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第一章
7 知らない登場人物
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小説『二番目の姫』のストーリーどおりに話は進む。
セレステが熱を出してから、前にも増して両親は私に冷たく、セレステから引き離された。
同じ王宮にいるのに、顔を見ない日々が続いている。
――でも、私は平気。
レジェスが面白い手紙を送ってくれるし、学ばなくてはならないことが多くすぎて、寂しいなんて言ってられない。
「レジェス様も大変そう」
レジェスが与えられた領地に戻ったと、手紙で知った。
大国アギラカリサの王位継承は特殊で、年齢に関係なく王子同士を争わせて決める。
王が息子に領地を与え、どれだけ領地を発展させることができるか手腕を試される。
もっとも繁栄させた王子が、次期国王に指名されるのだ。
レジェスは四人の王子の末っ子で、一番不利な立場にいる。
それでも、愚痴ひとつ手紙に書いてこない。
――大変なのは私だけじゃないわ。レジェスは十二歳なのに、もう一人前の大人として扱われてる。
レジェスのことを思うと、私も頑張れそうな気がして元気が出る。
崩れそうな本の山に、読み終わった本をのせた。
「まあ! ルナリア様。この本もこちらの本も、もう読んでしまわれたのですか?」
「うん。読み終わったよ!」
農業、経済、言語――今、私はあらゆる分野の知識を頭に叩き込んでいるところだ。
「少しはお休みになられませんと、やっとお薬を飲まなくてよくなったのに……」
――薬、薬ねぇ……。あんまり不味いから、薬というより毒かと思ったわ。
子供だから不味いというより、あれって完全に毒だと思うのよね。
舌が痺れて危険な気がしたから、こっそり庭の一角に捨てていたのは秘密である。
私が元気になったから、もう薬は必要なくなった。
不味い薬を庭に捨てる作業から、ようやく解放されたのは嬉しい。
乳母と侍女たちは解雇されずに済み、いつもの顔ぶれが、私のお世話をしてくれる。
これで安心と言いたいところだけど、気になったのは枯れた草木である。
――私が捨てていた薬の場所。あそこだけ草木が枯れたわ。
どう考えても怪しい……
毒だと判断するには早いけど、安全なものという認識もどうかと思う。
私が最初に読破したのは、身を守るために毒と薬草の本だった。
少なくとも苦味や痺れ、異臭などを感じたものは、口にしないことに決めた。
セレステはまだ子供だから、そこまでできるとは思わないけれど、警戒しておくに越したことはない。
――水路に落とされてよかったかも。あのままセレステが善人だと思っていたら、ここまで必死にならなかったわ。
本を閉じ、乳母の名を呼ぶ。
「ティア。質問していい? ルナリア、お勉強の成果を披露したいな~!」
「えっ、ええ……。そうですわね……」
笑顔の私に対して、向こうは目に見えてうろたえていた。
私の乳母の名前はティアと言う。
髪は茶色で瞳は青。
年齢は教えてくれないけど、外見は二十歳くらいに見える。
彼女は男爵家のご令嬢で、家計を支えるため、乳母の募集を見てやってきた。
セレステの乳母になりたい人は多かったけど、ルナリアはそうではなかった。
――これが一番目と二番目の差。セレステは存在するだけで人から愛されるんだから、不平等すぎるわ。
世界は不平等だと決まってるけど、こんなのあんまりだ。
でも、ティアが立候補してくれて本当にによかったと思う。
ティアは優しいし、しっかりしていて落ち着いている。
「ティア? 私の質問の紙を読んでくれた?」
「読みましたけれど……その……」
私が書いた質問の紙を眺めて、ティアは頬をひきつらせた。
難易度の高い質問を用意し、家庭教師をつけてもらおうという私の作戦である。
ティアは私の作戦をわかっているから、ため息をついた。
「わかりました。ルナリア様が賢く成長されるのは、乳母としても喜ばしいかぎりです。ルナリア様に家庭教師をつけましょう」
――やったわ! やっと家庭教師をゲットできた!
