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第二章
13 狙われた命
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私の旅の支度が終わると、レジェスはすぐに出発した。
ティアは『こんな急では新しいドレスも間に合いません! あんまりです!』と怒っていた。
――ティアには悪いけど、ドレスどころじゃないわ。
交渉を成功させなかったら、王家への国民の不満は高まり、無駄に高いスパイスと紅茶を購入し続けるハメになる。
光の巫女に頼った財政事情は深刻だ。
国民からの王家への信頼の証が、神殿への寄進である。
セレステが光に巫女になるのは四年後の十七歳のこと。
私が十六歳の時。
つまり、まだ貧乏は続くということだ。
――ここで私が成果をあげれば、お父様も話を聞いてくれるようになる。頑張らなくちゃ!
アギラカリサ王国行きのチャンスを作ってくれたレジェスに感謝である。
でも、レジェスは私を牢屋に放り込む予定だけどね……
「うん? ルナリア。今、俺を見て難しい顔をしなかったか?」
「えっ!? き、気のせいです!」
レジェスは私を前にのせて、馬を歩かせている。
フリアンは白い馬だったけど、レジェスは黒毛の馬を好んでいるようだ。
「悩みがあるなら言ってみろ」
――言えるわけない。
四年後、私を牢屋に入れるのは、あなたなんですなんて。
レジェスは優秀で頼りになるし、信用できる。
手紙をやりとりするくらい仲良くしてもらえるなんて思っていなかったから、四年後を考えると胸が痛む。
このまま、嫌われずにいられたらいいのに……
「アギラカリサに初めて行くので、少し緊張しているだけです」
「そうか?」
レジェスが婚約するのは、セレステに決まっていることを忘れてはいけない。
物語の中でも変えられるものと変えられないものがある。
私がレジェスにセレステと婚約してほしくないと思っていても、物語の強制力によって、二人はきっと婚約する。
「やっぱり元気がないな。腹が減ったか?」
「そんなことないです! 今日は天気が良くて気持ちがいいですね!」
勘のいいレジェスをかわすため、天気の話で慌てて誤魔化した。
「ルナリア様にとって、これが初めての旅ですから、緊張されるのもわかります。私も国外へ行くのは久しぶりですし、アギラカリサ王宮に入るのは初めてです」
シモン先生は長い銀髪を結び、旅装姿で馬に乗っている。
眩しそうに目を細め、青い空を見上げていた。
――シモン先生が一緒に来てくれて本当によかった。
シモン先生の存在は、私の心の支えとなっている。
小説『二番目の姫』の物語に登場していないシモン先生がいてくれると、なんとなく安心するのだ。
でも、私のせいで、シモン先生は巻き込まれ、王位継承争いが勃発している危険なアギラカリサ王宮へ行くことになってしまった。
「シモン先生、ごめんなさい。私が勝手に名前を出してしまったせいで……」
「ルナリア様の判断は正しかったと思いますよ。あなたはしっかりしているように見えますが、まだ十二歳。もっと大人を頼ってください」
「シモン先生……」
一瞬、泣きそうになった。
シモン先生は急に決まったことなのに、すぐに旅の準備を整え、一緒についてきてくれた。
私からいきさつを聞いたのは出発した後だった。
「いいんですよ。私もずっと国の財政が気がかりでした。王を止められなかった無能な宰相に責任があります」
シモン先生は正直で、さらっと上司(宰相)を無能呼ばわりした。
文官たちはアギラカリサの思惑に早いうちから気づいていて、上司である宰相に進言していた。
でも、お父様がノリノリだったから、宰相は不興を買うのが嫌で止めなかった。
その結果がコレである。
「これがうまくいけば、オルテンシア王国とマーレア諸島の間に繋がりができる。レジェス殿下に感謝します」
有能な人間には優しいシモン先生は、レジェスには友好的だった。
「礼を言うのは早い。マーレア諸島の人間は扱いにくい」
「アギラカリサ王家ほどではないでしょう」
シモン先生の言葉に、レジェスが振り返った。
私を前に乗せているから、それほど早く馬は走れない。
馬車よりも少し早いくらいの速度だ。
けど、レジェスは私を馬に乗せて馬車を使わなかった。
「図書館の管理人だと聞いたが、他国に詳しいようだな?」
「いえいえ、そんな。それほどでもないですよ。それより、レジェス殿下は王位継承戦に勝つつもりでいるのですか?」
「負けるのは好きではない。ルナリアが俺よりお前を信頼してるのも気に入らない」
「えっ!?」
――今のはどういう意味? もっと信頼されたいってこと? それとも私がレジェスを心から信頼してないって言いたかったの?
