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第二章

18 社交界デビュー

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 私が思っていたアギラカリサ王宮のパーティーは、華やかで明るく、豪奢で美味しそうな料理が並んでいるというイメージだった。
 実際は――

「お忙しいレジェス様が、パーティーへいらっしゃるとは珍しい」
「昨晩、王宮ではかなりの血が流れたとか」
「レジェス様が優秀でいらっしゃるから、他の王子から妬まれ……」
「シッ! 聞かれたら、どうなるかわからないぞ」

 ――ちょ、ちょっと~! 血なまぐさい上に殺伐としすぎでしょ!?

 私が期待した登場シーンはこれである。

『おお! なんと可愛らしい姫か!』
『あれがオルテンシア王国のルナリア姫。賢い顔をしていらっしゃる』

 レジェスと三人の王子が主役である。
 私と同じことを思ったのか、フリアンも苦笑している。
 
 ――でも、それも仕方ないわよね。

 現在、アギラカリサの王位継承戦は四つの地方を使って行われている。
 西方フロレスタ、南方アレナ、東方バージェ、北方ニエベの四つ。
 レジェスが治める領地は、小さな集落が点在する荒れ地である。
 荒れ地に住んでいるのは、アギラカリサの支配を拒む部族で、常に争いが絶えない。
 厳しい領地の南方アレナ。それが、王よりレジェスが与えられた領地だ。

 ――でも、レジェスが治めるようになってから、大きな争いがなくなったとシモン先生が言っていたわ。

 レジェスが有能なのは、誰の目から見ても明らかだ。
 それを認めたくない三人の兄たちは、レジェスを殺してしまおうとしている。

「ねえ、レジェス様にエスコートされている少女は誰……?」
「銀髪の可愛らしいご令嬢ですわね」
「エスコートしている金髪の男性も素敵!」

 やっと私とフリアンの存在に気づいてくれたようだ。
 どこの国の王女と王子かと、私とフリアンの正体を探る声が飛びかう。
 
「レジェスが自分の婚約者として連れてきた少女だ」

 アギラカリサ王――国王陛下が全員の前で告げると、どよめきが起き、好奇の視線が私に向けられた。

 ――う、うわぁ……。すごく見られてる!

 でも、ここで怖じ気づき、十二歳の子供だと、侮られるわけにはいかない。
 
「レジェス様の婚約者ですって?」
「まだ、ほんの子供ではありませんか」
「どういうことですの!?」

 どれだけ騒がれようが、私は王女らしく振る舞うと決めている。

「アギラカリサ王国の皆様、はじめまして。わたくしはオルテンシア王国第二王女ルナリアと申します」

 軽く膝を曲げ、笑顔で挨拶をする。
 歓迎の拍手が起き、ホッとしたのは一瞬だけで、レジェスの兄たちから容赦のない言葉が浴びせられた。
 
「レジェスは幼女趣味だからな」
「ははは。本当に愚かな奴だ」
「父上。レジェスは王になる気がないのですよ」

 貴族たちは気まずそうな表情で、レジェスの顔色をうかがう。
 この場で兄弟同士の争いが起きれば、せっかくのパーティーは台無しである。
 レジェスと兄たちの間に、誰かが割って入らなければ、この重苦しい空気を変えられない気がした。

「恐れながら」

 私は三人の王子ではなく、国王陛下に向けて言った。
 彼らを黙らせることができるのは、父親の国王陛下のみ。

「私がレジェス様に相応しくないと思われたのであれば、国王陛下が私を王宮前で追い返していたでしょう」

 私の発言に大広間が静まり返った。

「知らぬ顔をしていればいいのに……」
「可哀想。兄弟同士の争いに巻き込まれるわよ」

 貴族令嬢たちの話し声が聞こえてくる。
 同情する声が多く、貴族たちは一様に不安そうな表情を浮かべている。

 ――レジェス以外の王子が、どれだけ彼らに恐怖を与えているかわかるわ。

 重苦しい空気を消したのは、国王陛下の一言だった。

「面白い。なかなか度胸がある王女だ」

 余裕のある国王陛下だけが声をたてて笑った。
 貴族たちもなんとか笑おうとして、ひきつった笑いを浮かべている。

「その通りだ。王である俺が王宮の出入りを許した。お前たちは黙っていろ」

 獣のような鋭い瞳が、三人の王子たちを圧倒する。
 国王陛下はアギラカリサ王位継承戦を勝ち抜き、即位した王である。
 戦いを制しただけあって、その威圧感は普通じゃない。

 ――これがアギラカリサの王。
 
「パーティーを楽しめ。オルテンシアの第二王女」
「ルナリアと申します」
「……ふん。まだ名を覚えるほどでもない」

 まだ名前を覚えるだけの価値はない――そう言いたいらしい。

「レジェス。お前が連れてくる人間は、いつも面白い人間ばかりだな。マーレア諸島の人間を王宮に招いた時もそうだ。我が国に大きな利益をもらした」
 
 国王陛下は三人の王子が並ぶ席を冷たい目で見た。

「レジェスを見習え。愚息どもが」

 反論すらできないらしく、三人の王子は黙った。
 それに対して、レジェスは静かに笑い、獰猛な獣のみたいな国王陛下を前にしても余裕があった。

「父上が楽しそうでなによりです」
「お前のおかげで退屈が減る。誰も望んでいないだろうが、長生きできそうだ」
「それはよかった。父上には長生きして、判定者の役目を果たしていただかないと、兄上たちと俺で戦争になりますよ」

 二人は声をたてて笑う。

 ――わ、笑えない~! さすがに、そこまで軽快に笑えるような内容じゃないからっ!

