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第三章
26 駆け落ち!?
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オルテンシア王国の漁村を巡る旅は一週間。
私とフリアンはいつもどおり――と言いたいところだけど、やっぱり少し気まずい。
ティアと侍女たちは、私たちの様子がおかしいことに気づいていたけど、なにも言わずにソッとしておいてくれた。
「ルナリア。日焼けをするといけないから、パラソルを持ってきてもらおう」
「少しの日焼けくらいは大丈夫よ」
「よくないだろ? ティア……いや、僕がとってくる」
フリアンは私と目を合わせず、私もどこかギクシャクしたまま。
お互い泣いてしまったのが原因かもしれない。
思えば、今まで微妙な距離を保ってきた私たち。
感情をぶつけ合うということがなかった。
だから余計にどうしていいかわからないのだ。
「ルナリア様。時間がたてば、またお互い自然に付き合えますわ」
ティアは馬車までパラソルをとりにいったフリアンを眺めながら、私に言った。
なんでもお見通しである。
「そ、そう?」
「ルナリア様は男女のことになると、年相応の十六歳になられますね」
ぐっ……!
中身はもっと年齢がいってるんですけど……!
そう言いたいのをこらえ、十六歳設定に感謝した。
「そうだ。ティア! 視察はここでおしまいだから、侍女たちと一緒に観光したらどう? たまにはゆっくりするのも悪くないでしょ」
マーレア諸島への船便も出ている港は、オルテンシア王国の中でも賑やかな港町。
珍しいものが買えると評判だった。
「私がゆっくりしていただきたいのは、ルナリア様ですわ。いくら若いからといって、働きすぎです」
「え、私?」
「そうです! ルナリア様の恋愛音痴は、この忙しさから来ています。恋愛というのは、手間ひまがかかるもの。仕事が忙しいと、おろそかになってしまいます!」
侍女たちがヒソヒソと話し出す。
「ティアは適齢期に乳母に立候補したから独身で……」
「自分の失敗をルナリア様にはしてほしくないってこと?」
「いつもは独身でいいなんて、言ってるけど、本当は……」
ティアがじろりと侍女たちをにらんだ。
侍女たちは慌てて口をつぐむ。
「私はいいんですよっ! でも、ルナリア様は違います!」
――私をソッとしてくれているわけじゃなくて、言う機会を待ってただけなのね。
どんどん押していけ!
ティアの言いたいことが伝わってきて、苦笑するしかなかった。
「あ、あのね、私の気持ちはもっとこう……」
陰から支えるイメージなんだからと、言いかけた時、パラソルを手にしたフリアンが、誰かと一緒にやってきた。
「あれは……?」
服装からして、マーレア諸島の人間だとわかる。
二人は布を頭から下までぐるっと巻いていて、口も隠れて、目だけが見える男女。
――なっ!? なんなの。怪しすぎるわ!
