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14 大臣たちの要求 ※ザカリア
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「大臣たちは、ザカリア様の即位をお望みです」
――何を今さら。
そう思ったのは、俺だけではなかった。
俺の隣に立つジュスト、側近たち――いつになく厳しい顔をした。
乳母の子だったジュストは、俺が王宮でどんな目にあったのか、すべて知っている。
「断る」
大臣たちから、必ず説得しろと言われてきたのだろう。
使者の顔が強張った。
「俺には、この領地を守る責任がある。王宮から追い出され、母を亡くした俺を守ってくれたのは、この地に住む者たちだ」
「王都の現状をご存じのはず。どうか、王宮にお戻りください……」
「兄上を国王に望んだのは、大臣たちではなかったか? 俺の特異な力を嫌った連中が、兄上に近寄れないよう部屋に、閉じ込められたことを忘れろと?」
怒りをこらえ、椅子の肘置きを握りしめた。
あの時、せめて大臣たちの誰かが――権力を持つ誰かが、母と俺を守ってくれたなら、母は死なずに済んだ。
「お怒りは承知の上で、お願いに参りました」
「わかって言っているのか。これは謀反だぞ」
領地を守るため、今すぐ使者を殺し、王へ忠誠を示すべきだとわかっていた。
だが、部屋の隅にベールをかぶり、ルチアノとともに話を聞くセレーネの姿が目に入った。
ジュストが剣を手にし、俺を見る。
やめろ、と目で合図する。
二人に血を見せたくなかったのもあるが、少し冷静になった。
息を吐き、椅子に深くもたれた。
「大臣たちが使者を送ったことに、王妃は気づいるはずだ」
使者は床にひれ伏し、黙って、うつむいたまま。
「謀反は死罪だ。しっかり巻き込んでくれる」
「すでに王妃は、ザカリア様に謀反の罪を着せようと動いているかもしれません」
俺のことを目障りだと思っている国王と王妃。
豊かな領地を奪い、自分たちの贅沢な生活のために、この地を荒らす……考えただけでも腹が立つ。
「使者を途中の道で始末させるべきでしたね」
ジュストは冷たい目で使者を見る。
使者を帰し、兄上に言い訳をしたところで、王妃は兄上をうまく丸め込むだろう。
俺が死ねば、デルフィーナ王妃の子の即位が確実なものになる。
「あの……。ザカリア様。大臣たちの使者が、謀反ではなく、違う目的でここへ来たことにすれば、よろしいのではないのでしょうか」
セレーネが前に歩み出る。
使者が顔を上げ、セレーネとルチアノを見つめる。
「ザカリア様……。その銀髪の子供は……もしや……」
セレーネが答える前に、ルチアノが答えた。
「ぼくはルチアノです。父は国王陛下で、母はセレーネです」
ルチアノは、俺や領地の人々がが危険だと、本能的に察して、機転をきかせたようだった。
セレーネも隠すのはもう無駄だと、判断したのか、ベールを外す。
「やはり、セレーネ様……。ご無事で……」
使者の目に涙が浮かぶ。
「謀反の罪になることを知りながら、大臣たちもザカリア様に頼るしかなかったのでしょう。誰しも都合のいい話だと、わかっていますわ。けれど、それしか方法がなかったのです」
「……わかっている」
「ザカリア様。私はルチアノを連れ、王宮へ戻ります」
「危険だ」
「いずれ、戻るつもりでした」
王妃でなくなっても、セレーネは王妃にふさわしい責任感の強さと、誇り高さを、いまだ失っていない。
「大臣たちの使者ですが、ルチアノを迎えに来たことにすれば、謀反の罪にはなりません。誰も死なずに済みますわ」
セレーネは、いつでも王宮へ戻る覚悟をしていた。
俺に後見人を頼んだあの日から、戻るつもりでいるのはわかっていた。
――母とは違う。そして、自分は彼女を死なせたくない。
王の寵愛を失った母は、孤独と絶望の中、死を選んだ。
母も戦うことを選んでくれたらよかったのだ。
自分を捨てた王など、心の中から捨てて、俺と生きる道を考えてほしかった。
「わかった。俺もセレーネたちと一緒に王宮へ行く。後見人だからな」
「ザカリア様、ありがとうございます。心強いですわ」
セレーネは微笑んだ。
そんなセレーネに、使者は深く頭を下げた。
「セレーネ様。七年前は、お助けできず申し訳ありませんでした」
「いいえ。私にもっと権力があれば、ルドヴィク様やデルフィーナを止められたはずです。王の愛情と信頼を得られなかった私にも落ち度があります」
「そんなことはっ……! セレーネ様がいらしたからこそ、国王陛下は王として振る舞えたのです」
使者は泣き出した。
ルチアノがハンカチを差し出す。
「泣かないで。ぼく、ずっと王都も王宮も見てたよ。大変だったこと知ってるよ」
「なんと……?」
「ルチアノは遠くのものが見えるのです」
能力を持っているのは、王の子の証だ。
正真正銘、王の子であることがわかり、使者の顔に喜びの色が浮かぶ。
「お母様、ザカリア様。ぼく、王さまになるよ。そしたら、みんな、殺されないのでしょう?」
姿は幼くとも、ルチアノは話を聞き、自分なりに考え、周りの者を守ろうとしていた。
――過去にこだわる俺より、ルチアノのほうが王に相応しい。
「わかった。俺は後見人として、ルチアノとセレーネを守ろう」
