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20 本当に王の子か?

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 ドンッ――と、大鍋いっぱいのスープ。 
 そして、パンが大量に入ったカゴを置いた。

「順番に並んでくださいね。たくさんありますから、慌てなくても大丈夫ですよ。ルチアノ、小さな子供にキャンディを配ってあげて」
「はい」

 手作りのキャンディをルチアノは子供たちに配っていく。

「セレーネ様! 髪をいただいた古着屋でございます」
「お戻りになられたとお聞きし、お会いしに参りました!」

 駆け寄ってきたのは、古着屋の夫婦だった。
 七年前、私が王都から逃げた時に助けてくれた夫婦は、まだ王都で暮らしていた。

「懐かしいわ。あの時はありがとう」
「いいえ! お礼を言うのはこちらです。髪を売ったお金で、食べ物を買うことができ、子供たちも大きくなりました」

 夫婦の後ろに立っていたのは、成長した子供たちだった。

「まぁ! 大きくなって」
「おかげさまで。今では大工見習いや、馬車職人見習いをやっております」
「そう。それはよかったわ。これから、王都で壊された建物を修復していくから、忙しくなるでしょう」

 仕事が増えると聞いた子供たちは顔を明るくさせた。 

「セレーネ様がお戻りになられてよかった」
「それも王の子らしい」
「本当に王の子か?」

 そんな声を耳にしたルチアノが、声のしたほうを向いて笑った。

「おじさん。おじさんの家はどこ?」
「俺の家か? 俺の家はすぐそこの、青い屋根の家だ」
「棚の上に置物がひとつ。その棚と棚の間に挟まっているものがあるね。うーん。硬貨かな? 金色だから金貨だね!」
 
 ルチアノは隠したお金の場所を言い当てた。
 言い当てられた男の人は、顔色を変えた。

「うああああ! 妻に内緒のへそくりがっ!」
「アンタ! そんなところに隠してあったのかいっ!」

 妻に弱いらしく、震え上がっていた。
 ルチアノの力を目の当たりにした人々は、噂が噂を呼び、なぜか失せ物探しが始まった。

「猫ちゃんを探してほしいの。顔にぶち模様がある猫です……」
「泣かないで。えーと、どの辺りでいなくなった?」
「おうちの前でいなくなったの」
「港のほうにいるよ。帰ってきた船から魚をもらっているみたい」
「ルチアノ様、指輪を失くしたんですが」
「キッチンの棚の上に置いてあるよ」
「そういえば、顔を洗った時、外していました!」

 ――などなど。

 王の子であることは、疑いようもなく――そして、とうとう。
 ルチアノは王位継承者として、次の王として、期待される存在となったのだった。

『早く国王陛下が退位されて、ルチアノ王子が王になってくださればいいのに』

 そんな声が、聞こえ始めた。
 国じゅうに民の声が届き、貴族たちはルチアノの存在を無視できなくなった。
 そして、王宮へ『王子のご機嫌伺い』にやってくる貴族たちが増えた。
 その貴族たちの中には――私を捨てた実家、侯爵家もいた。
 父と兄は、七年前、私を切り捨てたことを忘れたかのように、平然と姿を現した。

「セレーネ! よくやった。さすが我が娘よ! これで侯爵家は安泰だな」
「なぜ、早く戻らなかった。王子がいるのであれば、話は別だ」

 二人は、私を道具として見ていた。
 今もそれは変わらない。 

。ルチアノの後見人はザカリア王弟殿下です」
「なんだと!?」

 ザカリア様が控えており、その鋭い目に、二人は気圧され、息を呑む。

「七年前、娘を庇うことなく切り捨て、なにもできなかった侯爵家が、俺を差し置いて、後見に名乗りをあげるのか?」
「め、滅相もございません」
「ですが、その……セレーネの父と兄ですので」

 やはり、思ったとおり。
 王子の血縁のとして、宮廷で権力を握ろうと考えている。

「私に、父も兄もいません」
「セレーネ、お前っ!」
「なんという恩知らずな!」

 二人にあるのは恩ではない。
 馬鹿にされ続けた辛い思い出だけだ。

「恩があるとするなら、七年前、私を助けてくださった方々だけです。今後、あなた方の宮廷への出入りを禁じます」

 宮廷への出入りができてこその貴族。
 貴族としての権利を奪われ、二人の顔はみるみるうちに青くなった。 

「ま、待て! セレーネ。誤解があるようだ。七年前、デルフィーナ王妃の味方をしたのは、侯爵家のためだ」
「そうだ。お前だって、侯爵家の後ろ楯がなかったら困るぞ!」

 なにを言っているのだろうか。
 ザカリア様も呆れている。

「ジュスト。侯爵たちを叩き出せ。俺と争いたいと思っているようだ」
「王弟殿下と? め、滅相も……」

 すでに、宮廷の権力図は変わりつつあった。

「ルチアノを侯爵家のん好きにはさせません。宮廷の権力争いから離れ、お父様とお兄様が、心穏やかに暮らせるよう祈っておりますわ」
「少し早い隠居生活だと思えばいい」

 爵位までは取り上げなかった。
 これで、父と兄は、生活のため、侯爵家が所有する領地に引きこもり、領地経営を真剣にやるしかなくなる。

「それでは、侯爵。王宮の外まで、ご案内しますよ」

 二人はうなだれたまま、ジュストに連れられ、出ていった。

「ザカリア様、ありがとうございました。一人では、きっと負けていました」

 苦しかった胸のうちが、少し軽くなったような気がした。

「負けてもらっては困る」
「わかっています。ルチアノのためにも、私は強くなると決めたのですから」
「それなら、俺はセレーネのために強くなろう」
「ザカリア様はじゅうぶん強いですわ」

 冗談を言うようなタイプではないのに珍しい――微笑みを浮かべたその時。

「わたしのこと、ルチアノが馬鹿にしたぁ~。あの子を牢屋に入れて~!」

 ロゼッテ王女の泣き声が響き、王宮内が騒然とした。

「兵士たち! ルチアノ王子を捕まえなさい!」
 
 デルフィーナが、兵士に命じる声が聞こる。
 ルチアノの身に危険が迫っていた。
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