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39 ずっと待っていた
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私とザカリア様が結婚することを告げた。
結婚を一番喜んだのは、ルチアノだった。
「ぼくねぇ、弟と妹が欲しい!」
侍女たちと兵士たちは笑い、ジュストは慌てるザカリア様を見て、苦笑した。
「ザカリア様をお父様って、呼んでもいいってことだよね?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、お、お父様……」
ルチアノは恥ずかしそうにザカリア様を『お父様』と呼んだ。
「ぼくね、ザカリア様のこと、ずっとお父様って呼びたかった」
「待たせて悪かった」
「ううん。ジュストから聞いてたからだいじょうぶ!」
「ジュストから?」
じろりとザカリア様は、ジュストを睨んだ。
「いずれ、ザカリア様がお父様になってくださいますよと、言っただけですよ」
「お前は油断も隙もないな。なにを吹き込んでいるんだ」
「その通りになったじゃないですか」
ジュストは周りから固める作戦だったのだろうか。
けれど、ザカリア様の幸せを祈ってのことだったのは確かだ。
それをザカリア様もわかっているから、怒らなかった。
「ルチアノ様のお妃候補も選ばねばなりませんな!」
「即位式にあわせて、同じ年頃の令嬢を招待しましょう」
大臣たちが集まり、相談を始めた。
私が断ろうと口を開いたその時――
「自分の結婚相手は自分で選ぶよ。だから、お妃候補はいらない」
ルチアノは驚く大臣たちに、天使のような微笑みを浮かべて言った。
「ザカリア様みたいに……お父様みたいに、自分で考えて大好きな人と、結婚したい!」
王家の慣例うんぬんを大臣たちは説明しようとしても、ルチアノのキラキラした純真な目に負け、さすがの大臣たちも返答に困った様子で、額に浮かんだ汗をぬぐう。
「しかし……。ルチアノ様に見合った方がよいかと」
「王の妻は妃になるということですぞ?」
大臣たちは、なんとかルチアノを説得しようと試みる。
「知ってるよ」
そうでしょうね、という空気が流れた。
「妃となると、重責です」
「ルチアノ様には幼い時から、妃教育を授けた相手のほうがよろしいかと」
ルチアノを言いくるめようとしている大臣たちを見て、やんわり窘めた。
「ご心配なく。ルチアノなら、自分で素敵な相手を見つけられますわ。自分で考えられるよう育てましたから」
私が味方にならないと知って、大臣たちは苦い表情を浮かべた。
「妃候補は大臣が選ぶとなっております。セレーネが様もそうやって、妃になられた」
「ええ。存じております。だからこそ、その慣習をやめましょうと言っているのです」
「そうだよ。ぼくは大臣たちが選んだ人なんて、ぜったい、いやだよ」
きっぱりルチアノから断られ、大臣たちは口ごもった。
今まで、王子から妃選びを断られた例はなかったのだろう。
王宮の外で自由に育ち、自分で考える力を身に付けたルチアノ。
ルチアノは、この国の新しい王としての姿を見せ、この国を治めていくだろう。
そして――
「ロゼッテ様、お待ちください!」
ジュストがロゼッテを追いかけ、『危ないですよ』を連呼していた。
「ロゼッテ。ジュストを困らせてはいけないわ」
「困らせてなんていません。私、ジュストに剣を教わっていますの」
ロゼッテは誇らしげな顔をし、子供用の剣を手にしている。
これはルチアノの影響だろうか……
「私、ジュストみたいな騎士になることに決めたの。女騎士よ! それで、将来はルチアノを守るの!」
「まあ、頼もしいわ」
「止めてください! セレーネ様! ロゼッテ様は王女なんですから、女騎士などと、とんでもありません!」