私の実際の年齢は二十六歳。
成長というより、前世の知識とここでの知識の両方を持っている。
前世分の知識量を考えたら、ティアよりも私の方が上なのは仕方がないことだった。
「実はもうすでに、ルナリア様の家庭教師をお願いして、雇ってあるんですよ」
「ほんとう!? あっ! でも、ティアは今までどおり、ルナリアの乳母でいてほしいの!」
「はいはい。甘えん坊ですね」
ティアの手が私の頭をなで、それを見ていた侍女たちは笑っていた。
今はまだ平穏そのもの。
――両親がセレステばかり構っていても、私にはティアや侍女たちがいるから、まだ救われているわ。
最近の私は勉強している時間が多く、すっかり手がかからない子供になっていた。
侍女たちも私に好意的になり、仕事に余裕ができたからか、細かいところまで気を配ってくれる。
今日の髪にはリボンを編み込み、ドレスも季節に会わせた緑とピンクの春らしいものだった。
「ねえ、ティア。先生はどんな人?」
「先生ですか? 先生は……」
ティアが説明しようとした時、部屋の扉がノックされ、侍女が扉を開いた。
「新しくこちらに配属される家庭教師ですが、ルナリア様にご挨拶したいそうです」
「ほんとう!? 私の先生がきたの? ぜひ、入ってもらって!」
どんな先生なのか、とても興味がある。
「ルナリア王女殿下は、とてもお元気な方でいらっしゃいますね」
――うわ、美人。
入ってきたのは、男の人だったけど、女性と間違えそうなくらい綺麗な顔をしている。
着ているものは、文官用の地味な色の上着で、アクセサリー類も見つけていないから、侍従より地味かもしれない。
でも、服装が地味でも気にならなかった。
長い銀髪と青い瞳が宝石みたいだし、これだけイケメンだと歩いているだけで目立つ。
侍女たちもうっとりとした顔で彼を眺めていた。
「ベルグラーノ伯爵家の三男、シモンと申します。ルナリア様の家庭教師に任ぜられました」
私が予想していた家庭教師は、白ひげのおじいさんのイメージだったけど、シモン先生はとても若かった。
「ルナリア様。シモン様は王宮でも三本の指に入る美男子ですよ」
侍女が興奮気味に説明してくれたけど、大事なのは知識量である。
「先生なら美男子じゃなくても……」
「ルナリア様。なに言ってるんですか!」
「すっごく大事です!」
侍女たちから、『そんなことありませんよ』と無言の圧を感じた。
そして、この職場は『大当たり』だという顔をして、きゃあきゃあ騒いでいる。
――そうよね。侍女たちは結婚適齢期だし、うまくいけば見初められて結婚の可能性もあるもの。
だから、出会いには真剣で全力投球である。
異世界といえど、そのあたりの願望は変わらないようだ。
「シモン様は十八歳にして、王宮の図書館の館長を任されるくらい博識で優秀なんですよ」
「王宮で働く独身女性のみならず、通りすがりの女性のハートまで奪うという女殺し!」
「身分は伯爵家の三男!」
「仕事は王宮勤め! 結婚後も安定感抜群ですよ」
――気のせいじゃなかったら、ここが婚活会場に見えてきたわ。
ベルグラーノ伯爵家のシモン――私が初めて聞く名前だ。
小説『二番目の姫』の作中に登場していない人物で、どんな人間かわからない。
そもそも、ルナリアには家庭教師がいなかった。
シモンが登場したのは、私が物語と別の行動をとったからかもしれない。
本来なら、ルナリアは勉強嫌いでお菓子が大好きな普通の五歳として育つ。
私がとった行動によって、必要な登場人物が増えたってことなのかも……
そう思うと、私の行動によって、人との出会いは増やせるようだ。
「シモン先生。これから、よろしくお願いします」
スカートをつまんでお辞儀をする。
淑女らしい挨拶をした私に、シモン先生は微笑んだ。
「ルナリア様の力になれて嬉しく思います」
私と同じ銀髪に青い目――それに、穏やかで優しそうだし、シモン先生と仲良くなれそう。
「明日からの授業のため、ルナリア様がどれだけの知識をお持ちか、テストしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
大人用の椅子は大きく、ティアがクッションを持ってきてくれた。
クッションを重ね、なんとか机の高さになった。
