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16 休息を
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夜中に目が覚めると、泉地が丸まって眠っていた。
よっぽど疲れていたのか、眠っている間も動かなかった。
「ご飯を食べないで、大丈夫なのかしら」
犬を撫でるように頭を撫でてあげた。
狼の泉地は大きなシベリアンハスキーみたいで犬っぽくて可愛い。
まあ、犬より凶暴そうだけど。
毛並も綺麗で、滑らかだった。
犬や猫を飼いたかったけど、ずっとアパートで飼えなかったから、うっとりとしながら撫でていると、耳がぴくっと動いた。
「ごめんなさい。起こした?」
「いいよ。でも、人の姿の時に触ってくれたらいいのに」
「そ、それはちょっと……」
「狼の姿で驚いた?」
「少しね。でも、泉地だってすぐにわかったわよ」
ふかふかする毛並みをなでると泉地は目を細めた。
「なんなら、一緒に寝る?」
「えっ?」
「ほら」
前脚で私の体を引き寄せた。
ぼふっと毛のなかに体が埋もれた。
「泉地、ずるいでしょ! これは!」
抗いがたい幸福感に体を離すことができなかった。
ふわふわした毛が心地よい。
泉地の首をぎゅっと抱き締めた。
「どう?」
嬉しそうに泉地は聞いてきた。
「なんだか安心する」
あたたかくて、柔らかくて、眠くなってくる。
「なんか。複雑な気持ちだ」
「この姿なら、毎日一緒に眠りたいくらい」
「この姿じゃないと駄目?」
「そうね」
今日は安眠できそうだった。
「美知……。夏だから、暑くない? 人の姿のほうがよくない?」
「自分で自分に嫉妬しないでよ」
「そうだけど、納得いかない」
「え?」
「俺にとっては裸と同じだから」
はっとして顔を上げた。
「だから、他の獣にはこんなこと絶対にしないで」
「わ、わかったわ」
確かにそうよね。
裸……そう思ったのに、ふわふわの毛をした泉地から離れることができなくて、あまりの心地よさにそのまま、眠ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝になり、目を覚ますと残念なことに泉地は人の姿に戻っていた。
服は部屋の前に落ちていたのを洗って、乾かしてあげたのを着ていた。
頑張って部屋の前まで人の姿で来たけれど、私を待てずに狼の姿になってしまったらしい。
「どうして、私の部屋がわかったの?」
「夏休みに入る前に学食のおばちゃん達に聞いた」
あ、あいつらあああああ!
「うまく聞き出せてよかったよ」
でしょうね!
お喋りなんだから!
昨日から、何も食べていないようだったので、水とコーヒーとトースト、目玉焼きとサラダを出した。
「泉地、足りる? ごはん炊こうか? パン、まだあるわよ?」
「いや、すでに大盛だからいいよ。美知、この量だけど……獣の姿を基準にしてない?」
「え、だって……」
「美知の前ではしばらく、あの姿で暮らそうかな。そしたら、優しくしてくれるし」
「あれはずるいと思うわよ」
「そうかな」
私は自分のコーヒーに砂糖とミルクを入れた。
そして、泉地にはブラックコーヒーを渡す。
熱いコーヒーを飲みかけた手を止め、泉地は目を細めた。
「誰から聞いた?」
低く唸るような声に一瞬、狼の姿が見えた。
「鷹我君よ」
「俺の居ない間に近寄るなって言ったのに」
「少し話をしただけよ」
普段から、あまり表情が変わらない泉地だけど、ムッとしているのがわかった。
コーヒーカップを置くと、私に近づき、体に覆いかぶさるようにして両手をついた。
「ちょ、ちょっと! 泉地っ!」
「動かないで。他の獣の臭いがしないか、浮気してないかを確認してるから」
「するわけないでしょ! ちゃんと座りなさいよっ!」
泉地を叱ると、体を起こし、座り直した。
「美知。獣人は嫉妬深いんだ。他の奴の臭いがしたら、俺はそいつを殺すよ」
「こっ、こ、殺す……!?」
冗談じゃなくて、本気で言っているのだとわかった。
それが、なんでもないのことだというように泉地はコーヒーを口にした。
サラダを食べていた私はごくっとトマトを飲み込んだ。
今まで獣人を避けてきたわ私にとって、知らなければならないことが、たくさんあるようだった。
「ねえ、泉地。どうして獣化するくらい体が弱ったの?」
私だって、獣人の体が弱ると獣化することくらい、知っている。
「あれは……」
言おうか言うまいか、泉地が迷っているのがわかった。
「いきなり、部屋の前に狼がいたら、驚くでしょ。見つけたのが、私だったからよかったけど。大騒ぎになっていたわよ?」
迷う泉地の目を見て言った。
「これは興味本位じゃないわ。泉地のことを知りたいと思っているの」
「聞いたら、美知は俺の事情に巻き込まれるよ。それでも?」
「泉地は私の事情を知っても、一緒にいてくれる。それと同じことよ」
泉地はホッとしたように微笑んだ。
学園で、親しい人を作らないように気を付けている泉地は私に似ていた。
唯一、一緒にいるのはキングだけで、他の獣人には警戒しているようだった。
「話すけど、これは他言無用で」
「わかったわ」
「昨日、高也と一緒に獅央家から帰ってきたんだ」
獣人の世界の頂点に君臨する獅央家。
獅子の獣人が生まれ、その力は他の獣人達を軽く凌ぐと言われている。
私の年代に獅子の獣人はいなかった。
だから、そんなに詳しくはないけど、獅子の獣人を見たなり、特別だと感じた。
そこにいるだけで、他の獣人達とは違う威圧感と存在感。すでに彼は十六歳にして、獣人の王だった。
「獅央家にいる間は高也の戦闘訓練がある。俺は高也の護衛で、死なせないために昔から一緒にいる」
「それは、狼谷家から決められるの?」
「獣人世界の地位だね。守護の狼、補佐の豹ってかんじで。昔から、この役目はずっと続いているんだ」
昔、獣人達が生き抜くために選んだそれぞれの役目を今もなお崩していないということらしい。
「俺は高也から、離れられない。だから、一緒に戦闘訓練を受けている。獅央家から、最終日は必ず、痛めつけられて、ギリギリまで戦わされるんだ」
泉地はシャツをひょいっと脱いで見せた。
腹や胸に青アザができていた。
思わず、息を呑んだ。
「見えない部分をやられる。最初は体力があるから、なんとかなるけど、さすがに眠らずに戦うのはきつい」
「眠らずに!?」
「倒れて獣化させるまで、訓練は続く」
「そんなのって。泉地の両親はなんて言ってるの」
「これが、狼谷の役割だと両親もわかってる。俺が死んでも兄が二人いる。けれど、獅央家にはもう高也以外の獅子は生まれない」
「どういうこと?」
「獣人が心から愛した女性でなければ、獣人は生まれないって話は知ってる?」
「ええ」
「それもあるけど、獅子は生まれにくい。俺達の世界では、獅子が唯一の王だからこそ、生まれにくいと言われている」
つまり、学園にいる今のキングは学園の称号であるキングの名を持っているだけでなく、名実ともに獣人の王であるということ。
「高也が唯一の獅子だ。獣人の世界は高也を失うわけにはいかない。だから、高也がカヴァリエを選べば、俺達はそれを必死に守るしかないんだ。次代のために」
キングが愛したカヴァリエからじゃないと、獅子は生まれないから―――十六歳とは思えないほどの強い決意と鋭い目をしていた。
獣人の世界は私が思うより、厳しい世界だった。
私と泉地の経験の差を感じた。
でも、私は。
私にとっては―――
「私にとって、泉地は泉地ただ一人よ」
だから、死なないで欲しい。
兄二人が自分のスペアだと簡単に口に出してしまえる世界。
でも、私には泉地だけ。
「美知」
泉地は食らうようなキスをした。
そして、笑う。
「毎回、死ぬんじゃないかと思う。でも、今回は得した」
「え?」
「美知が心配してくれて、俺のことを大事にしてくれる」
泉地は抱き締めたまま離さず、首すじに唇を寄せた。
「美知。ポーンに適合者ってばれた?」
「ええ。薬を飲んでいてもわかる人にはわかるって」
「そうか」
泉地の低い声が耳元に響いた。
「美知、マーキングしたい」
「そ、それは……だ、だって」
「結構、我慢した方だと思うけどな。本当は獅央家行く前にマーキングするつもりだったし」
「そんなこと目論まないでよ」
「だから、美知」
今日一番の笑顔で泉地は体を押し倒した。
あまりに自然すぎて、今、なにが起きたのかわからなかったけど、泉地の体の重みを感じて、自分が押し倒されていることを理解した。
「無事に帰ってきたんだから、ご褒美をくれるよね?」
「ま、まって! ご褒美って……」
「ただいま、美知」
おかえりなさいを言う前に私の唇は泉地の唇に塞がれていた。
まだ、なにも答えてないのに―――!
よっぽど疲れていたのか、眠っている間も動かなかった。
「ご飯を食べないで、大丈夫なのかしら」
犬を撫でるように頭を撫でてあげた。
狼の泉地は大きなシベリアンハスキーみたいで犬っぽくて可愛い。
まあ、犬より凶暴そうだけど。
毛並も綺麗で、滑らかだった。
犬や猫を飼いたかったけど、ずっとアパートで飼えなかったから、うっとりとしながら撫でていると、耳がぴくっと動いた。
「ごめんなさい。起こした?」
「いいよ。でも、人の姿の時に触ってくれたらいいのに」
「そ、それはちょっと……」
「狼の姿で驚いた?」
「少しね。でも、泉地だってすぐにわかったわよ」
ふかふかする毛並みをなでると泉地は目を細めた。
「なんなら、一緒に寝る?」
「えっ?」
「ほら」
前脚で私の体を引き寄せた。
ぼふっと毛のなかに体が埋もれた。
「泉地、ずるいでしょ! これは!」
抗いがたい幸福感に体を離すことができなかった。
ふわふわした毛が心地よい。
泉地の首をぎゅっと抱き締めた。
「どう?」
嬉しそうに泉地は聞いてきた。
「なんだか安心する」
あたたかくて、柔らかくて、眠くなってくる。
「なんか。複雑な気持ちだ」
「この姿なら、毎日一緒に眠りたいくらい」
「この姿じゃないと駄目?」
「そうね」
今日は安眠できそうだった。
「美知……。夏だから、暑くない? 人の姿のほうがよくない?」
「自分で自分に嫉妬しないでよ」
「そうだけど、納得いかない」
「え?」
「俺にとっては裸と同じだから」
はっとして顔を上げた。
「だから、他の獣にはこんなこと絶対にしないで」
「わ、わかったわ」
確かにそうよね。
裸……そう思ったのに、ふわふわの毛をした泉地から離れることができなくて、あまりの心地よさにそのまま、眠ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝になり、目を覚ますと残念なことに泉地は人の姿に戻っていた。
服は部屋の前に落ちていたのを洗って、乾かしてあげたのを着ていた。
頑張って部屋の前まで人の姿で来たけれど、私を待てずに狼の姿になってしまったらしい。
「どうして、私の部屋がわかったの?」
「夏休みに入る前に学食のおばちゃん達に聞いた」
あ、あいつらあああああ!
「うまく聞き出せてよかったよ」
でしょうね!
お喋りなんだから!
昨日から、何も食べていないようだったので、水とコーヒーとトースト、目玉焼きとサラダを出した。
「泉地、足りる? ごはん炊こうか? パン、まだあるわよ?」
「いや、すでに大盛だからいいよ。美知、この量だけど……獣の姿を基準にしてない?」
「え、だって……」
「美知の前ではしばらく、あの姿で暮らそうかな。そしたら、優しくしてくれるし」
「あれはずるいと思うわよ」
「そうかな」
私は自分のコーヒーに砂糖とミルクを入れた。
そして、泉地にはブラックコーヒーを渡す。
熱いコーヒーを飲みかけた手を止め、泉地は目を細めた。
「誰から聞いた?」
低く唸るような声に一瞬、狼の姿が見えた。
「鷹我君よ」
「俺の居ない間に近寄るなって言ったのに」
「少し話をしただけよ」
普段から、あまり表情が変わらない泉地だけど、ムッとしているのがわかった。
コーヒーカップを置くと、私に近づき、体に覆いかぶさるようにして両手をついた。
「ちょ、ちょっと! 泉地っ!」
「動かないで。他の獣の臭いがしないか、浮気してないかを確認してるから」
「するわけないでしょ! ちゃんと座りなさいよっ!」
泉地を叱ると、体を起こし、座り直した。
「美知。獣人は嫉妬深いんだ。他の奴の臭いがしたら、俺はそいつを殺すよ」
「こっ、こ、殺す……!?」
冗談じゃなくて、本気で言っているのだとわかった。
それが、なんでもないのことだというように泉地はコーヒーを口にした。
サラダを食べていた私はごくっとトマトを飲み込んだ。
今まで獣人を避けてきたわ私にとって、知らなければならないことが、たくさんあるようだった。
「ねえ、泉地。どうして獣化するくらい体が弱ったの?」
私だって、獣人の体が弱ると獣化することくらい、知っている。
「あれは……」
言おうか言うまいか、泉地が迷っているのがわかった。
「いきなり、部屋の前に狼がいたら、驚くでしょ。見つけたのが、私だったからよかったけど。大騒ぎになっていたわよ?」
