妖しのハンター

小笠原慎二

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臭いの先

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前方から臭いが流れてくる。頭の中がチリチリする。これは精神汚染を受けそうになっている時の感覚だ。俺は血のおかげか、精神汚染系の力には耐性を持っている。この辺りはあの黒猫に感謝すべきだろう。

(さすがにきついな…)

どんどん臭いが濃くなっていく。左手を口元に持って行きたいが、明かりがなければ夜の森なぞ進めやしない。右手に短銃を構え、油断なく臭いがする方へと足を進める。

「! ガイアンド?!」

木陰に座り込む人影を見付け近づいてみれば、虚ろな顔をして座り込むガイアンドだった。そしてその先には、何か大鍋のような形のもの。その鍋の中から、足が2本生えていた。

「…駄目か」

出ている足の長さから考えても、上半身の長さが足りない。これはもう難しいだろう。
周りを見ると、同じような鍋から生えるいろいろな魔物の足や腕やら頭。そしてその側に順番を待つように虚ろな目をした魔物達が蹲っていた。これらが正気に戻ったらと思うとぞっとする。
ぼんやりと座るガイアンドの側へと寄り、

「おい、しっかりしろ!」

声を掛けるがその目に光は戻らない。仕方なく肩を貸して引き摺って行こうとしたが、

「うわ!」

抵抗し、しかも殴りかかってくる始末。

「くそ。重症だな」

かなり強く作用しているようだ。大人しくなったガイアンドが再び座り込む。
いい加減臭いがきついので早くここを立ち去りたい。俺はガイアンドの前に座り込み、その目を覗き込んだ。

「ガイアンド、ガイアンド。何してるんだ、向こうへ戻るぞ」

妖しの力を使い、ガイアンドの催眠の主導権を奪う。俺も多少条件はあるが、催眠系の術は得意だ。
なんとか上書きできたのか、ガイアンドがふらりと立ち上がった。ヨロヨロとキャンプの方向へと歩き出す。
俺は未だに鍋の中へと少しずつ消えて行く両足に軽く黙祷を捧げ、ガイアンドの後を追った。
キャンプの近くまで来た所で催眠を解く。ガイアンドは目が覚めたような顔をして、キョロキョロ辺りを見回した。

「あ、あれ、俺…」
「気付いたか?」

肩に掛けていた腕を解いてやる。少しふらついたが大丈夫そうに見える。

「なんでこんな所に?」
「説明してやるから、ひとまずキャンプに戻ろう」

肩を叩き、チラチラと見える焚き火の明かりを指さした。

「ガイアンド、無事だったか」

焚き火の側でエデルが立ち上がった。俺と2人きりなのを見て、何かを察したかのように顔が暗くなる。

「あれ? イゴールは?」

ガイアンドが不思議そうに聞いて来た。

「説明してやるよ。まあ座れ」

2人を座らせ、俺も適当に座り込む。
そして今見て来たことを語った。

「多分食獣植物の類いじゃないかな? あんなに催眠効果が高いとはな」

辺りに臭いを撒き散らし、臭いで催眠状態にする。そして本体の元へとおびき寄せ食す。この辺りに魔物が少ないのも納得というものだ。

「イゴール…」

エデルとガイアンドが辛そうな顔をする。しかし犠牲が1人で済んだのはまだ幸運だったのかもしれない。他の鍋が空いていたら、もしかすると3人共今頃鍋の中だったかもしれない。

「そうだ。移動した方がいいか…」

エデルがはっとなったように言った。

「いや。風向きもさっきとは変わったし、今はお腹いっぱい・・・・・・だろうからしばらくは大丈夫だろう。みんな疲れてるだろうから休ませてやろう」
「そ、そうか…」
「一応また甘い匂いがしてきたら風の弾を投げて散らして、それでも駄目そうなら移動しよう。夜の森は何があるか分からんから、出来るだけ動きたくない」
「そうだな。ああ、お前も休んでる時間だったな。何かあったらまた起こす。休んでてくれ」
「ああ、すまん」

腰を上げ、俺のテントへと戻る。そして疲れた体を横たえた。







「なんか、おかしくないっすか、あの人」

シアンがいなくなってから、ぽつりとガイアンドが呟く。

「「変な臭いで目が覚めた」なんて言ってたけど、他に誰も起き出す気配もないし。そもそもそんな臭いが充満する所までいって平気で戻って来るなんて。本当に人間なんすか?」
「あいつの母親の噂聞いたことないのか?」

エデルが少し咎めるような口調で言った。

「「紅剣の妖姫」でしたっけ?」
「そう。俺も噂しか聞いたことはないけど、デタラメな強さだったと聞くぞ。あいつはその息子だ。何か特別な訓練を受けていても不思議じゃない」
「そうなんすかね…」

ガイアンドは微妙に納得のいっていない顔をしていたが、それ以上何も言うことはなかった。
エデルも似たような事を考えていたが、これまでの事からみてもシアンの力は絶対に必要だ。なので何も言わなかった。

(なんであいつがソロで活躍してたのか…、少し分かったわ)

「紅剣の妖姫の息子」と言われるのが嫌だったのかと思っていたが、その他に抱える秘密があった。となればソロで動くのも当然であろう。
エデルは納得しつつ、これからの道中のことを考え、気分が塞ぐ。

(このまま、本当に俺がリーダーで行けるんだろうか…)

ジャンのように皆を引っ張っていけるのか? シアンの方が適切ではないのか?
そんなことをグルグル考えながら、エデルは夜の闇を睨んだ。

















その後風向きが変わることはなかったようで、無事に朝を迎えた。
皆が起きてきた所で昨夜の事を伝える。皆言葉は無く、暗い顔をしていた。
あれだけの人数がいたのに、すでに半数以下の人数になってしまっている。このまま無事にヨコハマまで辿り付けるのか不安に思っているのだろう。俺もそうだ。俺だっていつ死ぬか分からない。例え黒猫がいたとしても油断したら死ぬ。だが怖がっているだけでは何も解決しない。とにかく俺達は進むしかないのだ。
朝食代わりの果物を皆平らげる。しかし果物だけでは腹は膨れても力は出ない。やはりここは解体して肉を食わねばならないかもしれない…。悩む。

イゴールが抜けた穴に、グレハムが入った。これで俺を除いて全ての班がスリーマンセルだ。嬉しくない。
そして先頭に俺が付けられた。もうこれは決定事項のようだ。泣いて良い?
俺の次にポーラとロミーナとトニーレオンの生徒混成チーム。その後ろに良いことしていたダルシュとアリーフェアとマルチナの生徒チーム。殿にエデルとグレハムとガイアンドのエキスパートチームと並んだ。
ジャンの残してくれた地図を頼りに、俺達は南へと足を進めていく。
あの鍋の食獣植物のおかげか、さほど危険と思われるものもいない地をしばらく進んだ。昼に近くなった頃、俺の耳がその音を拾った。

「水音、か?」

流れる水の音がする。つまり川があるのだろうか?

「水? 川か?」

俺の呟きを聞いたのか、ポーラが聞いて来た。

「かもしれない。行ってみよう」

地図にもヨコハマに行くまでに大きな川が書いてあった。それかもしれない。
しばらく歩くと森が切れ、草原になった。少し下ったその先に幅広い川の流れが見えた。

「丁度良い。エデル、ここらで休憩にしないか?」
「ああ。そうだな」

後ろに声を掛けると同意の返事が返ってきた。少し川に近づいた所でまずは生徒達を休ませる。

「先生、魚とか、いないかな?」

トニーレオンが聞いて来た。

「…いそうだな」

川面に視線を向ける。ソナーで軽く探っても結構な気配がある。魚だったら確か内臓を取り除いて焼けば食えるはず…のはず。

「どうやって捕る?」

無口なはずのポーラさん、気を許してくれてるのか大分話しかけてくれる。いいことなのかな?

「確か、魚を捕るには「釣り」?」

釣り好きな者は設えられた釣り場でよく釣りをしていたと聞いた事がある。俺はやったことない。

「釣り、したことあるのか?」
「ない」

ポーラの問いに素直に返す。

「ポーラは?」
「ない」

でしょうね。

「お前らは?」

トニーレオンとロミーナも顔を横に振った。デスヨネー。

「おーい、この中で釣りしたことある奴いるかー?」

全員に聞いてみた。皆キョトンとした顔をするだけだった。絶望的。

「となれば、手掴み?」

出来るんだろうか。

「先生」

アリーフェアが手を上げた。

「あの、少しで良いから水浴びしたいんですけど。駄目ですか?」
「水浴びねぇ。どうするエデル」

考えてみれば引率で出て来てからまったくそういうことをしていない。まあ俺とエデルは1度血を浴びた時に全身水浴びしているけれども。一応このスーツは「清浄」の魔法術式が組まれているので、何日風呂に入らなくとも清潔ではいられるけれど、やはり気持ち的に水浴びしたくなるのだろう。俺も言われてしたくなってきた。

「そうだなぁ。俺もしたいけど、川が安全かどうかチェックしてからだな」

女性陣の顔が明るくなった。女性は特にそうだよね。
俺とエデルで川の様子を見に行くことになった。
川上の方へと歩いて行くと、丁度良い感じに大きな岩が目隠しになっている場所があった。

「ここで水浴びして貰えばいいんじゃね?」
「そうだな」

俺の言葉に頷くエデル。少し顔が暗い気がする。昨日イゴールを亡くしたばかりだし、仕方ないのかもしれない。
ソナーでもある程度の範囲は探れるし、水の中は地中よりは探りやすい。川下の方も見に行ったが危険と思われるものはなかった。

「女性陣に水浴びして貰ってる間に、俺達は魚を捕る手段を考えないとだな」
「確かに、果物ばかりじゃ力が入らないよな」

エデルが少し笑顔を見せた。エデルも終始気が張っていて疲れているのかもしれない。
一先ずは腹の足しに果物を食べ、女性陣には先に水浴びをしてもらうことにした。大きな岩の影に女性達が隠れる。それを見つめているガイアンド。ああ、若いね。でものぞきは駄目だぜ?
釣り道具なぞ持っているわけもなく、だとして手掴みで捕まえられる訳もなく。面白そうだと挑戦したトニーレオンとダルシュとグレハム。あっけなく魚に弄ばれて、水浴びする前にずぶ濡れになっていた。

「いや、待てよ」

俺はそこでとある機能を思い出した。マーカーだ。
ソナーで魚影を捉える。そしてマーカー設定。あとは引き金を引けば百発百中。

「シアン、それ最新式の?」
「そ。使ってみて使い心地教えてくれって押しつけられた奴」

エデルの問いに肩をすくめて答える。まさかこんな所で役に立ってくれるとは。特にいらない機能だなとか思ってごめんなさい。すっごく役に立ってます。
俺が撃ち抜いた魚を下流でトニーレオンとダルシュとグレハムが争って手にする。生の魚を手にするのが初めてなので、はしゃいでいる。気持ちは分からんでもないが。
一先ずそれぞれにバッグへ詰め込んで、問題の解体だ。
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