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第三章

24 姉の変化

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「ルナリア様がマーレア諸島から戻られたぞ!」
「この前は、珍しい南国の果物を乾燥させたお菓子を作られたでしょう?」
「美容にいいとかで、ちょっとした流行になってますわね」

 マーレア諸島から王宮に戻った私を大勢の人が出迎えた。
 私がいったいなにをするのか、いち早く知りたいようだ。
 出迎えてくれるのは嬉しいけど、そんな期待を込めた目で見られると、なんだかプレッシャーを感じる。
 
「え、えーと……」
「ルナリア様はお疲れですから! もうっ! 集まらないでください! 皆さん、各自の持ち場へ戻って!」

 ティアは私の帽子を受けとりながら、集まってきた王宮の人々を注意し、散らしていく。
 残ったのは大臣や要職についている文官たちで、ようやく落ち着いた。

「騒がしくて申し訳ありません」
「ルナリア様。今回はなにをすればよろしいのでしょうか?」

 シモン先生は自分の補佐する文官を決めるにあたり、有能な人材を集めるところから始めた。
 そのかいあって、今ではシモン先生の代わりに私が考えたことを形にするべく、手助けしてくれる人が増え、とてもスムーズに動けるようになった。

「今回は染料のためにマーレア諸島へ行ってきました」
「我が国の染料を取引するのですか?」
「そうです。これを他国との新しい取引品目に加えます」

 私の言葉に文官はキョトンとした顔をした。
 今まで、誰も目をつけてなかった新しい品目である。 

「染料をですか?」
「ええ。オルテンシア王国が持つ染料について、マーレア諸島を巡って族長の方々と話をしてきたの。我が国の地方では、たくさん染料を生産しているでしょう?」
「生産はしていますが、向こうにも染料があるのでは?」

 染料はあっても、微妙な色の差を出せない染料だ。
 オルテンシア王国は微妙な色の違いを楽しみ、刺繍糸の色の豊富さは世界第一位。
 今までは注文が入った色の糸を売っていたけど、これからは違う。 

「他国にない染料です」
「ふーむ。しかし、糸以外になにか需要がありますかね? 大した利益にはならない気がします」
「マーレア諸島ではカゴや箱も染料で染めるんですよ」
「カゴ? 箱?」

 マーレア諸島へ行ったことがなければ、想像できないことかもしれない。

「ずいぶん大きな物を染めるんですね」
「木の蔓や麦ワラを染めてから編むのが、マーレア諸島では主流なのよ」
「ああ、なるほど。編むと巨大になるものばかりですな」

 マーレア諸島は温暖で植物がとても育ち、木の蔓や麦ワラを素材に、色々な小物を作っている。
 木材と違って、軽く素材の持ち運びも簡単だし、手の空いた時に作りやすいというのが理由だけど、異国風の小物として、一部で人気がある。
 色鮮やかな物を好むマーレア諸島の人々と異国風の物を好む人々。
 両者が『物足りない』と感じているのは、色なのだと気づいた。
 それで、染料を増やすため、オルテンシア王国で作られている染料のサンプルを持っていったのだ。

「染料はマーレア諸島だけでなく、アギラカリサ帝国でも需要があります」

 女性は微妙な色の違いを好む。
 それに目をつけた私は、染料を取引品目に加えた。
 もちろん、大国アギラカリサからの注文も入るけど、それだけでは弱い。

 ――数年後、数十年後も取引されるようにしておかなくては。

 今売った染料は、やがて素敵な小物類や民芸品となって流通し、さらにドレスやカーテンなどにも使用されるようになるだろう。
 広まれば、それだけ安定した利益になる。

「さすがルナリア様。承知しました。染料の生産量をどれだけ増やせるか計算しましょう」
「ええ。お願い」
「しかし、ルナリア様は少し急ぎ過ぎな気もしますな」
「……そうかしら。気のせいよ」

 私はもう十六歳。
 この先なにが起きるかわからない。
 私がいなくなった後もオルテンシア王国の人々が、豊かでいられるようやれることはすべてやっておくつもりだった。

「ルナリア様。早く中へ入りませんと、日焼けしてしまいますわ」
「そうね」

 ティアに促され、王宮の中へ入る。
 今から、お父様とシモン先生に報告し、染料の生産な地方に文官を向かわせて、それから――

「ルナリア」
「あっ! お姉様……?」

 宝石をつけた贅沢な淡い水色のドレスをきたセレステが現れた。
 なにか言われるのではと、身構えたけれど、なぜかいつもの勢いがない。

 ――あれ? 少し痩せた?

