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13 わがままな王女 ※ルドヴィク

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「お父様、お母様ぁ~。侍女がわたしを馬鹿にするの」

 ロゼッテが泣き真似をして、気に入らない侍女を言い付けに来た。
 毎日、これである。

「馬鹿になど、しておりません。ロゼッテ様のためを思って申し上げたのです」

 青ざめた顔をした侍女が、兵士たちに捕らえられている。
 兵士も逆らえば、自分たちがどうなるかわからない。
 そのため、幼いロゼッテのいいなりになるしかなかった。

「今度はなんだ」
「わたしのこと、わがままだって言うのっ」
「野菜を召し上がったほうがよろしいのではと、申し上げただけです」
「甘いケーキが食べたい気分だって言ったでしょ! ケーキ! ケーキが食べたいのっ!」

 心が読めるロゼッテは、口に出して言わなくとも、侍女が『野菜を食べた方がいい』と、思っただけで、自分に逆らったと、大騒ぎするのだ。
 子供だから、力を使い方がわからないのだろう。

「ロゼッテに ケーキを用意してやれ」  
「ほらぁ、お父様はケーキを食べてもいいって言ってるでしょ。さっさと用意しなさいよ!」

 ロゼッテは得意気な顔で、侍女に言った。
 侍女は諦め、かしこまりましたと、小さな声で返事をする。

「侍女のくせに、ロゼッテに逆らうなんて生意気ね。他の侍女にしましょう」

「お母様ぁ~」

 ロゼッテは泣き真似をし、デルフィーナに抱きついた。

「可哀想なロゼッテ! お母様が悪い侍女に罰を与えておきますからね」

 デルフィーナはわざとらしく、おおげさに言った。
 
「ロゼッテは女王になる身。侍女ごときに侮られてはなりません! ルドヴィク様、さっきの侍女を牢屋に入れて反省させた後、解雇いたしましょう」

 何人目の解雇だろうか。
 王宮の侍女だけでなく、ロゼッテの教育係も、何人も変わっている。
 教育係は、ロゼッテを教える自信がないと言い、逃げ出す始末。
 デルフィーナがロゼッテを教育しているようだが、女王に相応しいとは思えない。
 
「自分が幼い頃は、すでに乗馬も剣もやっていた。女王はまた違うだろうが、なにかロゼッテにできることを増やしてはどうだ」
「まぁっ! わたくしのロゼッテが、なにもできない子だとおっしゃりたいの!?」
「そうは言っていない。ロゼッテは七歳になる。やがて、女王として即位するのだ。厳しい教育を受けさせてはどうか」

 ロゼッテが大声で泣き出した。

「そんなのイヤ~! お父様、こわーい!」
「ロゼッテ、泣かなくていいのよ。 ルドヴィク様、厳しい教育を受けさせなくても、ロゼッテは優秀な子ですわ! わたくしとルドヴィク様の子ですもの! まだ幼いのですから、焦らなくとも平気ですわ!」
「あ、ああ……。そうだな」

 デルフィーナの剣幕に押され、返事をした。
 少々わがままだが、優秀な夫を選べば、その夫がなんとかするだろう。
 
 ――セレーネがいた時のように。

「お父様、セレーネって、どなた?」

 ロゼッテが、俺の心を読み、なにげなく言った名前。
 セレーネの名をデルフィーナが聞いた瞬間、場の空気が凍った。
 デルフィーナの目付きが鋭くなった。

「ルドヴィク様。今、セレーネのことを考えていましたの? なぜ、セレーネを?」
「いや、どうしているかと思い出しただけだ」
「ロゼッテ。お父様は、わたくしではなく他の女のことを考えていたのよ。裏切りだわ! 浮気だわっ!」
「浮気? お父様、また浮気なの~? ひどーい」

 ため息をついた。
 セレーネに限らず、他の女性と会話しただけで浮気、目があっただけで浮気――デルフィーナの嫉妬は病的だった。
 ロゼッテと同じようにデルフィーナも、泣く真似をする。

「お母様ぁ~、泣かないで」
「ありがとう。ロゼッテ。あなたは優しい子ね」

 ロゼッテはこちらを見て笑う。
 幼いながら、ロゼッテは弱者と強者を見極めていた。
 俺の国王陛下の地位――それは、ロゼッテが成長するまでの、名ばかりの国王陛下だと、理解しているのだ。
 力を失った王はもはや王とは呼べない。
 完全にデルフィーナのほうが、優位な立場だった。
 
「悪かった」
「いいえ、わかっておりますのよ。ルドヴィク様が本当に愛しているのは、セレーネだと」
「そんなことはない。俺が愛しているのはデルフィーナだ」
「デルフィーナ?」
「……デルフィーナだけだ」

 そう告げると、デルフィーナは微笑んだ。
 このやり取りも何度目だろう。
 疲労感を覚え、二人から離れ、執務室から出る。

「王が部屋から追い出されるなど、聞いたことがない」

 苦笑するしかなかった。
 今や、王宮の権力はデルフィーナと、その一族が握っている。
 
「なぜ、こうなったのだ。ずっと同じ生活を続けているだけだというのに……」

 違うとすれば、王妃がセレーネでなくなっただけ。
 セレーネがいた頃は平和だった。
 それが今や―― 

「国王陛下! セレーネ様が建てた孤児院や救貧院が破壊され、燃やされております!」
「それは、どういうことだ?」
「デルフィーナ様が破壊するよう命じられたそうで……」
「あら。大臣じゃない。なにが悪いのかしら?」

 俺を追ってきたのか、背後にデルフィーナとロゼッテがいた。
 大臣は懸命に訴える。

「貧しいのは、王妃たちが贅沢をするからですぞ! 今日食べるパンにも困る民を救わず、新しいドレスを買うとはなにごとか!」
「わたくしやロゼッテにみすぼらしい姿でいろと?」 
「そんなのイヤ~」 
「大臣を宮廷から追放して! 二度と宮廷に来ないでちょうだい!」

 父の代から仕えていた大臣は、苦渋に満ちた表情で俺に言った。

「ですから、セレーネ様を廃妃にするなと、申し上げたのです。国王陛下にも責任がございますぞ!」

 セレーネの名を聞いたデルフィーナは、平静ではいられなかった。

「そういえば、結婚前のご令嬢がいたわね。大臣と大臣の一族を奴隷の身分に落としなさい!」 

 大臣は覚悟していたのか、なにも言わなかった。
 ただ、庇わなかった俺に、残念ですと言って、その日、大臣の一族は王都から姿を消した。   

 ――セレーネが残した孤児院も救貧院もなくなり、王都はますます、荒れていった。
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