フリアンの表情は複雑な表情を浮かべていて、嬉しそうな雰囲気ではない。
「ルナリア。困ったことになった」
「え? フリアン? その人たちは?」
フリアンは私に応える前にパラソルをさして日光を遮る。
私の日焼けのほうが問題なのだろうか……
そう思っていると、男性のほうが口の布をはずし、明るく私に挨拶をした。
「ルナリア王女。まさか、ここで会えるとは思わなかったぞ!」
異国の香りを漂わせた布からは、黒髪に褐色の肌が見え、刺繍入りの長いショールとたくさんの宝石が見えた。
そして、ゴージャスで華やかな空気。
隠し切れないただ者じゃない感。
「ルオン様!?」
それは、マーレア諸島のクア族のルオン様だった。
――眩しい。
布で隠れているくらいがちょうどいいゴージャスぶりである。
「驚いたか。驚いただろう!」
「何度も言われなくても聞こえてます。それより、おかしな服装……いえ、どうして、イモムシみたいな変装をしていたんですか?」
さすがにおかしな服装と言ってしまうのは、気が引けたため、イモムシと表現したけど、あまり変わらなかったかなと言ってから気づいた。
「誰がイモムシだ。俺の変装は完璧で、ここまで誰にも見つからなかったぞ。フリアン以外にはな」
――それ、完璧じゃないですから。
フリアンにしっかりバレている。
きっと、周りの人たちも気づいていた。
ルオンがおかしな服装をしていたから、声をかけにくかっただけだと思う。
「お忍びで遊びにきたんですか?」
「それなら、よかったけどね……」
私の隣にいるフリアンは、なぜか歯切れが悪い。
ルオンには旅の同行者がいるけど、たった一人だけ。
華奢な白い腕が布から見えて、女性だとわかる。
「隣の女性はどなたですか?」
「む。女とわかったか」
「はあ……。すぐにわかりましたけど……」
布をかぶっていてもわかるくらいの美人である。
そして、南の海のような澄んだ青の瞳をして、髪も同じ青。
――マーレア諸島の海みたい。
私とルオンのやり取りをにこにこしながら、聞いている。
ただ者ではないオーラを感じる。
私だけでなく、この場にいる全員が、この女性の正体が気になっていた。
「俺の妻だ」
「奥様? 新婚旅行ですか?」
「いや、違う」
――んんっ!? 新婚旅行じゃない?
だんだん話がおかしな方向にいっている気がした。
そういえば、ルオンが結婚式をしたとも聞いてないし、恋人がいるってことも知らなかった。
「つい最近、私とルオン様はお会いしましたよね? その時は結婚したなんて、一言もおっしゃっていませんでしたけど……」
「あの後、レジェスとともに、アギラカリサ王宮のパーティーに参加した」
「華やかですね」
「そうか? そういえば、レジェスの兄たちはパーティーに参加するどころではないらしく、誰もきていなかったぞ」
スタートこそ、不利だったレジェスだけど、何年もかけて荒れ地だったアレナ地方を豊かにした。
砂漠には水を引き、荒れ地を開墾し、禿げ山には木を植えた。
やがて、レジェスが治める地は、緑豊かな大地に変わるだろう。
――って、それはいいのよ。問題は護衛もいないし、従者も侍女もつけずにいるルオンよ!
トラブルの予感しかしない。
「あ、あの~。ルオン様?」
「なんだ?」
「そちらの女性を紹介していただいても……?」
「ああ。そうだな。彼女はスサナ。アギラカリサの巫女だ」
――え? 今のは聞き間違いですよね?
耳をトントンと叩いた。
アギラカリサの巫女が王宮から出るわけがないからである。
「……今日はいい天気ですね」
「不自然に話を逸らすな」
聞かなかったことにしようとしたけど、無理なようだ。
「巻き込んでしまい、申し訳ありません」
ルオンの隣にいたスサナはゆっくり布をはずし、顔を出す。
長い青の髪と美しい青の瞳が人目を引く。
「スサナ。変装してないと駄目だろ?」
「どうせ、すぐにわかってしまいます。それより、ルオン様。私にも挨拶をさせてください」
王宮に閉じ込められているというアギラカリサの巫女。
一生を王宮で過ごし、アギラカリサ王宮から出ることは許されない。
日に焼けていない白い手が、私の手を握った。
「はじめまして。ルナリア様。四年前、ルオン様を助けてくれたと聞きました。ずっとお礼を言いたかったんです」
四年前――私は十二歳で、闇の力を封じてもらおうと思って、巫女を探していた。
そこでルオンと出会ったのだ。
そして、あの後、レジェスの暗殺騒ぎに巻き込まれ殺し合いに発展した……恐ろしい思い出である。
「ルオン様は無茶ばかりするので困ります」
「スサナ様は本物の巫女ですか?」
「偽物のわけがないだろう」
ルオンは得意顔だけど、私はそんな顔にはなれなかった。
「ルオン様! アギラカリサの巫女をさらって、オルテンシア王国まで逃げてきたんですか?」
「声が大きい。まあ、そんなところだ」
フリアンは呆れ顔で、ルオンに言った。