「まずは政治からです」
シモン先生はチェスの駒に似たものを取り出すと、長机の上に世界地図を広げた。
「ルナリア様。この駒を置いていただけますか?」
うなずき、いくつか駒を受け取った。
駒は王冠と杖と金貨だ。
――世界地図を広げたということは、この駒をそれぞれの国に置けということね。
どれだけ国々と世界情勢を把握しているか、私を試しているのだ。
アギラカリサ王国の上には王冠、オルテンシア王国には杖、マーレア諸島連合には金貨の駒を置く。
「次に経済」
ミニチュアの金の延べ棒を私に渡す。
もちろん、一番繁栄しているのはアギラカリサ王国で、次はマーレア諸島。
マーレア諸島は貴重なスパイスや茶葉、砂糖など交易品として扱っているため、経済力がある。
三つのうちなら、オルテンシア王国が一番経済的に弱い。
そう思っていた。
「マーレア諸島連合国はひとつになれば、強いですが……」
シモン先生は延べ棒をバラッと地図の上に崩した。
「彼らはひとつになれない。言葉も文化もそれぞれに違うため、まとまりにくいのです」
「でも、国と名乗ってます」
「それはここに大国アギラカリサがいるからですよ。アギラカリサ王国がなければ、彼らが協力する必要はないのです」
シモン先生は王冠をつついた。
マーレア諸島の隣国はアギラカリサ王国。
その脅威に対抗するため、島々の首長は手を組んだということらしい。
「シモン様。ルナリア様はいかがでしょう?」
ティアが尋ねると、シモン先生は穏やかな笑みを浮かべうなずいた。
「申し分ない生徒です。五歳でここまで世界を正しく理解し、国々に興味を持っているのは珍しい」
「まあ! 褒められましたよ。ルナリア様!」
ティアは自分のことのように喜んだ。
「ルナリア様。オルテンシア王国に杖を置いたのはなぜでしょうか」
「えっと、光の巫女がいるから……です」
「そうですね。光の巫女は光を生み出せる特別な存在です。ですから、他国はオルテンシア王国には攻め込みにくい」
――十八歳になったら、セレステは光の巫女の力に目覚める。
そして、私は闇の巫女。
ルナリアとして生まれた私は闇を生み出す力を暴走させ、セレステによって殺される運命にある。
闇を生み出す力に目覚めたら、今は優しい人たちも私を嫌うようになる。
それを想像したら、未来が恐ろしくなった。
「……少し難しかったようですね。これ以上はやめておきましょう」
シモン先生は私の様子がおかしいと思ったのか、光の巫女について、それ以上、話さなかった。
「シモン先生、待ってください。光の巫女について、もっと知りたいです!」
「そうですね。でも、授業は今日だけではありません。明日も明後日もあります」
「では、ルナリア様は合格ということでよろしいでしょうか?」
ティアがシモン先生に尋ねる。
どうやら、これはシモン先生が、私をの家庭教師を引き受けるかどうかを決めるテストだったらしい。
「はい。五歳とは思えない非凡な知識量と好奇心をお持ちです。家庭教師を引き受けさせていただきます」
「まあ! よかった! シモン先生、ありがとうございます!」
私の家庭教師が決まり、ほっとした。
――やっと私の計画が一歩進んだ気がする。
セレステが十七歳で光の巫女になるのなら、ひとつ下の私は十六歳になるまでに、光の巫女に代わる役目を探すしかない。
――私が牢屋に放り込まれなければ、闇の力は暴走しないはず。
けれど、最善は闇の力を封じることだ。
闇の力の暴走が起きないだけでも、生存率はかなり高くなる。
「ルナリア様。お勉強も結構ですが、部屋の中にいてばかりではいけません」
「え?」
ティアがなにを言い出すつもりなのか、にこにこ笑っている。
「ルナリア様は五歳。適度な運動も必要ですわ」
「あー……うん。そうね……」
前世はゲーマーでかなりのインドア派だった私。
あまり興味がないけど、ここは剣やら弓やらある世界。
そこそこ体を鍛えなくてはいけないようだ。
「フリアン様がルナリア様に護身術や剣を教えてくださるそうですよ。よかったですね!」
「フリアン様が!?」
「バルリオス公爵家は武門の家柄。腕前のほうはかなりものものですし、ルナリア様はフリアン様をお好きでしょう?」
「え? フリアン様が好きって?」
――これはよくないわ!
