キーナの魔法

小笠原慎二

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青い髪の少女編

実は皆半信半疑

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(どうして、どうして、どうして!)

暗い森の中。僅かな月明かりを頼りに、シアはとにかく走った。
全く訳が分からない。何故テルディアスが自分を嫌うのか分からない。

水の王の娘の1人であり、水の精霊に愛された証を持ち生まれてきたシア。水の王国といえど、証を持って生まれてくるのは珍しい。王の直系と言っても、青い髪、青い瞳を持って生まれてくるのは数少ない。
シアは上に11、下に3人の兄妹姉妹がいるが、その中でも青い髪、青い瞳を持つ者はシアを入れて3人しかいなかった。そしてその中でも群を抜いて水の力を操ることに長けた子、それがシアだった。
次期姫巫女となるは確実と言われ、久方ぶりの女王となるのではないかと期待されたシア。となると周りの者達がシアをチヤホヤし始めるのは当然のことであった。
次期王となるならば心象を良くした方が良いと、いろいろな貴族がシアに媚びへつらう。シアの言うことを聞き、シアの願いを叶える。幼い頃からシアは大概の願いが叶ってきた状態であった。
本来ならばそれを諫めるのは母の役目だったのかもしれない。しかしシアの母は権力欲を異常に欲する者だったのである。そしてシアをとにかく褒め称え、水の王国でも特別な存在なのだと刷り込んだ。
それに気付いた水の王が、まだ幼かったシアと母を引き離した。シアは未だに母と引き離されたのは母が病に冒されたからだと思っている。
シアの身を危惧した王が、早めにシアに水巫女の修行を始めさせたのであったが、すでにいろいろ手を回していた貴族達によって、シアの性格は増長して行った。
そしてこの性格が出来上がってしまったということである。

自分は特別だから、皆自分を愛し、皆自分に媚びへつらう。それが当たり前であったのに、国を出てから何かが違う。シアに付けられた付き人は王の息が掛かった者達であったので、それまでに周りにいた者達とはシアへの対応が違った。何かにつけて注意され、何かにつけて諫められる。それまで付き人がやっていてくれたことも、自分でやれと押しつけられた。
我慢がならなくなったシアは、とにかくお金を持っていればなんとかなるだろうと、付き人が持っていた一番大きなお金の袋を掠め取った。そして1人で泥棒を成敗してやると意気揚々と付き人達の目をかい潜ってここまで来てしまったのだ。
それまでにも自分の思い通りに行かないことはあったが、それなりに都合の良い解釈に置き換え、事象を消化して行った。

そしてついに出会った泥棒達。聞いた話では2人のはずだったのだが、どうやら仲間がいたようだ。自分の前に抗う術などないと勇ましく戦ってみれば、戦った相手は度変態。果ては気絶させられ縛られてしまう始末。しかしそこに、運命の出会いがあった。
テルディアス。初めて目にしたまさに理想を形にしたかのような王子様。(庶民です)
昔から可愛いと持て囃されてきたシア。自分の容姿には天を突き抜けるほどに高い自信があった。当然向こうだって特別な存在であるシアに一目惚れしているはず。ここでもシアは自分に都合の良いように事象を置き換えて消化した。出会った瞬間に2人は惹かれ合ったのだと。
だがしかし、テルディアスはシアから遠ざかるうえにの目の前から消える。そしてその周りにいる者達がシアとテルディアスの間を邪魔してくる。口答えしてくるわ注意してくるわ、テルディアスがいなければとっくにバイバイしているような連中である。
テルディアスはシアの手を取ってくれないし、まともに会話もしてくれない。不満が溜まる。
それなのに、あのキーナという自称少女の前では優しげな顔を見せる。さすがのシアも我慢がならなかった。(何がさすがなのか分からないが)
テルディアスの側に相応しくないと注意してやったならば、何故かテルディアスに頬を叩かれた。そして、

「お前の事など大嫌いだ」

と言われる始末。
何故? 自分の何処が気にくわないのだ?
その後につらつらと述べられたテルディアスの言葉は半分くらい耳に入っていない。こんな特別な存在である絶世の美少女(どちらかというとまだ幼女)が好きだと言っているのに…。
力の限りに走って走って、さすがに息が切れてきた。

