部屋にいるもの

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
2 / 2

部屋に居着く

しおりを挟む
その日のうちにえいやっと片付けをしてしまい(まだ散らかってはいるが)、俺は急遽100均に走った。
近頃の100均はいろいろ揃っているのでなんとも便利だ。そこで線香と線香を立てる器と灰を買って来る。
ライターは使い捨てが部屋の何処かに転がっていたはず、とタンスの中を探してみれば見つかった。
棚の上を開けてそれらをセットし、そして火を付け、線香を立てた。
その前で手を合わせる。

「何かしてやれるわけじゃないけど、まあ、俺がしたいからするだけなんだけど」

これで、もし彷徨っている猫の魂が成仏出来るならば安いものだ。
俺は猫達が安らかに眠れるようにとしばらく目を閉じて祈っていた。












「フギャアアア!!」
「うわあ!!」

やはり午前2時に起こされた。やはりあんなものじゃ成仏出来ないか。
そう思って部屋を見回す。そこで初めて気がついた。部屋の隅に、なんだか他よりも暗い場所がある。

「なんだ?」

目を凝らすと、それがだんだん人の形に見えてきた。黒い人影が部屋の隅に蹲っている。ふとそいつと目が合った気がした。すると、何故か体が動かなくなった。起きているのに、はっきりと意識があるのに、体が動かない。
その人影がゆらりと立ち上がった。そしてゆらりゆらりとこちらへ近づいて来る。

(来るな…)

背筋が凍り付く。あれは、なんだか分からないけれどヤバいものだ。動きたいのに動けない。
そいつが手を伸ばしてくる。いや、よく見れば、その手には刃物のようなものが握られている。

(やめろ…)

そいつが腕を振り上げた。

(やめろ…!)

「フギャアゴ!!」
「うわああああ!!」

猫の叫び声がして、俺は飛び起きた。

「あれ…、夢?」

心臓がバクバク言っている。冷や汗がびっしょりだ。
ふと気になって部屋の隅にちらりと視線を走らせるが、もう暗い場所はなかった。

「なんだ…。夢か…」

いつもの猫の声を夢で見てしまっただけかと、ふとスマホの時計を見る。

「2時…半?」

いつもなら2時少し過ぎた所のはずなのに、何故今日に限って…。
あれは本当に夢だったのかと改めて冷や汗が流れて来た。














そしてその日から、猫の叫び声に加え、黒い人影が近づいて来る夢?を見るようになってしまった。毎晩汗でびっしょりになる。

「相良~、顔色悪いぜ?」

同僚の田中が声を掛けてくる。

「あ、ああ…。ちょっとな…」
「何? 彼女に振られたとか?」
「そもそも彼女がいないわ」
「そーでした」

田中は話しやすい奴だ。俺は疲れとストレスと誰かに聞いてもらいたいという気持ちから、その夜田中を食事に誘った。

「…というわけなんだよ」
「引っ越せ」
「そう簡単に行くか」

つまみを突きつつ、あれほど美味いと思っていたビールも喉を通らない。

「そもそも俺に心霊相談とか、無理無理無理。俺怖いの超苦手なんよ?」
「よくそう胸を張って言えるな」
「女の子の前では言わないけどな」

でしょうね。

「だから、簡単な方法が1つある。引っ越すしかない」
「それが一番難しいから相談してるんだ」

引っ越せるなら引っ越している。しかし荷物もまだ片付けたばかり。次の部屋を見付けるにしても日数が掛かる。

「場所的にも部屋の広さ的にも丁度いい所なんだけどなぁ」
「おいおい、変死体になって見つかったりしてくれないでくれよ? 俺お前が休んでも様子見にいかないからな?」
「お前、薄情すぎない?」