「忍んでいるって思ってるのは、ルオン様だけですよ」
すでにマーレア諸島の商人たちが、ルオンの姿を見つけて騒がしい。
「あ、ルオン様だ」
「そーいや、アギラカリサからの船で一緒になったな」
「たまに羽目をはずしたかったんだろ」
完璧な変装どころかバレバレですけど。
ルオンは『なんでバレた?』という顔をしている。
――はあ……。やっぱり根っこはお坊っちゃんだから。
「ルオン様。なにをしたかわかっているんですか?」
アギラカリサの巫女は、異民族が持つ力を封じる。
異民族を支配するため、巫女に力を封じさせるのだ。
だから、巫女に王の許可なく会えば、重罪もしくは死罪である――
「わかっている」
「わかってるなら、早く巫女をアギラカリサ王宮へ帰さないと!」
「スサナをアギラカリサ王宮へ戻す気はない。これは駆け落ちだ」
「死罪ですよ!?」
スサナはぎゅっと私の手を握った。
「ルオン様はわかってます。わかっていながら、私を王宮から連れ出してくれたんです」
「王宮の外を見せてやると約束した」
二人は見つめ合い、微笑む。
――四年前、ルオンの会いたい人がいるって言っていたのは、スサナのことだったんだわ。
覚悟の上で、ルオンはスサナを連れ出したのだ。
二人がどれだけ長い間、お互いを想っていたのかわからないけど、少なくとも私との出会いより前だとわかる。
「巫女の封じる力は、多くの国を支配するアギラカリサにとって必要な力です」
「うん? 封じる?」
「え? 違うのですか?」
スサナが自分の前髪を手ではらい、私に見せた。
額に複雑な星の紋がある。
「奪う力です。異民族の力を奪うのが、アギラカリサの巫女の力」
「奪う……。では、返すこともできるのですか?」
「はい。もちろんです。返さなければ、奪った力は巫女の力の一部となって、自由に使えます」
手のひらに水をふわりと浮かべ、風の力で操る。
風と水――複数の異民族から奪った力をスサナは持っているのだ。
「巫女とは器なのです。異民族の力を奪って閉じ込めるための」
スサナは悲しげな顔で額の紋を撫でる。
「巫女は普通の女性ですわ。力を封じるために生け贄として選ばれた女性が、星の紋を受け継ぎ、アギラカリサ王宮に閉じ込められるのです」
望んで巫女になるわけではないと知り、胸が痛んだ。
「ルナリア、どうする?」
フリアンが困るのも当然だ。
オルテンシア王国の立場としては、この二人をアギラカリサ王国へ引き渡さなくてはならない。
フリアンは逃がしてやりたいと想っているようだ。
それは私も同じ。
「巻き込んで悪いな。だが、どこにいても同じだ。すぐに追手がくる」
ルオンは愛おしげにスサナと寄り添い、微笑む。
死ぬかもしれないのに、二人はとても幸せそうだった。
「追手はレジェス。アギラカリサ王の命令を受け、俺を殺すだろう」
「レジェス様が!?」
ルオンがオルテンシア王国へ逃げれば、時間稼ぎができると考えたのは、追手がレジェスだとわかっていたから。
私がいる場所で、レジェスは残酷な判断をしないと思ったのだろうか。
ルオンたちは逃げられないとわかっている。
けれど、少しの時間であっても、二人でいたいと思ったから、ここを選んだ……
「俺を殺し、レジェスは王になるだろう。アギラカリサ王がレジェスに足りないと思っているのは、王に必要な非情さだからだ」
友人であるルオンを殺せるかどうか。
それをアギラカリサ王は見極めるために、レジェスにルオンの追跡を命じる。
ルオンは他の誰でもないレジェスになら、殺されていいと思っている。
でも私は――
「レジェス様にそんなことをさせたくありません」
『では、どうする?』
レジェスの声がどこからか、聞こえた気がした。
きっと命令を受けて、レジェスは苦しんでいる。
「うまくいけば、ルオン様とスサナ様を救えるかもしれません」
私の言葉に全員が注目した。
私とフリアンはいつもどおり――と言いたいところだけど、やっぱり少し気まずい。
ティアと侍女たちは、私たちの様子がおかしいことに気づいていたけど、なにも言わずにソッとしておいてくれた。
「ルナリア。日焼けをするといけないから、パラソルを持ってきてもらおう」
「少しの日焼けくらいは大丈夫よ」
「よくないだろ? ティア……いや、僕がとってくる」
フリアンは私と目を合わせず、私もどこかギクシャクしたまま。
お互い泣いてしまったのが原因かもしれない。
思えば、今まで微妙な距離を保ってきた私たち。
感情をぶつけ合うということがなかった。
だから余計にどうしていいかわからないのだ。
「ルナリア様。時間がたてば、またお互い自然に付き合えますわ」
ティアは馬車までパラソルをとりにいったフリアンを眺めながら、私に言った。
なんでもお見通しである。
「そ、そう?」
「ルナリア様は男女のことになると、年相応の十六歳になられますね」
ぐっ……!
