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(閑話)国王の裏切り ※ジュスト
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『ひきこもり殿下』
王宮では、不名誉な名で呼ばれるザカリア様に仕える自分の名は、ジュストという。
子供や犬と目が合うと泣かれ(鳴かれ)てしまう男で有名だ。
ザカリア様の臣下であり、ザカリア様だけに忠誠心を持つ騎士である。
「護衛騎士にもなれるお前が、ひきこもり殿下の臣下とは、どうかしているぞ」
「そうだ。お前なら、国王陛下の護衛騎士になれる。推挙してやるよ」
飲み友達の王宮騎士たちは、親切のつもりで言ったのだろうが、俺がザカリア様の命を受け、ここにいることを知らない。
「いや、結構。俺の主はザカリア様のみ」
俺が王宮に滞在しているのは、遊びに来ているとでも思っているのだろうか。
ひきこもり殿下と、馬鹿にするが、王の領地とザカリア様の領地を比較したことがあるかと、一度、彼らに問いかけてみたい。
王の領地が栄えていないとは言わない。
だが、昔のままなのだ。
そこから、なんら変わりなく、人の出入りも一定だ。
発展のない土地に未来はあるのか――
「ジュストは王弟殿下の世話係のまま終わる気か?」
「お前に王宮の連絡役を任せるような方だぞ?」
――世話係。
確かにそうなのだが、ザカリア様の乳母の子として生まれた俺にとって、二つ下のザカリア様は弟のようなものだ。
悪口を言われると腹が立つ。
そのため、この後の稽古で剣を交えたなら、間違いなく二人をボコボコにしてしまうだろう。
いや、しよう。(確定)
「任されるのは、信頼していただいている証拠だ。ザカリア様は守られているだけの陛下とは違う。だからこそ、俺が必要なのだ」
国王陛下付きの護衛騎士である二人は、面白くないという顔をした。
剣の腕で、俺に勝てないため、ザカリア様をネタにして、絡んでくるのはわかっていた。
自分のことならまだ我慢できるのだが、家族同然と思っているザカリア様のことだけは我慢できない。
「では、剣の稽古をしよう(よし、叩き潰そう)」
「い、いや、俺は調子が悪くてさ。うっ! 昔の古傷が痛む!」
「俺は剣より、槍のほうが得意だし? ジュストは剣だろ? 武器が違うからな~」
問答無用、言い訳無用、言うだけなら誰でもできる――二人が意識を失うまで、何度も地面に転がして剣の稽古をしてやった。
◇◇◇◇◇
――と、まあ、こんな俺だが、ザカリア様の代役で王宮にいるため、国王陛下と口を利くこともある。
「ザカリアはどうしている。相変わらず、領地にいるようだが?」
国王陛下のルドヴィク様は、遠くを見る能力を持っている。
だが、それは『見る』だけで、本当に本人かどうかまではわからない。
例えば、石にそっくりなレプリカを作って、そこに置けば、ルドヴィク様は、疑いもせず『石』だと思う。
育ちがいいためか、素直な性分だ。
「いつも変わりなく、領地にいらっしゃいます」
「そうか。それならいい」
本心ではザカリア様のことなど、気にしていない。
習慣のように尋ねるだけなのだ。
けれど、セレーネ様は違った。
「ザカリア様に、ご挨拶をしたいのですが、いかがでしょう? 結婚式に出席していただけなくて、とても残念に思っておりますの」
銀の髪に青い瞳、白い肌、柔らかな声――妖精のようだと評判だ。
確かに噂通りの美貌であり、近寄りがたいものがある。
「お伝えしておきます」
セレーネ様は微笑む。
しかし、どこかお疲れの様子だった。
こう言ってはなんだが、国王陛下は仕事熱心ではない。
大臣やセレーネ様の助けによって、国王陛下として、なんとかやっているうというのに、わかっているのだろうか。
優秀で美しい王妃のおかげで、王家は評判を落とさずに済んでいる。