相談する相手を間違えた気がする。しかしそうやって軽口を叩いているだけでも気が紛れた。

「今日だけでも俺んちに泊まるか? 布団はないけど座布団くらいならある」

今日は金曜日。明日は有り難い事に休みだ。

「ああ、とにかく一晩だけでもいいからぐっすり休みたい…」
「あああ、彼女がいれば俺んちは駄目だからなくらいの見栄が言えたのに…」
「お互い出会いがないな…」

やけくその乾杯をして、その日はしこたま飲んだ。











「ルナ?」
「んにゃ~ん」

白雉ブチ猫のルナが、俺の膝の上で俺を見上げて座っていた。

「ルナ? やっぱり、あの声はルナだったのか?」

猫の叫び声なんて聞き分けが出来るとは思えないけれど、あれはルナの声っぽくはなかったんだが。

「んなあ」

ルナが俺の膝から降りて、スタスタと何処かへ行く。

「どこに行くんだ?」

何となく付いて行くと、見慣れたタンス。

「なあ」

タンスをカリカリしている。

「あ」

ルナが亡くなった時、形見分けで骨を入れたキーホルダーをもらったんだった。それをタンスの引き出しにしまっていた。
記憶を頼りに引き出しを探すと、それがあった。

「これか?」
「んなあ~」

ルナがいつもの人懐っこい顔でこちらを見上げていた。













「ルナ?」

気付くと朝になっていた。

「うわ…」

まさか本当に座布団で寝るとは…。というか、田中も一緒に座布団を枕にして床で寝ている。
記憶を掘り起こしてみればあの後、べろべろに酔った俺達はとにかく田中の家までやって来て、どっちがベッドだと言い合いながら二人で座布団を枕にして眠ってしまったのだった。う、体が痛い。
田中を揺り起こし、せめてもの礼とばかりに朝食の用意をする。一言言っておく。いつも面倒くさくてやらないが、それなりに料理は出来るのだ。

「他人の作ってくれた飯なんて、何日ぶりだろう…。男じゃなかったらもっと良かったけど」
「文句があるなら食べなくて良いぞ」
「食う食う。食べます。頂きます」

と言っても食パンにスクランブルエッグに卵を溶いたスープだけどな。

「やべ、美味い。お前いいお嫁さんになれるんじゃね?」
「お婿さんになりたいわあたし」

そんなアホな事を言いつつ、食事を終え、田中の家を後にした。
久々に朝までぐっすり眠れたせいか、深酒をしたわりには良い目覚めだ。

「そういえば…」

今朝のあの夢は何だったのだろう? 気になった俺は足早に家へと帰る。
そしてタンスへ直行。あれからあの部屋の隅は気持ち悪くてなんとなく避けるようになってしまっている。
夢の中と同じく引き出しを漁ると、あのキーホルダーが出て来た。

「ルナ…」

ルナが亡くなった時は涙が涸れるんじゃないかというくらい泣いた。なにせ自分が生まれた時にはすでにルナがいたのだ。自分の兄貴分でもあったルナ。寝る時はいつも側にいてくれたルナ。母が自分より俺に懐いていることに拗ねてしまったこともある。のわりにはいつも写真を撮る時は俺とルナは一緒だったけれど。
まさに兄弟のように育った猫だった。年を取ってからは寝てばかりいたけれど、俺の大切な兄貴だった。

「忘れてたわけじゃないんだぜ? 形より心だろ?」

そう言い訳をしつつ、なんとなくそのキーホルダーを枕元に置いておいた。
やはり田中の言うとおり引っ越しを考えなければならないかもしれないと、俺はパソコンを開いて物件検索をかけるのだった。













「うー…」

猫の低い唸り声で目が覚めた。しかしいつものように体が動かない。

(金縛り?)

左の枕元に置いておいたルナのキーホルダーの辺りから猫の唸り声がする。

「うー…」
「フギャア!」
「ウギャアウ!」

いつもとは違う、複数の猫の声がする。いつもの叫び声ではなく、何かに向かって威嚇するような声。
俺は何とか動く目で辺りを見回す。なんだか、俺の周りに複数の猫がいる気がする。
そして、やはり部屋の隅に黒い影。
それがのそりと動き出す。

「フギャア!」
「ギャウ」

猫の唸り声がいっそう激しくなる。
黒い影はゆらりゆらりとこちらへ近づいて来た。

「ギャウ!」

俺の左の枕元で一際大きな声が聞こえると、一斉に猫と思われる影がその黒い影に向かって飛びかかっていった。
猫達に襲われ、黒い影が苦しそうに身を捩る。猫は弾き飛ばされても何度も向かって行く。
そのうち、黒い影が倒れ込んだ。そのまま床に開いた穴に吸い込まれるかのように消えて行った。

「なう」

左の枕元から甘えるような声がする。

「ルナ?」

首を動かすと、そこにはぼんやりとしたルナの姿があった。
ルナが俺を見て、その後線香を立ててある棚を見た。

「ああ、しばらく続けさせてもらうよ」
「なう」

ルナが俺の顔に頬ずりすると、その姿はかき消えた。
体を起こすと、ぼんやりと見えていた猫達の姿も消えていった。

「そうか。決着を着けられたんだな…。良かった…」

俺は、棚の線香に向かって手を合わせた。
今度こそ本当に、安らかに猫達が眠れるように、と。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

鈴落ちの洞窟

山村京二
ホラー
ランタンの灯りが照らした洞窟の先には何が隠されているのか 雪深い集落に伝わる洞窟の噂。凍えるような寒さに身を寄せ合って飢えを凌いでいた。 集落を守るため、生きるために山へ出かけた男たちが次々と姿を消していく。 洞窟の入り口に残された熊除けの鈴と奇妙な謎。 かつては墓場代わりに使われていたという洞窟には何が隠されているのか。 夫を失った妻が口にした不可解な言葉とは。本当の恐怖は洞窟の中にあるのだろうか。

【完結】黒い金魚鉢

雪則
ホラー
暇つぶしにどうぞ。 これは僕が常日頃に空想する世界を作品にしてみました。 あらゆる可能性が広がる世界。 「有り得ない」なんてことはないはずです。 短編なのでサクッと読めると思います。 もしこの作品をよんで感じたことなどあれば感想レビューいただければ幸いです。

幽霊船の女

ツヨシ
ホラー
海を漂う幽霊船に女がいた。

ヒナタとツクル~大杉の呪い事件簿~

夜光虫
ホラー
仲の良い双子姉弟、陽向(ヒナタ)と月琉(ツクル)は高校一年生。 陽向は、ちょっぴりおバカで怖がりだけど元気いっぱいで愛嬌のある女の子。自覚がないだけで実は霊感も秘めている。 月琉は、成績優秀スポーツ万能、冷静沈着な眼鏡男子。眼鏡を外すととんでもないイケメンであるのだが、実は重度オタクな残念系イケメン男子。 そんな二人は夏休みを利用して、田舎にある祖母(ばっちゃ)の家に四年ぶりに遊びに行くことになった。 ばっちゃの住む――大杉集落。そこには、地元民が大杉様と呼んで親しむ千年杉を祭る風習がある。長閑で素晴らしい鄙村である。 今回も楽しい旅行になるだろうと楽しみにしていた二人だが、道中、バスの運転手から大杉集落にまつわる不穏な噂を耳にすることになる。 曰く、近年の大杉集落では大杉様の呪いとも解される怪事件が多発しているのだとか。そして去年には女の子も亡くなってしまったのだという。 バスの運転手の冗談めかした言葉に一度はただの怪談話だと済ませた二人だが、滞在中、怪事件は嘘ではないのだと気づくことになる。 そして二人は事件の真相に迫っていくことになる。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

獣吼の咎者

凰太郎
ホラー
「どうか、あの〈獣〉を殺して! あの恐ろしい〈獣〉を!」 シスター・ジュリザの懇願を請け、モンスタースレイヤー〝夜神冴子〟はニューヨークへと渡米した。 そこは、獣人達による群勢〈ユニヴァルグ〉によって統治された悪夢の地……。 牙爪が入り乱れる混戦の中、はたして銀弾が射抜くべき〈獣〉とは、どいつなのか? そして、冴子が背負う〝咎〟は償えるのか? 闇暦戦史第三弾、開幕! 闇暦の月に獣が吼える!

トゥルルルル……!

羽黒
ホラー
拾った携帯は、100件を超す電話履歴が残されていた! 保存された36件の留守番電話のメッセージは、 自分へ宛てたSOSだった――!? 携帯を拾っただけなのに。 日常の平穏を襲う、全く新しいミステリーホラー! あなたは、これを読んだ後でも携帯電話を拾えますか? ※この小説は多重投稿になります。

処理中です...