38 / 43
34 憎しみを越える理由
しおりを挟む
「デルフィーナ! 駄目!」
駆け寄り、必死にデルフィーナの手を掴む。
「セレーネ、手を離して! わたくしはザカリア様を殺さなくてはいけないのっ……」
ザカリア様は、こうなることがわかっていたのか、まったく動じておらず、デルフィーナの短剣をサッと奪った。
「兄上に、俺を殺すよう命じられたか」
「ち、違うわ! ルドヴィク様は関係ないわっ!」
「ジュスト、剣を抜くな。デルフィーナに殺意はない。死ぬために戻ってきただけだ」
暴れていたデルフィーナは、ザカリア様の言葉を聞き、おとなしくなった。
「なぜ、わかったの……」
「渡された睡眠薬を使わなかったからだ。兄上は俺に睡眠薬を飲ませ、確実に殺せと指示した。違うか?」
「まるで、わたくしの心がわかるみたい……いいえ、わかるのね? ロゼッテの力で……」
ザカリア様がロゼッテの力を奪い、心を読めるようになったことに、デルフィーナは気づいたようだ。
殺意がないと言い切れたのも、力を使ったから。
「ロゼッテを王宮から追い出し、王女の地位を奪うために力を失わせたのでしょうっ……! なんてひどいの!」
デルフィーナは床に伏せ、泣き崩れた。
「いいえ。ロゼッテは王女として、王宮で育てます」
「嘘おっしゃい! わたくしがセレーネを虐げたようにロゼッテにも同じことを……!」
私がしないと言っても信じてもらえそうにない。
ザカリア様でも、それは同じ。
どうすれば、わかってもらえるのだろうと、思っていた私たちの前に現れたのは――
「ザカリア様を殺しちゃ絶対ダメだよっ!」
「お母様! ザカリア様を殺さないで!」
ルチアノとロゼッテだった。
困り顔の侍女たちが、二人の後ろをついてきて、私に謝った。
「ルチアノ様が突然、ザカリア様が殺されるって大騒ぎされて……」
「止められず、申し訳ありません」
ロゼッテは泣きながら、デルフィーナに抱きついた。
「おねがい、お母様。死なないで……わたし、わたしっ……いい子にするから……」
「ロゼッテ……」
デルフィーナは泣きじゃくるロゼッテに戸惑っていた。
死を覚悟して、ルドヴィク様の元から王宮へやってきたはずだ。
その覚悟は、ロゼッテを前にして揺らいでいた。
「デルフィーナ。ロゼッテは力を失っている。もうお前には、俺を殺す理由はなくなった」
「わたくしに殺す理由がなくなっても、あなたはこの先、ずっと命を狙われるわ……」
「そうだな」
ザカリア様は、なぜか私のほうを見る。
「どうかされましたか?」
「いや、別に」
隠し事だろうか。
私にデルフィーナの心を読む力はないため、なにを考えていたかわからない。
「それに、セレーネはわたくしを憎んでいるでしょう? そんな相手に我が子を預けられるわけないじゃないのっ!」
デルフィーナは渡さないとばかりに、ロゼッテを抱き締める。
「そうね。デルフィーナの言うとおりよ」
「ほら、ごらんなさいっ!」
「私はあなたに殺されかけたのだから、好きにはなれないわ。それに、七年間、民を虐げ続けたことも赦してない」
デルフィーナは黙った。
私を殺そうとしたのは、すでに二度目である。
そして、荒れ果てた王都――領地の現状を知らなかったとは言わせない。
民も処罰なしでは、納得しないだろう。
「デルフィーナだけでなく、ルドヴィク様にも罰を受けていただきます」
ザカリア様や大臣たちと話し合った結果、ルドヴィク様が退位しても、王族としての権利や財産を与えず、離宮にて過ごすことが決まった。
幽閉に近い生活である。
「そして、デルフィーナ。あなたは修道院へ行き、神に仕え、残りの人生、人々のために尽くしてください」
「わ、わたくしが修道女に……?」
「処刑されなかっただけ、ありがたいと思え。お前は王の弟である俺と、王子、王子の母親の命を狙った罪人だ」
当然、死刑にするべきという声も出た。
