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32 殺害計画 ※デルフィーナ

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『ルドヴィク様が、ロゼッテを引き取ることを拒否した』――あれは、セレーネの嘘だったのだ。

「わたくしが、そんな嘘にだまされるとでも思っているのかしら」

 セレーネは、ルドヴィク様が自分より、わたくしを愛していたとわかって、嫉妬したに決まっている。
 ルドヴィク様はわたくしを助けるため、王宮に来てくれたのだから!
 七年前、セレーネを助けなかったルドヴィク様は、わたくしを助けたのよ。
 これが、愛の証拠でなくて、なんだというのだろうか。

 ――七年間の絆は固いようね。

 セレーネが埋められない七年間の絆。
 それを今、実感していた。

「ルドヴィク様、ありがとうございます。わたくし、心細くてしかたありませんでしたわ。牢屋の床は冷たいし、食事は質素だし、ドレスは一日一度しか着替えられなくて、最悪の待遇でしたのよ」
「そうか」

 熱のないルドヴィク様の返事に違和感を抱いた。
 無事の再会に感動し、抱擁するはずが、そんな空気にはならなかった。

「ルドヴィク様……?」
「お前をここに連れてきたのには、理由がある」
「わかっていますわ。ロゼッテを取り戻し、三人で王宮へ戻ろうと画策なさっているのでしょ?」

 奪われてしまったロゼッテ。
 でも、国王陛下であるルドヴィク様が命じたなら、ロゼッテを簡単に取り返せる。
 それに、あの子の力さえあれば、王宮へ返り咲くチャンスを何度だって作れるのよ――! 

「違う」
「え? 違う……?」

 ルドヴィク様の口から出た言葉は、わたくしが考えていたものと、まったく違っていた。

「セレーネとルチアノの三人で暮らすつもりだ」
「え……? セレーネ? ルチアノ? い、今、なんておっしゃいましたの?」
「聞こえなかったか? セレーネを俺の妻に戻し、王妃の位を授け、ルチアノを次の王として育てる」

 それは、わたくしとロゼッテを捨てるということ。
 呆然とし、ルドヴィク様を見つめていると、血のように赤いワインを杯に注ぎ、わたくしに差し出した。

「デルフィーナ。お前も飲むか?」

 ルドヴィク様は自分の言葉が、わたくしをどれほど傷つけたか気づいていない。

「い、いえ……。けっこうですわ……」

 怒りからなのか、悲しかったからなのか――声が震えた。
 これは、セレーネが、わたくしにルドヴィク様を奪われた時と同じ状況だ。
 あの日、セレーネは無様に泣いたりしなかった。
 同じ立場になり、その理由がようやく理解できた。
 起きていることに対して、感情が追い付かないのだ。

「残念だな。このワインはうまいぞ。俺とセレーネが出会った年のワインだ」

 酔っているのか、ルドヴィク様は機嫌がいい。
 ここまでされても、わたくしは自分が捨てられていないと信じたかった。
 
「もしかして、これは……セレーネの復讐……?」

 わたくしのつぶやきを聞いたルドヴィク様が、鼻先で笑い飛ばした。

「セレーネが相当の頑固者で困っている。王妃にしてやると、俺が言っても、うんと言わないのだ」

 捨てられる者の気持ちが、ルドヴィク様には理解できないようだ。

 ――もう、セレーネはルドヴィク様を愛していない。

 わたくしにでさえ、わかる。
 それなのに、ルドヴィク様は復縁できると信じているのだ。

「ザカリアが邪魔だ」

 ルドヴィク様は、ワインを飲み干し、からになったワイングラスを傾けた。
 そして、わたくしに言った。

「デルフィーナ。お前には特別に、あいつの力を教えてやろう。ザカリアの力は人の力を奪い、自分のものにしてしまう力だ。ロゼッテが危険ではないか?」
「そんな力を!?」

 役立たずな力だと聞いていた。
 けれど、今となっては危険な力だ。

「ロゼッテが王宮で暮らせるのは、王の子の力を持っているからだろうな。力を失えば、ザカリアたちはロゼッテを修道院にでも入れて、知らん顔するつもりだろう」

 ルドヴィク様は酔っているのか、いつも以上に多弁だった。

「お前のせいで、今のロゼッテは罪人の子だ。どうとでもできる」
「わ、わたくしのせいで、ロゼッテが……」
「そうだ。お前のせいだ」

 王子一派に毒殺未遂事件を起こした罪人。
 それが、わたくし――
 ルドヴィク様は、ルチアノを次の王と決めていて、ロゼッテのことなど、どうでもいいのだ。
 わたくしだけでも、ロゼッテを守らなくては。

「デルフィーナ。お前にしてやれるのは、これくらいだ」

 わたくしの前に、短剣が一本と睡眠薬が入った瓶が一本。
 王宮へ戻り、ザカリア様を殺害しろと、ルドヴィク様は言っているのと同じ。
 自分が罪に問われたくないため、絶対に口には出さない。
 ルドヴィク様は、わたくしを助けたのではなかった。
 わたくしのロゼッテを思う気持ちを利用し、ザカリア様を殺害させるためだけに、牢から連れ出したのだ。

「もしもの話だがな。お前になにかあれば、ロゼッテのことは、俺が面倒をみてやろう」
「ロゼッテの面倒を……」
「もちろん。お前がいなくなったらの話だが」

 ――ルドヴィク様は、最後までわたくしを愛してくださらなかった。

 絶望の中、渡された短剣と睡眠薬を受け取った。
 ザカリア様を殺したなら、わたくしは死刑になるだろう。
 それでも、ロゼッテだけは守りたい。

「わかりました……。ルドヴィク様。最後にワインで乾杯しましょう。わたくしがワインを選んでも?」
「もちろんだ。お前の好きな酒を選んでいいぞ」
「ええ」

 わたくしが別れの日に選んだワインは、王妃になった年のもの。
 ルドヴィク様が二度と飲まないであろう年のワインを選び、乾杯した。
 赤い血のようなワインを飲み干し、酒の棚に瓶を戻す。
 並べた瓶を見つめた。
 セレーネが王妃になった年のワイン、わたくしが王妃になった年のワイン。
 ルドヴィク様は、わたくしが引き受けることがわかっていて、これを用意しておいたのだ。

 ――ルドヴィク様の中では、わたくしの死刑は決まっているのね。
 
「さようなら、ルドヴィク様」

 ルドヴィク様に別れを告げ、ザカリア様を殺すため、王宮へ戻ったのだった。
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