フリアンから婚約破棄されるルナリア。
そこから不幸のドミノが始まると言っていい。
「あら、大好きだっておっしゃってたじゃないですか」
「違うわ! フリアン様はルナリアにとって、お兄様みたいな好きってことよ!」
勘違いされては困るから、力いっぱい否定した。
それなのに――
「まあ、ルナリア様。照れていらっしゃるのね」
「フリアン様も楽しみにしていらっしゃいましたよ」
ティアだけでなく、侍女たちも私とフリアンを近づけようとしている。
フリアンは公爵家の一人息子。
もしかしたら、内々で婚約者として決められてる?
――フリアンの婚約者を回避するのが、一番難しいかもしれないわ。
小説『二番目の姫』では、私とフリアンが婚約者になり、セレステとレジェスが婚約者になる。
まだ私が五歳、セレステが六歳だというのに、物語の結末に向けて予定どおり進んでいる。
私の未来はすでに決められ、逃げられないようになっていた――
セレステが熱を出してから、前にも増して両親は私に冷たく、セレステから引き離された。
同じ王宮にいるのに、顔を見ない日々が続いている。
――でも、私は平気。
レジェスが面白い手紙を送ってくれるし、学ばなくてはならないことが多くすぎて、寂しいなんて言ってられない。
「レジェス様も大変そう」
レジェスが与えられた領地に戻ったと、手紙で知った。
大国アギラカリサの王位継承は特殊で、年齢に関係なく王子同士を争わせて決める。
王が息子に領地を与え、どれだけ領地を発展させることができるか手腕を試される。
もっとも繁栄させた王子が、次期国王に指名されるのだ。
レジェスは四人の王子の末っ子で、一番不利な立場にいる。
それでも、愚痴ひとつ手紙に書いてこない。
――大変なのは私だけじゃないわ。レジェスは十二歳なのに、もう一人前の大人として扱われてる。
レジェスのことを思うと、私も頑張れそうな気がして元気が出る。
崩れそうな本の山に、読み終わった本をのせた。
「まあ! ルナリア様。この本もこちらの本も、もう読んでしまわれたのですか?」
「うん。読み終わったよ!」
農業、経済、言語――今、私はあらゆる分野の知識を頭に叩き込んでいるところだ。
「少しはお休みになられませんと、やっとお薬を飲まなくてよくなったのに……」
――薬、薬ねぇ……。あんまり不味いから、薬というより毒かと思ったわ。
子供だから不味いというより、あれって完全に毒だと思うのよね。
舌が痺れて危険な気がしたから、こっそり庭の一角に捨てていたのは秘密である。
私が元気になったから、もう薬は必要なくなった。
不味い薬を庭に捨てる作業から、ようやく解放されたのは嬉しい。
乳母と侍女たちは解雇されずに済み、いつもの顔ぶれが、私のお世話をしてくれる。
これで安心と言いたいところだけど、気になったのは枯れた草木である。
――私が捨てていた薬の場所。あそこだけ草木が枯れたわ。
どう考えても怪しい……
毒だと判断するには早いけど、安全なものという認識もどうかと思う。
私が最初に読破したのは、身を守るために毒と薬草の本だった。
少なくとも苦味や痺れ、異臭などを感じたものは、口にしないことに決めた。
セレステはまだ子供だから、そこまでできるとは思わないけれど、警戒しておくに越したことはない。
――水路に落とされてよかったかも。あのままセレステが善人だと思っていたら、ここまで必死にならなかったわ。
本を閉じ、乳母の名を呼ぶ。
「ティア。質問していい? ルナリア、お勉強の成果を披露したいな~!」
「えっ、ええ……。そうですわね……」
笑顔の私に対して、向こうは目に見えてうろたえていた。
私の乳母の名前はティアと言う。
髪は茶色で瞳は青。
年齢は教えてくれないけど、外見は二十歳くらいに見える。
彼女は男爵家のご令嬢で、家計を支えるため、乳母の募集を見てやってきた。
セレステの乳母になりたい人は多かったけど、ルナリアはそうではなかった。
――これが一番目と二番目の差。セレステは存在するだけで人から愛されるんだから、不平等すぎるわ。
世界は不平等だと決まってるけど、こんなのあんまりだ。
でも、ティアが立候補してくれて本当にによかったと思う。
ティアは優しいし、しっかりしていて落ち着いている。
「ティア? 私の質問の紙を読んでくれた?」
「読みましたけれど……その……」
私が書いた質問の紙を眺めて、ティアは頬をひきつらせた。
難易度の高い質問を用意し、家庭教師をつけてもらおうという私の作戦である。
ティアは私の作戦をわかっているから、ため息をついた。
「わかりました。ルナリア様が賢く成長されるのは、乳母としても喜ばしいかぎりです。ルナリア様に家庭教師をつけましょう」
――やったわ! やっと家庭教師をゲットできた!
私の実際の年齢は二十六歳。
成長というより、前世の知識とここでの知識の両方を持っている。
前世分の知識量を考えたら、ティアよりも私の方が上なのは仕方がないことだった。
「実はもうすでに、ルナリア様の家庭教師をお願いして、雇ってあるんですよ」
「ほんとう!? あっ! でも、ティアは今までどおり、ルナリアの乳母でいてほしいの!」
「はいはい。甘えん坊ですね」
ティアの手が私の頭をなで、それを見ていた侍女たちは笑っていた。
今はまだ平穏そのもの。
――両親がセレステばかり構っていても、私にはティアや侍女たちがいるから、まだ救われているわ。
最近の私は勉強している時間が多く、すっかり手がかからない子供になっていた。
侍女たちも私に好意的になり、仕事に余裕ができたからか、細かいところまで気を配ってくれる。
今日の髪にはリボンを編み込み、ドレスも季節に会わせた緑とピンクの春らしいものだった。
「ねえ、ティア。先生はどんな人?」
「先生ですか? 先生は……」
ティアが説明しようとした時、部屋の扉がノックされ、侍女が扉を開いた。
「新しくこちらに配属される家庭教師ですが、ルナリア様にご挨拶したいそうです」
「ほんとう!? 私の先生がきたの? ぜひ、入ってもらって!」
どんな先生なのか、とても興味がある。
「ルナリア王女殿下は、とてもお元気な方でいらっしゃいますね」
――うわ、美人。
入ってきたのは、男の人だったけど、女性と間違えそうなくらい綺麗な顔をしている。
着ているものは、文官用の地味な色の上着で、アクセサリー類も見つけていないから、侍従より地味かもしれない。
でも、服装が地味でも気にならなかった。
長い銀髪と青い瞳が宝石みたいだし、これだけイケメンだと歩いているだけで目立つ。
侍女たちもうっとりとした顔で彼を眺めていた。
「ベルグラーノ伯爵家の三男、シモンと申します。ルナリア様の家庭教師に任ぜられました」
私が予想していた家庭教師は、白ひげのおじいさんのイメージだったけど、シモン先生はとても若かった。
「ルナリア様。シモン様は王宮でも三本の指に入る美男子ですよ」
侍女が興奮気味に説明してくれたけど、大事なのは知識量である。
「先生なら美男子じゃなくても……」
「ルナリア様。なに言ってるんですか!」
「すっごく大事です!」
侍女たちから、『そんなことありませんよ』と無言の圧を感じた。
そして、この職場は『大当たり』だという顔をして、きゃあきゃあ騒いでいる。
――そうよね。侍女たちは結婚適齢期だし、うまくいけば見初められて結婚の可能性もあるもの。
だから、出会いには真剣で全力投球である。
異世界といえど、そのあたりの願望は変わらないようだ。
「シモン様は十八歳にして、王宮の図書館の館長を任されるくらい博識で優秀なんですよ」
「王宮で働く独身女性のみならず、通りすがりの女性のハートまで奪うという女殺し!」
「身分は伯爵家の三男!」
「仕事は王宮勤め! 結婚後も安定感抜群ですよ」
――気のせいじゃなかったら、ここが婚活会場に見えてきたわ。
ベルグラーノ伯爵家のシモン――私が初めて聞く名前だ。
小説『二番目の姫』の作中に登場していない人物で、どんな人間かわからない。
そもそも、ルナリアには家庭教師がいなかった。
シモンが登場したのは、私が物語と別の行動をとったからかもしれない。
本来なら、ルナリアは勉強嫌いでお菓子が大好きな普通の五歳として育つ。
私がとった行動によって、必要な登場人物が増えたってことなのかも……
そう思うと、私の行動によって、人との出会いは増やせるようだ。
「シモン先生。これから、よろしくお願いします」
スカートをつまんでお辞儀をする。
淑女らしい挨拶をした私に、シモン先生は微笑んだ。
「ルナリア様の力になれて嬉しく思います」
私と同じ銀髪に青い目――それに、穏やかで優しそうだし、シモン先生と仲良くなれそう。
「明日からの授業のため、ルナリア様がどれだけの知識をお持ちか、テストしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
大人用の椅子は大きく、ティアがクッションを持ってきてくれた。
クッションを重ね、なんとか机の高さになった。
「まずは政治からです」
シモン先生はチェスの駒に似たものを取り出すと、長机の上に世界地図を広げた。
「ルナリア様。この駒を置いていただけますか?」
うなずき、いくつか駒を受け取った。
駒は王冠と杖と金貨だ。
――世界地図を広げたということは、この駒をそれぞれの国に置けということね。
どれだけ国々と世界情勢を把握しているか、私を試しているのだ。
アギラカリサ王国の上には王冠、オルテンシア王国には杖、マーレア諸島連合には金貨の駒を置く。
「次に経済」
ミニチュアの金の延べ棒を私に渡す。
もちろん、一番繁栄しているのはアギラカリサ王国で、次はマーレア諸島。
マーレア諸島は貴重なスパイスや茶葉、砂糖など交易品として扱っているため、経済力がある。
三つのうちなら、オルテンシア王国が一番経済的に弱い。
そう思っていた。
「マーレア諸島連合国はひとつになれば、強いですが……」
シモン先生は延べ棒をバラッと地図の上に崩した。
「彼らはひとつになれない。言葉も文化もそれぞれに違うため、まとまりにくいのです」
「でも、国と名乗ってます」
「それはここに大国アギラカリサがいるからですよ。アギラカリサ王国がなければ、彼らが協力する必要はないのです」
シモン先生は王冠をつついた。
マーレア諸島の隣国はアギラカリサ王国。
その脅威に対抗するため、島々の首長は手を組んだということらしい。
「シモン様。ルナリア様はいかがでしょう?」
ティアが尋ねると、シモン先生は穏やかな笑みを浮かべうなずいた。
「申し分ない生徒です。五歳でここまで世界を正しく理解し、国々に興味を持っているのは珍しい」
「まあ! 褒められましたよ。ルナリア様!」
ティアは自分のことのように喜んだ。
「ルナリア様。オルテンシア王国に杖を置いたのはなぜでしょうか」
「えっと、光の巫女がいるから……です」
「そうですね。光の巫女は光を生み出せる特別な存在です。ですから、他国はオルテンシア王国には攻め込みにくい」
――十八歳になったら、セレステは光の巫女の力に目覚める。
そして、私は闇の巫女。
ルナリアとして生まれた私は闇を生み出す力を暴走させ、セレステによって殺される運命にある。
闇を生み出す力に目覚めたら、今は優しい人たちも私を嫌うようになる。
それを想像したら、未来が恐ろしくなった。
「……少し難しかったようですね。これ以上はやめておきましょう」
シモン先生は私の様子がおかしいと思ったのか、光の巫女について、それ以上、話さなかった。
「シモン先生、待ってください。光の巫女について、もっと知りたいです!」
「そうですね。でも、授業は今日だけではありません。明日も明後日もあります」
「では、ルナリア様は合格ということでよろしいでしょうか?」
ティアがシモン先生に尋ねる。
どうやら、これはシモン先生が、私をの家庭教師を引き受けるかどうかを決めるテストだったらしい。
「はい。五歳とは思えない非凡な知識量と好奇心をお持ちです。家庭教師を引き受けさせていただきます」
「まあ! よかった! シモン先生、ありがとうございます!」
私の家庭教師が決まり、ほっとした。
――やっと私の計画が一歩進んだ気がする。
セレステが十七歳で光の巫女になるのなら、ひとつ下の私は十六歳になるまでに、光の巫女に代わる役目を探すしかない。
――私が牢屋に放り込まれなければ、闇の力は暴走しないはず。
けれど、最善は闇の力を封じることだ。
闇の力の暴走が起きないだけでも、生存率はかなり高くなる。
「ルナリア様。お勉強も結構ですが、部屋の中にいてばかりではいけません」
「え?」
ティアがなにを言い出すつもりなのか、にこにこ笑っている。
「ルナリア様は五歳。適度な運動も必要ですわ」
「あー……うん。そうね……」
前世はゲーマーでかなりのインドア派だった私。
あまり興味がないけど、ここは剣やら弓やらある世界。
そこそこ体を鍛えなくてはいけないようだ。
「フリアン様がルナリア様に護身術や剣を教えてくださるそうですよ。よかったですね!」
「フリアン様が!?」
「バルリオス公爵家は武門の家柄。腕前のほうはかなりものものですし、ルナリア様はフリアン様をお好きでしょう?」
「え? フリアン様が好きって?」
――これはよくないわ!
フリアンから婚約破棄されるルナリア。
そこから不幸のドミノが始まると言っていい。
「あら、大好きだっておっしゃってたじゃないですか」
「違うわ! フリアン様はルナリアにとって、お兄様みたいな好きってことよ!」
勘違いされては困るから、力いっぱい否定した。
それなのに――
「まあ、ルナリア様。照れていらっしゃるのね」
「フリアン様も楽しみにしていらっしゃいましたよ」
ティアだけでなく、侍女たちも私とフリアンを近づけようとしている。
フリアンは公爵家の一人息子。
もしかしたら、内々で婚約者として決められてる?
――フリアンの婚約者を回避するのが、一番難しいかもしれないわ。
小説『二番目の姫』では、私とフリアンが婚約者になり、セレステとレジェスが婚約者になる。
まだ私が五歳、セレステが六歳だというのに、物語の結末に向けて予定どおり進んでいる。
私の未来はすでに決められ、逃げられないようになっていた――
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