「はあ…、はあ…」

側にあった大木に手を付き、呼吸を整える。

「なんで…。どうしてですの…」

叩かれたのも初めてだった。あそこまではっきり嫌いと言われたのも初めてだった。

「うう…う…」

膝を付き、大木に身を預けながらシアは泣いた。

「うわああん」

泣き方はまだ子供だった。
びーびー泣いていると、どすどすと足音が聞こえて来た。ちょっと恥ずかしくなり、声を落とす。
木の陰から顔を見せたのは、体が大きい割に無口で気の優しいダンだった。
ダンもいろいろシアに注意してきたり行動を制限してきたりはするが、自分の知らない知識を丁寧に教えてくれたり、何かにつけて褒めてくれたり、シアの世話をしてくれたりと、あの一行の中ではまともな人だった。

「ダン…」
「ここ、危ない。戻る」

シアを心配して来てくれたようだ。

「嫌ですわ! テルディアス様は私の事が嫌いなんでしてよ! 私が消えた方が喜ぶのではなくて?!」

実際そうだけど、うんと言うわけにもいかない。
ダンもどう言えば説得出来るかと、アワアワしながら考える。ダンは喋るのがとにかく苦手だ。

「なんで、なんでテルディアス様は、あんな、キーナさんなんかを…」

グスグス言いながら不満を口にする。何故テルディアスがキーナを庇うのかシアには分からない。
ダンは少し首を傾げつつ、その問いに答えた。

「キーナ、テルディアスの言葉、信じた」
「言葉?」

グスグス言いながらダンを見上げる。ダンはシアに少し近づいて、腰を落とした。

「ダーディンじゃない。キーナ信じた。だから特別」
「ダーディンじゃない? それなら私だって信じましたわ」

ダンが首を振る。

「シア、説得されて信じた。キーナ、テルディアスの言葉信じた」

ぐっとシアが詰まる。確かに、シアは周りの説得があったからテルディアスの言葉を受け入れた。というか、テルディアスが人間だったという話しは実は今も半信半疑である。

「キーナ、テルディアスの言葉疑わなかった。全部信じた。だから特別」

キーナは最初からテルディアスの言葉を受け入れた。

「魔女にこんな姿にされたんだ」

というテルディアスの言葉を、

「そ~なんだ~。大変だね~」

と、まるっと受け止めたのである。テルディアスが心配になるほど素直に。
そして、キーナと出会ったからこそ孤独から救われた。目的もなく彷徨い歩いていた自分の道を見付けることが出来た。今仲間と共に怒ったり驚いたり突っ込んだりと普通に過ごせているのも、全てはキーナがいてくれたからなのだ。だからこそ、テルディアスの中でキーナは特別なのである。

「そ、そんなはず…。ダーディンの言葉を疑わないなんて…」

知らなかったからというのもあると思う。
シアには信じられなかった。ダーディンは食人鬼。下手に話しを信じたりしたら、自分の身が危ない。なのにそれを疑わずに信じることなど誰が出来よう。

「疑ってたら、ここにテルディアス、いない」
「!」

キーナが少しでもテルディアスの言葉を疑っていたら、多分この場にテルディアスはいない。最初にあった森で別れていたかもしれないし、ミドル王国でこれ幸いと置いて行かれて万歳していたかもしれない。
キーナがテルディアスを信じたからこそ、今がある。

シアは思い出した。どれくらい一緒にいるのかと聞いた時、テルディアスとキーナが一番長くいると言っていたのを。思い返してみれば、どうやって2人は出会ったのか。どうして一緒に旅など出来ていたのか。メリンダと出会うまでおよそ半年、2人きりで旅していたのだ。自分に危害を加えるかもしれない者と2人きりで、キーナはテルディアスと共にいたのだ。

「シア、信じる? ダーディンに「本当は人間だ」言われて」

シアは力なく首を振った。無理だ。自分には出来ない。
何を言っているのかと攻撃するだろう。例え顔が良かったとしても。
視線を落としたままだったが、ダンが頷いたのが分かった。

「メリンダも、サーガも、俺も、最初疑った。それが普通」

遠回しにキーナが可笑しいと言っているのでしょうか。

「皆さんも、疑っていたのですか?」

シアが顔を上げてダンを見上げた。
ダンが頷く。

「今も多分、キーナ以外、皆半信半疑」

シアが目を見開く。自分だけではないのかと。しかしキーナだけは信じているのだ。テルディアスが人間だと。
シアはなんとなく理解した。自分がキーナに負けているのだと言うことを。
未だにどこか疑いを捨てきれないシアに対し、キーナは全て受け入れているのだ。だからこそ、テルディアスはキーナだけに優しい眼差しを向ける。

