ニャンジョン!

小笠原慎二

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初ニャンジョン2階層!

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「はあ…」

書類に目を通し溜息を吐く。
俺はニャンジョンの街の探索者ギルドのギルドマスター、タジエット。
先日、本来ならば喜ばしい事なのだろうが、ニャンジョンの1階層のボスが攻略され、2階層が開いたと情報が入った。
そう、本来ならば喜ばしい事なのだ。しかし事の経緯を聞くと、眉を顰めたくなる。
なんとボス部屋にいたのはまだ離乳食を食べ始めたばかりの子猫が5匹だったそうな。子猫だぞ? 垂涎ものだろう。
今までにも訪れた探索者がいたかも知れないが、攻略できなかった訳も分かろうというもの。そんないたいけな子猫を手に掛けるなど、どんな非人情的な人間なのか。
それがいたのだ。どうやら猫アレルギーという特殊な体質を持っていたらしく、本人もそれを知らず魔物のせいだと思い込み子猫を殺してしまったのだそうだ。
その男はその後、ニャンジョン愛好家達からボコボコにされ、ボスを倒して2階層を開いたというのに街中の人間から後ろ指を指され、やはり耐えきれなかったのか街を出て行った。この街はニャンジョンのせいか猫愛好家が多いからな。
なんともやりきれない。
5匹の子猫を可愛がっていたというケビンという探索者はショックのあまり、探索者をやめて聖職者になったそうだ。子猫達に祈りを捧げ続けるのだと。

「はあ…」

2階層が開いたのは喜ばしいが、その経緯もいただけない。そして、その子猫達の話を聞いたせいなのかどうか、誰も今だに2階層へ足を踏み入れようとしない。足を踏み入れなければどんな魔物がいるのかも分からない。
2階層からはもしかしたら他のダンジョンと同じような魔物が徘徊しているかも知れない。しかし1階層のように猫だけしか出てこないのかもしれない。これは調査しなければならないだろう。

「うん。そうだな。調査しよう」

ガタリと椅子を鳴らし、立ち上がる。こういう時こそ、ギルドマスターが出るべきだよな!
こういう時こそ権力をフルに使って役得するべきだよな?!
なにせニャンジョンが大好きでこの街に配属されたというのに、実際潜る暇などなく書類の山と格闘する毎日。偶には俺だってニャンジョンで猫に囲まれたい!
ということでいそいそと仕度を始める。いつかニャンジョンに潜る事があったらと買い漁っていた猫飯に猫の玩具に猫ブラシ…。もちろんマタタビも準備万端だ!

「ということで、ちょっと調査に行ってくる」
「なにがということで、ですか」

ギルドマスター補佐のレイナスに廊下で見つかってしまったので、一応断りを入れる。
レイナスも俺と同じく元探索者。俺ほどではないが腕は確かだ。綺麗な顔をしているが一応男である。

「ギルドマスターが机を離れるなど。仕事が溜まってしまうではないですか。代わりに私が行きますから貴方は大人しくしていて下さい」
「いやだ! 俺だって偶にはニャンジョンに行きたい!」
「私だって行きたいのを我慢しているんです!」

俺達は睨み合った。

「…一緒に行くか?」
「もちろんです」

レイナスがダッシュで仕度を整えた。






「あれ? タジエットさんじゃないすか。珍しいっすね。どこ行くんすか? しかもレイナスさんも一緒に?」

探索者の1人が声を掛けてくる。

「うむ。2階層が開いたというからね。私達が調査に行ってこようかと」
「なあんだ。だったら俺達が行って来ましょうか? ちょうどニャンジョンに潜ろうかと思ってた所だし」
「いいや! 何かあったら危険だ! 私達が行く!」
「遠慮しないでください! 俺達が行きますよ!」
「いや、俺達のパーティーが行きましょうか!」
「いや俺1人で…」
「いや俺が…」
「いや俺達が…」

結局誰も彼も皆行きたいけどなんとなく行きにくかっただけらしい。
しかしそこは権力で黙らせた。

「くやしかったらお前らもギルドマスターになってみるんだな!」

そう言い残してギルドを出た。皆羨ましそうな恨みがましそうな目で俺達を見ていた。











1階層を進む。

「にゃん」

可愛い子達に都度おやつをあげたり一撫でしたりしながら進むので時間がかかった。
だって可愛いじゃないか!
そして件のボス部屋へとやって来る。扉を開けて入ると、部屋の真ん中に石がポツンと置いてあった。
近くに寄ってよく見ると、何か文字が書いてある

『アル、イスナ、ウルミ、エスト、オルファ、ここに眠る』

まるで墓石だ。
察するにケビンが置いた物ではないかと思う。
普通ダンジョンボスは復活したりするのだが、このダンジョンはどうなのだろう? それも時間が経ってみないと分からない。
なんとなくその石に黙祷を捧げ、俺達は部屋の奥へと向かう。

「これか」
「階段になってますね」

地下へと続く階段が開いていた。そして足を踏み出す。
念の為慎重に降りていく。何がいるのか分からないのだ。
下に着くと、そこには1階層と同じような光景が広がっていた。
レンガ造りでそこここに明かりが灯っている。どういう原理でこうなっているのか誰も知らない。

「用心しろ。何がいるか分からん」

レイナスも槍を構え、俺も斧を構え、静かに通路を進んで行った。

「にゃあ」

進んで行った先にいたのは、上にいる子達とは違う、毛の長い猫だった。

「こ、これは…」
「か、可愛い…」
「にゃうん」

武器を隠しつつ恐る恐る近づくと、その毛の長い茶虎の模様の子が足元に近づき、体を擦りつけてくる。
ああ…幸せか…。
持っているおやつをあげ、毛が長いので丁寧にブラッシングしてやった。どうやらこの子はブラッシングがお気に入りのようだ。
しばらくすると気は済んだとばかりに、ついとダンジョンのどこかへ行ってしまった。このつれない態度もいい。
その後もあちらこちら歩き回るが、やはり毛の長い猫しか見かけなかった。

「どうやら、2階層は毛の長い猫の階層らしいな」
「みたいですね。そうなると、3階層はどうなっているのか…」
「言うな! 気にはなるが…、1階層のことを踏まえると…」
「またボスが子猫という可能性が高いですね…」

俺達は溜息を吐いた。
この毛の長い猫の子猫なんて…。想像しただけで可愛いじゃないか!













その後、2階層に行く探索者も徐々に増え始めた。
そして、ボス部屋を見つけることはなんとなく禁忌という風潮が出来上がっていく。ボス部屋を見つける、または入ったりすると、探索者を引退することになる。という噂が流れ始めたのだ。
ついでに、ニャンジョンの街では長毛種派と短毛種派の議論があちこちで繰り広げられるようになったそうな。
どちらも可愛いことにかわりはないのだが。
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