中身はもっと年齢がいってるんですけど……!
そう言いたいのをこらえ、十六歳設定に感謝した。
「そうだ。ティア! 視察はここでおしまいだから、侍女たちと一緒に観光したらどう? たまにはゆっくりするのも悪くないでしょ」
マーレア諸島への船便も出ている港は、オルテンシア王国の中でも賑やかな港町。
珍しいものが買えると評判だった。
「私がゆっくりしていただきたいのは、ルナリア様ですわ。いくら若いからといって、働きすぎです」
「え、私?」
「そうです! ルナリア様の恋愛音痴は、この忙しさから来ています。恋愛というのは、手間ひまがかかるもの。仕事が忙しいと、おろそかになってしまいます!」
侍女たちがヒソヒソと話し出す。
「ティアは適齢期に乳母に立候補したから独身で……」
「自分の失敗をルナリア様にはしてほしくないってこと?」
「いつもは独身でいいなんて、言ってるけど、本当は……」
ティアがじろりと侍女たちをにらんだ。
侍女たちは慌てて口をつぐむ。
「私はいいんですよっ! でも、ルナリア様は違います!」
――私をソッとしてくれているわけじゃなくて、言う機会を待ってただけなのね。
どんどん押していけ!
ティアの言いたいことが伝わってきて、苦笑するしかなかった。
「あ、あのね、私の気持ちはもっとこう……」
陰から支えるイメージなんだからと、言いかけた時、パラソルを手にしたフリアンが、誰かと一緒にやってきた。
「あれは……?」
服装からして、マーレア諸島の人間だとわかる。
二人は布を頭から下までぐるっと巻いていて、口も隠れて、目だけが見える男女。
――なっ!? なんなの。怪しすぎるわ!
フリアンの表情は複雑な表情を浮かべていて、嬉しそうな雰囲気ではない。
「ルナリア。困ったことになった」
「え? フリアン? その人たちは?」
フリアンは私に応える前にパラソルをさして日光を遮る。
私の日焼けのほうが問題なのだろうか……
そう思っていると、男性のほうが口の布をはずし、明るく私に挨拶をした。
「ルナリア王女。まさか、ここで会えるとは思わなかったぞ!」
異国の香りを漂わせた布からは、黒髪に褐色の肌が見え、刺繍入りの長いショールとたくさんの宝石が見えた。
そして、ゴージャスで華やかな空気。
隠し切れないただ者じゃない感。
「ルオン様!?」
それは、マーレア諸島のクア族のルオン様だった。
――眩しい。
布で隠れているくらいがちょうどいいゴージャスぶりである。
「驚いたか。驚いただろう!」
「何度も言われなくても聞こえてます。それより、おかしな服装……いえ、どうして、イモムシみたいな変装をしていたんですか?」
さすがにおかしな服装と言ってしまうのは、気が引けたため、イモムシと表現したけど、あまり変わらなかったかなと言ってから気づいた。
「誰がイモムシだ。俺の変装は完璧で、ここまで誰にも見つからなかったぞ。フリアン以外にはな」
――それ、完璧じゃないですから。
フリアンにしっかりバレている。
きっと、周りの人たちも気づいていた。
ルオンがおかしな服装をしていたから、声をかけにくかっただけだと思う。
「お忍びで遊びにきたんですか?」
「それなら、よかったけどね……」
私の隣にいるフリアンは、なぜか歯切れが悪い。
ルオンには旅の同行者がいるけど、たった一人だけ。
華奢な白い腕が布から見えて、女性だとわかる。
「隣の女性はどなたですか?」
「む。女とわかったか」
「はあ……。すぐにわかりましたけど……」
布をかぶっていてもわかるくらいの美人である。
そして、南の海のような澄んだ青の瞳をして、髪も同じ青。
――マーレア諸島の海みたい。
私とルオンのやり取りをにこにこしながら、聞いている。
ただ者ではないオーラを感じる。
私だけでなく、この場にいる全員が、この女性の正体が気になっていた。
「俺の妻だ」
「奥様? 新婚旅行ですか?」
「いや、違う」
――んんっ!? 新婚旅行じゃない?
