キーナの魔法

小笠原慎二

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はぐれ闇オルト編

攫われたテルディアス

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「で、こう来たから、次は、このあたり?」
「そうね。確実とは言えないのが難しいわね」
「女って難しいんだね」
「そうよ。まああたしはあれほど寝込んだりはしないけどね」

光の差さない闇の間で、少年と女が話し込んでいた。
とても楽しそうに、可笑しそうに。

「なら、この辺りであれを攫ってくればいいかな?」
「時間は足りるの?」
「素地はあの御方のおかげで出来てるから、そんなに時間はかからないと思う。あまり早くしすぎて壊れちゃっても面白くないからね」
「それもそうね」

少年と女の楽しそうな声が闇の間に染みこんでいく。










いくつかの街を通り過ぎて、サーガの村があるのではないかという西の国の方へ近づいて行くと、段々と物騒な話しが多くなっていった。
あちらの道を行くと危ないとか、どこかの村が襲われたとか。
テルディアスやサーガは出来るだけそういう話しはキーナの耳に入らないように気をつけてはいたが、如何せん全てを防ぐことは難しい。戦場に近いというだけで危険だ。街でさえ安心出来たものでは無い。なので自然と野宿を選ぶことが多くなっていた。
野宿が危険でないわけではないが、港町の時のように突然強襲されるようなことが起こっても厄介である。それと、ダンの作った地下宿を探し当てるのは常人には難しい。妖魔は滅多に団体では出てこないので、ある意味人より対処は楽である。

普通はそんな事もないのであるが。

ダンを筆頭に女性陣が料理に取りかかる。一人とても苦戦しているが、始めの頃よりは皮より身の方が大きくなって来ている。進歩だ。
テルディアスとサーガは周りを巡回。危険を排除する。ついでに薪になりそうな小枝などを集める。

周りの警戒を怠らずに、テルディアスは考えていた。破れなかった光の結界、その後に無意識で発動した闇の力。もしその闇の力を意識的に使えるようになれば、今後もっと強くなることは可能だろう。だがしかし、それは闇の魔女によって与えられた力だ。使えたら便利ではあるが、やはり躊躇われる。それに、キーナにも止められた。
そして何より、サーガが「確かに近づいている」と言っていた。サーガの村へ辿り着ければ、まだ確定ではないが風の宝玉が手に入るだろう。そうなれば元の姿に戻るのも近い。元の姿に戻ればさすがに闇の力を使うことは無理だろう。となれば闇の力を今自在に操れるようになってなんになろう。
しかしまた光の宮が襲ってくることがあるかもしれない。そうなれば闇の力を使えなくなれば今度こそキーナを救い出すことは叶わないかもしれない…。

(だが、元の姿に戻れば…)

キーナと旅をすることもない。キーナと共にいられる理由がないのだ。もしキーナが光の宮に攫われても、自分がそれを知れる立場にいるとは限らない。
サーガの村に近づいていることは嬉しいのだが、なんとなく複雑な気分だった。
サーガ情報によると、そろそろ戦も終わりが見えて来ているらしい。あまりとろとろしているとまた村が移動してしまうかもしれない。なのであまりゆっくりもしていられない。
足元に落ちていた小枝を拾い上げる。もう少しで元の姿に戻れるかもしれない。それはとても喜ばしい事なのだが…。

テルディアスは自然と溜息が多くなっていた。
そんなテルディアスの背後の闇が、ゆらりと揺れ動いた。
















サーガが異変に気付く。風を纏い、今までテルディアスの気配があった場所まで飛んだ。風で周りを探っていたサーガだったが、突然テルディアスの気配が消えた。そして、代わりに現われたとても濃い闇の気配。

(こいつは…。ナトの時の…)

ナトという少年と関わった時、サーガは足に大怪我を負い、一時動けなくなった。その時樹上に感じた濃い闇の気配。あの時の気配と同じだった。
テルディアスが消えた場所に着くと、そこには黒髪黒眼の少年がぽつんと立っていた。

「やあ」

少年がサーガに気付いて手を上げる。暗い森の中で不自然なほどに爽やかな笑顔を向けて来る。
サーガは全身の毛穴が開くような感覚に陥る。目の前の少年はヤバい。本能が告げる。
それと、少年の容姿にも目が釘付けになった。あの時は姿を見なかったが、この少年、どことなくキーナに似ていた。

「きっと君が来るんじゃないかとは思ってたよ。ねえ、光の御子に伝言を頼んで良いよね?」

サーガは腰の剣に手が行きそうになるのをかろうじて堪えながら、なんとか口元に笑みを浮かべる。

「何よ? 一応聞いてやろうじゃないの」

精一杯の軽口を叩く。
敵わない。
一目見て思った。きっとこのまま剣を抜いて襲いかかっても、多分一太刀も入れられずに殺される。
そんなサーガの雰囲気に気付いているのかいないのか、少年は楽しそうに話し出す。

「ここから北に少し行くと遺跡のある場所があるんだ。そこに5日後に来て欲しいんだ。そう伝えて。そうそう、来てくれればあのご執心のダーディンの男はちゃんと返してあげるからってね。もちろんだけど、来てくれなかったらどうなるか分からないよ?」

ご執心のダーディンの男。

(こいつ…。知ってる…?)