迷う泉地の目を見て言った。
「これは興味本位じゃないわ。泉地のことを知りたいと思っているの」
「聞いたら、美知は俺の事情に巻き込まれるよ。それでも?」
「泉地は私の事情を知っても、一緒にいてくれる。それと同じことよ」
泉地はホッとしたように微笑んだ。
学園で、親しい人を作らないように気を付けている泉地は私に似ていた。
唯一、一緒にいるのはキングだけで、他の獣人には警戒しているようだった。
「話すけど、これは他言無用で」
「わかったわ」
「昨日、高也と一緒に獅央家から帰ってきたんだ」
獣人の世界の頂点に君臨する獅央家。
獅子の獣人が生まれ、その力は他の獣人達を軽く凌ぐと言われている。
私の年代に獅子の獣人はいなかった。
だから、そんなに詳しくはないけど、獅子の獣人を見たなり、特別だと感じた。
そこにいるだけで、他の獣人達とは違う威圧感と存在感。すでに彼は十六歳にして、獣人の王だった。
「獅央家にいる間は高也の戦闘訓練がある。俺は高也の護衛で、死なせないために昔から一緒にいる」
「それは、狼谷家から決められるの?」
「獣人世界の地位だね。守護の狼、補佐の豹ってかんじで。昔から、この役目はずっと続いているんだ」
昔、獣人達が生き抜くために選んだそれぞれの役目を今もなお崩していないということらしい。
「俺は高也から、離れられない。だから、一緒に戦闘訓練を受けている。獅央家から、最終日は必ず、痛めつけられて、ギリギリまで戦わされるんだ」
泉地はシャツをひょいっと脱いで見せた。
腹や胸に青アザができていた。
思わず、息を呑んだ。
「見えない部分をやられる。最初は体力があるから、なんとかなるけど、さすがに眠らずに戦うのはきつい」
「眠らずに!?」
「倒れて獣化させるまで、訓練は続く」
「そんなのって。泉地の両親はなんて言ってるの」
「これが、狼谷の役割だと両親もわかってる。俺が死んでも兄が二人いる。けれど、獅央家にはもう高也以外の獅子は生まれない」
「どういうこと?」
「獣人が心から愛した女性でなければ、獣人は生まれないって話は知ってる?」
「ええ」
「それもあるけど、獅子は生まれにくい。俺達の世界では、獅子が唯一の王だからこそ、生まれにくいと言われている」
つまり、学園にいる今のキングは学園の称号であるキングの名を持っているだけでなく、名実ともに獣人の王であるということ。
「高也が唯一の獅子だ。獣人の世界は高也を失うわけにはいかない。だから、高也がカヴァリエを選べば、俺達はそれを必死に守るしかないんだ。次代のために」
キングが愛したカヴァリエからじゃないと、獅子は生まれないから―――十六歳とは思えないほどの強い決意と鋭い目をしていた。
獣人の世界は私が思うより、厳しい世界だった。
私と泉地の経験の差を感じた。
でも、私は。
私にとっては―――
「私にとって、泉地は泉地ただ一人よ」
だから、死なないで欲しい。
兄二人が自分のスペアだと簡単に口に出してしまえる世界。
でも、私には泉地だけ。
「美知」
泉地は食らうようなキスをした。
そして、笑う。
「毎回、死ぬんじゃないかと思う。でも、今回は得した」
「え?」
「美知が心配してくれて、俺のことを大事にしてくれる」
泉地は抱き締めたまま離さず、首すじに唇を寄せた。
「美知。ポーンに適合者ってばれた?」
「ええ。薬を飲んでいてもわかる人にはわかるって」
「そうか」
泉地の低い声が耳元に響いた。
「美知、マーキングしたい」
「そ、それは……だ、だって」
「結構、我慢した方だと思うけどな。本当は獅央家行く前にマーキングするつもりだったし」
「そんなこと目論まないでよ」
「だから、美知」
今日一番の笑顔で泉地は体を押し倒した。
あまりに自然すぎて、今、なにが起きたのかわからなかったけど、泉地の体の重みを感じて、自分が押し倒されていることを理解した。
「無事に帰ってきたんだから、ご褒美をくれるよね?」
「ま、まって! ご褒美って……」
「ただいま、美知」
おかえりなさいを言う前に私の唇は泉地の唇に塞がれていた。
まだ、なにも答えてないのに―――!
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