だんだん話がおかしな方向にいっている気がした。
そういえば、ルオンが結婚式をしたとも聞いてないし、恋人がいるってことも知らなかった。
「つい最近、私とルオン様はお会いしましたよね? その時は結婚したなんて、一言もおっしゃっていませんでしたけど……」
「あの後、レジェスとともに、アギラカリサ王宮のパーティーに参加した」
「華やかですね」
「そうか? そういえば、レジェスの兄たちはパーティーに参加するどころではないらしく、誰もきていなかったぞ」
スタートこそ、不利だったレジェスだけど、何年もかけて荒れ地だったアレナ地方を豊かにした。
砂漠には水を引き、荒れ地を開墾し、禿げ山には木を植えた。
やがて、レジェスが治める地は、緑豊かな大地に変わるだろう。
――って、それはいいのよ。問題は護衛もいないし、従者も侍女もつけずにいるルオンよ!
トラブルの予感しかしない。
「あ、あの~。ルオン様?」
「なんだ?」
「そちらの女性を紹介していただいても……?」
「ああ。そうだな。彼女はスサナ。アギラカリサの巫女だ」
――え? 今のは聞き間違いですよね?
耳をトントンと叩いた。
アギラカリサの巫女が王宮から出るわけがないからである。
「……今日はいい天気ですね」
「不自然に話を逸らすな」
聞かなかったことにしようとしたけど、無理なようだ。
「巻き込んでしまい、申し訳ありません」
ルオンの隣にいたスサナはゆっくり布をはずし、顔を出す。
長い青の髪と美しい青の瞳が人目を引く。
「スサナ。変装してないと駄目だろ?」
「どうせ、すぐにわかってしまいます。それより、ルオン様。私にも挨拶をさせてください」
王宮に閉じ込められているというアギラカリサの巫女。
一生を王宮で過ごし、アギラカリサ王宮から出ることは許されない。
日に焼けていない白い手が、私の手を握った。
「はじめまして。ルナリア様。四年前、ルオン様を助けてくれたと聞きました。ずっとお礼を言いたかったんです」
四年前――私は十二歳で、闇の力を封じてもらおうと思って、巫女を探していた。
そこでルオンと出会ったのだ。
そして、あの後、レジェスの暗殺騒ぎに巻き込まれ殺し合いに発展した……恐ろしい思い出である。
「ルオン様は無茶ばかりするので困ります」
「スサナ様は本物の巫女ですか?」
「偽物のわけがないだろう」
ルオンは得意顔だけど、私はそんな顔にはなれなかった。
「ルオン様! アギラカリサの巫女をさらって、オルテンシア王国まで逃げてきたんですか?」
「声が大きい。まあ、そんなところだ」
フリアンは呆れ顔で、ルオンに言った。
「忍んでいるって思ってるのは、ルオン様だけですよ」
すでにマーレア諸島の商人たちが、ルオンの姿を見つけて騒がしい。
「あ、ルオン様だ」
「そーいや、アギラカリサからの船で一緒になったな」
「たまに羽目をはずしたかったんだろ」
完璧な変装どころかバレバレですけど。
ルオンは『なんでバレた?』という顔をしている。
――はあ……。やっぱり根っこはお坊っちゃんだから。
「ルオン様。なにをしたかわかっているんですか?」
アギラカリサの巫女は、異民族が持つ力を封じる。
異民族を支配するため、巫女に力を封じさせるのだ。
だから、巫女に王の許可なく会えば、重罪もしくは死罪である――
