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6 無能な妃と呼ばれて

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 ――また夢を見ていた。

『ザカリア様から、戻るよう命じられました』
『急だな』

 兵士を向かわせようとしていたルドヴィク様は、ジュストが自分から去ると言い出したことに驚いていた。
 デルフィーナは悔しそうにジュストを睨んでいる。
 ジュストが去った後、デルフィーナが呟く。

『セレーネの周りから、誰もいなくなったわ。お妃候補時代は、大勢の取り巻きがいたけど、今は一人。わたくしの気持ちが、これでわかったでしょう』

 ――取り巻き?

 心当たりがない。
 記憶にあるのは、侯爵家で受けた厳しいお妃教育だけ。
 
『あとは、わたくしを馬鹿にしていたセレーネの顔を醜い顔にしてやるだけだわ』

 デルフィーナは、私からすべて奪わなくては気が済まないのだ。
 危険だと、誰かが言った。
 その『誰』なのか、私には見えない。
 確認したいのに、目が覚めてしまった。

「最近、なんだか眠いわ」

 自分の命が危ないのに、眠いなんておかしい。
 体も重く感じる。 

「きっと疲れているのね……」

 夕暮れの光が部屋を照らす。
 今日、ジュストの手を借り、逃げ出す算段になっていた。
 けれど――
 
「ジュストなら来ないわよ」

 現れたのはデルフィーナだった。

 ――まさか、デルフィーナのお腹にいる子供が、ジュストの心を読んだ?

「そうよ」

 あっさり、私の心を読むデルフィーナ。

「王宮に入れず、困っているんじゃないかしら」

 逃げるための馬車や護衛を手配するため、ジュストは王宮からいったん出ていた。
 それを、デルフィーナは知っている。 
 デルフィーナは、兵士たちに目くばせした。
 さっきの夢を思い出す。
 私の顔を醜くすると言ってなかった――?

「セレーネが暴れたから、剣を抜いたと、ルドヴィク様には報告するわ」

 兵士の手が、剣の柄に触れた。
 デルフィーナは、私の顔に傷をつけるつもりだ。
 ジュストを最初から捕まえるつもりはなく、私の元へ来れないようにしているだけ。
 ザカリア様の息がかかるジュストを、罪人に仕立てるあげるのは難しい。
 ただ口実が欲しかっただけなのだ。
 私を傷つけるための――
 逃げなくてはいけないのはわかっている。
 けれど、逃げ場がない。
 
 ――誰か、助けて。

 壁際に追い詰められたその時。

「デルフィーナ王妃! こちらにいらしたのですか!」

 兵士たちが動きを止めた。
 デルフィーナは邪魔をした兵士を睨んだ。

「なにが起きたの」
「ザカリア王弟殿下が、王宮にいらっしゃいました」
「こんな時に!? ジュストを呼び戻すというのは、本当の話だったのかしら」
「ジュスト様が、領地へなかなか戻られなかったため、迎えに来たとおっしゃっていました」

 そう言われ、デルフィーナは慌てた。
 
「部屋へ戻るわよ。ザカリア様に怪しまれると面倒だわ。王宮の警備を緩めて。ただし、セレーネの部屋の周辺だけは警備を固めておくのよっ!」

 滅多に領地から出ないザカリア王弟殿下。
 ジュストが知らせてくれたのだろう。

「待って、デルフィーナ」

 去ろうとしたデルフィーナを呼び止めた。 

「私たちは確かに、お妃候補時代はライバルだったわ。でも、ここまで私を憎む理由がわからない。なぜ、私を憎むの?」

 これだけは聞いておきたかった。
 過去を思い出したのか、デルフィーナの顔が憎しみで歪んだ。

「無能と呼ばれたからよ」

 その言葉は、私が父や兄に言われていた言葉だった。

「今のあなたと同じ。妃になれなかった娘に、両親は冷たかった。もちろん、友人たちは離れていったわ」
「デルフィーナ……」
「でも、本当の無能はセレーネのほうだったわね。だって、王妃の地位を手に入れても、ルドヴィク様の心までつかめなかったもの」

 デルフィーナの言葉が、心に突き刺さった。
 たとえ、実家の家族から無能な娘と呼ばれても、夫のルドヴィク様さえ、私を必要としてくれたなら、それでよかった。
 妻として、王妃として、尽くし生きてきた。

 ――でも、ルドヴィク様はデルフィーナを愛していて、私を必要としていない。

 なにも言えなくなった私を見て、デルフィーナは満足そうに笑いながら、去っていった。
 
 ――ルドヴィク様とうまくいっていると思っていたのは、私の勘違いだったの?

 デルフィーナにルドヴィク様がなびいたのは、一時的なものだと思っていた。
 もしや、それ以前から、ルドヴィク様は私に対して、愛情を持っていなかったのだろうか。

「そんなはずは……」

 ない、と言い切れなかった。
 愛されていたと言える自信がなかった。
 だって、私は『無能』だから。
 涙がこぼれて止まらなかった。

「もう、このまま……ここで死んでしまったほうがいいのかしら……」

 その場から、立ち上がる気力もなく、泣きながら口にした言葉は、誰にも届かない。
 届かないと思っていた。
 けれど。

「それは困る。俺を領地から呼びつけておいて、死を選ぶとは、どういうことだ」

 うずくまっていた私にかけられた言葉は、優しいものではなかった。
 けれど、それは、私を助けるためにやってきたのだと、わかる言葉。

「あなたは……」

 プラチナブロンドと青い目、彫刻のように均整きんせいのとれた顔立ち――胸元に銀のペンダントが見えた。
 シルバーのペンダントトップは透かし彫り細工の紋章で、身分を示す。
 紋章の階級は公爵。
 つまり、この方は――

「ザカリア」

 王でもないのに、まるで王であるかのような 不遜ふそんな態度。
 彼は不機嫌そうな顔をして、私に名前を告げた。        
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