二度と戻りたくないと思っていた王宮。
戻ることへの迷い。
それは今、二人を守りたいと思う気持ちに変わっていた。
――何を今さら。
そう思ったのは、俺だけではなかった。
俺の隣に立つジュスト、側近たち――いつになく厳しい顔をした。
乳母の子だったジュストは、俺が王宮でどんな目にあったのか、すべて知っている。
「断る」
大臣たちから、必ず説得しろと言われてきたのだろう。
使者の顔が強張った。
「俺には、この領地を守る責任がある。王宮から追い出され、母を亡くした俺を守ってくれたのは、この地に住む者たちだ」
「王都の現状をご存じのはず。どうか、王宮にお戻りください……」
「兄上を国王に望んだのは、大臣たちではなかったか? 俺の特異な力を嫌った連中が、兄上に近寄れないよう部屋に、閉じ込められたことを忘れろと?」
怒りをこらえ、椅子の肘置きを握りしめた。
あの時、せめて大臣たちの誰かが――権力を持つ誰かが、母と俺を守ってくれたなら、母は死なずに済んだ。
「お怒りは承知の上で、お願いに参りました」
「わかって言っているのか。これは謀反だぞ」
領地を守るため、今すぐ使者を殺し、王へ忠誠を示すべきだとわかっていた。
だが、部屋の隅にベールをかぶり、ルチアノとともに話を聞くセレーネの姿が目に入った。
ジュストが剣を手にし、俺を見る。
やめろ、と目で合図する。
二人に血を見せたくなかったのもあるが、少し冷静になった。
息を吐き、椅子に深くもたれた。
「大臣たちが使者を送ったことに、王妃は気づいるはずだ」
使者は床にひれ伏し、黙って、うつむいたまま。
「謀反は死罪だ。しっかり巻き込んでくれる」
「すでに王妃は、ザカリア様に謀反の罪を着せようと動いているかもしれません」
俺のことを目障りだと思っている国王と王妃。
豊かな領地を奪い、自分たちの贅沢な生活のために、この地を荒らす……考えただけでも腹が立つ。
「使者を途中の道で始末させるべきでしたね」
ジュストは冷たい目で使者を見る。
使者を帰し、兄上に言い訳をしたところで、王妃は兄上をうまく丸め込むだろう。
俺が死ねば、デルフィーナ王妃の子の即位が確実なものになる。
「あの……。ザカリア様。大臣たちの使者が、謀反ではなく、違う目的でここへ来たことにすれば、よろしいのではないのでしょうか」
セレーネが前に歩み出る。
使者が顔を上げ、セレーネとルチアノを見つめる。
「ザカリア様……。その銀髪の子供は……もしや……」
セレーネが答える前に、ルチアノが答えた。
「ぼくはルチアノです。父は国王陛下で、母はセレーネです」
ルチアノは、俺や領地の人々がが危険だと、本能的に察して、機転をきかせたようだった。
セレーネも隠すのはもう無駄だと、判断したのか、ベールを外す。
「やはり、セレーネ様……。ご無事で……」
使者の目に涙が浮かぶ。
「謀反の罪になることを知りながら、大臣たちもザカリア様に頼るしかなかったのでしょう。誰しも都合のいい話だと、わかっていますわ。けれど、それしか方法がなかったのです」
「……わかっている」
「ザカリア様。私はルチアノを連れ、王宮へ戻ります」
「危険だ」
「いずれ、戻るつもりでした」
王妃でなくなっても、セレーネは王妃にふさわしい責任感の強さと、誇り高さを、いまだ失っていない。
「大臣たちの使者ですが、ルチアノを迎えに来たことにすれば、謀反の罪にはなりません。誰も死なずに済みますわ」
セレーネは、いつでも王宮へ戻る覚悟をしていた。
俺に後見人を頼んだあの日から、戻るつもりでいるのはわかっていた。
――母とは違う。そして、自分は彼女を死なせたくない。
王の寵愛を失った母は、孤独と絶望の中、死を選んだ。
母も戦うことを選んでくれたらよかったのだ。
自分を捨てた王など、心の中から捨てて、俺と生きる道を考えてほしかった。
「わかった。俺もセレーネたちと一緒に王宮へ行く。後見人だからな」
「ザカリア様、ありがとうございます。心強いですわ」
セレーネは微笑んだ。
そんなセレーネに、使者は深く頭を下げた。
「セレーネ様。七年前は、お助けできず申し訳ありませんでした」
「いいえ。私にもっと権力があれば、ルドヴィク様やデルフィーナを止められたはずです。王の愛情と信頼を得られなかった私にも落ち度があります」
「そんなことはっ……! セレーネ様がいらしたからこそ、国王陛下は王として振る舞えたのです」
使者は泣き出した。
ルチアノがハンカチを差し出す。
「泣かないで。ぼく、ずっと王都も王宮も見てたよ。大変だったこと知ってるよ」
「なんと……?」
「ルチアノは遠くのものが見えるのです」
能力を持っているのは、王の子の証だ。
正真正銘、王の子であることがわかり、使者の顔に喜びの色が浮かぶ。
「お母様、ザカリア様。ぼく、王さまになるよ。そしたら、みんな、殺されないのでしょう?」
姿は幼くとも、ルチアノは話を聞き、自分なりに考え、周りの者を守ろうとしていた。
――過去にこだわる俺より、ルチアノのほうが王に相応しい。
「わかった。俺は後見人として、ルチアノとセレーネを守ろう」
二度と戻りたくないと思っていた王宮。
戻ることへの迷い。
それは今、二人を守りたいと思う気持ちに変わっていた。
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