上 下
8 / 43

(閑話)国王の裏切り ※ジュスト

しおりを挟む
『ひきこもり殿下』

 王宮では、不名誉な名で呼ばれるザカリア様に仕える自分の名は、ジュストという。
 子供や犬と目が合うと泣かれ(鳴かれ)てしまう男で有名だ。
 ザカリア様の臣下であり、ザカリア様だけに忠誠心を持つ騎士である。

「護衛騎士にもなれるお前が、ひきこもり殿下の臣下とは、どうかしているぞ」
「そうだ。お前なら、国王陛下の護衛騎士になれる。推挙してやるよ」

 飲み友達の王宮騎士たちは、親切のつもりで言ったのだろうが、俺がザカリア様の命を受け、ここにいることを知らない。
 
「いや、結構。俺の主はザカリア様のみ」

 俺が王宮に滞在しているのは、遊びに来ているとでも思っているのだろうか。
 ひきこもり殿下と、馬鹿にするが、王の領地とザカリア様の領地を比較したことがあるかと、一度、彼らに問いかけてみたい。
 王の領地が栄えていないとは言わない。
 だが、昔のままなのだ。
 そこから、なんら変わりなく、人の出入りも一定だ。
 発展のない土地に未来はあるのか――

「ジュストは王弟殿下の世話係のまま終わる気か?」
「お前に王宮の連絡役を任せるような方だぞ?」

 ――世話係。
 
 確かにそうなのだが、ザカリア様の乳母の子として生まれた俺にとって、二つ下のザカリア様は弟のようなものだ。
 悪口を言われると腹が立つ。
 そのため、この後の稽古で剣を交えたなら、間違いなく二人をボコボコにしてしまうだろう。
 いや、しよう。(確定)

「任されるのは、信頼していただいている証拠だ。ザカリア様は守られているだけの陛下とは違う。だからこそ、俺が必要なのだ」

 国王陛下付きの護衛騎士である二人は、面白くないという顔をした。
 剣の腕で、俺に勝てないため、ザカリア様をネタにして、絡んでくるのはわかっていた。
 自分のことならまだ我慢できるのだが、家族同然と思っているザカリア様のことだけは我慢できない。
 
「では、剣の稽古をしよう(よし、叩き潰そう)」
「い、いや、俺は調子が悪くてさ。うっ! 昔の古傷が痛む!」
「俺は剣より、槍のほうが得意だし? ジュストは剣だろ? 武器が違うからな~」

 問答無用、言い訳無用、言うだけなら誰でもできる――二人が意識を失うまで、何度も地面に転がして剣の稽古をしてやった。

 ◇◇◇◇◇

 ――と、まあ、こんな俺だが、ザカリア様の代役で王宮にいるため、国王陛下と口を利くこともある。

「ザカリアはどうしている。相変わらず、領地にいるようだが?」

 国王陛下のルドヴィク様は、遠くを見る能力を持っている。
 だが、それは『見る』だけで、本当に本人かどうかまではわからない。
 例えば、石にそっくりなレプリカを作って、そこに置けば、ルドヴィク様は、疑いもせず『石』だと思う。
 育ちがいいためか、素直な性分だ。

「いつも変わりなく、領地にいらっしゃいます」
「そうか。それならいい」

 本心ではザカリア様のことなど、気にしていない。
 習慣のように尋ねるだけなのだ。
 けれど、セレーネ様は違った。

「ザカリア様に、ご挨拶をしたいのですが、いかがでしょう? 結婚式に出席していただけなくて、とても残念に思っておりますの」

 銀の髪に青い瞳、白い肌、柔らかな声――妖精のようだと評判だ。
 確かに噂通りの美貌であり、近寄りがたいものがある。

「お伝えしておきます」

 セレーネ様は微笑む。
 しかし、どこかお疲れの様子だった。
 こう言ってはなんだが、国王陛下は仕事熱心ではない。
 大臣やセレーネ様の助けによって、国王陛下として、なんとかやっているうというのに、わかっているのだろうか。
 優秀で美しい王妃のおかげで、王家は評判を落とさずに済んでいる。
 国王陛下は午後の仕事より、お茶のほうが大事だ。

「セレーネ。そろそろお茶にしよう」
「ええ」

 セレーネ様は国王陛下の代わりに招待状や手紙を開封し、返事を書いている最中だ。
 
「これだけ書いたら、お茶にしますわ」
「セレーネのために珍しい菓子を取り寄せたというのに……」
「申し訳ありません」
 
 国王陛下は護衛騎士たちと同じような――面白くない顔をして部屋から出ていった。
 もしかすると、セレーネ様の優秀さにコンプレックスを持っているのかもしれない。
 不機嫌になった夫を困った顔で見送り、セレーネ様はため息をついた。

「セレーネ様。無理をなさらないほうがよろしいのでは?」

 そう助言すると、セレーネ様は恥ずかしそうに笑った。

「つい気を抜いてしまいましたわ。王妃としてあるまじきことでした。今のため息は、忘れてくださいね」

 厳しいお妃教育を受けてきたからか、自分が悪いのだと思ってしまうらしい。

「いえ。咎めたのではなく、ただ頑張り過ぎないようにと、申し上げたかったのです。セレーネ様は王妃になられて日も浅いでしょう。お疲れになるのは当然ですよ」
「……そんなふうに、ねぎらわれたのは初めてです」

 セレーネ様は一瞬だったが、表情を崩しかけた。
 けれど、すぐに持ち直し、微笑みを作る。

「だらしない姿をお見せしてしまいました。今後は気をつけます」

 責任感もあり、我慢強い方だと思う――しかし、陛下が面白くない顔をしていたことが気にかかる。
 セレーネ様の頑張りが、悪いほうへ向かなければいいのだが……

 その時は、気にしすぎたかと思っていたが――この予感は的中することになる。

 ◇◇◇◇◇

 まだ、結婚して一年。
 今が一番楽しい時期のはずだ(妻子持ちの飲み友達談)。
 だが、国王陛下はセレーネ様と一緒にいることが少なくなった気がする。
 毎日忙しいセレーネ様は気にしていないようだが、俺は気になっていた。
 セレーネ様は、今日も一人で出かけた。
 そして、視察に戻ったなり、宮廷で大臣たちと話をし、次に貴族たちに挨拶、そして、ようやく今日初めての食事を摂られていた。
 お一人で遅い食事を召し上がっている姿も何度か目にした。

「大丈夫なのだろうか……」

 ――気になって仕方がない。 

「困った」

 今まで、王宮の出来事は、なにが起きても淡々と処理してきた。
 ザカリア様に報告するだけの任務であり、自分から関わる気は一切なかった。
 関わり、ザカリア様に迷惑をかけるようなことだけは、あってはならない。

「そもそも、なにかあってもザカリア様は王宮には絶対来ないだろう」

 俺はザカリア様の乳母の子だ。
 ザカリア様の話し相手として母に連れられて、王宮へやってきた。
 なぜ、平民の俺を、ザカリア様の話し相手にしたか、出会った時にすぐにわかった。
 王の子であるのに、話す相手がいないほど、孤独な環境に置かれていた。
 見かねた俺の母が、俺を話し相手にしたいと王に頼んだほどだ。
 昔を思い出しながら、庭を歩いていると、青い顔をしたセレーネ様が庭の円柱に手をつき、寄りかかっているのが見えた。

「セレーネ様!? 貧血ですか?」
「あ……。いえ、平気です。少したちくらみがしただけで」
「手をお貸しします。そこの長椅子に腰かけてはどうですか」
「ごめんなさい……」

 セレーネ様は椅子に座り、ホッとしたように息を吐く。

「ジュストには、みっともないところばかりお見せして恥ずかしいですわ」
「いえ。気にしておりません。見られたくないのであれば、自分がこちらで見張っておりますから、少しお休みになってから、お戻りください」

 やはり、具合が悪かったのか、セレーネ様は長椅子に座ったまま、動かなかった。
 穏やかな時間が流れ、気がつくと、セレーネ様はぼんやり空を眺めていた。

 ――本当は穏やかな暮らしを望む方なのではないだろうか。

「ジュスト。ザカリア様はどんな方なのかしら?」
「ザカリア様のことでしたら、噂を耳にしていらっしゃるのでは?」
「実際に見たわけではありませんから」

 ――懸命な方だ。
 けれど、ザカリア様に関することは言えない。
 『ひきこもり殿下』でなければならないのだ。
 優秀な王弟など、王にとっては邪魔なだけだ。
 それにザカリア様は、宮廷の権力争いに参加する気はない。
 いつものように『噂通りの方です』と、答えるつもりが、セレーネ様には言えなかった。
 ザカリア様に悪い印象を抱いて欲しくなかった――なぜか。

「噂ほど、不真面目な方ではありません」
「領地を繁栄させていらっしゃるから、本当は真面目な方なのではと思っていました」

 セレーネ様はわかっていたのだ。
 噂とあまりに違うから、俺に確認したのだろう。

「領地にうかがって、ご挨拶しようと考えているのですけれど。ザカリア様は、なにがお好きかしら?」
「ザカリア様は王宮からの贈り物を受け取りません。国王陛下ともお会いにならないでしょう」
「そうですか……。ルドヴィク様の弟でいらっしゃいますし、せめて、ご挨拶だけでもと……」

 ――深く尋ねなかった。
 仲がいい兄弟でないことは有名だ。
 けれど。

「セレーネ様なら、ザカリア様の心を動かせるかもしれませんね」
「心を?」
「あ……いえ、今のは」
「そうですね。ルドヴィク様とザカリア様が無理でも、妻の私だけとでも、連絡をとることができたら、よろしいかもしれません」

 違う、そうじゃなく――いや、俺は今、なにを考えたのだろう。
 セレーネ様が、ザカリア様を救ってくれるのではないかと期待してしまった。
 孤独なザカリア様を。

「セレーネ様。まったく休まれていませんが」
「ジュストと話をして気が休まりました」

 セレーネ様は微笑み立ち上がる。
 その姿は堂々としていて、王妃らしい姿だった。
 
「あなたは立派な王妃だ」

 その背を見つめ、心から思っていた。
 だが――この数日後、国王陛下はセレーネ様を裏切ることになる。
 セレーネ様と妃の座を争った妃候補、デルフィーナを連れてきたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

された事をそのままやり返したら婚約者が壊れた(笑)

京佳
恋愛
浮気する婚約者に堪忍袋の緒がブチ切れた私は彼のした事を真似てやり返してやった。ふん!スッキリしたわ!少しは私の気持ちが分かったかしら?…え?何で泣いてるの?やっぱり男の方が精神も何もかも弱いのね。 同じ事をやり返し。ざまぁ。ゆるゆる設定。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...