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9 待ち合わせ
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約束した通り、日曜日の昼過ぎ、学園近くの駅で泉地は待っていた。
だぶっとしたベージュスラックスにスニーカー、柄シャツをTシャツの上にはおり、シンプルな細い銀のチェーンネックレスをつけていた。
確かに高校生に見えない。
見えないのはいいけど―――
「あの人、かっこいいわね」
「モデルじゃない?」
獣人は外見が美しい人が多い。
その容姿で人を魅了し、虜にしてしまうと言われていた。
泉地もそうで春の日差しが茶色の髪をカフェオレ色に染めていた。
時折、強い風が吹いて前髪が揺れ、見えた瞳も同じ色をし、とても綺麗だった。
目立ち過ぎて、近寄るに近寄れない。
「美知」
私を見つけた泉地がひらひらと手を振った。
サッと視線をそらして他人のふりをしてしまったけど、私に視線がグサグサと突き刺さっているのがわかる。
逃げ場がなく諦めて居心地悪い空気の中、女の子達の前をうつむきながら、通り過ぎた。
「ごめんなさい。遅かった?」
「早めに来てた。豹路に見つかると面倒だから」
「豹路君ってクイーンのこと? 泉地の友達じゃないの?」
そう尋ねると泉地は嫌そうな顔をした。
「友達じゃない。あいつは獅央家のスパイだよ。高也や俺を監視するだけじゃなく、学園の内情や力関係を報告するための獅央家の駒だ」
「駒って……」
「マリアステラ学園より俺達の世界のほうがチェスゲームの世界に近いかもしれない。獅央を補佐する豹路に守る狼谷」
つまり、今のメンバーは獣人世界における役割を反映しているということらしい。
苦々しい顔は誇らしいというよりは泉地につけられた枷のように感じた。
前髪から覗いた目はいつもより鋭く、表情は険しかった。
「弱点をみせるわけにはいかない。だから、美知のことは豹路に知られないようにする」
「私が弱点になるの?」
「付き合っていることが弱点なんじゃない。家族やその周りの人間を人質に獅央家の駒にして、利用される。俺だけじゃなく狼谷家すべてが。だから、美知だから弱点になるってわけじゃない」
「付き合っているって、違うでしょ!? 誤解を招くようなこと言わないで。まだなにもないんだから。弱点かどうかより、豹路君だけじゃなく、世間全般に知られないようにして!」
「厳しい……」
「厳しくないわよ!」
サラッと恋人ポジションにおさまらないで欲しい。
危うく、普通に返事をするところだった。
「本当は俺のこと、好きなくせに」
「そんなこと言ってると、置いていくわよ」
先に改札口を出ると、泉地はため息をついていた。
ため息をつきたいのはこっちのほうよ。
「美知はパンツスタイルもいいけど、ワンピースも似合っているね」
「そういうことをよく普通に言えるわね」
「美知と違って、素直だからかな」
ナチュラル系のコーデが好きで、休みの日にはワンピースをよく着ていた。
黒地に白の小花柄のワンピース、黒いリボンがついたトートバッグで髪は簡単に後ろで結んであるだけ。
完全なお休みモードだった。
電車が来て二人で乗ると、泉地は窓の外を物珍しげに眺めていた。
「泉地は電車って乗らないの?」
「狼谷の運転手か、高也がいる時は獅央家の運転手がついているから、乗らないかな」
「お坊っちゃんね」
「それは否定しないよ」
「学園の外なんて、興味ないのかと思っていたわ」
「学園の外は楽しいと思うよ。自由があって」
私は楽しいなんて思ったことない。
私にとって、学園の外の思い出は苦しいものばかりだった。
唯一、恩師に会いに行く日だけが私の楽しみで、その時間だけが人生で一番優しい時間を過ごせていた。
「外なら誰も俺のこと知らないし」
「泉地はそうかもしれないわね。でも、私は学園の中にいたほうが安心できるの」
私と泉地は違う。
泉地のことを知らなかった私も泉地がナイトになってから、少しずつ分かり始めてきた。
狼谷家は獣人の中でもトップクラスの家であり、獣人の生徒達から恐れられ、教師ですら気をつかっているのが見てわかる。
マリアステラ学園に集められる獣人は獣人達の中でも選ばれた存在。
その中で上に立つということはエリート中のエリートだと言っていい。
それが、どう間違って泉地は私を選んだのか――――
「学園の外なら堂々と手を繋げる」
ほらね、と言って泉地は私の手を繋いだ。
私の指にするりと滑り込んだ指が自然すぎてなにが起きたか、わからなかった。
そのまま、強く握りしめられた。
「泉地、あ、あのね……」
「なに?」
笑った顔があまりに幸せそうだったので、私は手を離してとは言えなかった。
これは今だけなんだから。
そう自分に言い聞かせていたけれど、その手のぬくもりが嫌じゃないと思い始めていた。
だぶっとしたベージュスラックスにスニーカー、柄シャツをTシャツの上にはおり、シンプルな細い銀のチェーンネックレスをつけていた。
確かに高校生に見えない。
見えないのはいいけど―――
「あの人、かっこいいわね」
「モデルじゃない?」
獣人は外見が美しい人が多い。
その容姿で人を魅了し、虜にしてしまうと言われていた。
泉地もそうで春の日差しが茶色の髪をカフェオレ色に染めていた。
時折、強い風が吹いて前髪が揺れ、見えた瞳も同じ色をし、とても綺麗だった。
目立ち過ぎて、近寄るに近寄れない。
「美知」
私を見つけた泉地がひらひらと手を振った。
サッと視線をそらして他人のふりをしてしまったけど、私に視線がグサグサと突き刺さっているのがわかる。
逃げ場がなく諦めて居心地悪い空気の中、女の子達の前をうつむきながら、通り過ぎた。
「ごめんなさい。遅かった?」
「早めに来てた。豹路に見つかると面倒だから」
「豹路君ってクイーンのこと? 泉地の友達じゃないの?」
そう尋ねると泉地は嫌そうな顔をした。
「友達じゃない。あいつは獅央家のスパイだよ。高也や俺を監視するだけじゃなく、学園の内情や力関係を報告するための獅央家の駒だ」
「駒って……」
「マリアステラ学園より俺達の世界のほうがチェスゲームの世界に近いかもしれない。獅央を補佐する豹路に守る狼谷」
つまり、今のメンバーは獣人世界における役割を反映しているということらしい。
苦々しい顔は誇らしいというよりは泉地につけられた枷のように感じた。
前髪から覗いた目はいつもより鋭く、表情は険しかった。
「弱点をみせるわけにはいかない。だから、美知のことは豹路に知られないようにする」
「私が弱点になるの?」
「付き合っていることが弱点なんじゃない。家族やその周りの人間を人質に獅央家の駒にして、利用される。俺だけじゃなく狼谷家すべてが。だから、美知だから弱点になるってわけじゃない」
「付き合っているって、違うでしょ!? 誤解を招くようなこと言わないで。まだなにもないんだから。弱点かどうかより、豹路君だけじゃなく、世間全般に知られないようにして!」
「厳しい……」
「厳しくないわよ!」
サラッと恋人ポジションにおさまらないで欲しい。
危うく、普通に返事をするところだった。
「本当は俺のこと、好きなくせに」
「そんなこと言ってると、置いていくわよ」
先に改札口を出ると、泉地はため息をついていた。
ため息をつきたいのはこっちのほうよ。
「美知はパンツスタイルもいいけど、ワンピースも似合っているね」
「そういうことをよく普通に言えるわね」
「美知と違って、素直だからかな」
ナチュラル系のコーデが好きで、休みの日にはワンピースをよく着ていた。
黒地に白の小花柄のワンピース、黒いリボンがついたトートバッグで髪は簡単に後ろで結んであるだけ。
完全なお休みモードだった。
電車が来て二人で乗ると、泉地は窓の外を物珍しげに眺めていた。
「泉地は電車って乗らないの?」
「狼谷の運転手か、高也がいる時は獅央家の運転手がついているから、乗らないかな」
「お坊っちゃんね」
「それは否定しないよ」
「学園の外なんて、興味ないのかと思っていたわ」
「学園の外は楽しいと思うよ。自由があって」
私は楽しいなんて思ったことない。
私にとって、学園の外の思い出は苦しいものばかりだった。
唯一、恩師に会いに行く日だけが私の楽しみで、その時間だけが人生で一番優しい時間を過ごせていた。
「外なら誰も俺のこと知らないし」
「泉地はそうかもしれないわね。でも、私は学園の中にいたほうが安心できるの」
私と泉地は違う。
泉地のことを知らなかった私も泉地がナイトになってから、少しずつ分かり始めてきた。
狼谷家は獣人の中でもトップクラスの家であり、獣人の生徒達から恐れられ、教師ですら気をつかっているのが見てわかる。
マリアステラ学園に集められる獣人は獣人達の中でも選ばれた存在。
その中で上に立つということはエリート中のエリートだと言っていい。
それが、どう間違って泉地は私を選んだのか――――
「学園の外なら堂々と手を繋げる」
ほらね、と言って泉地は私の手を繋いだ。
私の指にするりと滑り込んだ指が自然すぎてなにが起きたか、わからなかった。
そのまま、強く握りしめられた。
「泉地、あ、あのね……」
「なに?」
笑った顔があまりに幸せそうだったので、私は手を離してとは言えなかった。
これは今だけなんだから。
そう自分に言い聞かせていたけれど、その手のぬくもりが嫌じゃないと思い始めていた。
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