妖しのハンター

小笠原慎二

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眠りの陰で

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マルチナのスーツは引き裂かれ、とても着られる物じゃなかった。何か着られる物でも持っていたら貸してやれたかもしれないが、あいにくそんな物はない。仕方なく大きめの葉っぱなどでとりあえず隠さなければならない所だけ隠せるようにして、あとは担いで皆の元へと急いだ。
皆の元へと追いつくと、全員が息を飲んだ。まあ何をされたかは一目瞭然だろうからな。

「マルチナ…! あの、これ、これ使って!」

ロミーナが大きな布きれを出して来た。掛け布団として使っていたらしい。それをマルチナの体に巻き付けてやるが、マルチナはほとんど何も反応しなかった。

「エデル、今夜はこの近辺で野宿にした方が良いと思う」
「どうして?」

俺の突然の申し出にエデルが首を傾げる。

「あいつはこの辺りの主だった可能性がある。だとしたらこのまま動き回るより奴の縄張りにいた方が面倒な奴に会わなくて済むと思うんだ」
「なるほど。確かにそうだな」

この森は少し登ったり下ったりと地形も複雑だし歩きにくい。皆も疲れも溜まっているだろうしと、少し開けた平らな場所を見付け、野宿することにした。さすがに全員分のテントを張るスペースはないので少し分散する形になる。少し早いが夕飯を食べ、休めるうちに休もうと言うことになった。今日は少し長い時間寝られるだろう。
生徒達の方が疲れも溜まっているだろうと、今日の見張りは少し変更。生徒達全員でまずは休んでもらう。いつもは時間を等分に分けるところだが、今日は少し長く休んでもらうことにした。その間にポーラとガイアンドが見張り。その後に俺とエデル、最後に生徒達だ。なんだかポーラがちょっと嫌そうな顔をしていたけど…。









「アリーフェア、お花?」
「うん、寝る前にちょっと」

お花とはまあつまりトイレである。さすがに人目のある所ではゆっくり出来ないので、こればかりは少し単独行動することになる。しかしあまり離れすぎないように注意する。
ロミーナに断り、大木の木陰へと入っていく。木の根も上手い具合に目隠しになってくれる。
ロミーナはほとんど喋らないマルチナに付きっきりで介抱している。体に然程の傷はないのではあるが、食事も取ろうとせず自発的に動こうとしない。ロミーナはそんなマルチナを心配して甲斐甲斐しく食事の世話などをしてやっている。
アリーフェアも可哀相だとは思うが、抜け殻のようになってしまったマルチナにどう接して良いのか分からない。

(この先何が待ち構えてるか分からないのに、あんな状態で連れて行けるのかしら)

不安には思うがだからといって「置いていけ」などとも言えない。しかし足手まといがいる状態では今まで以上に危険が伴うのではないかと心配である。
何が最善なのかも分からず思わず溜息が出る。明日の今頃自分も生きているか分からない状況で、他人の心配などしていられない。

(本当、気がおかしくなりそう)

元々ハンターの仕事にはあまり就きたいとは思っていなかった。出来るならホームから一歩も出たくは無かった。今回は必修なので仕方なく参加したが、これが義務となったなら女性の特権をフル活用してハンターから逃げ回るつもりだった。つまりは妊娠してしまえばいい。そのためにも女を磨いていろんな男に愛想を振りまくってきた。なのにこれだ。

(まじやってらんない。あ~、早くホームに行きたい。ベッドで寝たい、シャワー浴びたい、美味しい物食べたい。男にチヤホヤされて遊びまくりたい。何よりも安心して眠りたい)

夜遊びにふけて徹夜することなどもあったが、見張りに立つのとは全く違う。見張りは気を抜けば命がない。どこかで息抜きをしなければやっていられない。そこに丁度よくいたのがダルシュだ。元よりこちらに気があったのだろう、誘ったらすぐに乗ってきた。している間は気が紛れた。

(まあそれも一時だけだけどね)

危ない事をしている事は分かっているが、そうでもしなければとっくに気が狂っていたかもしれない。
用を済ませ立ち上がる。今日はさっき先生達が言っていたが少し長く眠れるかもしれない。疲れが溜まってきている体には少しでも長く眠れることは有り難い。

「よう」

声を掛けられ、ギクリとして立ち止まる。気が抜けていたのかソナーを忘れていた。近くにロミーナ達もいるしと油断していた。

「何か用?」

立ち塞がるようにガイアンドが立っていた。

「お前、あの黒い奴とよろしくやってんだろ?」

アリーフェアはガイアンドを睨み付ける。下品な物言いに気持ち悪さを覚える。

「俺にもやらせろよ」
「はあ?」

何が悲しくてこんな男とやらなければならないのか。

「ふざけないでよ。退いて」
「ふざけてねーよ」

言うが早いか、ガイアンドが素早く迫って来た。口を塞がれる。

「・・・・・・!」
「好きなんだろ? 満足させてやるからさ」

あっという間に押し倒される。手を押しのけて悲鳴を上げてやろうとするが、何かを口に詰め込まれた。声が出せなくなる。必死に抵抗するがガイアンドの方が力が上だ。スーツの上からとはいえ胸を揉まれ、気持ち悪さが背筋を駆け抜ける。無理矢理股を開かされ、下着も剥ぎ取られる。

(いや! 誰か!)

腰の短銃もソードも手が届かない場所に投げられた。ガイアンドの気持ちの悪い呼吸音が耳に響く。熱い物が押し当てられ、無理矢理中に入ってこようとする。

(こんな奴に…!)

こんな奴に汚されるために女を磨いてきたわけじゃない。ここまで頑張って生きてきたわけじゃない。悔しさと情けなさで、アリーフェアの瞳から涙が溢れた。

「おい、そこまでにしろ」

第三者の声がした。ガイアンドの動きが止まる。

「合意の上ならともかく、無理矢理は放っておけないぞ。それに時と場所を考えろ」

声のした方を見れば、黒髪黒眼の端正な顔立ち。女たらしとも有名な今の自分達生徒を引率してくれている人、シアンが木の根の上にしゃがみ込んでこちらを見下ろしていた。

「ち」

ガイアンドが舌打ちする。

「気取りやがって。どうせあんたも溜まってるんだろ? どうだ? 一緒に?」

シアンがこともなげに長銃をガイアンドに向けた。一瞬光の筋が横切った。

「次はそのいきり立ってる汚いものを打ち落とすぞ」

ガイアンドが一瞬硬直したあと、慌ててアリーフェアから離れた。

「く、くそ!」

自分の長銃を拾い、ガイアンドがシアンとは反対の方向へと姿を消した。

「はあ…。やれやれ…」

シアンが下りて来て、アリーフェアの短銃とソードを拾う。アリーフェアも慌てて下着やスーツを身につける。

「あ…、センセ…、ありがとう…」
「魔獣だけじゃなくてああいうのも引きつけるから、出来るだけ野外では控えろよ」
「あ…はい…」

銃とソードを渡すと、シアンはそのまま何事もなかったかのように立ち去っていった。

(センセが人気があるのも、分かるなぁ)

妊娠する為の相手のことを調べるのは女性の間では常識である。どうせ産むならばやはりより良い男の血が欲しい。
アリーフェアももちろんシアン・クーパーの名は知っていた。妊娠する相手としてもそこそこ最適ということも分かっていた。ホームで目にする彼は女の扱いに長けた顔のいい男、それだけだった。
しかしハンターをしている時に時折見せるあの鋭い眼差し。仕事と私生活で見せる顔の違い。これには胸が高鳴ってしまう。

(やっぱり、センセの種、欲しいなぁ)

アリーフェアはペロリと唇を舐めた。













ぞわ

なんだか寒気を感じて後ろを振り返る。しかし誰もいない。

「??」

首を傾げつつ、1人火の番をしているポーラに近づく。ガイアンドはもう少ししなければ現われないだろう。
たまたま俺もお花摘みに行っていて、たまたま2人の声に気付いたから良かったものの、あれで気づけなかったらどうなってたことか。溜息が出る。

「どうかした?」
「いや」

ポーラの隣にしゃがみ込む。ガイアンドと2人きりにすることに多少心配を覚えるが、ハンターの経験はポーラの方が上だし、さすがに宿営地の真ん中でおかしな真似をすることはないと思いたい。

「なんかあったら声を掛けてくれ」

一応言っておく。

「勿論よ」

ポーラが頷いたのを見て、俺も寝るかと腰を上げかける。

「シアン」
「ん?」

呼び止められ、上げかけた腰を下ろした。

「あたし、思ったことがあるのよ」
「何を?」

班の編制についてとか? 道程に不満とか?
少し緊張して次の言葉を待つ。

「あなたの子供が産みたいわ」

硬直。

「それほど妊娠願望とかもなかったんだけど。初めてだわ。この男の子供が産みたいって思ったの」

冷や汗? 脂汗? もうどっちが出ているのかよく分からない。

「あなたの一番になりたいわけじゃないわ。でも、もし無事にホームに辿り着けたら、あなたの子種を頂戴。くれなくても奪いに行くわ」

襲います。と宣言されるのも珍しい。

「え、ええ…と…」
「言いたかっただけよ。さあ、さっさと体を休めたら? あとで辛くなるわよ」
「そ、そうさせていただきます…」

若干ギクシャクとしながら、俺は自分のテントへと入って行った。

(ああいうアプローチは初めてだな…)

「いつも活躍見てますぅ」とか「ファンなんですぅ」とかいろいろ言われた経験はあるけど、「種をよこせ」とど直球言われたのは初めてだ。

(まあ俺、種なしだけど…)

作るつもりは毛頭ないのだけど。
顔じゃない、魔力量じゃない、きちんと仕事や人となりを見て評価してくれたのだと思うと、なんだか顔が熱くなってくる。

(いやいやいや、俺種なしだから!)

こんなに真正面から裏表なく好意を向けられたのは初めてだ。今までの女は何かしら打算を抱えて俺に接近してきていた。
「種をくれ」と言ったのも俺が特定の女を作らないと知っているからだろう。現に「一番になろうとは思わない」とも言っていた。それでも俺の子を産みたいと…。

(いやいやいや! 俺は子供を作らないから!)

結局、休む時間はあったのに、俺はしばらく寝付けなかったのだった。
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