ジュストとしては、ロゼッテを淑女にしたいのだろうけど、ジュストに憧れているなら、騎士になりたい気持ちもわかる。
思えば、デルフィーナも活発な少女だった。
家に縛られることなく、お妃候補に選ばれなかったら、自分の好きなように生きれたはずだ。
ロゼッテのように女騎士を目指していたかもしれない。
「ジュスト。これでよろしいのです。子供たちがやりたいと言っているのを止めて、可能性を摘むのはやめましょう」
ほらねっと、ロゼッテはジュストに得意気な顔をしてみせた。
「でもね、ロゼッテ。だからといって、淑女のためのマナーをおろそかにしてはいけませんよ? 剣をやるのと同じくらい他のことも頑張るのよ?」
「はいっ!」
剣の稽古を許されて嬉しかったのか、ロゼッテは元気な返事をした。
ジュストは肩を落とし、ザカリア様に助け船を求めていた。
「ジュスト。剣を教えてやれ」
「いいですけど、領地に戻るまでですからね」
「はーい」
「ぼくも!」
歴代で一番、賑やかな王宮になりそうだ。
ロゼッテがルチアノに言う。
「あのね、ルチアノ。お父様とお母様に会う時、ついてきてほしいの」
「うん。いいよ」
ロゼッテは心の傷のためか、一人で両親に会いに行くことが怖いようだった。
離宮で静養しているルドヴィク様は、一命をとりとめたものの、体がうまく動かせなくなった。
修道院にいるデルフィーナは、貧しい人々に食事を持っていったり、病気の人の世話をするなど、修道女として頑張っているそうだ。
「寂しくなったら、ロゼッテのお母様やお父様の姿をぼくが見て、伝えてあげるよ」
「ありがとう、ルチアノ」
子供たち二人は、そんな会話をしていた。
「ルチアノは本当にしっかりした子に育ったな。後見人が必要か?」
「ザカリア様が必要ですわ」
「なるほど」
後見人ではないあなたも――死ぬまで、お互いが必要です。
そう心の中で私が言うと、ザカリア様が微笑み、手を取る。
あの日、王宮から私を連れ出したのと、同じ手を私は再び握りしめた。
今度は逃げるためではなく、共に歩むために。
――この手をずっと待っていた。
【了】
結婚を一番喜んだのは、ルチアノだった。
「ぼくねぇ、弟と妹が欲しい!」
侍女たちと兵士たちは笑い、ジュストは慌てるザカリア様を見て、苦笑した。
「ザカリア様をお父様って、呼んでもいいってことだよね?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、お、お父様……」
ルチアノは恥ずかしそうにザカリア様を『お父様』と呼んだ。
「ぼくね、ザカリア様のこと、ずっとお父様って呼びたかった」
「待たせて悪かった」
「ううん。ジュストから聞いてたからだいじょうぶ!」
「ジュストから?」
じろりとザカリア様は、ジュストを睨んだ。
「いずれ、ザカリア様がお父様になってくださいますよと、言っただけですよ」
「お前は油断も隙もないな。なにを吹き込んでいるんだ」
「その通りになったじゃないですか」
ジュストは周りから固める作戦だったのだろうか。
けれど、ザカリア様の幸せを祈ってのことだったのは確かだ。
それをザカリア様もわかっているから、怒らなかった。
「ルチアノ様のお妃候補も選ばねばなりませんな!」
「即位式にあわせて、同じ年頃の令嬢を招待しましょう」
大臣たちが集まり、相談を始めた。
私が断ろうと口を開いたその時――
「自分の結婚相手は自分で選ぶよ。だから、お妃候補はいらない」
ルチアノは驚く大臣たちに、天使のような微笑みを浮かべて言った。
「ザカリア様みたいに……お父様みたいに、自分で考えて大好きな人と、結婚したい!」
王家の慣例うんぬんを大臣たちは説明しようとしても、ルチアノのキラキラした純真な目に負け、さすがの大臣たちも返答に困った様子で、額に浮かんだ汗をぬぐう。
「しかし……。ルチアノ様に見合った方がよいかと」
「王の妻は妃になるということですぞ?」
大臣たちは、なんとかルチアノを説得しようと試みる。