「なんとなく、分かりましたわ…」

テルディアスがキーナに執着する理由が。自分が既に負けていると言うことが。

(私はすでに…いいえ、最初から同じ土俵に上がってもいなかったのですわね…)

シアがすんすんと鼻をすする。
テルディアスにとって、シアは特別にはなれなかった。もうそこにはキーナがいたのだ。テルディアスの存在をまるっと受け入れているキーナが。
ダンがその鉄皮面の顔に微かに笑みを浮かべ、頷く。

「戻る。危ない」
「でも…、私…」

さすがにテルディアスやキーナと顔を合わせづらい。
と、突然ダンがシアに覆い被さってきた。

「! 何を?!」

まさか私の魅力にダンが惹かれて弱る私を手籠めに?!
などというアホな妄想は、次の瞬間破られる。
ダンを通して鈍い衝撃が伝わってくる。何かがぶつかってきたようだ。

「え…?」

ダンの肩口から鮮血が迸るのが見えた。

「きゃああ!」

僅かな月明かりなのに、何故か鮮血の色が鮮やかにシアの目に映る。

「ダン?! 何があったんですの?!」

痛そうなダンが、後ろを見る。シアもその方向を見ると、こちらを見つめる妖魔と目が合った。

(あ…!)

狼《マウルガ》のような風貌の妖魔に一睨みされ、固まるシア。サーガに睨まれた時と同じような寒気を感じ、体が固まる。

(な、なんで…)

あの時も同じように体が固まってしまった。しかし妖魔から発せられる寒気はサーガ以上で…。
シアは生まれて初めて、死というものをはっきり感じた。
このままでは死ぬ。何かしないと死ぬ。
頭では分かっているのに動けない。
妖魔が動いた。
ダンがシアを背後に隠すように動いた。

「っ!」

悲鳴にならない悲鳴が漏れる。
しかし妖魔は突如下から突き出てきた岩の壁に阻まれ、シアの元までは来なかった。

(! これは…)

状況から見て、ダンがやったのだろう。
しかし甘い。妖魔は壁を軽々と越え、上から降ってきた。

「! きゃあああ!」

妖魔が口を大きく開ける。気付いたダンがシアに覆い被さろうとする。しかしダンより早く妖魔はシアに迫った。
今度こそ死ぬ。
そう思った瞬間、風が通り過ぎた。

ザン!

月の光さえも切り裂くような銀色の光が奔ると、妖魔が真っ二つになっていた。

「あらまあ。間一髪ってところかしらん?」

剣を収めながら、茶化したようにサーガが言った。

「は…」

シアは体の力を抜いた。本当にもう駄目だと思った。
サーガが妖魔の媒体になっていたらしい狼《マウルガ》の体を調べるも、特に何もなかったのかすぐにダンに向き直った。

「あれ、結構酷くやられてね? 何してたんだよお前」

ダンの肩口の傷に気付いたのか、サーガの顔が歪む。

「お前、曲がりなりにも地の一族で、ついこの間まで森でいろいろやってたんだろ? こんな所で警戒解いたらどうなるか分かるだろうが」

怪我人ダンを叱りつけるサーガ。怪我人なのに申し訳なさそうなダン。

「夢中なった。忘れた」
「だあ~。お前がいるからって油断してた俺も俺だけどさぁ」

サーガが頭を押さえた。
シアがとある言葉に引っ掛かった。地の一族?

「ダンは、地の一族なんですの?」
「そうだぜ」

サーガが答えた。

「あれ、言ってなかったっけ? 姐さんは火の一族で、俺は多分だけど風の一族」

シアがポカンと口を開ける。何故四大精霊の血を引くという者がこんな所に勢揃いしているのかと。

「つーかお前もだな~。勝手に突っ走っていきゃあどうなるかくらい分かれよな」

サーガがシアにも苦言を呈する。

「まあ、怖かったっつーことは、よく分かったけど…」

サーガがシアの少し下に視線を落とし、そして目を逸らす。ダンもなんだか目を逸らしている。

「?」

シアがふと違和感を感じ、下を見た。

「!!!!」

暖かくなっている足の間。そして漂うアンモニア臭。
シアが再び固まった。
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