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28 毒殺計画
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最近、ルチアノの様子がおかしい――だんだんと元気がなくなり、食事も進まなくなった。
大好きなアイスクリームを出しても、ルチアノは喜ばない。
それを見て、私から尋ねた。
「ルチアノ、なにか悩みごとがあるのかしら?」
「お母様……ぼく……」
ルチアノは心細げな顔して、目を覆う。
その仕草を見たザカリア様が気づき、ルチアノに言った。
「見るなと、言ったはずだ」
ザカリア様の言葉にルチアノが肩を震わせた。
「王の力は便利だが、使ってはいけない時もある。それを自制できればいいが、たいていは己に負けて使ってしまう。俺は使うなと言ったな?」
「ごめんなさい……」
ルチアノは目を覆っていた手を離して、泣きそうな顔でザカリア様に謝った。
力に頼り過ぎたルチアノが、精神的に追い詰められていることをザカリア様は気づいていたようだ。
「これで、わかっただろう? 力を使わないことも必要だと。力に頼りすぎれば、自分の心を壊す」
「心を壊す……? ルチアノ、なにを見ていたの?」
「ごめんなさい。お母様。どうしても気になって見ちゃったんだ」
私の首に、ルチアノがすがる。
怖いものを見た時、こんなふうに甘えてくる。
「ザカリア様、どういうことですか?」
わけがわからなくて、ザカリア様に聞くしかなかった。
「ルチアノは力の使い方を学んでいるところだ」
ルチアノが傷ついているのがわかった。
そういえば、最近、眠っている時もうなされていることがあった。
「同じ力を持つ兄上は、王宮の中で守られて育った。いつも満たされていたからか、他のなにかを気にすることも、他人を見ようという気持ちもなかった」
「ルドヴィク様は、傷つかないように育てられたということですか?」
「ああ」
ルチアノは好奇心旺盛で、ザカリア様の領地にいる時から、なんでもやらせてきた。
だから、見ないほうが、ルチアノにとっては難しいことかもしれない。
「ルチアノを守り、兄上のような人間にするか、ルチアノが傷ついたとしても自分で考えられる人間に育てるか――どちらかだ」
ザカリア様は後者を選んだのだ。
そして、ルチアノを信じ、ずっと見守っていた。
限界がくるまで――
「ルチアノはまだ小さいけれど、もう自分で考えられる子です。ルドヴィク様のように守って暮らすのは無理でしょう」
ルチアノを抱き締めた。
そして、背中をなでる。
「ルチアノ。なにを見たの? あなたはまだ七歳で、解決できないことは、大人に相談してもいいのよ?」
「そのための後見人だ」
ザカリア様の言葉に、ルチアノは顔を上げ、意を決したように不安を口にした。
「お母様、ザカリア様。ロゼッテが毎日、泣いてるんだ」
「どういうこと? ロゼッテは、ルドヴィク様と離宮に行ったのではなかったの?」
「違う。ロゼッテをさらって、また王宮へ戻したんだ。離宮は大騒ぎになってる」
「なんですって? いつの間にそんな……」
娘であるロゼッテの姿が消えたと言うのに、ルドヴィク様からは、なにも連絡がなかった――そう思った時。
部屋の扉をノックする音が響いた。
誰が来たのか、確認しなくてもわかる。
「どうぞ、入って。デルフィーナ」
デルフィーナが自分の侍女を引き連れて、部屋へやってきた。
そばには泣き腫らした目をしたロゼッテがいた。
「セレーネ。久しぶりね」
「デルフィーナ。ロゼッテを離宮に戻しなさい。探しているわ」
「ロゼッテはわたくしの子よ。自分の子と暮らしてなにが悪いのかしら。ロゼッテもわたくしと暮らしたいと思ってるの。 ねぇ? ロゼッテ?」
「はい……お母様……」
ルチアノ以上に、ロゼッテは元気がないように見えた。
さっきまで、不安そうにしていたルチアノは、いつの間にか私から離れ、デルフィーナのほうへ顔を向けていた。
「セレーネ。今から、お茶でもいかが? ロゼッテといつも遊んでくれていたお礼に、ルチアノも一緒にね」
――これは罠だ。
誰もがわかった。
すでに用意されたお茶とお菓子、デルフィーナ付きの侍女たち。
「待て。お茶はこちらで用意する」
ザカリア様はお菓子やお茶に、毒が入っていると判断したようだ。
それは、きっと正しい。
「あら、ザカリア様。ロゼッテはいつもこちらでお菓子を召し上がっていたのよ。わたくしが用意したものを口にできないとでも、おっしゃるのかしら?」
関係がこれ以上、悪くなってはと思っていたけど、ルチアノの身が危ないとなれば、話は別だ。
断ろうとした瞬間。
「そんなことないよ。お母様、ザカリア様。お茶にしよう」
ルチアノがにっこり微笑んで、承諾した。
