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5 冷遇される日々
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「牢獄の中にいるみたい……」
王妃でなくなった私の生活は、さらに悲惨なものになった。
部屋は移され、王宮の隅にある狭い部屋を与えられた。
その理由が『デルフィーナ王妃に危害を加えるかもしれない』――というものだった。
そして、部屋の前には、常に兵士の見張りがいて、罪人同然。
でも、実家の侯爵家から、父と兄がやってこず、ホッとしていた。
けれど、それは大きな間違い……
「セレーネ。実家から手紙が届いていたから、王妃であるわたくしが、直々に持ってきてあげたわよ」
兵士たちに護衛され、現れたデルフィーナ。
その手には、私の実家、公爵家からの手紙が握られていた。
手紙の封緘が、外されているのが見えた。
「勝手に読んだのですか?」
「あら、侯爵様も王妃に読んでいただいて構わないと言われたのよ? だから、読んであげたの」
「お父様が?」
「今、侯爵家は大変なの。セレーネが、わたくしを殺そうとしているでしょ? だから、届く手紙は全部、わたくしが読んでいいことになってるのよ」
つまり、私が実家と手を組み、デルフィーナを殺そうとしているという噂を流し、父と兄を追いつめている。
二人が私に会いに来ないはずだ。
「どうして、そんな嘘ばかり……。私は殺そうなんて、少しも思っていません」
「それはどうかしら? はい、どうぞ。頼りになる実家からの手紙よ」
手紙をすんなり渡してくれた。
それを読むべきではなかった。
読んでしまえば、私は誰からも救われないことを知ってしまうから。
『無能な娘よ』
『お前のせいで侯爵家は終わりだ』
『二度と帰ってくるな』
――そんな内容の文章が続き、吐き気と目眩がした。
「セレーネ様!」
体調の悪そうな私を、ジュストが心配して、駆け寄った。
それを面白くなさそうに、デルフィーナが眺める。
「ジュスト。あなた、わたくしが陛下の護衛騎士に推薦してあげたのに、それを断ったそうね」
「自分は、ザカリア王弟殿下にお仕えする騎士ですので」
ザカリア王弟殿下の名前を聞き、デルフィーナが不快な表情を見せた。
王国でもっとも繁栄している領地を所有するザカリア王弟殿下。
領地からザカリア様が出てくることはなく、『ひきこもり殿下』などと、呼ばれている。
「王宮とザカリア様の連絡役として、王宮に部屋をいただく身。セレーネ様の護衛が人手不足で、足りていないと判断し、手を貸しているだけです。なにか問題でもございましたか?」
もちろん、王宮は人手不足ではない。
デルフィーナが、わざと私の周りから人を減らしているのだ。
「よくあんな変わり者に仕えるわ。ルドヴィク様のほうが素敵なのに!」
「主君の悪口はやめていただきたい」
「……っ!」
ジュストの低い声に、デルフィーナは言葉をつまらせた。
デルフィーナは逃げるようにして部屋から出て行く。
「ジュスト。庇ってくれてありがとう。でも、デルフィーナを敵に回すのは危険よ。私のことは、構わず、どうか自分の身を守って」
ザカリア様にお仕えしているとはいえ、今の王宮はデルフィーナによって支配されている。
ルドヴィク様もデルフィーナの言いなりだ。
「ご心配なく。自分の身は自分で守れます。ですが、セレーネ様は違います。このまま、王宮にいるのは危険ではないですか」
「ええ……。そうね」
それは気づいていた。
私の気分が優れず、あまり食事を食べられずにいたら、食事の量を減らされた。
さらにドレスやアクセサリーが、いつの間にかなくなっている。
着替えの時はさすがにジュストも部屋に入れない。
デルフィーナが命じて、着替えを手伝う侍女たちが持ち出しているのだと思う。
「逃げられないように、金目の物を減らしているのでしょう」
侯爵家に戻れない私が、ドレスやアクセサリーを売って換金し、どこかへ逃げると、デルフィーナは考えたようだ。
「逃げるなんて……」
――そのうち、ルドヴィク様の愛情が戻るかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、ぼんやり窓を眺めた。
窓ガラスが歪み、また幻が見えた。
『セレーネはジュストを使って。わたくしを殺すかもしれません!』
『しかし、セレーネは部屋から出ず、おとなしくしているではないか』
『陛下はどちらが大切なの!?』
『もちろん、デルフィーナだ』
ルドヴィク様は迷わず答える。
幻なのに胸が痛む。
『ルドヴィク様より、ザカリア様が大事だとおっしゃったのよ。ジュストを捕らえて、罰を受けさせましょう』
『そうだな。王を軽んじることは許さん』
――幻が消えた。
ほんの一瞬のことで、それが私が作り出した幻影なのか、夢なのか、判別しにくいものだった。
けれど、嫌な予感がする。
「ジュスト、逃げて」
「いかがされましたか?」
「王宮にいては危険だわ。デルフィーナは従わなかったあなたに、危害を加えようとするでしょう」
ジュストは驚き、うなずいた。
「わかりました。しかし、セレーネ様もこのままでは、危険です。ザカリア様に保護を求めたらどうでしょうか」
「ザカリア様に?」
「少々変わった方ですが、ルドヴィク陛下から守れるのは、ザカリア様しかいらっしゃいません」
このままでは、私は死ぬ。
いいえ、殺される。
ジュストはそう考えているようだ。
罪をでっちあげることくらい、デルフィーナはなんでもない。
「でも、ザカリア様にご迷惑がかかるわ……」
「逃げられる時に逃げるしかありません。もし、セレーネ様が、王宮から脱出したいとお望みであれば、お助けします。どうされますか」
王宮に残るか、ザカリア様に庇護を求めるか。
私が生き延びる方法はひとつだけ。
「……ザカリア様にお願いしましょう」
守っていただけるかどうかわからない。
ザカリア様にとって、私は厄介者でしかない。
引き渡される可能性のほうが高い。
それでも、逃げるしかなかった。
これが、夫も地位も奪われ、実家からも見捨てられてしまった私が、生き延びるための唯一の方法だった……
王妃でなくなった私の生活は、さらに悲惨なものになった。
部屋は移され、王宮の隅にある狭い部屋を与えられた。
その理由が『デルフィーナ王妃に危害を加えるかもしれない』――というものだった。
そして、部屋の前には、常に兵士の見張りがいて、罪人同然。
でも、実家の侯爵家から、父と兄がやってこず、ホッとしていた。
けれど、それは大きな間違い……
「セレーネ。実家から手紙が届いていたから、王妃であるわたくしが、直々に持ってきてあげたわよ」
兵士たちに護衛され、現れたデルフィーナ。
その手には、私の実家、公爵家からの手紙が握られていた。
手紙の封緘が、外されているのが見えた。
「勝手に読んだのですか?」
「あら、侯爵様も王妃に読んでいただいて構わないと言われたのよ? だから、読んであげたの」
「お父様が?」
「今、侯爵家は大変なの。セレーネが、わたくしを殺そうとしているでしょ? だから、届く手紙は全部、わたくしが読んでいいことになってるのよ」
つまり、私が実家と手を組み、デルフィーナを殺そうとしているという噂を流し、父と兄を追いつめている。
二人が私に会いに来ないはずだ。
「どうして、そんな嘘ばかり……。私は殺そうなんて、少しも思っていません」
「それはどうかしら? はい、どうぞ。頼りになる実家からの手紙よ」
手紙をすんなり渡してくれた。
それを読むべきではなかった。
読んでしまえば、私は誰からも救われないことを知ってしまうから。
『無能な娘よ』
『お前のせいで侯爵家は終わりだ』
『二度と帰ってくるな』
――そんな内容の文章が続き、吐き気と目眩がした。
「セレーネ様!」
体調の悪そうな私を、ジュストが心配して、駆け寄った。
それを面白くなさそうに、デルフィーナが眺める。
「ジュスト。あなた、わたくしが陛下の護衛騎士に推薦してあげたのに、それを断ったそうね」
「自分は、ザカリア王弟殿下にお仕えする騎士ですので」
ザカリア王弟殿下の名前を聞き、デルフィーナが不快な表情を見せた。
王国でもっとも繁栄している領地を所有するザカリア王弟殿下。
領地からザカリア様が出てくることはなく、『ひきこもり殿下』などと、呼ばれている。
「王宮とザカリア様の連絡役として、王宮に部屋をいただく身。セレーネ様の護衛が人手不足で、足りていないと判断し、手を貸しているだけです。なにか問題でもございましたか?」
もちろん、王宮は人手不足ではない。
デルフィーナが、わざと私の周りから人を減らしているのだ。
「よくあんな変わり者に仕えるわ。ルドヴィク様のほうが素敵なのに!」
「主君の悪口はやめていただきたい」
「……っ!」
ジュストの低い声に、デルフィーナは言葉をつまらせた。
デルフィーナは逃げるようにして部屋から出て行く。
「ジュスト。庇ってくれてありがとう。でも、デルフィーナを敵に回すのは危険よ。私のことは、構わず、どうか自分の身を守って」
ザカリア様にお仕えしているとはいえ、今の王宮はデルフィーナによって支配されている。
ルドヴィク様もデルフィーナの言いなりだ。
「ご心配なく。自分の身は自分で守れます。ですが、セレーネ様は違います。このまま、王宮にいるのは危険ではないですか」
「ええ……。そうね」
それは気づいていた。
私の気分が優れず、あまり食事を食べられずにいたら、食事の量を減らされた。
さらにドレスやアクセサリーが、いつの間にかなくなっている。
着替えの時はさすがにジュストも部屋に入れない。
デルフィーナが命じて、着替えを手伝う侍女たちが持ち出しているのだと思う。
「逃げられないように、金目の物を減らしているのでしょう」
侯爵家に戻れない私が、ドレスやアクセサリーを売って換金し、どこかへ逃げると、デルフィーナは考えたようだ。
「逃げるなんて……」
――そのうち、ルドヴィク様の愛情が戻るかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、ぼんやり窓を眺めた。
窓ガラスが歪み、また幻が見えた。
『セレーネはジュストを使って。わたくしを殺すかもしれません!』
『しかし、セレーネは部屋から出ず、おとなしくしているではないか』
『陛下はどちらが大切なの!?』
『もちろん、デルフィーナだ』
ルドヴィク様は迷わず答える。
幻なのに胸が痛む。
『ルドヴィク様より、ザカリア様が大事だとおっしゃったのよ。ジュストを捕らえて、罰を受けさせましょう』
『そうだな。王を軽んじることは許さん』
――幻が消えた。
ほんの一瞬のことで、それが私が作り出した幻影なのか、夢なのか、判別しにくいものだった。
けれど、嫌な予感がする。
「ジュスト、逃げて」
「いかがされましたか?」
「王宮にいては危険だわ。デルフィーナは従わなかったあなたに、危害を加えようとするでしょう」
ジュストは驚き、うなずいた。
「わかりました。しかし、セレーネ様もこのままでは、危険です。ザカリア様に保護を求めたらどうでしょうか」
「ザカリア様に?」
「少々変わった方ですが、ルドヴィク陛下から守れるのは、ザカリア様しかいらっしゃいません」
このままでは、私は死ぬ。
いいえ、殺される。
ジュストはそう考えているようだ。
罪をでっちあげることくらい、デルフィーナはなんでもない。
「でも、ザカリア様にご迷惑がかかるわ……」
「逃げられる時に逃げるしかありません。もし、セレーネ様が、王宮から脱出したいとお望みであれば、お助けします。どうされますか」
王宮に残るか、ザカリア様に庇護を求めるか。
私が生き延びる方法はひとつだけ。
「……ザカリア様にお願いしましょう」
守っていただけるかどうかわからない。
ザカリア様にとって、私は厄介者でしかない。
引き渡される可能性のほうが高い。
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