよ」
「フランにお給料を支払わせてください」
「給料? おれは王宮から派遣された世話係だし、もらえないよ」
「私のお世話より、お店の手伝いのほうが多いですよね? その業務分のお給料は、きちんと支払うべきだと、私は思います」

 フランは驚いているけど、私はずっと考えていた。
 お金さえあれば、奴隷の身分からフランは自由になれるのだ。
 奴隷身分から抜け出すには、方法が二つある。
 主人に奴隷身分から解放してもらうか、売られた時のお金を自分で支払うか。
 奴隷としての仕事が多すぎて、他にお金の稼ぐ方法がないため、後者はとても難しい。

「自分の力で自由を勝ち取るんです!」

 がしっとフランの手を握りしめた。
 振り払われるかなと思っていたら、そんなことなく、私をじっと見つめてきた。

「サーラ。実はおれ……」

 フランがなにか言いかけた瞬間、店のドアが開き、にぎやかな声が響く。

「サーラちゃん! 今日も来ちゃったわぁ~! この間のティーカップ、とっても素敵だって褒められちゃってぇ~!」
「うちはソファーが欲しいの。素敵なソファーはないかしら? お隣の奥さんの家に、革のソファーがあって、どこで買ったか聞いたら、サーラちゃんの魔道具店だって言うじゃない?」

 やってきたのは裏通りに店を置く、商売人たちの奥様だった。
 裏通りと言っても、大通りに近いほど立派な店が増える。
 大通りから少し中に入っただけの通りは、他国とも取引する大きな商会ばかりだ。
 裕福な商人たちは、貴族ではないものの、羽振りがいい。

「ご来店ありがとうございます」
「おすすめの物はあるかしら?」
「そうですね‥‥‥。先日、奥様が手に取られていたお皿ですけれど、そちらをもう一度ご覧になられたいのではないかと思い、お取り置きさせていただいております」
「まあ! 本当!?」
「はい。いかがですか?」
「うーん、見せてもらうわっ!」

 すると、一緒に来た奥様が小声で尋ねた。

「ねえねえ、オトリオキって?」
「目的の物以外で、欲しいものが見つかる時があるでしょう? それを店頭から一時的に下げてもらって、後日、買いに来ることができるのよ」
「まあ! それなら、欲しい物を買い逃すことはなさそうね」

 奥様たちは自由になるお金が限られている。
 そこで私は購入しなくても、一時的に商品をお取り置きできますよと声をかけた。
 そうすることで、お金に都合がついた時に来店し、購入できるというわけだ。
 
「こちらのお皿でしたよね」
「そう! この湖の絵がとても気に入ってるの! やっぱり素敵。買わせていただくわ」
「ありがとうございます」

 まだ店は開店して日が浅い。
 常連様より、初めて来店されるお客様のほうが圧倒的に多い。
 今、このお皿を購入された奥様もそうだ。
 前回、来店された時、購入したのはティーカップだけで、何度も眺めていたお皿は、元の場所に戻し、購入しなかった。
 それほど高い品ではなかったにも関わらず、奥様はティーカップだけを購入された。
 それは、この店の品が、しっかりした品であるかどうか、見極めるため。
 ティーカップを使用してみて、品に問題がなく、信用できる店だと判断したから、次の品を買い求めにきたというわけだ。
 お目当てのお皿を手に入れられた奥様はご機嫌で、三度目の来店も確実となった。

「新品同然なのに安いし、元がガラクタだなんて信じられない。魔道具師ってすごいのね」
「それだけじゃないのよ。とても丈夫になってるの」

 魔道具師が持つ【修復】スキルのおかげだ。
 このスキルは、ほとんど使われないスキルだった。
 授業でも滅多に使われていなかったようで、【修復】スキルレベルは低く、最初は役に立たないように思えた。
 けれど、フランが庭に運び入れた家具や調度品類を修理していくうちに、【修復】スキルレベルがどんどん上がり、いまや新品同様にまで、元に戻せるようになった。
 魔石の粉末を水に溶かし、筆で薄く塗ってコーティングすることで、丈夫になることもわかった。
 
「サーラちゃんの店は、店内も素敵ね」
「店の装飾がいいのよ。テーブルをただ置いてあるだけじゃなくて、お茶会風に飾ってあるから、購入した後のイメージがしやすいのよね」

 店内はリサイクルショップというより、インテリアショップ風。
 おしゃれなインテリアショップを参考に、テーブルには修復したティーセット、花瓶、フルーツ皿などを並べた。
 もちろん、すべて売り物である。
 さらに、一階の居間も食堂もドアを外し、商品の陳列のスペースを広げ、開放感を出した。
 王都にはなかった雰囲気が、奥様たちのハートをがっちりつかんだのだった。

「あなたが店主さん? 壊れた物を元に戻せると、人からうかがったのですけれど、本当かしら?」

 ちょっとこの辺りでは見かけない身なりのいい若い奥様が、侍女を伴って現れた。
 奥様は白いレースのパラソルを閉じて、侍女に手渡す。
 ラベンダー色のドレスは見事なレースで飾られ、胸元にはアメジストのネックレスが輝いている。
 
「はい。私の【修復】スキルで可能な範囲の物であれば、お引き受けいたします」
「実は、夫との思い出のカップにヒビが入ってしまったの。それを夫に打ち明けられなくて、どうしたらいいか悩んでいたのよ」

 侍女の元気がない様子から、不注意で落としてしまったのだろうと想像がつく。
 でも、カップなら何度もすでに【修復】している。

「旦那様との思い出のお品となると、奥様にとって大切なお品ですよね。【修復】させていただきます。ぜひ、お持ちください」
「まあ! よかったわ!」

 若い奥様は侍女を安心させるため、微笑んで見せた。
『大丈夫だったでしょう?』と言いながら、奥様はどこかホッとした様子だった。
 私が思っていた以上に、【修復】依頼は多く、リサイクルショップとは別に、こちらのほうもまあまあの稼ぎになっていた。
 料金表は、小さいものなら銅貨十枚から引き受け、大きなものは時間がかかるため、私の時給換算で値段を決めた。
 集中しなければ、【修復】できないので、私は主に工房にこもって作業をしている。
 店番のほとんどは、フランがやってくれていた。
 お客様から尋ねられ、フランだとわからないことだけ、私が対応するといったかんじで、うまくやっていた。

「フラン。さっきなにか言いかけませんでした?」
「い、いや、別になにも!」

 フランの話をゆっくり聞きたかったのに、店内のお客様は待っていてくれない。

「サーラちゃん。この日傘が欲しいけど、もしかして他にも日傘があるのかしら?」
「そうですね。修復前の物が、いくつかあります。気になるようであれば、奥様のためにお取り置きしますが」
「お取り置きしていただこうかしら」
「かしこまりました」

 言われたことを手帳に書き留めた。
 私の手帳には頼まれ事以外に、お客様の好みなども書かれており、【修復】が済んだ商品の中から、それぞれ気に入りそうな物を選び、来店された時に勧められるよう情報をまとめてある。
 それを真似て、フランも同じように手帳を持ち歩くようになった。
 対応の仕方、話し方まで、フランは書き留めている。
 
 ――努力家で頑張り屋さんですね。

 そんなフランを頼もしく、そして微笑ましい気持ちで眺めていた。

「サーラちゃんの店ができてから、大通りの無駄に高い店へ行かなくて済んで助かってるのよ」
「そうそう。態度も悪いしね」

 私が普通だと思うことも、こちらの世界では普通ではなかったりする。
 
「本当にこの店のサービスは最高ね。日傘をいただくわ。また他の日傘も後日見せていただくから、絶対に他のお客様に売らないでね」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」

 お礼を言って、お客様にお辞儀をする。
 そして、顔を上げた瞬間、フランが窓の外を見て怯えた表情をしていることに気づいた。

「フラン?」
「サーラ……。王宮の馬車だ」
 
 フランが指差した方向の窓の外に、豪華な馬車が止まっているのが目に入った。
 馬車には王家の紋章が入っており、中の人物が、王族の誰かだろうと予想できた。
 でも、リアムではない。
 リアムなら、なるべく人目につかぬよう(黒づくめだから、違う意味で目立つけど)こちらへやってくるからだ。
 紋章入りの馬車から降り立ち、店へ入ってきたのは――

「へぇー。サーラにしては、よく考えたね」

 元旦那にして、ヴィフレア王国第一王子、ルーカス様が現れたのだった。
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