テルディアスがダーディンであること。そしてキーナがテルディアスの事となると取り乱すことを。

「そんだけか? ああいいぜ。伝えるさ。しかしあんなダーディンなんか攫っても面白くもねーだろうに」

何が狙いなのか、サーガが遠回しに言ってみる。
少年はクスリと笑う。

「あのダーディンは元々あの御方のものだよ? 僕らがちょっとくらい遊びに使ってもいいんだよ?」

あの御方。魔女の事だろう。

「ダーディンに何かするつもりか?」

サーガが睨み付けるも、少年は顔色を変えない。

「それは5日後のお楽しみだよ。それじゃ、頼んだよ」

そう言って、少年は闇の間に消えて行った。完全に少年の気配が消えると、サーガは大きく息を吐き出した。

(なんつー圧力。あれは、闇の宮で聞いた、はぐれ闇の上位の奴か? 確か名前が…オルトとか言ってたか…)

闇の宮で特に警戒しているはぐれ闇がいると聞いた。それがはぐれ闇でも2強と恐れられている少年オルトとその傍らにいつもいるルーンという女らしい。
今の所魔女を除くと、闇の者の中で頂点に立つのはリーステイン、闇の宮を束ねていたあの女性なのだそうだ。次点がオルト。なのでリーステインがいなくなるととても困るとルイスが言っていた。

(確かに、ありゃぁヤバい…)

オルトは力も強い上にかなり性格もヤバいのだと言っていた。それこそ「暇だったから」という理由で妖魔達を集めて1つの村を壊滅させたこともあったらしい。
そんな奴がテルディアスを攫って行った。そしてご丁寧にキーナ、光の御子に伝言と来た。

(ただで返ってくるわけはねーよな…)

周りの警戒は怠らず、サーガは皆が食事の仕度をしている方へと足を向けた。この後どうやってキーナを宥めたら良いかと頭を悩ませながら。












「サーガ、何かあったの?」

闇の気配を感じ取っていたのか、キーナがサーガに駆け寄る。
サーガは頭を掻きながら、重そうに口を開いて今起こった事態を説明した。

「テル…が?」

想像通り、キーナが顔を青ざめさせて取り乱し始める。

「なんでテルディアス様が?!」

ついでにもう一人いた。

(忘れてた)

そちらはダンに頼む。
追いかけると言い出す二人を、サーガがなんとか言いくるめる。なにせ空間に逃げ込んだものを追いかけることは出来ない。

「心配かも知れんけど、5日後に指定の遺跡に来ればテルディアスを返してくれるとは言ってたし、まあ落ち着け」
「遺跡? 遺跡ってどこ? 早く行こう?」
「待て待て。こんな暗くなって行けると思うのか?」
「でも…、でも…」
「キーナちゃん、サーガの言う通りよ。とにかく5日後までにはその遺跡に行けば良いのだから、今は落ち着いて。ね?」
「うん…」
「何を悠長なもごもが…」

ダンがちょっと無理矢理シアの口に何かを突っ込んだ。そのまま突っ伏して気を失うシア。何を突っ込んだんだ…。

「こうなる前に、お風呂は済ませておいた方が良いと思うわ」
「・・・・・・」

シアを見下ろし、メリンダがキーナに言った。
まだお風呂に入っていなかった。

食事とお風呂を済ませ、ダンに軽く寝付きの良くなる飲み物をもらうと、キーナは不安な顔をしながらもベッドに潜り込んだ。その隣のベッドにメリンダも潜り込み、キーナが寝入るまで話し相手になったのだった。

サーガはメリンダが攫われた時ほどは慌ててはいなかった。何より相手が日付を指定し、わざわざ「返す」と言ってきた事が大きい。それと女性とは違いその方面の心配は無い。もしあったとしてもあの唐変木には多少味わってこいとも思ってしまう。
まああまり意に沿わない相手と無理矢理すると、ダンのような女性を怖がる男性が出来上がってしまうこともあるのだが。
肉体的に何か痛めつけられる事があるかも知れないが、そこはテルディアスだ。一応剣士ではあるのだし、そういう覚悟はあるだろう。

(テルディアスよりも、キーナだよな)

テルディアスにべったりなキーナの精神的な揺らぎの方が心配だ。メリンダがカバーしてはいるが、それもどこまで保つものか。
クスリが効いたのか、サーガ達が風呂から出るとキーナ達は既に眠っていた。
その寝顔を確かめつつ、サーガもベッドに潜り込む。そしていつものようにベッドに縛り付けられた。

「俺だって時と場合は考えるよ?」

しかし戒めは解けなかった。
そして明かりが落とされた。
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