上 下
35 / 43

31 忌まわしい力 ※ザカリア

しおりを挟む
『ロゼッテ王女は王宮にて、お育てするようにと、ルドヴィク様がおっしゃっておりました』

 その言葉を兄上の 侍従じじゅうから、聞いた時、俺はなにも答えることができなかった。

 ――兄上は、自分の娘であるロゼッテを捨てるのか。

 兄上は孤独を味わったことがない。
 贅沢に慣れ切った兄上は、どれほど自分が恵まれているのか、わからないのだ。
 セレーネやルチアノと、共に城で暮らし始めてから、家族がどんなものであるか、ようやく理解できた俺とは違う。
 
 ――簡単に捨てられるものではない。

 二人を守るためなら、俺はなんでもしよう。
 今の俺には、それくらい大事な存在になっていた。

「ジュスト。周囲を見張ってくれるか」

 ジュストは黒い目を細めた。
 俺がなにをしようとしているのか、ジュストにはわかったのだ。

「力を使われるのですか?」
「ああ」
「わかりました」

 俺の力がなんであるか知っているジュストは止めなかった。
 ジュストを連れ、ロゼッテ王女の部屋へ向かう。
 
「わたし、馬鹿じゃないもん……馬鹿じゃない……」

 暗い部屋の中から聞こえてくるのは、ロゼッテの声だった。
 耳を塞ぎ、頭をクッションで覆い、震えている。
 ずっとこの調子だった。

「悪くない、悪くないのに……」

 ロゼッテが繰り返す言葉は同じで、中身がなかった。
 現実と夢の狭間の中にいるロゼッテに、声をかける。

「ロゼッテ。今、聞こえないようにしてやる」

 俺の心を読んだのか、ロゼッテは涙に濡れた目を向けた。

「ほんとう? わたしを助けてくれるの?」
 
 クッションが床に落ちた。
 誰も自分を助けてくれないと思っていたのだろう。

「わたし、嘘つきで悪い子なのに?」

 デルフィーナから言われ、嘘をつき続けてきたからか、ロゼッテは自分を悪い人間だと思っているようだった。

「過去のお前に向けられた悪意のすべてを、俺が引き受ける。だから、もう忘れていい」

 俺が頭をなでると、ロゼッテは、ホッとした表情を浮かべた。

「ジュスト。周りにルチアノはいないな?」
「はい」

 ジュストがうなずくのを見て、力を使った。
 一度だけ使える俺に与えられた忌まわしい力。
 『力を奪い、自分の力にする能力』を。
 そして、それは一度奪えば、二度と元の持ち主には戻らない。
 
『お父様……お母様……。ロゼッテのこと、嫌いにならないで……』

 ロゼッテの心の声が聞こえた。
 力を使わないようにすることを学んだ自分と、学ばなかったロゼッテ。
 心の声を聞かないように、力を使わずにいることもできる。

「ジュスト。侍女を呼べ。これで、ロゼッテのそばに、侍女を置いても平気だろう」
「かしこまりました。こちらの部屋から、もっと明るい部屋に移しましょうか?」
「任せる」

 俺も変わったが、ジュストも変わった。
 剣だけでなく、子供の扱いがうまくなった。

「ロゼッテ様、失礼します」

 ジュストが、ロゼッテを抱きかかえて外に出る。
 
「明るい……」
「外は明るいですよ」

 安心感からか、ロゼッテは涙をぽろぽろこぼした。

「ルチアノに会いたい……。会って、嘘ついてごめんねって言いたい……」
「ルチアノ様もロゼッテ様に、お会いしたいと言っていました。まずは、身だしなみを整え、食事を済ませてからにしましょう」
「わたしのこと、ルチアノ、嫌いになってない? お母様が、ルチアノたちを殺そうとしたから……」
「それも全部、忘れていいんですよ。ザカリア様がすべて引き受けるとおっしゃられた。だから、今はもう昔とは違うロゼッテ様です」
「……うん」

 ジュストはロゼッテの涙をぬぐう。
 ルチアノと暮らした七年間で、子供の扱いになれたジュスト。
 それは俺もだが、ジュストほどではないような気がする。

「お前は、俺より子供に好かれる」
「そうですか?」

 ジュストは、ロゼッテを侍女たちに預けた。
 セレーネたちがロゼッテのために、花束と花かんむりを作っていますよと、聞かされて、ロゼッテは微笑んだ。
 心の声が聞こえなくなったロゼッテが、無邪気な子供に戻るのは、そう遠くないだろう。

「ザカリア様は、ただ一人に愛されたら、それで満足でしょう。いつ、ザカリア様がセレーネ様にプロポーズするのか、領地の者たちと賭けているんですよ」
「おい。俺の人生最大の決断を賭け事の材料に使うな」

 ――油断も隙も無い。

 そもそも、セレーネの頭の中は、ルチアノのことでいっぱいなのではないだろうか。
 
「ザカリア様。セレーネ様の心を読まないでくださいよ」
「そんなことはしない!」

 心を読む気はなかったが、強く否定すると、ジュストは笑った。

「王宮で、ザカリア様と笑って話せる日が来るとは思いませんでした」
「そうだな。俺もだ」
「傷が深すぎて、ザカリア様は王宮に戻れないだろうと。けれど、同じ境遇に置かれたセレーネ様の強さを見て、ザカリア様が変わるのではと、俺は期待していました」

 ジュストの勘は間違っていなかった。
 他人の能力を奪い、自分のものにしてしまうという忌まわしい力を持って生まれた俺。
 力を持っていた王族たちは俺を避けた。
 奪われることを恐れたのである。

「長い間、なぜ、力を奪うことしかできない俺のような子が生まれたのか、不思議だった」

 奪った能力を自分のものにしていまうなど、盗人と同じ。
 嫌悪されるだけの能力だと思っていた。

「けれど、ようやくわかった」

 力に溺れた者を救うための力が、王家には必要だったのだ。

「救われたのは、俺も同じだ」

 やっと必要とされた力――忌まわしいだけの力ではなかったと、ロゼッテのおかげで知ることができた。
 これで、すべてが終わった。
 穏やかな日々がやってくると信じていた。
 だが――
 
「ザカリア様! 大変です! デルフィーナが牢屋から逃亡したようです!」

 ――簡単にはいかないようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が義妹を優先するので私も義兄を優先した結果

京佳
恋愛
私の婚約者は私よりも可愛い義妹を大事にする。いつも約束はドタキャンされパーティーのエスコートも義妹を優先する。私はブチ切れお前がその気ならコッチにも考えがある!と義兄にベッタリする事にした。「ずっとお前を愛してた!」義兄は大喜びして私を溺愛し始める。そして私は夜会で婚約者に婚約破棄を告げられたのだけど何故か彼の義妹が顔真っ赤にして怒り出す。 ちんちくりん婚約者&義妹。美形長身モデル体型の義兄。ざまぁ。溺愛ハピエン。ゆるゆる設定。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番 すれ違いエンド ざまぁ ゆるゆる設定

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

処理中です...