15 / 43
13 わがままな王女 ※ルドヴィク
しおりを挟む
「お父様、お母様ぁ~。侍女がわたしを馬鹿にするの」
ロゼッテが泣き真似をして、気に入らない侍女を言い付けに来た。
毎日、これである。
「馬鹿になど、しておりません。ロゼッテ様のためを思って申し上げたのです」
青ざめた顔をした侍女が、兵士たちに捕らえられている。
兵士も逆らえば、自分たちがどうなるかわからない。
そのため、幼いロゼッテのいいなりになるしかなかった。
「今度はなんだ」
「わたしのこと、わがままだって言うのっ」
「野菜を召し上がったほうがよろしいのではと、申し上げただけです」
「甘いケーキが食べたい気分だって言ったでしょ! ケーキ! ケーキが食べたいのっ!」
心が読めるロゼッテは、口に出して言わなくとも、侍女が『野菜を食べた方がいい』と、思っただけで、自分に逆らったと、大騒ぎするのだ。
子供だから、力を使い方がわからないのだろう。
「ロゼッテに ケーキを用意してやれ」
「ほらぁ、お父様はケーキを食べてもいいって言ってるでしょ。さっさと用意しなさいよ!」
ロゼッテは得意気な顔で、侍女に言った。
侍女は諦め、かしこまりましたと、小さな声で返事をする。
「侍女のくせに、ロゼッテに逆らうなんて生意気ね。他の侍女にしましょう」
「お母様ぁ~」
ロゼッテは泣き真似をし、デルフィーナに抱きついた。
「可哀想なロゼッテ! お母様が悪い侍女に罰を与えておきますからね」
デルフィーナはわざとらしく、おおげさに言った。
「ロゼッテは女王になる身。侍女ごときに侮られてはなりません! ルドヴィク様、さっきの侍女を牢屋に入れて反省させた後、解雇いたしましょう」
何人目の解雇だろうか。
王宮の侍女だけでなく、ロゼッテの教育係も、何人も変わっている。
教育係は、ロゼッテを教える自信がないと言い、逃げ出す始末。
デルフィーナがロゼッテを教育しているようだが、女王に相応しいとは思えない。
「自分が幼い頃は、すでに乗馬も剣もやっていた。女王はまた違うだろうが、なにかロゼッテにできることを増やしてはどうだ」
「まぁっ! わたくしのロゼッテが、なにもできない子だとおっしゃりたいの!?」
「そうは言っていない。ロゼッテは七歳になる。やがて、女王として即位するのだ。厳しい教育を受けさせてはどうか」
ロゼッテが大声で泣き出した。
「そんなのイヤ~! お父様、こわーい!」
「ロゼッテ、泣かなくていいのよ。 ルドヴィク様、厳しい教育を受けさせなくても、ロゼッテは優秀な子ですわ! わたくしとルドヴィク様の子ですもの! まだ幼いのですから、焦らなくとも平気ですわ!」
「あ、ああ……。そうだな」
デルフィーナの剣幕に押され、返事をした。
少々わがままだが、優秀な夫を選べば、その夫がなんとかするだろう。
――セレーネがいた時のように。
「お父様、セレーネって、どなた?」
ロゼッテが、俺の心を読み、なにげなく言った名前。
セレーネの名をデルフィーナが聞いた瞬間、場の空気が凍った。
デルフィーナの目付きが鋭くなった。
「ルドヴィク様。今、セレーネのことを考えていましたの? なぜ、セレーネを?」
「いや、どうしているかと思い出しただけだ」
「ロゼッテ。お父様は、わたくしではなく他の女のことを考えていたのよ。裏切りだわ! 浮気だわっ!」
「浮気? お父様、また浮気なの~? ひどーい」
ため息をついた。
セレーネに限らず、他の女性と会話しただけで浮気、目があっただけで浮気――デルフィーナの嫉妬は病的だった。
ロゼッテと同じようにデルフィーナも、泣く真似をする。
「お母様ぁ~、泣かないで」
「ありがとう。ロゼッテ。あなたは優しい子ね」
ロゼッテはこちらを見て笑う。
幼いながら、ロゼッテは弱者と強者を見極めていた。
俺の国王陛下の地位――それは、ロゼッテが成長するまでの、名ばかりの国王陛下だと、理解しているのだ。
力を失った王はもはや王とは呼べない。
完全にデルフィーナのほうが、優位な立場だった。
「悪かった」
「いいえ、わかっておりますのよ。ルドヴィク様が本当に愛しているのは、セレーネだと」
「そんなことはない。俺が愛しているのはデルフィーナだ」
「デルフィーナ?」
「……デルフィーナだけだ」