「わかっている」
「わかってるなら、早く巫女をアギラカリサ王宮へ帰さないと!」
「スサナをアギラカリサ王宮へ戻す気はない。これは駆け落ちだ」
「死罪ですよ!?」
スサナはぎゅっと私の手を握った。
「ルオン様はわかってます。わかっていながら、私を王宮から連れ出してくれたんです」
「王宮の外を見せてやると約束した」
二人は見つめ合い、微笑む。
――四年前、ルオンの会いたい人がいるって言っていたのは、スサナのことだったんだわ。
覚悟の上で、ルオンはスサナを連れ出したのだ。
二人がどれだけ長い間、お互いを想っていたのかわからないけど、少なくとも私との出会いより前だとわかる。
「巫女の封じる力は、多くの国を支配するアギラカリサにとって必要な力です」
「うん? 封じる?」
「え? 違うのですか?」
スサナが自分の前髪を手ではらい、私に見せた。
額に複雑な星の紋がある。
「奪う力です。異民族の力を奪うのが、アギラカリサの巫女の力」
「奪う……。では、返すこともできるのですか?」
「はい。もちろんです。返さなければ、奪った力は巫女の力の一部となって、自由に使えます」
手のひらに水をふわりと浮かべ、風の力で操る。
風と水――複数の異民族から奪った力をスサナは持っているのだ。
「巫女とは器なのです。異民族の力を奪って閉じ込めるための」
スサナは悲しげな顔で額の紋を撫でる。
「巫女は普通の女性ですわ。力を封じるために生け贄として選ばれた女性が、星の紋を受け継ぎ、アギラカリサ王宮に閉じ込められるのです」
望んで巫女になるわけではないと知り、胸が痛んだ。
「ルナリア、どうする?」
フリアンが困るのも当然だ。
オルテンシア王国の立場としては、この二人をアギラカリサ王国へ引き渡さなくてはならない。
フリアンは逃がしてやりたいと想っているようだ。
それは私も同じ。
「巻き込んで悪いな。だが、どこにいても同じだ。すぐに追手がくる」
ルオンは愛おしげにスサナと寄り添い、微笑む。
死ぬかもしれないのに、二人はとても幸せそうだった。
「追手はレジェス。アギラカリサ王の命令を受け、俺を殺すだろう」
「レジェス様が!?」
ルオンがオルテンシア王国へ逃げれば、時間稼ぎができると考えたのは、追手がレジェスだとわかっていたから。
私がいる場所で、レジェスは残酷な判断をしないと思ったのだろうか。
ルオンたちは逃げられないとわかっている。
けれど、少しの時間であっても、二人でいたいと思ったから、ここを選んだ……
「俺を殺し、レジェスは王になるだろう。アギラカリサ王がレジェスに足りないと思っているのは、王に必要な非情さだからだ」
友人であるルオンを殺せるかどうか。
それをアギラカリサ王は見極めるために、レジェスにルオンの追跡を命じる。
ルオンは他の誰でもないレジェスになら、殺されていいと思っている。
でも私は――
「レジェス様にそんなことをさせたくありません」
『では、どうする?』
レジェスの声がどこからか、聞こえた気がした。
きっと命令を受けて、レジェスは苦しんでいる。
「うまくいけば、ルオン様とスサナ様を救えるかもしれません」
私の言葉に全員が注目した。
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