 十七歳になったセレステに求婚者は絶えず、それを自慢にしていたし、取り巻きもたくさんいる――いない?
 今日はいなかった。
 珍しくセレステ一人で、自信たっぷりな笑顔もなく、陰を含んだ表情を見せている。

「なにか、ありましたか?」

 私をどこか恨みがましい暗い目で見つめる。
 
「ルナリア。もしかして、レジェス様と会っていたの?」
「ええ。偶然お会いして……。でも、どうしてそれを?」
「香りがするわ。レジェス様が使う香木の香りがね」
「マーレア諸島の身分の高い方やルオン様も同じものを使ってますが……」
 
 セレステからにらまれ、余計なことを言わずに、レジェスと会ったことだけを話した。

「レジェス様がマーレア諸島に訪問されていただけで、約束していたわけではありません」
「わざとレジェス様のご予定に合わせたのでしょう?」
「いいえ。レジェス様だけでなく、他国の大臣も大勢いました。現在のマーレア諸島は金の島と呼ばれ、国々にとって経済的に重要な国で……」
「誰もそんなことは聞いてないのよ!」

 大声を出したセレステに驚いたティアが、慌てて駆けつける。

「ルナリア様! いかがされましたか?」
「わからないわ」
 
 こんなセレステを見るのは初めてだ。
 ティアは私を守ろうと厳しい顔をし、そばに立つ。
 
 ――私がこっそりレジェスと会って、遊んでいたと勘違いしてる?

「お姉様。フリアン様も同行しております。私がレジェス様にご挨拶しただけだと証明してくれます」
「そう、フリアン様もいたの」
「はい」

 フリアンがいたことで、セレステは冷静さを取り戻したようだった。
 でも、やっぱり気に入らないようで、イライラしているのがわかる。
 まるで、誰かに追い詰められているような……

「お戻りになられたようですね」
「シモン先生!」

 長い銀髪を結び、優しい青い目をしたシモン先生が私を迎えに来てくれた。
 私をいつも支えてくれる大切な存在で、再会の抱擁を交わす。

「おかえりなさい。少し日に焼けたのではないですか? 帽子をかぶらずにいて、ティアを困らせませんでしたか?」
「帽子はかぶってました」
「パラソルを使わずにいたからですよ」

 ティアはじろりと私を見る。
 マーレア諸島のエメラルドグリーンの海が、私を開放的にする。
 パラソルをさしたり、帽子をかぶったりせず、砂浜を走り、海で泳ぎたい――なんて、ティアに言ったから叱られるから言えないけど、我慢したほうだ。
 
「ティア、大変でしたね」
「シモン様……いえ、宰相様もたまにはルナリア様と出掛けたら、運動不足が解消されますわ」
「ティアに宰相と呼ばれるのは、おかしな気分ですね。シモンでいいですよ」
「そうですか? まあ、私たちは長い付き合いですし、今さら宰相様と他人行儀にお呼びするのも、なんだかしっくりきませんしね」

 ティアとシモン先生はいい感じだと思う。
 私の大切な二人が、結婚して家族になってくれたら、すごく嬉しいのに。
 そう思いながら、二人のやり取りを眺めていた。

「あら、ルナリア様。ニコニコしてどうしました?」
「内緒!」

 そんな野望があるなんて二人に知られたら、よそよそしくなるかもしれないし、そんなのもったいない。

「なぜなの……。私が光の巫女で……一番愛されてるはずなのに……」

 セレステは思い詰めた顔で、なにかブツブツ言っている。

「セレステ様。青い顔をしてどうなさいましたか? 具合が悪いのでは……」

 ティアがセレステの顔色を心配して、手を伸ばすと、その手を払い除けた。
 今度は顔を赤くして怒り出した。

「なれなれしく私に触れないで! 私とルナリアを同じように扱うつもり!?」
「申し訳ございません」

 ティアはハッとして、頭を下げて謝るもセレステの怒りは収まらない。

「この無礼な侍女を……! ひっ!」
「そんな怒ることでもないでしょう?」
 
 シモン先生が微笑み、セレステに優しい声をかけると、びくりと体を震わせた。
 元々、シモン先生とセレステは仲が悪いし、これはいつもどおりだ。
 たいてい、シモン先生がセレステをやりこめて終わる。
 だから、ちょっと機嫌が悪かっただけなのかなと思っていると――

「ルナリア。マーレア諸島のことで……む? これはどうしたことだ? セレステが泣いているがなにがあった?」
「お父様っ!」

 ――お父様の登場と同時に泣けるなんて、セレステは女優すぎるわ。

 セレステは弱々しく泣いて、お父様にすがった。

「お父様。ルナリアが私をいじめるのです!」
「ルナリアが?」

 お父様は首をかしげ、白いものが混じった髭を手でなでた。

「私は光の巫女としての務めを果たしているのに、ルナリアが邪魔をして……」
「邪魔? ルナリアは邪魔などしてないはずだが。各地を飛び回り、ほとんど王宮にもいないだろう」

 たしかにそのとおりで、王宮でじっとしている時間のほうが短い。
 シモン先生もうなずいた。

「まったくです。ルナリア様には少し休んでいただかないと困ります」 
「うむ。もうルナリアも十六歳。そろそろ結婚相手も考えねばならないだろう。王宮にいないのでは、決まるものも決まらない」

 結婚相手選びと言うけれど、私とレジェスの婚約は撤回されておらず、レジェスに遠慮して、求婚者が寄ってこない。
 けれど、私ももう十六歳。
 お父様は私の結婚相手を決めるつもりでいる。
 
「レジェス様ではないのですか?」
「うーむ……」

 シモン先生がお父様に尋ねると、歯切れの悪い返事をした。
 そのお父様の様子に、セレステが微笑んだのを見逃さなかった。
 
 ――嫌な予感がする。なにか良からぬことをたくらんでいるような?
 
「お父様は私の即位について、悩んでいらっしゃるのでしょう?」
「む……。いや……」
「よろしいのです。私はわかっていますわ。ルナリアがは優秀で賢く、私の自慢の妹です」
「お姉様!?」

 まさかセレステの口から、私の賛辞が出てくるとは思わなかった。
 シモン先生もティアも驚いている。

「お父様の補佐をし、他国へ出掛けて取引を成立させるなど、私にはできません」

 ――お父様にセレステはなにを言うつもりなの?

 全員がセレステに注目していた。

「お父様。女王の地位はルナリアに譲ります」

 ――私に女王を譲る!? 
 
 まさか、セレステが自分から辞退するとは思わなかった。

「ルナリアの代わりに、私がレジェス様に嫁ぎますわ」

 セレステの狙いは、私とレジェスの婚約を破棄することだった。

 ――これは物語の強制力が働いた結果なの?

 小説『二番目の姫』では、セレステとレジェスは婚約する。
 正しい姿に物語が戻ろうとしているのかもしれない。
 
「ね、お父様。いいでしょう?」
「セレステがそれでいいのなら……。だが、レジェス殿下との結婚は、向こうが決めることだ」
「わかっていますわ」

 お父様はセレステの申し出にホッとした様子だった。
 セレステを女王に考えていたのは昔のこと。
 シモン先生が宰相になってから、お父様は『セレステを女王に』とは言わなくなっていた。 

「ルナリア。私の代わりにフリアンとこの国を守ってね」

 すでにセレステは、アギラカリサに嫁ぐつもりでいる。
 光の巫女であるセレステから、結婚を申し込まれたら、たいていの人間は断れない。
 人々が信仰する光の女神。
 その光の女神の力を持つ光の巫女という存在は、尊いものとされている。
 レジェスが断れば、信仰心の強い人々から、信頼を失う。
 それをわかっていて、セレステは結婚を申し出たのだ。
 
「さようなら。ルナリア。そして、シモン」

 セレステは勝ち誇った顔で、私とシモン先生に別れを告げた。
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