国王陛下は午後の仕事より、お茶のほうが大事だ。
「セレーネ。そろそろお茶にしよう」
「ええ」
セレーネ様は国王陛下の代わりに招待状や手紙を開封し、返事を書いている最中だ。
「これだけ書いたら、お茶にしますわ」
「セレーネのために珍しい菓子を取り寄せたというのに……」
「申し訳ありません」
国王陛下は護衛騎士たちと同じような――面白くない顔をして部屋から出ていった。
もしかすると、セレーネ様の優秀さにコンプレックスを持っているのかもしれない。
不機嫌になった夫を困った顔で見送り、セレーネ様はため息をついた。
「セレーネ様。無理をなさらないほうがよろしいのでは?」
そう助言すると、セレーネ様は恥ずかしそうに笑った。
「つい気を抜いてしまいましたわ。王妃としてあるまじきことでした。今のため息は、忘れてくださいね」
厳しいお妃教育を受けてきたからか、自分が悪いのだと思ってしまうらしい。
「いえ。咎めたのではなく、ただ頑張り過ぎないようにと、申し上げたかったのです。セレーネ様は王妃になられて日も浅いでしょう。お疲れになるのは当然ですよ」
「……そんなふうに、ねぎらわれたのは初めてです」
セレーネ様は一瞬だったが、表情を崩しかけた。
けれど、すぐに持ち直し、微笑みを作る。
「だらしない姿をお見せしてしまいました。今後は気をつけます」
責任感もあり、我慢強い方だと思う――しかし、陛下が面白くない顔をしていたことが気にかかる。
セレーネ様の頑張りが、悪いほうへ向かなければいいのだが……
その時は、気にしすぎたかと思っていたが――この予感は的中することになる。
◇◇◇◇◇
まだ、結婚して一年。
今が一番楽しい時期のはずだ(妻子持ちの飲み友達談)。
だが、国王陛下はセレーネ様と一緒にいることが少なくなった気がする。
毎日忙しいセレーネ様は気にしていないようだが、俺は気になっていた。
セレーネ様は、今日も一人で出かけた。
そして、視察に戻ったなり、宮廷で大臣たちと話をし、次に貴族たちに挨拶、そして、ようやく今日初めての食事を摂られていた。
お一人で遅い食事を召し上がっている姿も何度か目にした。
「大丈夫なのだろうか……」
――気になって仕方がない。
「困った」
今まで、王宮の出来事は、なにが起きても淡々と処理してきた。
ザカリア様に報告するだけの任務であり、自分から関わる気は一切なかった。
関わり、ザカリア様に迷惑をかけるようなことだけは、あってはならない。
「そもそも、なにかあってもザカリア様は王宮には絶対来ないだろう」
俺はザカリア様の乳母の子だ。
ザカリア様の話し相手として母に連れられて、王宮へやってきた。
なぜ、平民の俺を、ザカリア様の話し相手にしたか、出会った時にすぐにわかった。
王の子であるのに、話す相手がいないほど、孤独な環境に置かれていた。
見かねた俺の母が、俺を話し相手にしたいと王に頼んだほどだ。
昔を思い出しながら、庭を歩いていると、青い顔をしたセレーネ様が庭の円柱に手をつき、寄りかかっているのが見えた。
「セレーネ様!? 貧血ですか?」
「あ……。いえ、平気です。少したちくらみがしただけで」
「手をお貸しします。そこの長椅子に腰かけてはどうですか」
「ごめんなさい……」
セレーネ様は椅子に座り、ホッとしたように息を吐く。
「ジュストには、みっともないところばかりお見せして恥ずかしいですわ」
「いえ。気にしておりません。見られたくないのであれば、自分がこちらで見張っておりますから、少しお休みになってから、お戻りください」
やはり、具合が悪かったのか、セレーネ様は長椅子に座ったまま、動かなかった。
穏やかな時間が流れ、気がつくと、セレーネ様はぼんやり空を眺めていた。
――本当は穏やかな暮らしを望む方なのではないだろうか。
「ジュスト。ザカリア様はどんな方なのかしら?」
「ザカリア様のことでしたら、噂を耳にしていらっしゃるのでは?」
「実際に見たわけではありませんから」
――懸命な方だ。
けれど、ザカリア様に関することは言えない。
『ひきこもり殿下』でなければならないのだ。
優秀な王弟など、王にとっては邪魔なだけだ。
それにザカリア様は、宮廷の権力争いに参加する気はない。
いつものように『噂通りの方です』と、答えるつもりが、セレーネ様には言えなかった。
ザカリア様に悪い印象を抱いて欲しくなかった――なぜか。
「噂ほど、不真面目な方ではありません」
「領地を繁栄させていらっしゃるから、本当は真面目な方なのではと思っていました」
セレーネ様はわかっていたのだ。
噂とあまりに違うから、俺に確認したのだろう。
「領地にうかがって、ご挨拶しようと考えているのですけれど。ザカリア様は、なにがお好きかしら?」
「ザカリア様は王宮からの贈り物を受け取りません。国王陛下ともお会いにならないでしょう」
「そうですか……。ルドヴィク様の弟でいらっしゃいますし、せめて、ご挨拶だけでもと……」
――深く尋ねなかった。
仲がいい兄弟でないことは有名だ。
けれど。
「セレーネ様なら、ザカリア様の心を動かせるかもしれませんね」
「心を?」
「あ……いえ、今のは」
「そうですね。ルドヴィク様とザカリア様が無理でも、妻の私だけとでも、連絡をとることができたら、よろしいかもしれません」
違う、そうじゃなく――いや、俺は今、なにを考えたのだろう。
セレーネ様が、ザカリア様を救ってくれるのではないかと期待してしまった。
孤独なザカリア様を。
「セレーネ様。まったく休まれていませんが」
「ジュストと話をして気が休まりました」
セレーネ様は微笑み立ち上がる。
その姿は堂々としていて、王妃らしい姿だった。
「あなたは立派な王妃だ」
その背を見つめ、心から思っていた。
だが――この数日後、国王陛下はセレーネ様を裏切ることになる。
セレーネ様と妃の座を争った妃候補、デルフィーナを連れてきたのだった。
王宮では、不名誉な名で呼ばれるザカリア様に仕える自分の名は、ジュストという。
子供や犬と目が合うと泣かれ(鳴かれ)てしまう男で有名だ。
ザカリア様の臣下であり、ザカリア様だけに忠誠心を持つ騎士である。
「護衛騎士にもなれるお前が、ひきこもり殿下の臣下とは、どうかしているぞ」
「そうだ。お前なら、国王陛下の護衛騎士になれる。推挙してやるよ」
飲み友達の王宮騎士たちは、親切のつもりで言ったのだろうが、俺がザカリア様の命を受け、ここにいることを知らない。
「いや、結構。俺の主はザカリア様のみ」
俺が王宮に滞在しているのは、遊びに来ているとでも思っているのだろうか。
ひきこもり殿下と、馬鹿にするが、王の領地とザカリア様の領地を比較したことがあるかと、一度、彼らに問いかけてみたい。
王の領地が栄えていないとは言わない。
だが、昔のままなのだ。
そこから、なんら変わりなく、人の出入りも一定だ。
発展のない土地に未来はあるのか――
「ジュストは王弟殿下の世話係のまま終わる気か?」
「お前に王宮の連絡役を任せるような方だぞ?」
――世話係。
確かにそうなのだが、ザカリア様の乳母の子として生まれた俺にとって、二つ下のザカリア様は弟のようなものだ。
悪口を言われると腹が立つ。
そのため、この後の稽古で剣を交えたなら、間違いなく二人をボコボコにしてしまうだろう。
いや、しよう。(確定)
「任されるのは、信頼していただいている証拠だ。ザカリア様は守られているだけの陛下とは違う。だからこそ、俺が必要なのだ」
国王陛下付きの護衛騎士である二人は、面白くないという顔をした。
剣の腕で、俺に勝てないため、ザカリア様をネタにして、絡んでくるのはわかっていた。
自分のことならまだ我慢できるのだが、家族同然と思っているザカリア様のことだけは我慢できない。