「知ってるよ」
そうでしょうね、という空気が流れた。
「妃となると、重責です」
「ルチアノ様には幼い時から、妃教育を授けた相手のほうがよろしいかと」
ルチアノを言いくるめようとしている大臣たちを見て、やんわり窘めた。
「ご心配なく。ルチアノなら、自分で素敵な相手を見つけられますわ。自分で考えられるよう育てましたから」
私が味方にならないと知って、大臣たちは苦い表情を浮かべた。
「妃候補は大臣が選ぶとなっております。セレーネが様もそうやって、妃になられた」
「ええ。存じております。だからこそ、その慣習をやめましょうと言っているのです」
「そうだよ。ぼくは大臣たちが選んだ人なんて、ぜったい、いやだよ」
きっぱりルチアノから断られ、大臣たちは口ごもった。
今まで、王子から妃選びを断られた例はなかったのだろう。
王宮の外で自由に育ち、自分で考える力を身に付けたルチアノ。
ルチアノは、この国の新しい王としての姿を見せ、この国を治めていくだろう。
そして――
「ロゼッテ様、お待ちください!」
ジュストがロゼッテを追いかけ、『危ないですよ』を連呼していた。
「ロゼッテ。ジュストを困らせてはいけないわ」
「困らせてなんていません。私、ジュストに剣を教わっていますの」
ロゼッテは誇らしげな顔をし、子供用の剣を手にしている。
これはルチアノの影響だろうか……
「私、ジュストみたいな騎士になることに決めたの。女騎士よ! それで、将来はルチアノを守るの!」
「まあ、頼もしいわ」
「止めてください! セレーネ様! ロゼッテ様は王女なんですから、女騎士などと、とんでもありません!」
ジュストとしては、ロゼッテを淑女にしたいのだろうけど、ジュストに憧れているなら、騎士になりたい気持ちもわかる。
思えば、デルフィーナも活発な少女だった。
家に縛られることなく、お妃候補に選ばれなかったら、自分の好きなように生きれたはずだ。
ロゼッテのように女騎士を目指していたかもしれない。
「ジュスト。これでよろしいのです。子供たちがやりたいと言っているのを止めて、可能性を摘むのはやめましょう」
ほらねっと、ロゼッテはジュストに得意気な顔をしてみせた。
「でもね、ロゼッテ。だからといって、淑女のためのマナーをおろそかにしてはいけませんよ? 剣をやるのと同じくらい他のことも頑張るのよ?」
「はいっ!」
剣の稽古を許されて嬉しかったのか、ロゼッテは元気な返事をした。
ジュストは肩を落とし、ザカリア様に助け船を求めていた。
「ジュスト。剣を教えてやれ」
「いいですけど、領地に戻るまでですからね」
「はーい」
「ぼくも!」
歴代で一番、賑やかな王宮になりそうだ。
ロゼッテがルチアノに言う。
「あのね、ルチアノ。お父様とお母様に会う時、ついてきてほしいの」
「うん。いいよ」
ロゼッテは心の傷のためか、一人で両親に会いに行くことが怖いようだった。
離宮で静養しているルドヴィク様は、一命をとりとめたものの、体がうまく動かせなくなった。
修道院にいるデルフィーナは、貧しい人々に食事を持っていったり、病気の人の世話をするなど、修道女として頑張っているそうだ。
「寂しくなったら、ロゼッテのお母様やお父様の姿をぼくが見て、伝えてあげるよ」
「ありがとう、ルチアノ」
子供たち二人は、そんな会話をしていた。
「ルチアノは本当にしっかりした子に育ったな。後見人が必要か?」
「ザカリア様が必要ですわ」
「なるほど」
後見人ではないあなたも――死ぬまで、お互いが必要です。
そう心の中で私が言うと、ザカリア様が微笑み、手を取る。
あの日、王宮から私を連れ出したのと、同じ手を私は再び握りしめた。
今度は逃げるためではなく、共に歩むために。
――この手をずっと待っていた。
【了】
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