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12 狼は牽制する

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桜が散り、緑の葉が色づく頃、マリアステラ学園では前期テストが行われる。
学園内におけるランキングは運動と学力の総合得点で争われ、テスト期間が近づくと、休み時間すら勉強の時間にあてる生徒であふれ、真剣そのものだ。
学力テスト前になると、いつもは賑やかな学食も暇になる。
食べる暇も惜しんで勉強する生徒が多いせいだ。
希望者には部屋で食べれるようにおにぎりやパン、弁当など外部業者が販売に来るため、食堂利用者は減って私達食堂スタッフはヒマだった。

「青春だねぇ」

「私にもあんな頃があったよ」

必死なのは獣人だけではない。
ランキング上位になれば、適合者マリア達は優秀な獣人達に選ばれる可能性が増える。
美しく賢く強い獣人に憧れる適合者マリア達。
それは私が在学していた頃から変わってない。
懐かしい気持ちで頑張る生徒達を眺めていると、おばちゃん達が私の前にズイッと顔を寄せてきた。

「なによ」

「みっちゃん。若い子達のラブラブぶりを他人事のように見ている場合じゃないよ」

「いい人でも紹介しようか? あんたみたいな若い子が、こんな出会いもないとこで働いてると、あっという間にババアだよ」

おばちゃん達は私に容赦ない。
できれば、放っておいて欲しいけど、ヒマなせいで余計にいつも以上、しつこく食らいついてくる。

「私のことは気にしなくていいの! サボってないで仕事しなさいよっ!」

「そうはいかないよ。みっちゃん、私の甥っ子とかどうだい。なかなかのいい勤め先でねぇ」

「こっちもいい人いるよ。役所務めの真面目な三十歳独身でね、結婚相手を探しているんだけど、会ってみるだけでもいいからさ」

私の話をまったく聞いていない。
額に手を当てて、どうしたものかと考えていると―――

「なんの話?」

コンコンッとカウンターを叩く音がした。
泉地いずちだった。
夏服の制服は上着がなく、黒い半袖のシャツだけになる。
SSクラスになるとクリーニングサービスも使えるからか、シャツはぱりっとしていて、皺ひとつなかった。
まだ昼食には少し早いけれど、テスト休みの期間中で授業がなく、泉地は食事をしにきたようだった。

「勉強しなくていいの?」

「平気」

あ、そうですか……と苦笑した。
マリアステラ学園の学力レベルは低くない。
授業についていくのも大変で、私はテスト期間、死に物狂いで勉強していたというのに泉地にとってなんでもないことのようだった。

「ナイト君じゃないかい」

「今日もイケメンだねえ」

「ナイトになって、モテモテなんだろ?」

「可愛いカヴァリエは見つかった?」

わらわらと集まってきた。
だから―――仕事をしろと!

「美知さんには彼氏がいますよ」

「ちょ、ちょっと!」

何を言い出すのよっー!
今、そんなこと言ったら、ヒマを持て余したおばちゃん達の格好の餌食じゃないの!
案の定、おばちゃん達は大騒ぎになった。

「本当かい!」

「みっちゃーーーーん!」

「水臭いね! どこのどいつか言いなよ!」

「これは詳しく聞きたいね。飲み会しよう、飲み会」

お祭り状態になってしまった。

「しません!」

「どんな人だい!?」

「言うわけないでしょって違う! い、いないってば……」

「いるよ」

「ナイト君! そこ、詳しく!」

私からなにも聞き出せないとわかると、泉地をターゲットに絞る。
その速さはオリンピックに出場できるんじゃないかってくらいかってくらいの瞬発力だった。

「見た目は? 職業は? 性格は?」

「そうですね。結構、見た目よりも嫉妬深くて、ケンカも強いし、浮気なんかした日にはなにが起こるか、わかりませんよ」

「ほーう。そんな人かい!」

「はー、みっちゃん。愛されているんだね」

「確かにこの仕事をしていると、休みはなかなかとれないし、勤務時間もバラバラだし。それくらい執念深くないと、続かないかもねぇ」

「マリアステラ学園勤務だと、外にも出にくいのにそれでもいいなんて寛大な彼氏でいいじゃないか!」

これは、私にだけわかる泉地からの忠告だった。
浮気をしたらどうなるかわからないなんて、怖いんですけど……

「経済力があるのなら、いいけどね」

「安定した職業なのかってのも大事なんだよ」

高校生に経済力なんて求めてもね。
現実の話をよく聞いておきなさいよと、泉地をちらりと横目で見た。

「ボディガードの仕事をしているので、毎月給料は支払われていますね」

―――初耳だった。
給料って高校生でしょ!?
それもボディガードって物騒すぎる。

「職業はボディガードかい!?」

「これは本当に強そうだね」

「はい、お喋りはここまでよ。オープンの時間だから! 解散して! はい、解散っ!」

「えー、みっちゃん」

「これから、いいところだったのにねえ」

なにが、いいところよ。
これ以上、話をしていたら、ボロが出ないとも限らない。
泉地の顔を見ると、満足そうに笑っていた。

「煮込みハンバーグ定食」

「……はい」

あたふたしているこっちが馬鹿みたいだ。
泉地はいつもの席に座り、素知らぬ顔でデミグラスソースたっぷりのハンバーグを食べている。
ちょっとくらい慌てた顔がみてみたい。
泉地の生意気な顔を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
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