あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍

文字の大きさ
36 / 45

32 殺害計画 ※デルフィーナ

しおりを挟む
『ルドヴィク様が、ロゼッテを引き取ることを拒否した』――あれは、セレーネの嘘だったのだ。

「わたくしが、そんな嘘にだまされるとでも思っているのかしら」

 セレーネは、ルドヴィク様が自分より、わたくしを愛していたとわかって、嫉妬したに決まっている。
 ルドヴィク様はわたくしを助けるため、王宮に来てくれたのだから!
 七年前、セレーネを助けなかったルドヴィク様は、わたくしを助けたのよ。
 これが、愛の証拠でなくて、なんだというのだろうか。

 ――七年間の絆は固いようね。

 セレーネが埋められない七年間の絆。
 それを今、実感していた。

「ルドヴィク様、ありがとうございます。わたくし、心細くてしかたありませんでしたわ。牢屋の床は冷たいし、食事は質素だし、ドレスは一日一度しか着替えられなくて、最悪の待遇でしたのよ」
「そうか」

 熱のないルドヴィク様の返事に違和感を抱いた。
 無事の再会に感動し、抱擁するはずが、そんな空気にはならなかった。

「ルドヴィク様……?」
「お前をここに連れてきたのには、理由がある」
「わかっていますわ。ロゼッテを取り戻し、三人で王宮へ戻ろうと画策なさっているのでしょ?」

 奪われてしまったロゼッテ。
 でも、国王陛下であるルドヴィク様が命じたなら、ロゼッテを簡単に取り返せる。
 それに、あの子の力さえあれば、王宮へ返り咲くチャンスを何度だって作れるのよ――! 

「違う」
「え? 違う……?」

 ルドヴィク様の口から出た言葉は、わたくしが考えていたものと、まったく違っていた。

「セレーネとルチアノの三人で暮らすつもりだ」
「え……? セレーネ? ルチアノ? い、今、なんておっしゃいましたの?」
「聞こえなかったか? セレーネを俺の妻に戻し、王妃の位を授け、ルチアノを次の王として育てる」

 それは、わたくしとロゼッテを捨てるということ。
 呆然とし、ルドヴィク様を見つめていると、血のように赤いワインを杯に注ぎ、わたくしに差し出した。

「デルフィーナ。お前も飲むか?」

 ルドヴィク様は自分の言葉が、わたくしをどれほど傷つけたか気づいていない。

「い、いえ……。けっこうですわ……」

 怒りからなのか、悲しかったからなのか――声が震えた。
 これは、セレーネが、わたくしにルドヴィク様を奪われた時と同じ状況だ。
 あの日、セレーネは無様に泣いたりしなかった。
 同じ立場になり、その理由がようやく理解できた。
 起きていることに対して、感情が追い付かないのだ。

「残念だな。このワインはうまいぞ。俺とセレーネが出会った年のワインだ」

 酔っているのか、ルドヴィク様は機嫌がいい。
 ここまでされても、わたくしは自分が捨てられていないと信じたかった。
 
「もしかして、これは……セレーネの復讐……?」

 わたくしのつぶやきを聞いたルドヴィク様が、鼻先で笑い飛ばした。

「セレーネが相当の頑固者で困っている。王妃にしてやると、俺が言っても、うんと言わないのだ」

 捨てられる者の気持ちが、ルドヴィク様には理解できないようだ。

 ――もう、セレーネはルドヴィク様を愛していない。

 わたくしにでさえ、わかる。
 それなのに、ルドヴィク様は復縁できると信じているのだ。

「ザカリアが邪魔だ」

 ルドヴィク様は、ワインを飲み干し、からになったワイングラスを傾けた。
 そして、わたくしに言った。

「デルフィーナ。お前には特別に、あいつの力を教えてやろう。ザカリアの力は人の力を奪い、自分のものにしてしまう力だ。ロゼッテが危険ではないか?」
「そんな力を!?」

 役立たずな力だと聞いていた。
 けれど、今となっては危険な力だ。

「ロゼッテが王宮で暮らせるのは、王の子の力を持っているからだろうな。力を失えば、ザカリアたちはロゼッテを修道院にでも入れて、知らん顔するつもりだろう」

 ルドヴィク様は酔っているのか、いつも以上に多弁だった。

「お前のせいで、今のロゼッテは罪人の子だ。どうとでもできる」
「わ、わたくしのせいで、ロゼッテが……」
「そうだ。お前のせいだ」

 王子一派に毒殺未遂事件を起こした罪人。
 それが、わたくし――
 ルドヴィク様は、ルチアノを次の王と決めていて、ロゼッテのことなど、どうでもいいのだ。
 わたくしだけでも、ロゼッテを守らなくては。

「デルフィーナ。お前にしてやれるのは、これくらいだ」

 わたくしの前に、短剣が一本と睡眠薬が入った瓶が一本。
 王宮へ戻り、ザカリア様を殺害しろと、ルドヴィク様は言っているのと同じ。
 自分が罪に問われたくないため、絶対に口には出さない。
 ルドヴィク様は、わたくしを助けたのではなかった。
 わたくしのロゼッテを思う気持ちを利用し、ザカリア様を殺害させるためだけに、牢から連れ出したのだ。

「もしもの話だがな。お前になにかあれば、ロゼッテのことは、俺が面倒をみてやろう」
「ロゼッテの面倒を……」
「もちろん。お前がいなくなったらの話だが」

 ――ルドヴィク様は、最後までわたくしを愛してくださらなかった。

 絶望の中、渡された短剣と睡眠薬を受け取った。
 ザカリア様を殺したなら、わたくしは死刑になるだろう。
 それでも、ロゼッテだけは守りたい。

「わかりました……。ルドヴィク様。最後にワインで乾杯しましょう。わたくしがワインを選んでも?」
「もちろんだ。お前の好きな酒を選んでいいぞ」
「ええ」

 わたくしが別れの日に選んだワインは、王妃になった年のもの。
 ルドヴィク様が二度と飲まないであろう年のワインを選び、乾杯した。
 赤い血のようなワインを飲み干し、酒の棚に瓶を戻す。
 並べた瓶を見つめた。
 セレーネが王妃になった年のワイン、わたくしが王妃になった年のワイン。
 ルドヴィク様は、わたくしが引き受けることがわかっていて、これを用意しておいたのだ。

 ――ルドヴィク様の中では、わたくしの死刑は決まっているのね。
 
「さようなら、ルドヴィク様」

 ルドヴィク様に別れを告げ、ザカリア様を殺すため、王宮へ戻ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...