「では、剣の稽古をしよう(よし、叩き潰そう)」
「い、いや、俺は調子が悪くてさ。うっ! 昔の古傷が痛む!」
「俺は剣より、槍のほうが得意だし? ジュストは剣だろ? 武器が違うからな~」
問答無用、言い訳無用、言うだけなら誰でもできる――二人が意識を失うまで、何度も地面に転がして剣の稽古をしてやった。
◇◇◇◇◇
――と、まあ、こんな俺だが、ザカリア様の代役で王宮にいるため、国王陛下と口を利くこともある。
「ザカリアはどうしている。相変わらず、領地にいるようだが?」
国王陛下のルドヴィク様は、遠くを見る能力を持っている。
だが、それは『見る』だけで、本当に本人かどうかまではわからない。
例えば、石にそっくりなレプリカを作って、そこに置けば、ルドヴィク様は、疑いもせず『石』だと思う。
育ちがいいためか、素直な性分だ。
「いつも変わりなく、領地にいらっしゃいます」
「そうか。それならいい」
本心ではザカリア様のことなど、気にしていない。
習慣のように尋ねるだけなのだ。
けれど、セレーネ様は違った。
「ザカリア様に、ご挨拶をしたいのですが、いかがでしょう? 結婚式に出席していただけなくて、とても残念に思っておりますの」
銀の髪に青い瞳、白い肌、柔らかな声――妖精のようだと評判だ。
確かに噂通りの美貌であり、近寄りがたいものがある。
「お伝えしておきます」
セレーネ様は微笑む。
しかし、どこかお疲れの様子だった。
こう言ってはなんだが、国王陛下は仕事熱心ではない。
大臣やセレーネ様の助けによって、国王陛下として、なんとかやっているうというのに、わかっているのだろうか。
優秀で美しい王妃のおかげで、王家は評判を落とさずに済んでいる。
国王陛下は午後の仕事より、お茶のほうが大事だ。
「セレーネ。そろそろお茶にしよう」
「ええ」
セレーネ様は国王陛下の代わりに招待状や手紙を開封し、返事を書いている最中だ。
「これだけ書いたら、お茶にしますわ」
「セレーネのために珍しい菓子を取り寄せたというのに……」
「申し訳ありません」
国王陛下は護衛騎士たちと同じような――面白くない顔をして部屋から出ていった。
もしかすると、セレーネ様の優秀さにコンプレックスを持っているのかもしれない。
不機嫌になった夫を困った顔で見送り、セレーネ様はため息をついた。
「セレーネ様。無理をなさらないほうがよろしいのでは?」
そう助言すると、セレーネ様は恥ずかしそうに笑った。
「つい気を抜いてしまいましたわ。王妃としてあるまじきことでした。今のため息は、忘れてくださいね」
厳しいお妃教育を受けてきたからか、自分が悪いのだと思ってしまうらしい。
「いえ。咎めたのではなく、ただ頑張り過ぎないようにと、申し上げたかったのです。セレーネ様は王妃になられて日も浅いでしょう。お疲れになるのは当然ですよ」
「……そんなふうに、ねぎらわれたのは初めてです」
セレーネ様は一瞬だったが、表情を崩しかけた。
けれど、すぐに持ち直し、微笑みを作る。
「だらしない姿をお見せしてしまいました。今後は気をつけます」
責任感もあり、我慢強い方だと思う――しかし、陛下が面白くない顔をしていたことが気にかかる。
セレーネ様の頑張りが、悪いほうへ向かなければいいのだが……
その時は、気にしすぎたかと思っていたが――この予感は的中することになる。
◇◇◇◇◇
まだ、結婚して一年。
今が一番楽しい時期のはずだ(妻子持ちの飲み友達談)。
だが、国王陛下はセレーネ様と一緒にいることが少なくなった気がする。
毎日忙しいセレーネ様は気にしていないようだが、俺は気になっていた。
セレーネ様は、今日も一人で出かけた。
そして、視察に戻ったなり、宮廷で大臣たちと話をし、次に貴族たちに挨拶、そして、ようやく今日初めての食事を摂られていた。
お一人で遅い食事を召し上がっている姿も何度か目にした。
