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第二章

15 これはまさかの牢屋行き?

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「ダメです」

 それは天の声――というか、レジェスとフリアンを止めたのはティアだった。
 それも、二人を黙らせるくらいの圧である。

「おい、にらむな。ルナリアを守るためだと言っただろう?」

 鉄壁の守り、絶対の保護者、私の母親的な存在であるティアは譲らなかった。

「ルナリア様は幼くてもレディです! 変な噂でも立てば、一生独身! それだけは阻止させていただきますわ!」

 さっきまでティアはいなかった。
 馬車組だったティアと侍女たちは、私たちより遅れて着いた。
 準備があったのもあるけど、オルテンシア王国の王女一行にしては貧相で、下手したら大商人のほうが華やかな隊列である。
 護衛もいたけど、申し訳程度。
 もし、一緒に移動していたら、ひとたまりもなかっただろう。
 今ならわかる。
 レジェスは暗殺者から襲われるとわかっていて、ティアたちの出発をわざとずらしたのだ。
 同行者を一人も欠くことなく守るために――

「ティア。レジェス様は私を守るために言ってるのよ。別におかしな意味はないわ」

 それに、レジェスはモテモテだし、女性に不自由していない。
 実際、王宮前でレジェスは美しい女性たちから熱い視線を送られていたのが、その証拠である。

「そうかもしれませんが、同じベッドで眠るなんてダメです! 私は反対です!」
「おいおい。ルナリアは十二歳だぞ?」
「そうよ。ティア。レジェス様に失礼よ。私がソファーで眠るから安心して」

 レジェスとフリアンをソファーや床で眠らせるなんてできない。
 今の身分は王女かもしれないけど、私の根っこは庶民である。
 ソファーはじゅうぶんフカフカで贅沢なやわらかいクッション。
 
「僕は床でいいよ」
「そんなわけにいくか。一緒に眠ればいいだろう? ベッドは広いぞ?」

 レジェスはみんなでお泊まりが楽しいらしく、学生みたいなノリだった。
 でも、フリアンはものすごく嫌そうな顔をしていた。
 レジェスとフリアンの温度差を見て、ティアはため息をついた。
   
「別々に休まれた方がよろしいかと思いますわ。セレステ様に誤解されたら、レジェス様も気まずいでしょう?」
「セレステが誤解? なぜだ?」
「なぜって……。オルテンシア王家がレジェス様の結婚相手として考えている相手は……」
「俺の結婚相手は自分で決める」
 
 ティアは自分が余計なことを言ったと気づき、慌てて口をつぐんだ。
 いくら親しいからといって、小国のオルテンシアがレジェスの結婚相手を決められるわけがない。
 当然、口出しする権利もなく、レジェスの結婚相手を決められるとしたら、アギラカリサ国王のみだ。

「冗談を言い合っている場合ではない。兄上たちを見ただろう? 兄上たちは俺を苦しめ、殺したくてしかたがない」
「噂どおり難しい方たちだったね」

 ――難しいっていうレベルじゃないわ。あれはもう狂犬よ!

 噛みつき方が致命傷。
 もうレジェスを完全に殺しにきてる。
 そもそも、危険なのはあの三人の王子だけじゃないのだ。
 最強のボスはアギラカリサ王だろう。
 どう見ても、あの威圧感はただ者ではない。
 オルテンシア王国に数年かけて仕掛けた罠など、まだ可愛い方で、侵略されなかっただけマシ。
 アギラカリサ王がブチギレたら、侵略上等、王国滅亡、王家や貴族は全員抹殺……ぶるっと震えた。
 自国の繁栄のためなら、どんなことだってやる王しか王になれない。
 一番凶悪な王子が王になってきたアギラカリサ。 

 ――必死になるわよね。王になれなかった王子は冷遇され、最悪殺されるっていうし。

 今は領地を与えられて優雅に暮らしている王子たちだけど、王位継承戦が終わったら、どうなるかわからない。
 惨めに暮らすのが嫌なら、王になるしかないのだ。

「ティア。レジェス様は私を守ろうとしてくれてるの。フリアン様も。だから、心配しないで」
「……はい」

 三人の王子を見た後では、やはりレジェスが王に選ばれてほしいと思う。
 小説『二番目の姫』では、レジェスの未来がわかる描写はなかった。
 アギラカリサ王家の優秀な王子が、セレステと婚約したとだけ書いてあった。 
 物語がストーリーどおり進むなら、レジェスはやがてセレステと婚約する。
 でも、それはまだ四年後のこと。

「ティア、お願い。ティアも協力して。これがうまくいけば、オルテンシア王国が得る利益は大きいわ」

 ティアは私を見て涙ぐんだ。

「ご立派になられて……。ずっとルナリア様が努力される姿を見てまいりました。ですから、必ずうまくいきます!」
「ええ。そうだといいけど……」

 もし、私がマーレア諸島との外交を失敗すれば、お父様は二度と私の話を聞いてくれず、外交も任せないだろう。
 お父様だけじゃない。
 周囲の人々もそうだ。

『やっぱり二番目の姫』
『セレステ様が一番』
『でしゃばらず、おとなしくしていろ』

 なにを言われるか想像がつく。
 そして、私はオルテンシア王国の外に出るチャンスはなくなり、冷遇される。

 ――でも、最悪、マーレア諸島との外交が失敗しても、死なずにすむ方法がひとつだけあるわ。
 
『闇の力を暴走させないこと』

 ルナリアが死んだのは、闇の力を暴走させたのが原因だ。
 闇の力をどうにかすれば、死を免れることができる。

 ――そう。アギラカリサの巫女に会って、力を封じてもらうのよ!

 せっかくアギラカリサ王宮にいるのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。
 アギラカリサ王宮の奥には、力を封じる巫女がいるのだ。
  
 ――巫女に会うためにも、みんなには早く眠ってもらわないと!

「みんな、おやすみなさい!」

 にこっと笑って、ベッドに潜り込む。
 フリアンは剣を手にしたまま、ソファーに寄りかかっていた。

「うん。おやすみ、ルナリア」

 同じベッドで眠ればいいのに、フリアンは律儀にソファーを選び、レジェスは私の隣にごろごろ転がっている。

「ルナリア。腕枕してやろうか?」
「けっこうです」
「子守唄は?」
「眠れないので歌わないでください」

 レジェスは不満げな顔で私を見る。

 ――これって、レジェスがお兄ちゃん役をやりたいだけじゃないのっ!?

「レジェスは末っ子だからね……」

 フリアンはレジェスの行動に呆れていた。

「もっと甘えていいんだぞ?」
「レジェス様、おやすみなさい」

 いいから、さっさと寝てほしい。
 私に冷たくあしらわれたレジェスはしょんぼりしていた。
 
 ――早く眠ってもらわないと、巫女を探しに行けないわ。

 パーティーは明日で、それが終われば、王宮から追い出されるかもしれない。
 だから、私が巫女に会うチャンスは今晩だけだと思う。
 しばらくすると、部屋はしんっと静まり返り、私が眠るまで見守ろうと椅子に座っていたティアは、旅の疲れもあってか眠ってしまっていた。
 ティアは疲れているのに、朝まで寝ずの番をするつもりだったのだろうか。
 ベッドから出て、そっとティアに毛布をかけた。

「ティア、いつもありがとう。大好きよ」

 ぎゅっとティアを抱きしめた。
 私のお母さんみたいなティア。
 私には家族らしい家族はいなかったけど、ティアがいてくれることで、どれだけ救われているかわからない。
 
 ――シモン先生もそう。私は恵まれているわ。

 私はティアたちを失いたくない。
 眠るレジェスとフリアンの顔を見る。
 二人とも今はすごく優しい。
 セレステと幸せになっても、他の女性と結婚しても、私は大好きでいられる――だから。

「私を嫌いにならないで……」

 ――私はレジェスとフリアンの幸せを祝福できる。

 私が闇の力に目覚めても、今までどおりの優しい二人でいてほしい。
 私の願いはそれだけだ。
 全員、眠っているのを確認し、扉の取っ手に触れた。
 音をたてないようにそっと部屋を抜け出す。
 廊下には燭台、部屋の前にはランプが吊るされている。
 夜の王宮は不気味で怖いけど、暗くないのだけが救いだった。

「巫女がいるのは、ここより奥ってことよね」

 走ると私の小さな足音が廊下に響く。
 廊下の向こうから兵士が見回りに来るのが見え、慌てて庭に隠れた。
 兵士が行ったのを見計らって、庭から出ようとすると、異国の香りが漂っていることに気づいた。