「ロゼッテ。元気だった? ぼく、なかなか会えなかったから、心配してたんだよ」
「う、うん……。わたしも、ルチアノに会いたかった……」
ロゼッテが目に涙を滲ませた。
「大丈夫だよ。ロゼッテ、泣かないで」
テーブルがセッティングされ、席に着く。
ルチアノの目はワゴンのお菓子に向き、その皿が並べられるのを見ていた。
全員の皿が行き渡った時、ルチアノは言った。
「ぼくの皿とデルフィーナ様の皿を交換してほしいな」
「な、なにを言ってるの」
「そっちのほうが、美味しそうだし? それから、お母様のカップをデルフィーナ様のものと交換して。ザカリア様のフォークもだよ」
デルフィーナが命を狙っていたのは、ルチアノだけではなかった。
私たち全員を殺そうとしていたのだ。
ロゼッテが泣き出した。
「ジュスト! 入り口を塞げ!」
ザカリア様が護衛していたジュストに命じる。
「デルフィーナ及び、侍女たちを捕らえよ。それから、俺たちに配られたものに毒が入っていないか調べろ」
一斉に兵士がなだれ込み、デルフィーナを取り押さえた。
「無礼な! 手を離しなさい! わたくしは王妃なのよ!」
暴れるデルフィーナを兵士たちは引きずって、部屋の外に出す。
デルフィーナの侍女たちは諦めていたのか、暴れる者はおらず、おとなしく捕まった。
「ザカリア様。ルドヴィク様に知らせますか」
「ああ。兄上に連絡を。デルフィーナ王妃が俺たちの殺害を企てたと知らせてくれ」
それを聞いたロゼッテが、ザカリア様のマントをつかんだ。
「お父様に嫌われてしまうわ! わたし……、お母様からも嫌われて……お父様からも嫌われたら……」
「ロゼッテ王女。心を読むなと言っても無駄なようだ」
ザカリア様はロゼッテ王女に言った。
「生まれた時から、心を読めと言われ続けてきたせいだろう。人の心を読むことが当たり前になっている」
ロゼッテの周りには、力を使うなと言ってくれるような大人はいなかったのだ。
邪魔に思ったデルフィーナが排除してしまったせいで。
「このままでは、狂ってしまうだろう。ジュスト。ロゼッテ王女を一人にするんだ。休ませる必要がある」
「わかりました」
ジュストはロゼッテ王女を抱えた。
「ジュスト、ロゼッテは元気になる? 大丈夫?」
「はい……。時間はかかるでしょうが……」
ロゼッテを連れていこうとしたジュストに、ルチアノはしがみついて尋ねた。
けれど、ジュストの表情は固い。
王宮で王妃による毒殺未遂事件あり―― その話が離宮に届いても、ルドヴィク様は王宮へやってこなかったのだった。
大好きなアイスクリームを出しても、ルチアノは喜ばない。
それを見て、私から尋ねた。
「ルチアノ、なにか悩みごとがあるのかしら?」
「お母様……ぼく……」
ルチアノは心細げな顔して、目を覆う。
その仕草を見たザカリア様が気づき、ルチアノに言った。
「見るなと、言ったはずだ」
ザカリア様の言葉にルチアノが肩を震わせた。
「王の力は便利だが、使ってはいけない時もある。それを自制できればいいが、たいていは己に負けて使ってしまう。俺は使うなと言ったな?」
「ごめんなさい……」
ルチアノは目を覆っていた手を離して、泣きそうな顔でザカリア様に謝った。
力に頼り過ぎたルチアノが、精神的に追い詰められていることをザカリア様は気づいていたようだ。
「これで、わかっただろう? 力を使わないことも必要だと。力に頼りすぎれば、自分の心を壊す」
「心を壊す……? ルチアノ、なにを見ていたの?」
「ごめんなさい。お母様。どうしても気になって見ちゃったんだ」
私の首に、ルチアノがすがる。
怖いものを見た時、こんなふうに甘えてくる。
「ザカリア様、どういうことですか?」
わけがわからなくて、ザカリア様に聞くしかなかった。
「ルチアノは力の使い方を学んでいるところだ」
ルチアノが傷ついているのがわかった。
そういえば、最近、眠っている時もうなされていることがあった。
「同じ力を持つ兄上は、王宮の中で守られて育った。いつも満たされていたからか、他のなにかを気にすることも、他人を見ようという気持ちもなかった」
「ルドヴィク様は、傷つかないように育てられたということですか?」
「ああ」
ルチアノは好奇心旺盛で、ザカリア様の領地にいる時から、なんでもやらせてきた。
だから、見ないほうが、ルチアノにとっては難しいことかもしれない。
「ルチアノを守り、兄上のような人間にするか、ルチアノが傷ついたとしても自分で考えられる人間に育てるか――どちらかだ」
ザカリア様は後者を選んだのだ。
そして、ルチアノを信じ、ずっと見守っていた。
限界がくるまで――
「ルチアノはまだ小さいけれど、もう自分で考えられる子です。ルドヴィク様のように守って暮らすのは無理でしょう」