そう告げると、デルフィーナは微笑んだ。
このやり取りも何度目だろう。
疲労感を覚え、二人から離れ、執務室から出る。
「王が部屋から追い出されるなど、聞いたことがない」
苦笑するしかなかった。
今や、王宮の権力はデルフィーナと、その一族が握っている。
「なぜ、こうなったのだ。ずっと同じ生活を続けているだけだというのに……」
違うとすれば、王妃がセレーネでなくなっただけ。
セレーネがいた頃は平和だった。
それが今や――
「国王陛下! セレーネ様が建てた孤児院や救貧院が破壊され、燃やされております!」
「それは、どういうことだ?」
「デルフィーナ様が破壊するよう命じられたそうで……」
「あら。大臣じゃない。なにが悪いのかしら?」
俺を追ってきたのか、背後にデルフィーナとロゼッテがいた。
大臣は懸命に訴える。
「貧しいのは、王妃たちが贅沢をするからですぞ! 今日食べるパンにも困る民を救わず、新しいドレスを買うとはなにごとか!」
「わたくしやロゼッテにみすぼらしい姿でいろと?」
「そんなのイヤ~」
「大臣を宮廷から追放して! 二度と宮廷に来ないでちょうだい!」
父の代から仕えていた大臣は、苦渋に満ちた表情で俺に言った。
「ですから、セレーネ様を廃妃にするなと、申し上げたのです。国王陛下にも責任がございますぞ!」
セレーネの名を聞いたデルフィーナは、平静ではいられなかった。
「そういえば、結婚前のご令嬢がいたわね。大臣と大臣の一族を奴隷の身分に落としなさい!」
大臣は覚悟していたのか、なにも言わなかった。
ただ、庇わなかった俺に、残念ですと言って、その日、大臣の一族は王都から姿を消した。
――セレーネが残した孤児院も救貧院もなくなり、王都はますます、荒れていった。
ロゼッテが泣き真似をして、気に入らない侍女を言い付けに来た。
毎日、これである。
「馬鹿になど、しておりません。ロゼッテ様のためを思って申し上げたのです」
青ざめた顔をした侍女が、兵士たちに捕らえられている。
兵士も逆らえば、自分たちがどうなるかわからない。
そのため、幼いロゼッテのいいなりになるしかなかった。
「今度はなんだ」
「わたしのこと、わがままだって言うのっ」
「野菜を召し上がったほうがよろしいのではと、申し上げただけです」
「甘いケーキが食べたい気分だって言ったでしょ! ケーキ! ケーキが食べたいのっ!」
心が読めるロゼッテは、口に出して言わなくとも、侍女が『野菜を食べた方がいい』と、思っただけで、自分に逆らったと、大騒ぎするのだ。
子供だから、力を使い方がわからないのだろう。
「ロゼッテに ケーキを用意してやれ」
「ほらぁ、お父様はケーキを食べてもいいって言ってるでしょ。さっさと用意しなさいよ!」
ロゼッテは得意気な顔で、侍女に言った。
侍女は諦め、かしこまりましたと、小さな声で返事をする。
「侍女のくせに、ロゼッテに逆らうなんて生意気ね。他の侍女にしましょう」
「お母様ぁ~」
ロゼッテは泣き真似をし、デルフィーナに抱きついた。
「可哀想なロゼッテ! お母様が悪い侍女に罰を与えておきますからね」
デルフィーナはわざとらしく、おおげさに言った。
「ロゼッテは女王になる身。侍女ごときに侮られてはなりません! ルドヴィク様、さっきの侍女を牢屋に入れて反省させた後、解雇いたしましょう」
何人目の解雇だろうか。
王宮の侍女だけでなく、ロゼッテの教育係も、何人も変わっている。
教育係は、ロゼッテを教える自信がないと言い、逃げ出す始末。
デルフィーナがロゼッテを教育しているようだが、女王に相応しいとは思えない。
「自分が幼い頃は、すでに乗馬も剣もやっていた。女王はまた違うだろうが、なにかロゼッテにできることを増やしてはどうだ」
「まぁっ! わたくしのロゼッテが、なにもできない子だとおっしゃりたいの!?」
「そうは言っていない。ロゼッテは七歳になる。やがて、女王として即位するのだ。厳しい教育を受けさせてはどうか」
ロゼッテが大声で泣き出した。
「そんなのイヤ~! お父様、こわーい!」
「ロゼッテ、泣かなくていいのよ。 ルドヴィク様、厳しい教育を受けさせなくても、ロゼッテは優秀な子ですわ! わたくしとルドヴィク様の子ですもの! まだ幼いのですから、焦らなくとも平気ですわ!」
「あ、ああ……。そうだな」
デルフィーナの剣幕に押され、返事をした。
少々わがままだが、優秀な夫を選べば、その夫がなんとかするだろう。
――セレーネがいた時のように。
「お父様、セレーネって、どなた?」
ロゼッテが、俺の心を読み、なにげなく言った名前。
セレーネの名をデルフィーナが聞いた瞬間、場の空気が凍った。
デルフィーナの目付きが鋭くなった。
「ルドヴィク様。今、セレーネのことを考えていましたの? なぜ、セレーネを?」
「いや、どうしているかと思い出しただけだ」
「ロゼッテ。お父様は、わたくしではなく他の女のことを考えていたのよ。裏切りだわ! 浮気だわっ!」
「浮気? お父様、また浮気なの~? ひどーい」
ため息をついた。
セレーネに限らず、他の女性と会話しただけで浮気、目があっただけで浮気――デルフィーナの嫉妬は病的だった。
ロゼッテと同じようにデルフィーナも、泣く真似をする。
「お母様ぁ~、泣かないで」
「ありがとう。ロゼッテ。あなたは優しい子ね」
ロゼッテはこちらを見て笑う。
幼いながら、ロゼッテは弱者と強者を見極めていた。
俺の国王陛下の地位――それは、ロゼッテが成長するまでの、名ばかりの国王陛下だと、理解しているのだ。
力を失った王はもはや王とは呼べない。
完全にデルフィーナのほうが、優位な立場だった。
「悪かった」
「いいえ、わかっておりますのよ。ルドヴィク様が本当に愛しているのは、セレーネだと」
「そんなことはない。俺が愛しているのはデルフィーナだ」
「デルフィーナ?」
「……デルフィーナだけだ」
そう告げると、デルフィーナは微笑んだ。
このやり取りも何度目だろう。
疲労感を覚え、二人から離れ、執務室から出る。
「王が部屋から追い出されるなど、聞いたことがない」
苦笑するしかなかった。
今や、王宮の権力はデルフィーナと、その一族が握っている。
「なぜ、こうなったのだ。ずっと同じ生活を続けているだけだというのに……」
違うとすれば、王妃がセレーネでなくなっただけ。
セレーネがいた頃は平和だった。
それが今や――
「国王陛下! セレーネ様が建てた孤児院や救貧院が破壊され、燃やされております!」
「それは、どういうことだ?」
「デルフィーナ様が破壊するよう命じられたそうで……」
「あら。大臣じゃない。なにが悪いのかしら?」
俺を追ってきたのか、背後にデルフィーナとロゼッテがいた。
大臣は懸命に訴える。
「貧しいのは、王妃たちが贅沢をするからですぞ! 今日食べるパンにも困る民を救わず、新しいドレスを買うとはなにごとか!」
「わたくしやロゼッテにみすぼらしい姿でいろと?」
「そんなのイヤ~」
「大臣を宮廷から追放して! 二度と宮廷に来ないでちょうだい!」
父の代から仕えていた大臣は、苦渋に満ちた表情で俺に言った。
「ですから、セレーネ様を廃妃にするなと、申し上げたのです。国王陛下にも責任がございますぞ!」
セレーネの名を聞いたデルフィーナは、平静ではいられなかった。
「そういえば、結婚前のご令嬢がいたわね。大臣と大臣の一族を奴隷の身分に落としなさい!」
大臣は覚悟していたのか、なにも言わなかった。
ただ、庇わなかった俺に、残念ですと言って、その日、大臣の一族は王都から姿を消した。
――セレーネが残した孤児院も救貧院もなくなり、王都はますます、荒れていった。
214
お気に入りに追加
5,868
あなたにおすすめの小説


番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番
すれ違いエンド
ざまぁ
ゆるゆる設定

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。

婚約者が私にだけ冷たい理由を、実は私は知っている
黎
恋愛
一見クールな公爵令息ユリアンは、婚約者のシャルロッテにも大変クールで素っ気ない。しかし最初からそうだったわけではなく、貴族学院に入学してある親しい友人ができて以来、シャルロッテへの態度が豹変した。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる