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38 この先も貴方とともに
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『国王陛下が倒れた』
『危篤である』
『心臓発作らしい』
離宮で起きた異変の知らせが、王宮に届いたのは、昼過ぎのことだった。
ザカリア様はご存じらしく、驚くことなく、報告を聞いていた。
ルチアノやロゼッテには改めて伝えようと思っていたのに、ルチアノがやってきて私に言った。
「お母様。ぼく、聞かなくてもわかるから、なにも言わなくていいよ。ロゼッテは驚くかもしれないから、そっと教えてあげて」
「ええ……」
力を使って、一部始終を覗いていたらしいルチアノは、いつもより大人びた顔をしていた。
ザカリア様がルチアノに声をかけた。
「見ていたのか」
「……ザカリア様が王宮にいなかったから、探したんだ。怒る?」
「いや。心配かけて悪かった」
ザカリア様がルチアノの頭をグシャグシャとなでた。
強張った表情をしていたルチアノが、やっと子供らしい顔で笑った。
「セレーネ。少し話がしたい」
「私も聞きたいことがあります」
「そうだろうな。ジュスト、ルチアノを頼む」
「えっー! ぼくも一緒にお話したい!」
隙あらば、大人の仲間入りをしようとするルチアノ。
ジュストは頑として動こうとしないルチアノの耳に、なにか囁いた。
「あっ! そういうお話だった?」
「そうですよ」
ちらちらとルチアノは意味ありげに、私とザカリア様を見る。
「では、失礼します」
「頑張ってね! ザカリア様!」
ジュストはルチアノを連れ、去っていった。
「え? 頑張る? 頑張るって、いったいなにを?」
「いや、なんだろうな」
ザカリア様は小さな声で『ジュストめ……』と言って、ため息をついた。
「庭へ出よう」
「はい」
侍女たちや兵士たちに聞かれては、まずいことなのか、ザカリア様と共に庭園へ向かう。
ルチアノが誕生した日を思い出させる夕暮れ色に染まる空。
夕暮れの光に染まる土の上に立った。
「セレーネ。兄上は心臓発作で倒れたのではない。そして、医者の話によると、回復しても以前のように、体を動かすことができなくなるだろうと言われた」
「はい……」
心のどこかで、心臓発作ではないだろうと思っていた。
ザカリア様は淡々と、起きたことだけを語った。
ルドヴィク様が飲んだワインには、毒が入っていたこと。
大臣たちの考えと、王家のあり方。
そして、ルチアノが即位する日が近いとも。
「一度に話してしまったが、平気か?」
思考を整理するのに時間がかかったけれど、私は黙ってうなずいた。
「領地は戻るまで、ジュストに任せるつもりだ。ルチアノが成人するまでは王宮にいようと思う」
ザカリア様は約束通り、後見人でいてくれる。
でも――
「その後はどうなさるのですか?」
「後?」
「ザカリア様はルチアノが成人後、領地へ戻り、また領地を治めるのでしょう?」
「そうなる」
ザカリア様が、私の顔を見て笑った。
よほど、不安そうな顔をしていたに違いない。
「セレーネが民のことでもなく、兄上でもなく、他の誰でもない俺のことをを気にするのは、初めてじゃないか?」
「えっ! そ、そうでしょうか?」
「ああ」
ザカリア様は私の銀色の髪を一房手に取り、髪に口づけた。
「セレーネ。では、俺の妻になり、家族として生きていただけますか?」
「ザカリア様の妻……」
顔が赤くなるのが、わかった。
こんな気持ちは生まれて初めてで、言葉がすぐに出なかった。
「返事は?」
「あ、あのっ……」
もう答えを言ったも同然なのに、ザカリア様はさらに続けた。
「セレーネの気持ちを読んだ」
「わ、私の? 私の心をですか!?」
「俺を好きだと言っていた。正解か?」
「……正解です」
心が読めるザカリア様に、嘘も隠し事もできない。
「ザカリア様を愛しています」
素直に自分の気持ちを答えると、ザカリア様は私の髪をするりと手から逃がした。
そして、ザカリア様は私の唇に口づけを落す――美しい夕暮れが王宮を染めた日、私は生涯を共にする人を手に入れたのだった。
『危篤である』
『心臓発作らしい』
離宮で起きた異変の知らせが、王宮に届いたのは、昼過ぎのことだった。
ザカリア様はご存じらしく、驚くことなく、報告を聞いていた。
ルチアノやロゼッテには改めて伝えようと思っていたのに、ルチアノがやってきて私に言った。
「お母様。ぼく、聞かなくてもわかるから、なにも言わなくていいよ。ロゼッテは驚くかもしれないから、そっと教えてあげて」
「ええ……」
力を使って、一部始終を覗いていたらしいルチアノは、いつもより大人びた顔をしていた。
ザカリア様がルチアノに声をかけた。
「見ていたのか」
「……ザカリア様が王宮にいなかったから、探したんだ。怒る?」
「いや。心配かけて悪かった」
ザカリア様がルチアノの頭をグシャグシャとなでた。
強張った表情をしていたルチアノが、やっと子供らしい顔で笑った。
「セレーネ。少し話がしたい」
「私も聞きたいことがあります」
「そうだろうな。ジュスト、ルチアノを頼む」
「えっー! ぼくも一緒にお話したい!」
隙あらば、大人の仲間入りをしようとするルチアノ。
ジュストは頑として動こうとしないルチアノの耳に、なにか囁いた。
「あっ! そういうお話だった?」
「そうですよ」
ちらちらとルチアノは意味ありげに、私とザカリア様を見る。
「では、失礼します」
「頑張ってね! ザカリア様!」
ジュストはルチアノを連れ、去っていった。
「え? 頑張る? 頑張るって、いったいなにを?」
「いや、なんだろうな」
ザカリア様は小さな声で『ジュストめ……』と言って、ため息をついた。
「庭へ出よう」
「はい」
侍女たちや兵士たちに聞かれては、まずいことなのか、ザカリア様と共に庭園へ向かう。
ルチアノが誕生した日を思い出させる夕暮れ色に染まる空。
夕暮れの光に染まる土の上に立った。
「セレーネ。兄上は心臓発作で倒れたのではない。そして、医者の話によると、回復しても以前のように、体を動かすことができなくなるだろうと言われた」
「はい……」
心のどこかで、心臓発作ではないだろうと思っていた。
ザカリア様は淡々と、起きたことだけを語った。
ルドヴィク様が飲んだワインには、毒が入っていたこと。
大臣たちの考えと、王家のあり方。
そして、ルチアノが即位する日が近いとも。
「一度に話してしまったが、平気か?」
思考を整理するのに時間がかかったけれど、私は黙ってうなずいた。
「領地は戻るまで、ジュストに任せるつもりだ。ルチアノが成人するまでは王宮にいようと思う」
ザカリア様は約束通り、後見人でいてくれる。
でも――
「その後はどうなさるのですか?」
「後?」
「ザカリア様はルチアノが成人後、領地へ戻り、また領地を治めるのでしょう?」
「そうなる」
ザカリア様が、私の顔を見て笑った。
よほど、不安そうな顔をしていたに違いない。
「セレーネが民のことでもなく、兄上でもなく、他の誰でもない俺のことをを気にするのは、初めてじゃないか?」
「えっ! そ、そうでしょうか?」
「ああ」
ザカリア様は私の銀色の髪を一房手に取り、髪に口づけた。
「セレーネ。では、俺の妻になり、家族として生きていただけますか?」
「ザカリア様の妻……」
顔が赤くなるのが、わかった。
こんな気持ちは生まれて初めてで、言葉がすぐに出なかった。
「返事は?」
「あ、あのっ……」
もう答えを言ったも同然なのに、ザカリア様はさらに続けた。
「セレーネの気持ちを読んだ」
「わ、私の? 私の心をですか!?」
「俺を好きだと言っていた。正解か?」
「……正解です」
心が読めるザカリア様に、嘘も隠し事もできない。
「ザカリア様を愛しています」
素直に自分の気持ちを答えると、ザカリア様は私の髪をするりと手から逃がした。
そして、ザカリア様は私の唇に口づけを落す――美しい夕暮れが王宮を染めた日、私は生涯を共にする人を手に入れたのだった。
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