レジェスは言って前を向く。
「レジェス殿下は若いですねぇ。ルナリア様と馬に乗る権利を譲ってさしあげたでしょう?」
「譲った?」
レジェスがさらにムッとした。
「ルナリア様のそばに、いつもいる私と違って、たまにしか会えませんしね」
「なれなれしくないか?」
――あ、あれ? 今度は、なんだかギスギスしてる?
気が合いそうな二人だと思っていたけど、そうでもないようだ。
「ルナリア様より一つ上の妹を亡くしております。母親は違いますが、とても可愛らしく、優しい妹でした。だから、どうしてもルナリア様を他人とは思えないのです」
レジェスは理由を聞いて、しばし黙った。
シモン先生に私より一つ上の妹がいたなんて知らなかった。
笑っていたけれど、悲しげにうつむいたシモン先生の表情から、とても可愛がっていたのだろうとわかる。
――社交的なセレステと違って、私には貴族令嬢のお友達がいないから、どんな子だったかわからないけど、シモン先生と似ているなら美人なはず。
そんな子と私が似てるだなんて、申し訳ないくらいだ。
でも、私もシモン先生は、お兄様みたいだと思っていたから、妹のように思ってくれているとわかり、とても嬉しい。
「そうか。だが、ルナリアと馬に乗るのは譲らないからな」
「ええ、どうぞ」
余裕たっぷりなシモン先生に、レジェスはやっぱり面白くなさそうだった。
「あのっ、レジェス様。マーレア諸島の商人はどんな人たちですか?」
「会えばわかる。お前はそのままでいい」
それは私への信頼だった。
私のそばにいるティアやシモン先生、レジェス、フリアン――優しい人たちばかりだ。
それなのに、私は小説『二番目の姫』の本当のストーリーを知っているから、いつ冷たく突き放されるのかと思って信じきれずにいる。
「ん? なんだ? 俺の顔になにかついてるか?」
「いえ……」
――あとどれくらいみんなと一緒にいられるのかな。
いずれやってくる別れを考えてしまう。
もちろん、これはレジェスにだって相談できないし、シモン先生にも言えない。
「ルナリアは時々、十二歳とは思えない顔をする。俺が頼りないから、悩みを相談できないのか?」
「違います。これは、その……」
私が否定しようとした瞬間、レジェスに抱き締められた。
――えええええっ!?
いったいなにが起きたのか。
急すぎる展開に混乱する私に、レジェスが言った。
「ルナリア。身を低くして頭を隠せ」
荒々しい馬の蹄の音が聞こえてくる。
レジェスは片手で私を抱き締め、空いた手で手綱を握ると馬を走らせた。
「シモン! 森へ入る! 俺についてこい!」
レジェスの声に混じって聞こえたのは金属音だった。
――戦っている? でも、誰と誰が戦ってるの?
日暮れの森の中は暗く、視界が悪かった。
先頭を走るレジェスはものともせず、馬を走らせる。
「あ、あのっ! レジェス様。いったいなにが……?」
「しゃべるな。舌を噛むぞ。俺の命を狙う暗殺者だ。兄上たちか仕向けたのだろう」
――暗殺者!? レジェスは命を狙われてるの?