「大丈夫なのだろうか……」
――気になって仕方がない。
「困った」
今まで、王宮の出来事は、なにが起きても淡々と処理してきた。
ザカリア様に報告するだけの任務であり、自分から関わる気は一切なかった。
関わり、ザカリア様に迷惑をかけるようなことだけは、あってはならない。
「そもそも、なにかあってもザカリア様は王宮には絶対来ないだろう」
俺はザカリア様の乳母の子だ。
ザカリア様の話し相手として母に連れられて、王宮へやってきた。
なぜ、平民の俺を、ザカリア様の話し相手にしたか、出会った時にすぐにわかった。
王の子であるのに、話す相手がいないほど、孤独な環境に置かれていた。
見かねた俺の母が、俺を話し相手にしたいと王に頼んだほどだ。
昔を思い出しながら、庭を歩いていると、青い顔をしたセレーネ様が庭の円柱に手をつき、寄りかかっているのが見えた。
「セレーネ様!? 貧血ですか?」
「あ……。いえ、平気です。少したちくらみがしただけで」
「手をお貸しします。そこの長椅子に腰かけてはどうですか」
「ごめんなさい……」
セレーネ様は椅子に座り、ホッとしたように息を吐く。
「ジュストには、みっともないところばかりお見せして恥ずかしいですわ」
「いえ。気にしておりません。見られたくないのであれば、自分がこちらで見張っておりますから、少しお休みになってから、お戻りください」
やはり、具合が悪かったのか、セレーネ様は長椅子に座ったまま、動かなかった。
穏やかな時間が流れ、気がつくと、セレーネ様はぼんやり空を眺めていた。
――本当は穏やかな暮らしを望む方なのではないだろうか。
「ジュスト。ザカリア様はどんな方なのかしら?」
「ザカリア様のことでしたら、噂を耳にしていらっしゃるのでは?」
「実際に見たわけではありませんから」
――懸命な方だ。
けれど、ザカリア様に関することは言えない。
『ひきこもり殿下』でなければならないのだ。
優秀な王弟など、王にとっては邪魔なだけだ。
それにザカリア様は、宮廷の権力争いに参加する気はない。
いつものように『噂通りの方です』と、答えるつもりが、セレーネ様には言えなかった。
ザカリア様に悪い印象を抱いて欲しくなかった――なぜか。
「噂ほど、不真面目な方ではありません」
「領地を繁栄させていらっしゃるから、本当は真面目な方なのではと思っていました」
セレーネ様はわかっていたのだ。
噂とあまりに違うから、俺に確認したのだろう。
「領地にうかがって、ご挨拶しようと考えているのですけれど。ザカリア様は、なにがお好きかしら?」
「ザカリア様は王宮からの贈り物を受け取りません。国王陛下ともお会いにならないでしょう」
「そうですか……。ルドヴィク様の弟でいらっしゃいますし、せめて、ご挨拶だけでもと……」
――深く尋ねなかった。
仲がいい兄弟でないことは有名だ。
けれど。
「セレーネ様なら、ザカリア様の心を動かせるかもしれませんね」
「心を?」
「あ……いえ、今のは」
「そうですね。ルドヴィク様とザカリア様が無理でも、妻の私だけとでも、連絡をとることができたら、よろしいかもしれません」
違う、そうじゃなく――いや、俺は今、なにを考えたのだろう。
セレーネ様が、ザカリア様を救ってくれるのではないかと期待してしまった。
孤独なザカリア様を。
「セレーネ様。まったく休まれていませんが」
「ジュストと話をして気が休まりました」
セレーネ様は微笑み立ち上がる。
その姿は堂々としていて、王妃らしい姿だった。
「あなたは立派な王妃だ」
その背を見つめ、心から思っていた。
だが――この数日後、国王陛下はセレーネ様を裏切ることになる。
セレーネ様と妃の座を争った妃候補、デルフィーナを連れてきたのだった。
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