 たとえるなら、冬眠明けの熊。
 うっかり目を合わしたらオシマイ。
 それくらい怖いのに、レジェスはのんきなもので、まったく動じてない。

「ルナリア。ダンスは練習したか?」
「えっ!? はい。練習しました!」

 私にダンスの授業はなかった。
 セレステには多くの教師がいたけれど、私を空気のように扱う両親は、どうでもよかったのだと思う。
 たけど、ティアが教えてくれた。
 いつか必要になる時がきますと言って、侍女たちも一緒になって盛り上がったダンスの練習。
 でも、これは練習じゃなくて、ちゃんとした相手がいるダンス。
 それも大国アギラカリサの王宮で踊るなんて、思いもしなかった。

「レジェス。ルナリアが困ってる。挨拶だけでじゅうぶんだ。よく頑張ったよ」

 私が恥をかくと思ったのか、フリアンが止めた。

「いいえ、フリアン様。私の仕事はこれからです」

 フリアンは驚いた顔で私を見る。
 二番目の姫と呼ばれ、控えめにしていた私しか知らないフリアン。
 
 ――私がこのままなにもせずにいたら、死ぬかもしれないなんて、誰も知らない。

 知っているのは私だけ。 
 だから、生存するための可能性が、少しでもあるのなら、全力で体当たりするしかない。

「レジェス様。よろしくお願いします!」
「ああ」
 
 気合いを入れた私に、レジェスはなにを思ったのか。頬をつねった。

「れひぇすさま(レジェス様)!?」
「ルナリア。笑え。笑って、今を楽しめ」

 私のつねった頬から指を離して、優しく頬をなでた。

「戦うのではなく、楽しむんですか……?」
「そうだ」
 
 今を楽しんでいいのなら、私はレジェスと楽しくダンスを踊りたい。

「よし。緊張してないな?」
「はい」
 
 私の前に差し出された手をとる。
 社交界デビューの初めてのダンスをレジェスと踊れるのが嬉しかった。
 
 ――本物のお姫様みたい。

 音楽隊は私とレジェスを見て微笑み、明るいワルツを奏でた。

「まあ。なんて可愛らしい」
「お人形さんのようね」
「パーティーで、レジェス様が楽しそうにされているのを久しぶりに見ましたわ」

 身長が足りなくて、さりげなく背伸びしていると、レジェスが私の体を支え、転ばぬよう上手にリードする。
 片手で抱き上げて、くるくる回る。
 わぁっと歓声が上がり、大広間が明るくなった。

「レジェス様!」
「ルナリア! しっかり手を握ってないと落ちるぞ!」

 無邪気なレジェスに、国王陛下も笑っている。
 けれど、私たちがダンスを踊るのを見て、面白くない顔をしていたのはレジェスの兄たちで、こちらに向かって文句を言っていた。

「ふん。子供になにができる」
「小国のオルテンシアなど、我々の道具だ」

 その言葉で確信した。

 ――やっぱり、オルテンシア王国を利用するつもりでいるんだわ!

 レジェスが危惧していたように、マーレア諸島の商品を一気に値上げし、オルテンシア王国から、お金を搾り取れるだけ搾り取る算段でいる。
 そして、自分たちの領地を潤し、王位継承戦を優位に進める。

 ――そんなことさせない!

 私に聞こえるように、レジェスの兄たちは大きな声で話す。

「よりにもよって、オルテンシア王国の二番目の姫を選ぶとはな」
「美しく賢いのは一番目の姫だと聞いている。レジェスは連れてくる相手を間違えたのではないか?」
 
 ――また二番目。

 呪いみたいについてまわる『二番目の姫』の肩書き。
 レジェスから手を強く握りしめられて、ハッと我に返った。

「レジェス様……」
「ルナリア。よそ見をすると転ぶぞ」

 レジェスの私を支える力が心強い。

「はい!」
 
 それから、私とレジェスはちゃんとしたワルツを踊って終わった。
 二曲目が始まった。
 次のダンスは別の人と踊るのがマナーである。
 私を誘う人はいないと思い、戻ろうとした時――

「ルナリア王女。踊っていただけませんか?」

 私に手を差し出したのは、黒髪に褐色の肌をしたエキゾチックな男性で、その顔に見覚えがあった。

 ――昨日、庭園で会ったマーレア諸島クア族のルオン!

「ルナリア。踊ってこい」
 
 レジェスが私を応援するように、背中を優しく押した。
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