湿った草を踏みつけ馬が走る。
森の生き物たちが驚き、獣は逃げ、鳥が一斉に飛び立つ。
ここにいると合図を送っているのと同じで、森に入っても追手を振り切れそうにない。
なぜレジェスが森に入ったかわからなかった。
あのまま、広い街道で戦ったほうがよかった気がする。
「全員、ここで待機しろ」
レジェスの後ろを走ってきた従者たちが追いつき、息を切らせていた。
「誰も欠けていないな?」
「はい。レジェス様。しかし、こちらを追っているはずです」
「かなりの数でした」
「わかっている。お前たちはここで待て」
全員が揃っていることを確認したレジェスは、私をシモン先生に預けた。
「ルナリアを頼む」
「あきらかにこの状況は不利でしょう。暗闇で戦うより、王都まで逃げたほうがよろしいのでは?」
シモン先生の提案は正しい。
それに、レジェス一人で暗殺者と戦えるとは思えなかった。
「俺は逃げない」
レジェスは負ける前提ではなく、全員、ここで倒すと宣言した。
シモン先生は険しい顔をしたけれど、レジェスと護衛たちは、まったく気にしてない。
「俺が負けると思うか? そう思うなら、目を開いて見ていろ」
レジェスは従者から弓を受け取り、矢の束をそばに置く。
弓を構え、追手が来るであろう方向に矢じりを向けた。
――こんな暗いのに遠くまで見えるわけない。矢は外れるわ。レジェスはなにをするつもりなの?
「レジェス殿下がいたぞ!」
「こっちだ!」
そんな声が聞こえた瞬間――レジェスが矢を放つ。
「ぐあっ!」
「うわあああ!?」
暗闇の中、レジェスが放つ矢は一本も外れない。
それも神様が宿っているのではというくらい的確に相手を射る。
矢を放つ弦の音を頼りに、暗殺者が集まってきても誰も近寄れない。
「ば、化け物だ」
「なぜ、この暗闇の中で俺たちの姿が見えるんだ?」
レジェスを化け物と呼ぶ。でも、レジェスにとって化け物は――
「化け物は兄上たちだ。俺の命を狙う化け物どもめ」
――実の兄たちだった。
レジェスは私を気にかけてくれていたのは、不遇な私を自分と重ねて見ていたからかもしれない。
噂では荒れ地を領地に与えられたレジェスは、かなり苦労していると聞く。
木の根を取り除き、岩を掘り起こし、水路を引き、ようやく小麦が実り、収穫できたのは一年前のこと。
「ルナリア、わかったか? 言葉が通じ、血が繋がっているからといって、必ずしも味方になるとは限らない」
レジェスは笑っていたけど、心からの笑みではなかった。
「片付いたか」
森の湿った空気に混じって血臭が漂う。
死屍累々となり、暗い森の中では鳥と獣が騒いでいた。
従者たちに矢筒と弓を渡しながら、レジェスは言った。
「ルナリア。怖いだろう? シモンの馬に乗るか?」
『自分が怖いだろう?』
私にはそう聞こえた。
レジェスの紫色の瞳は、夜の訪れを知らせる色。
そして、空が明るくなる前の夜明けの色でもある。
レジェスは誰も味方を死なせることなく守りきった。
「いいえ。怖くありません。レジェス様の馬に乗せてください」
「……そうか」
気のせいでなければ、少しだけレジェスがホッとしたように見えた。
「これはなんというか……。噂以上に物騒な国ですね」
「シモン先生は知っていたんですか?」
「もちろんです」
レジェスが命を狙われてるなんて、シモン先生は授業で教えてくれなかった。
もちろん、小説『二番目の姫』にもレジェスについて詳しく書かれておらず、アギラカリサ王国の末の王子であるとだけ……
「レジェス様、気を付けてください。まだ残党が!」
従者の声に気づき、暗い闇の中に見えたのは銀色の矢じりだった。
レジェスではなく、私に向いている。
――物語はストーリーどおりに進めようとする。ストーリーとは違う行動をとったから、私を殺すの?
そう思った瞬間、声が聞こえた。
「レジェス、油断は禁物だよ」
暗殺者の体が倒れ、赤い血が剣につく。
その剣の持ち主は、金髪に青い目をした青年――
「フリアン様!」
フリアンは身長が伸びたけれど、王子様みたいな容姿は変わらない。
「ルナリア、迎えにきたよ。僕と一緒に帰ろう? アギラカリサは危険すぎる」
騎士団の任務中だったはずのフリアンは、私のアギラカリサ王国行きを誰から聞いたのか、ここまで私を追って迎えにきたらしい。
物語を正しい姿に戻そうとする強制力が働いている気がした。
アギラカリサ王国へ私が行くのは、物語にとって不都合なようだ。
「私は戻りません。フリアン様もわかっているはずです。マーレア諸島との取引は、オルテンシア王国にとって絶対に必要です!」
「そうだけど、十二歳の君が行かなくてもいいと思うんだ。大人だけでじゅうぶんだよ」
「私が言い出したことですから、シモン先生だけに押し付けるわけにはいきません」
私がかたくなに断ると、フリアンは困った顔をした。
「セレステ様が心配されている。ルナリアを連れ戻すよう頼まれたんだ」
――セレステはなんとしてでも、私のアギラカリサ王国行きを阻止したいのね。
物語ではレジェスの婚約者になったセレステが、アギラカリサ王宮に招かれる。
そう考えると、私より先に入るはずのセレステが私より後になる。
二番目のはずの私が一番目になれば、物語が狂う。
「フリアン。悪いが、ルナリアはアギラカリサ王宮へ連れていく」
「レジェス……。相変わらず、無茶ばかりするね」
「俺を止められるか?」
「無理だろうね」
あっさりフリアンは諦めた。
昔から、レジェスに振り回されてきたフリアンは、一度言い出したら聞かないレジェスの性格を誰よりも知っている。
「心配ならお前もついてこい」
「アギラカリサ王宮に僕が入れるかな」
「ルナリアの護衛騎士とでも名乗ればいい。ちょうど王女にしては同行者が少ないと思っていたところだ」
レジェスが言うとおり、急だったこともあり、私についてきた人は少なかった。
「さあ、アギラカリサ王宮に乗り込むぞ。化け物どもが待っている」
私たちは森を出て、遠くに見えるアギラカリサ王都を眺めた。
なにが起こるかわからない。
小説『二番目の姫』にないストーリーが始まろうとしていた。
ティアは『こんな急では新しいドレスも間に合いません! あんまりです!』と怒っていた。
――ティアには悪いけど、ドレスどころじゃないわ。
交渉を成功させなかったら、王家への国民の不満は高まり、無駄に高いスパイスと紅茶を購入し続けるハメになる。
光の巫女に頼った財政事情は深刻だ。
国民からの王家への信頼の証が、神殿への寄進である。
セレステが光に巫女になるのは四年後の十七歳のこと。
私が十六歳の時。
つまり、まだ貧乏は続くということだ。
――ここで私が成果をあげれば、お父様も話を聞いてくれるようになる。頑張らなくちゃ!
アギラカリサ王国行きのチャンスを作ってくれたレジェスに感謝である。
でも、レジェスは私を牢屋に放り込む予定だけどね……
「うん? ルナリア。今、俺を見て難しい顔をしなかったか?」
「えっ!? き、気のせいです!」
レジェスは私を前にのせて、馬を歩かせている。
フリアンは白い馬だったけど、レジェスは黒毛の馬を好んでいるようだ。
「悩みがあるなら言ってみろ」
――言えるわけない。
四年後、私を牢屋に入れるのは、あなたなんですなんて。
レジェスは優秀で頼りになるし、信用できる。
手紙をやりとりするくらい仲良くしてもらえるなんて思っていなかったから、四年後を考えると胸が痛む。
このまま、嫌われずにいられたらいいのに……
「アギラカリサに初めて行くので、少し緊張しているだけです」
「そうか?」
レジェスが婚約するのは、セレステに決まっていることを忘れてはいけない。
物語の中でも変えられるものと変えられないものがある。
私がレジェスにセレステと婚約してほしくないと思っていても、物語の強制力によって、二人はきっと婚約する。
「やっぱり元気がないな。腹が減ったか?」
「そんなことないです! 今日は天気が良くて気持ちがいいですね!」
勘のいいレジェスをかわすため、天気の話で慌てて誤魔化した。
「ルナリア様にとって、これが初めての旅ですから、緊張されるのもわかります。私も国外へ行くのは久しぶりですし、アギラカリサ王宮に入るのは初めてです」
シモン先生は長い銀髪を結び、旅装姿で馬に乗っている。
眩しそうに目を細め、青い空を見上げていた。
――シモン先生が一緒に来てくれて本当によかった。
シモン先生の存在は、私の心の支えとなっている。
小説『二番目の姫』の物語に登場していないシモン先生がいてくれると、なんとなく安心するのだ。
でも、私のせいで、シモン先生は巻き込まれ、王位継承争いが勃発している危険なアギラカリサ王宮へ行くことになってしまった。
「シモン先生、ごめんなさい。私が勝手に名前を出してしまったせいで……」
「ルナリア様の判断は正しかったと思いますよ。あなたはしっかりしているように見えますが、まだ十二歳。もっと大人を頼ってください」
「シモン先生……」
一瞬、泣きそうになった。
シモン先生は急に決まったことなのに、すぐに旅の準備を整え、一緒についてきてくれた。
私からいきさつを聞いたのは出発した後だった。
「いいんですよ。私もずっと国の財政が気がかりでした。王を止められなかった無能な宰相に責任があります」
シモン先生は正直で、さらっと上司(宰相)を無能呼ばわりした。
文官たちはアギラカリサの思惑に早いうちから気づいていて、上司である宰相に進言していた。
でも、お父様がノリノリだったから、宰相は不興を買うのが嫌で止めなかった。
その結果がコレである。
「これがうまくいけば、オルテンシア王国とマーレア諸島の間に繋がりができる。レジェス殿下に感謝します」
有能な人間には優しいシモン先生は、レジェスには友好的だった。
「礼を言うのは早い。マーレア諸島の人間は扱いにくい」
「アギラカリサ王家ほどではないでしょう」
シモン先生の言葉に、レジェスが振り返った。
私を前に乗せているから、それほど早く馬は走れない。
馬車よりも少し早いくらいの速度だ。
けど、レジェスは私を馬に乗せて馬車を使わなかった。
「図書館の管理人だと聞いたが、他国に詳しいようだな?」
「いえいえ、そんな。それほどでもないですよ。それより、レジェス殿下は王位継承戦に勝つつもりでいるのですか?」
「負けるのは好きではない。ルナリアが俺よりお前を信頼してるのも気に入らない」
「えっ!?」
――今のはどういう意味? もっと信頼されたいってこと? それとも私がレジェスを心から信頼してないって言いたかったの?
レジェスは言って前を向く。
「レジェス殿下は若いですねぇ。ルナリア様と馬に乗る権利を譲ってさしあげたでしょう?」
「譲った?」
レジェスがさらにムッとした。
「ルナリア様のそばに、いつもいる私と違って、たまにしか会えませんしね」
「なれなれしくないか?」
――あ、あれ? 今度は、なんだかギスギスしてる?
気が合いそうな二人だと思っていたけど、そうでもないようだ。
「ルナリア様より一つ上の妹を亡くしております。母親は違いますが、とても可愛らしく、優しい妹でした。だから、どうしてもルナリア様を他人とは思えないのです」
レジェスは理由を聞いて、しばし黙った。
シモン先生に私より一つ上の妹がいたなんて知らなかった。
笑っていたけれど、悲しげにうつむいたシモン先生の表情から、とても可愛がっていたのだろうとわかる。
――社交的なセレステと違って、私には貴族令嬢のお友達がいないから、どんな子だったかわからないけど、シモン先生と似ているなら美人なはず。
そんな子と私が似てるだなんて、申し訳ないくらいだ。
でも、私もシモン先生は、お兄様みたいだと思っていたから、妹のように思ってくれているとわかり、とても嬉しい。
「そうか。だが、ルナリアと馬に乗るのは譲らないからな」
「ええ、どうぞ」
余裕たっぷりなシモン先生に、レジェスはやっぱり面白くなさそうだった。
「あのっ、レジェス様。マーレア諸島の商人はどんな人たちですか?」
「会えばわかる。お前はそのままでいい」
それは私への信頼だった。
私のそばにいるティアやシモン先生、レジェス、フリアン――優しい人たちばかりだ。
それなのに、私は小説『二番目の姫』の本当のストーリーを知っているから、いつ冷たく突き放されるのかと思って信じきれずにいる。
「ん? なんだ? 俺の顔になにかついてるか?」
「いえ……」
――あとどれくらいみんなと一緒にいられるのかな。
いずれやってくる別れを考えてしまう。
もちろん、これはレジェスにだって相談できないし、シモン先生にも言えない。
「ルナリアは時々、十二歳とは思えない顔をする。俺が頼りないから、悩みを相談できないのか?」
「違います。これは、その……」
私が否定しようとした瞬間、レジェスに抱き締められた。
――えええええっ!?
いったいなにが起きたのか。
急すぎる展開に混乱する私に、レジェスが言った。
「ルナリア。身を低くして頭を隠せ」
荒々しい馬の蹄の音が聞こえてくる。
レジェスは片手で私を抱き締め、空いた手で手綱を握ると馬を走らせた。
「シモン! 森へ入る! 俺についてこい!」
レジェスの声に混じって聞こえたのは金属音だった。
――戦っている? でも、誰と誰が戦ってるの?
日暮れの森の中は暗く、視界が悪かった。
先頭を走るレジェスはものともせず、馬を走らせる。
「あ、あのっ! レジェス様。いったいなにが……?」
「しゃべるな。舌を噛むぞ。俺の命を狙う暗殺者だ。兄上たちか仕向けたのだろう」
――暗殺者!? レジェスは命を狙われてるの?
湿った草を踏みつけ馬が走る。
森の生き物たちが驚き、獣は逃げ、鳥が一斉に飛び立つ。
ここにいると合図を送っているのと同じで、森に入っても追手を振り切れそうにない。
なぜレジェスが森に入ったかわからなかった。
あのまま、広い街道で戦ったほうがよかった気がする。
「全員、ここで待機しろ」
レジェスの後ろを走ってきた従者たちが追いつき、息を切らせていた。
「誰も欠けていないな?」
「はい。レジェス様。しかし、こちらを追っているはずです」
「かなりの数でした」
「わかっている。お前たちはここで待て」
全員が揃っていることを確認したレジェスは、私をシモン先生に預けた。
「ルナリアを頼む」
「あきらかにこの状況は不利でしょう。暗闇で戦うより、王都まで逃げたほうがよろしいのでは?」
シモン先生の提案は正しい。
それに、レジェス一人で暗殺者と戦えるとは思えなかった。
「俺は逃げない」
レジェスは負ける前提ではなく、全員、ここで倒すと宣言した。
シモン先生は険しい顔をしたけれど、レジェスと護衛たちは、まったく気にしてない。
「俺が負けると思うか? そう思うなら、目を開いて見ていろ」
レジェスは従者から弓を受け取り、矢の束をそばに置く。
弓を構え、追手が来るであろう方向に矢じりを向けた。
――こんな暗いのに遠くまで見えるわけない。矢は外れるわ。レジェスはなにをするつもりなの?
「レジェス殿下がいたぞ!」
「こっちだ!」
そんな声が聞こえた瞬間――レジェスが矢を放つ。
「ぐあっ!」
「うわあああ!?」
暗闇の中、レジェスが放つ矢は一本も外れない。
それも神様が宿っているのではというくらい的確に相手を射る。
矢を放つ弦の音を頼りに、暗殺者が集まってきても誰も近寄れない。
「ば、化け物だ」
「なぜ、この暗闇の中で俺たちの姿が見えるんだ?」
レジェスを化け物と呼ぶ。でも、レジェスにとって化け物は――
「化け物は兄上たちだ。俺の命を狙う化け物どもめ」
――実の兄たちだった。
レジェスは私を気にかけてくれていたのは、不遇な私を自分と重ねて見ていたからかもしれない。
噂では荒れ地を領地に与えられたレジェスは、かなり苦労していると聞く。
木の根を取り除き、岩を掘り起こし、水路を引き、ようやく小麦が実り、収穫できたのは一年前のこと。
「ルナリア、わかったか? 言葉が通じ、血が繋がっているからといって、必ずしも味方になるとは限らない」
レジェスは笑っていたけど、心からの笑みではなかった。
「片付いたか」
森の湿った空気に混じって血臭が漂う。
死屍累々となり、暗い森の中では鳥と獣が騒いでいた。
従者たちに矢筒と弓を渡しながら、レジェスは言った。
「ルナリア。怖いだろう? シモンの馬に乗るか?」
『自分が怖いだろう?』
私にはそう聞こえた。
レジェスの紫色の瞳は、夜の訪れを知らせる色。
そして、空が明るくなる前の夜明けの色でもある。
レジェスは誰も味方を死なせることなく守りきった。
「いいえ。怖くありません。レジェス様の馬に乗せてください」
「……そうか」
気のせいでなければ、少しだけレジェスがホッとしたように見えた。
「これはなんというか……。噂以上に物騒な国ですね」
「シモン先生は知っていたんですか?」
「もちろんです」
レジェスが命を狙われてるなんて、シモン先生は授業で教えてくれなかった。
もちろん、小説『二番目の姫』にもレジェスについて詳しく書かれておらず、アギラカリサ王国の末の王子であるとだけ……
「レジェス様、気を付けてください。まだ残党が!」
従者の声に気づき、暗い闇の中に見えたのは銀色の矢じりだった。
レジェスではなく、私に向いている。
――物語はストーリーどおりに進めようとする。ストーリーとは違う行動をとったから、私を殺すの?
そう思った瞬間、声が聞こえた。
「レジェス、油断は禁物だよ」
暗殺者の体が倒れ、赤い血が剣につく。
その剣の持ち主は、金髪に青い目をした青年――
「フリアン様!」
フリアンは身長が伸びたけれど、王子様みたいな容姿は変わらない。
「ルナリア、迎えにきたよ。僕と一緒に帰ろう? アギラカリサは危険すぎる」
騎士団の任務中だったはずのフリアンは、私のアギラカリサ王国行きを誰から聞いたのか、ここまで私を追って迎えにきたらしい。
物語を正しい姿に戻そうとする強制力が働いている気がした。
アギラカリサ王国へ私が行くのは、物語にとって不都合なようだ。
「私は戻りません。フリアン様もわかっているはずです。マーレア諸島との取引は、オルテンシア王国にとって絶対に必要です!」
「そうだけど、十二歳の君が行かなくてもいいと思うんだ。大人だけでじゅうぶんだよ」
「私が言い出したことですから、シモン先生だけに押し付けるわけにはいきません」
私がかたくなに断ると、フリアンは困った顔をした。
「セレステ様が心配されている。ルナリアを連れ戻すよう頼まれたんだ」
――セレステはなんとしてでも、私のアギラカリサ王国行きを阻止したいのね。
物語ではレジェスの婚約者になったセレステが、アギラカリサ王宮に招かれる。
そう考えると、私より先に入るはずのセレステが私より後になる。
二番目のはずの私が一番目になれば、物語が狂う。
「フリアン。悪いが、ルナリアはアギラカリサ王宮へ連れていく」
「レジェス……。相変わらず、無茶ばかりするね」
「俺を止められるか?」
「無理だろうね」
あっさりフリアンは諦めた。
昔から、レジェスに振り回されてきたフリアンは、一度言い出したら聞かないレジェスの性格を誰よりも知っている。
「心配ならお前もついてこい」
「アギラカリサ王宮に僕が入れるかな」
「ルナリアの護衛騎士とでも名乗ればいい。ちょうど王女にしては同行者が少ないと思っていたところだ」
レジェスが言うとおり、急だったこともあり、私についてきた人は少なかった。
「さあ、アギラカリサ王宮に乗り込むぞ。化け物どもが待っている」
私たちは森を出て、遠くに見えるアギラカリサ王都を眺めた。
なにが起こるかわからない。
小説『二番目の姫』にないストーリーが始まろうとしていた。
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あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
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