ルチアノを抱き締めた。
そして、背中をなでる。
「ルチアノ。なにを見たの? あなたはまだ七歳で、解決できないことは、大人に相談してもいいのよ?」
「そのための後見人だ」
ザカリア様の言葉に、ルチアノは顔を上げ、意を決したように不安を口にした。
「お母様、ザカリア様。ロゼッテが毎日、泣いてるんだ」
「どういうこと? ロゼッテは、ルドヴィク様と離宮に行ったのではなかったの?」
「違う。ロゼッテをさらって、また王宮へ戻したんだ。離宮は大騒ぎになってる」
「なんですって? いつの間にそんな……」
娘であるロゼッテの姿が消えたと言うのに、ルドヴィク様からは、なにも連絡がなかった――そう思った時。
部屋の扉をノックする音が響いた。
誰が来たのか、確認しなくてもわかる。
「どうぞ、入って。デルフィーナ」
デルフィーナが自分の侍女を引き連れて、部屋へやってきた。
そばには泣き腫らした目をしたロゼッテがいた。
「セレーネ。久しぶりね」
「デルフィーナ。ロゼッテを離宮に戻しなさい。探しているわ」
「ロゼッテはわたくしの子よ。自分の子と暮らしてなにが悪いのかしら。ロゼッテもわたくしと暮らしたいと思ってるの。 ねぇ? ロゼッテ?」
「はい……お母様……」
ルチアノ以上に、ロゼッテは元気がないように見えた。
さっきまで、不安そうにしていたルチアノは、いつの間にか私から離れ、デルフィーナのほうへ顔を向けていた。
「セレーネ。今から、お茶でもいかが? ロゼッテといつも遊んでくれていたお礼に、ルチアノも一緒にね」
――これは罠だ。
誰もがわかった。
すでに用意されたお茶とお菓子、デルフィーナ付きの侍女たち。
「待て。お茶はこちらで用意する」
ザカリア様はお菓子やお茶に、毒が入っていると判断したようだ。
それは、きっと正しい。
「あら、ザカリア様。ロゼッテはいつもこちらでお菓子を召し上がっていたのよ。わたくしが用意したものを口にできないとでも、おっしゃるのかしら?」
関係がこれ以上、悪くなってはと思っていたけど、ルチアノの身が危ないとなれば、話は別だ。
断ろうとした瞬間。
「そんなことないよ。お母様、ザカリア様。お茶にしよう」
ルチアノがにっこり微笑んで、承諾した。
「ロゼッテ。元気だった? ぼく、なかなか会えなかったから、心配してたんだよ」
「う、うん……。わたしも、ルチアノに会いたかった……」
ロゼッテが目に涙を滲ませた。
「大丈夫だよ。ロゼッテ、泣かないで」
テーブルがセッティングされ、席に着く。
ルチアノの目はワゴンのお菓子に向き、その皿が並べられるのを見ていた。
全員の皿が行き渡った時、ルチアノは言った。
「ぼくの皿とデルフィーナ様の皿を交換してほしいな」
「な、なにを言ってるの」
「そっちのほうが、美味しそうだし? それから、お母様のカップをデルフィーナ様のものと交換して。ザカリア様のフォークもだよ」
デルフィーナが命を狙っていたのは、ルチアノだけではなかった。
私たち全員を殺そうとしていたのだ。
ロゼッテが泣き出した。
「ジュスト! 入り口を塞げ!」
ザカリア様が護衛していたジュストに命じる。
「デルフィーナ及び、侍女たちを捕らえよ。それから、俺たちに配られたものに毒が入っていないか調べろ」
一斉に兵士がなだれ込み、デルフィーナを取り押さえた。
「無礼な! 手を離しなさい! わたくしは王妃なのよ!」
暴れるデルフィーナを兵士たちは引きずって、部屋の外に出す。
デルフィーナの侍女たちは諦めていたのか、暴れる者はおらず、おとなしく捕まった。
「ザカリア様。ルドヴィク様に知らせますか」
「ああ。兄上に連絡を。デルフィーナ王妃が俺たちの殺害を企てたと知らせてくれ」
それを聞いたロゼッテが、ザカリア様のマントをつかんだ。
「お父様に嫌われてしまうわ! わたし……、お母様からも嫌われて……お父様からも嫌われたら……」
「ロゼッテ王女。心を読むなと言っても無駄なようだ」
ザカリア様はロゼッテ王女に言った。
「生まれた時から、心を読めと言われ続けてきたせいだろう。人の心を読むことが当たり前になっている」
ロゼッテの周りには、力を使うなと言ってくれるような大人はいなかったのだ。
邪魔に思ったデルフィーナが排除してしまったせいで。
「このままでは、狂ってしまうだろう。ジュスト。ロゼッテ王女を一人にするんだ。休ませる必要がある」
「わかりました」
ジュストはロゼッテ王女を抱えた。
「ジュスト、ロゼッテは元気になる? 大丈夫?」
「はい……。時間はかかるでしょうが……」
ロゼッテを連れていこうとしたジュストに、ルチアノはしがみついて尋ねた。
けれど、ジュストの表情は固い。
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