「この香り……?」

 花の香りとは違う。
 香りを探し、草むらから顔を出すと、そこには黒髪に黒目の異国風の男性が立っていた。
 日に焼けた顔と鍛えられた腕。
 髪と腰に巻いた布は絹の薄布で、派手な飾り剣が見える。
 飾り剣は戦うための武器ではないとわかったから、この人は暗殺者ではない。
 でも、身なりから察するにこの人は――
  
「マーレア諸島の方ですか?」
『子供……?』

 彼が話した言語は、マーレア諸島でもっとも裕福な部族、クア族の言葉だった。

 ――きっとギラカリサ王のお客様よね。マーレア諸島を優遇してるから。王宮に泊めてもおかしくない。

 でも、ここは王宮の奥である。
 身内のレジェスならともかく、外国のお客様が泊まるなら、別の場所にするはずだ。

『なぜここにいるのですか?』

 クア族が使うマーレア語で問いかけると、彼は驚き、身を引いた。
 子供だと思って警戒していなかったのだろう。

『マーレア諸島の公用語でないクア族の言葉がわかるのか』
『クア族だけではありませんわ。マーレア諸島すべての部族の言語を理解しております』

 マーレア諸島は多言語国家である。
 公用語は四言語と決められているけれど、実際はもっとある。
 
『アギラカリサの者か?』
『いいえ。私はオルテンシア王国の第二王女ルナリアと申します。あなたはマーレア諸島クア族の方ですね?』
『俺はクア族族長の息子ルオンだ。なるほど。王女か。普通の子供ではないと思った』

 私は寝間着姿だったけれど、淑女らしく挨拶を返す。

『はじめまして、ルオン様。お会いできて光栄です。それで、こちらでいったいなにを……』
『会いたい人がいる』

 私と同じ理由ではないだろうけど、ルオン様は誰かに会うためにここにいたらしい
 でも、私が子供だからか、理由をすんなり教えてくれた。

『俺がここにいたことは、他言は無用で頼む。アギラカリサは人の弱みにつけこむのがうまい。なにを要求してくるかわからん』
『否定はしません』

 こちらも弱みにつけこまれ、困っているところだ。
 
『闇夜なら忍び込みやすいが、賊が入れぬよう王宮中をランプが照らしている』
『それで、こんな明るいのですね』
『アギラカリサは恨みを買いすぎなのだ。侵略した異民族の力を封じ、国を支配できぬようにする』
 
 ルオンは巫女の存在を知っている。

 ――まさか知っていて、殺しにきたとか?

『支配できなくなった王家は滅びるだけだ』
『お言葉ですが、ルオン様。特別な力に頼り、まともな政治をしない国は滅びるだけです』

 オルテンシア王国がまさにそうだ。
 光の巫女の出現に頼り、国のためになにができるか考えようとしなくなった。

『お前はレジェスと同じことを言う』
『レジェス様とは友達なのですか?』
『そうだ。あいつだけが、この国で唯一、血が通っている人間だ』

 ルオンがレジェスの名を出した時、どこか親しげな様子だった。
 私だけでなく、レジェスはアギラカリサによって、苦しめられている人を助けているのだ。

『こんな出会いでなかったら、もっと話したかったが……』

 ルオンは王宮の奥を気にしている。
 なにか気配を感じるようだ。

 ――誰かが来る。

 王宮の奥でルオンが見つかれば、罰せられるかもしれない。
 こちらが気配に気づいているということは、向こうもすでに気づいていると思っていい。

『ルオン様。私がなんとかします。逃げてください』
『……悪い。恩に着る』

 ルオンは暗闇に紛れ姿を隠して去っていった。
 そして、私の前に現れたのは――

「ルナリア。どこへ行くつもりだ?」

 怖い顔をしたレジェスだった。

「レジェス様……」

 王宮の奥を目指していたことはあきらかで、兵士たちをやりすごし、隠れていたのもバレている。

「そこから先に行けば、罰を受ける。俺であってもな。わかっているのか?」

 ――すごく怒ってる。

 アギラカリサの巫女は異民族の力を封じる大事な役目を持つ。
 異民族から恨みを買い、巫女は命を狙われているため、近づくことは許されない。
 許可なく立ち入れば、王子であるレジェスであっても重罪である。

「ごめんなさい……。巫女に会いたかったんです」

 レジェスに嘘をついてもわかってしまう。
 それなら、いっそ正直に言ったほうがいいと思った。
 けれど、今の私は小説『二番目の姫』のストーリーと同じように、牢屋へ放り込まれてもおかしくない状況だった。
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