けれど、それよりも、デルフィーナは虐げた民への贖罪をしながら、生きたほうがいいと判断した。
「修道院で暮らせば、時々はロゼッテにも会えるわ」
「セレーネ。なぜ、わたくしを殺さないの? わたくしなら殺していたわ!」
夫と王妃の地位を私から奪ったデルフィーナ。
もちろん、過去を思い出して苦しくなる日もある。
けれど、私は――
「あなたを殺さないのは、私がルチアノの母親だからよ」
「母親だから……」
「私にはルチアノがいる。だから、人として恥ずかしいことはできない」
ルチアノは驚いた顔をし、私を見る。
私はルチアノに微笑んだ。
そして――ザカリア様にも。
二人は私から、憎しみの心を消してくれる。
「私が二人を赦せば、ルチアノは、将来きっと思いやりある王になるでしょう。そして、ロゼッテも慈悲のある王女に育つわ」
ルチアノは強くうなずいた。
ロゼッテも涙をぬぐい、うなずく。
「だから、デルフィーナ。あなたはロゼッテに対して、恥ずかしくない生き方を選んで。もう私たちは王妃ではないのだから、自分の意思で選べるはずよ」
お妃候補の時も、王妃になってからも、私は実家の侯爵家やルドヴィク様のことを考え生きてきた。
それは、デルフィーナも同じ。
「お母様、お願い。お父様のように、わたしを捨てないで」
最後はロゼッテの一言が、デルフィーナの心を動かした。
「わかったわ。命まで奪わずにいてくれて……ありがとう、セレーネ」
ロゼッテを抱き締め、デルフィーナは生きるを選んだのだった。
駆け寄り、必死にデルフィーナの手を掴む。
「セレーネ、手を離して! わたくしはザカリア様を殺さなくてはいけないのっ……」
ザカリア様は、こうなることがわかっていたのか、まったく動じておらず、デルフィーナの短剣をサッと奪った。
「兄上に、俺を殺すよう命じられたか」
「ち、違うわ! ルドヴィク様は関係ないわっ!」
「ジュスト、剣を抜くな。デルフィーナに殺意はない。死ぬために戻ってきただけだ」
暴れていたデルフィーナは、ザカリア様の言葉を聞き、おとなしくなった。
「なぜ、わかったの……」
「渡された睡眠薬を使わなかったからだ。兄上は俺に睡眠薬を飲ませ、確実に殺せと指示した。違うか?」
「まるで、わたくしの心がわかるみたい……いいえ、わかるのね? ロゼッテの力で……」
ザカリア様がロゼッテの力を奪い、心を読めるようになったことに、デルフィーナは気づいたようだ。
殺意がないと言い切れたのも、力を使ったから。
「ロゼッテを王宮から追い出し、王女の地位を奪うために力を失わせたのでしょうっ……! なんてひどいの!」
デルフィーナは床に伏せ、泣き崩れた。
「いいえ。ロゼッテは王女として、王宮で育てます」
「嘘おっしゃい! わたくしがセレーネを虐げたようにロゼッテにも同じことを……!」
私がしないと言っても信じてもらえそうにない。
ザカリア様でも、それは同じ。
どうすれば、わかってもらえるのだろうと、思っていた私たちの前に現れたのは――
「ザカリア様を殺しちゃ絶対ダメだよっ!」
「お母様! ザカリア様を殺さないで!」
ルチアノとロゼッテだった。
困り顔の侍女たちが、二人の後ろをついてきて、私に謝った。
「ルチアノ様が突然、ザカリア様が殺されるって大騒ぎされて……」
「止められず、申し訳ありません」
ロゼッテは泣きながら、デルフィーナに抱きついた。
「おねがい、お母様。死なないで……わたし、わたしっ……いい子にするから……」
「ロゼッテ……」
デルフィーナは泣きじゃくるロゼッテに戸惑っていた。
死を覚悟して、ルドヴィク様の元から王宮へやってきたはずだ。
その覚悟は、ロゼッテを前にして揺らいでいた。
「デルフィーナ。ロゼッテは力を失っている。もうお前には、俺を殺す理由はなくなった」
「わたくしに殺す理由がなくなっても、あなたはこの先、ずっと命を狙われるわ……」
「そうだな」
ザカリア様は、なぜか私のほうを見る。
「どうかされましたか?」
「いや、別に」
隠し事だろうか。
私にデルフィーナの心を読む力はないため、なにを考えていたかわからない。
「それに、セレーネはわたくしを憎んでいるでしょう? そんな相手に我が子を預けられるわけないじゃないのっ!」
デルフィーナは渡さないとばかりに、ロゼッテを抱き締める。
「そうね。デルフィーナの言うとおりよ」
「ほら、ごらんなさいっ!」
「私はあなたに殺されかけたのだから、好きにはなれないわ。それに、七年間、民を虐げ続けたことも赦してない」
デルフィーナは黙った。
私を殺そうとしたのは、すでに二度目である。
そして、荒れ果てた王都――領地の現状を知らなかったとは言わせない。
民も処罰なしでは、納得しないだろう。
「デルフィーナだけでなく、ルドヴィク様にも罰を受けていただきます」
ザカリア様や大臣たちと話し合った結果、ルドヴィク様が退位しても、王族としての権利や財産を与えず、離宮にて過ごすことが決まった。
幽閉に近い生活である。
「そして、デルフィーナ。あなたは修道院へ行き、神に仕え、残りの人生、人々のために尽くしてください」
「わ、わたくしが修道女に……?」
「処刑されなかっただけ、ありがたいと思え。お前は王の弟である俺と、王子、王子の母親の命を狙った罪人だ」
当然、死刑にするべきという声も出た。
けれど、それよりも、デルフィーナは虐げた民への贖罪をしながら、生きたほうがいいと判断した。
「修道院で暮らせば、時々はロゼッテにも会えるわ」
「セレーネ。なぜ、わたくしを殺さないの? わたくしなら殺していたわ!」
夫と王妃の地位を私から奪ったデルフィーナ。
もちろん、過去を思い出して苦しくなる日もある。
けれど、私は――
「あなたを殺さないのは、私がルチアノの母親だからよ」
「母親だから……」
「私にはルチアノがいる。だから、人として恥ずかしいことはできない」
ルチアノは驚いた顔をし、私を見る。
私はルチアノに微笑んだ。
そして――ザカリア様にも。
二人は私から、憎しみの心を消してくれる。
「私が二人を赦せば、ルチアノは、将来きっと思いやりある王になるでしょう。そして、ロゼッテも慈悲のある王女に育つわ」
ルチアノは強くうなずいた。
ロゼッテも涙をぬぐい、うなずく。
「だから、デルフィーナ。あなたはロゼッテに対して、恥ずかしくない生き方を選んで。もう私たちは王妃ではないのだから、自分の意思で選べるはずよ」
お妃候補の時も、王妃になってからも、私は実家の侯爵家やルドヴィク様のことを考え生きてきた。
それは、デルフィーナも同じ。
「お母様、お願い。お父様のように、わたしを捨てないで」
最後はロゼッテの一言が、デルフィーナの心を動かした。
「わかったわ。命まで奪わずにいてくれて……ありがとう、セレーネ」
ロゼッテを抱き締め、デルフィーナは生きるを選んだのだった。
154
お気に入りに追加
5,871
あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定


婚約者が義妹を優先するので私も義兄を優先した結果
京佳
恋愛
私の婚約者は私よりも可愛い義妹を大事にする。いつも約束はドタキャンされパーティーのエスコートも義妹を優先する。私はブチ切れお前がその気ならコッチにも考えがある!と義兄にベッタリする事にした。「ずっとお前を愛してた!」義兄は大喜びして私を溺愛し始める。そして私は夜会で婚約者に婚約破棄を告げられたのだけど何故か彼の義妹が顔真っ赤にして怒り出す。
ちんちくりん婚約者&義妹。美形長身モデル体型の義兄。ざまぁ。溺愛ハピエン。ゆるゆる設定。

姉妹差別の末路
京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します!
妹嫌悪。ゆるゆる設定
※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる