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青い髪の少女編
野宿事件
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結局やっぱり野宿になってしまったので、適当な場所を見付けて夕飯の準備をすることになった。ちゃっかり一行に付いてきているシアももちろんいる。
「テルディアス、大丈夫かしら?」
化粧も落とさなければならないのだが、水娘がいる限り、近づいてこられないのではないだろうか?
「いんじゃね? 偶にはまっとうに野宿するのも」
「あいつ食材も何も持ってないでしょ」
ほぼダンが持っている。いや、今までもそんな物持たずに旅して来たんだけどね…。携帯食料くらいならば持っているはずだが。
「テルディアス様、大丈夫かしら…」
シアも心配しているが、テルディアスが寄ってこない原因はお前なのだがな。
キーナも心配しつつ、料理の手伝いを始める。
「何やってんのよ。あんたも食べたければ手伝いなさい」
「え?」
サーガはいつもの見回り。ついでにテルディアスの気配も探るのだろう。
キーナとメリンダはダンに言われて食材の下拵え。すでに慣れたのかキーナの手つきも鮮やかである。
「ほら、これで」
メリンダが小さなナイフをシアに渡す。シアは戸惑いながらそれを手に取った。
「はい、これ皮剥いて切り分けて。千切りでいいわ」
ダンがどこぞで収穫してきたのか、山芋のようなものをシアに手渡した。
シアは手渡されたそれをじっと見つめた。
「千切り?」
シアの呟きは忙しそうにしていたメリンダには届かなかった。
次の食材に手を伸ばそうとしたキーナが気付いた。
「え?」
シアが突然山芋を放り投げ、水で出来た鎌で滅多矢鱈に切り裂くのを。
「えええ?! ちょ、何をおお?」
「え?」
「どうしたのキーナちゃん?」
キーナの声に驚いたメリンダが、キーナの視線を追う。つまりシアを見た。
無残に切り裂かれた山芋が転がっていた。
「ちょ、何やってんのよー!」
「え? 千切りって言いましたわよね?」
「千切りがなんでこんなことになってんのよ!」
「え? 千に切り裂くのではなくて?」
料理ど素人…、いや、無知だった…。メリンダががっくり項垂れた。
「も、もういいわ…。ダン、この子に何かやらせてやって…」
食材を切り分けさせることを諦めたメリンダが、ダンに預けた。
「これ、焼く」
お肉の塊に程よい焼き目を付けて欲しいと、ダンがシアに鍋を預けた。
「分かりましたわ。焼けばいいのですね」
シアが鍋を見つめ始めた。ダンも違う作業に移っていく。
ほどなくして、
「なんか、焦げ臭くない?」
キーナの声にメリンダもそう言えばと顔を上げる。ダンが慌ててシアの様子を見に行く。
「焼けた?」
ダンがシアに尋ねると、何故か下の火の中から肉の塊を取りだしたシア。
「この方が良く焼けると思いまして」
お肉は暗黒物質に変化していた。
思わず膝を付くダン。かなりショックだった。
「あの、ほとんど無表情なダンに、あんな顔させるなんて…」
「恐ろしい子…」
キーナとメリンダも、後ろで震え上がっていた。
料理が無知過ぎて任せられることがなくなってしまった。
なので、サーガに預けることにする。
「貞操の危機を感じますわ!」
「誰がガキに手を出すか!」
そんなコントをしつつ、辺りを偵察する。
「料理できねー奴なんて本当にいるんだなぁ」
サーガやテルディアスでさえ、簡単なものならば作ることが出来る。ダンは例外だ。
「料理なんて、教えてもらったこともありませんわ」
「いやいや、今までどうやって生きてきたんだよ」
「お食事なんて、お金を出せば出てくるものでしょう?」
金持ち的考えだった。
「野宿は…、したことねーんか」
「あるわけありませんわ! 私、これでも一応王族なんでしてよ!」
王族だからか? 何か違う気もするが。
「王族のくせに1人旅か? 普通誰かお付きの者がいたりしねぇ?」
このサーガの問いに、シアがばつの悪そうな顔をする。
「あ、あなたなんかに答える義理はありませんわ!」
「いろいろ教えてくれたなら、テルディアスに良いように伝えてやるけど」
「実は私…」
チョロい。
シアがこれまでのことを話し始めた。
水巫女の試練を受ける為に修行していたシア。いよいよ試練を受けると帰ってみたらば、宝玉がなくなっていた。王に問い詰めてみれば旅の者が持って行ったと言う(王は貸し与えたとちゃんと言った)。きっといいように言いくるめられたりとか何か術をかけられて洗脳状態にあるのだとシアは思い(決めつけ)、止める王達の手を払って宝玉を取り返す為に王国を出たのだった。その時は王がきちんと2人付けてくれたのだったが、いろいろあってはぐれてしまったらしい。
一応それなりにお金を持たせてくれていたので、今日まで困ることはなかったのであるが…。
「へ~。金持ってんだ」
言い金づるかも、とサーガが問いかけるが、
「いいえ。今はもうありませんわ」
「はあ?」
「数日前になくなってしまいましたの。それからは親切な方に泊めて頂いたりしていましたわ」
サーガ、頭を抱えたくなった。
「その親切な方、お茶を勧めて来たりはしなかった?」
「ええ。何故分かるのです? でも混ざり物があったりしたので、それを取り除いて頂いていましたわ」
水の者は水に変な混ざり物があると気付くらしい。まあそれ、大体痺れ薬とかなんだろう。
「時折不埒な方もいらっしゃいましたけど、きちんとお話したら分かって頂けましたわ」
そのお話、無詠唱で水の力を使って脅したというんじゃなかろうか。
世間知らずが過ぎる。よくここまで無事に旅をしてこれたものだ…。
サーガは溜息を吐いた。
「そういや、あの最後の、あれなんだったんだ?」
最後にサーガに何かして来たあの術。体中を弄くられるような不快感。
「あれですの? あれは、まあ生者にはあまり使いたくはないのですけど」
生者?死者には使うのか?
「生き物の体は大半が水で出来ておりますわ。故に、私達が、まあかなり集中しなければなりませんけれど、意のままに操ることも出来ましてよ?」
サーガがぶるりと震えた。
「え、つまり、俺の体を操ろうとしてたってこと?」
「ええ。けれど、あなたは余程意思力が強いのでしょうね。動かし辛くてやりにくかったですわ。結局あまり意味を成しませんでしたし」
シアが溜息を吐いた。余程自信があったのだろうか。
サーガ自身の意思力だったのか、風であったが故なのか…。
(水が一番えげつなくね?)
その力を使われたら、同士討ちも容易くあり得る。しかも生者には、という注釈が入った。
戦場には死体が溢れている。そして新鮮な死体には水分も多く含まれていて…。
(死者の軍団…)
遠い昔にそんなお伽話を聞いたなと、サーガは思い出していた。
「あれ? 肉もうなかったっけ?」
よそってもらった器の中に、楽しみにしていたお肉がない。確かまだ一欠片余っていると言っていたはずだが。
「さっき炭になったわよ」
メリンダがちらりとシアを見た。
「おぅ…」
先程のお焦げ騒ぎはそれだったのかと、サーガは肩を落とした。
「言ってくれりゃ、獲りに行ったのに…」
「もう時間がなかったのよ」
お肉があるものとして準備を進めていたのだ。そこからさらに獲りに行ってもらって血抜きして解体してとなると時間が掛かりすぎてしまう。なのであえなく肉抜きの夕飯となったのである。
「私は焼けと言われたから焼いただけですわ」
「炭にしろとは言ってないわよ!」
メリンダが睨むも、シアはつんとそっぽを向いている。
(か、可愛くない…)
隣に座るキーナは素直でこんなに可愛いのに、それより年下の少女はまったく可愛くない。
属性によるものだけではないと思う。
テルディアスはいないが、皆が座って食べ始める。すると、
「これは? どういうことですの?」
シアの足と腰に、再び蔓が巻かれた。
ダンがサーガを見る。
「あ~、分かった分かった」
ダンの言いたいことを察したサーガが風を飛ばす。
少しすると、テルディアスが姿を現わした。
「テルディアス様!!」
シアが立ち上がろうとするが、動けない。
「外してくださいませ!!」
暴れても取れない。どころか余計に巻き付かれて余計に動けなくなった。
「テル、お疲れ」
キーナが空いている隣をポンポンと叩いた。
「ああ、すまんな」
ダンに向けて軽く頭を下げる。ダンは気にするなと頭を振った。
テルディアスが当然の如くキーナの隣に座る。
「テルディアス様! 私の隣! 私の隣も空いてますわ!」
シアが声を張り上げる。もちろんだがテルディアスは聞いちゃいない。
「テルディアス様~!!」
「うっせ」
突然シアの声が消えた。
パクパクと口を開け閉めするだけ。シアも驚いて余計に口をパクパクさせる。
便利だな~。
「これでゆっくり食べられるわね」
メリンダが器を口元に運んだ。
「はい。テル」
「ああ」
テルディアスも温かい食事にありつく。
慌てるシア以外、穏やかに食事を進めたのだった。
食事が済んで一服した後はお風呂タイムである。
「お風呂?」
声を戻して貰ったシアが首を傾げた。
「入らないの? 気持ち良いわよ」
「折角なんだし、一緒に入ろ?」
一応女性仲間ということでシアに声を掛ける。
「ま、まあ、良いですわよ」
テルディアスに飛びつかないように足首に蔓を巻き付けられたまま、シアも地下へと潜って行った。まるで連行されているかのよう。
「あなたも一緒なんですの?」
キーナに向かって問いかけた。
「そだよ?」
ハテナマークを頭に浮かべるキーナ。女同士で一緒に入る事に何かおかしなことがあっただろうか。しかし、メリンダは気付いた。
「どうして殿方が女性と一緒に入るんですの?」
止める事は間に合わなかった。
「僕…、こう見えても女の子です…」
最早定番となった返し文句。
「えええ?! 何故髪を殿方のようにしているんですの?!」
うん、その質問もよくされるよ。
この世界に来て、一時やはり伸ばそうかなと悩んだこともあったが、短いのに慣れてしまうと少し長くなるだけでも気になってしまう。メリンダも最初の頃は「伸ばしたら?」などと言ってもいたが、キーナカツラ事件などもあり「キーナちゃんは短いままで良し!」と言うようになった。
なのでキーナはずっと短いままなのである。
「まあ、いろいろあって…」
そう言葉を濁すと、何故か皆納得したような顔をする。
「そ、そうでしたのね…」
それ以降髪については何も言わなくなった。
皆何を勘違いするのだろう。
様子を見に行ったダンが戻って来ると、何やら水を温め始めた。
「なんだ? 茶なら飲んだろ?」
頷いたダン。そして何か準備を始める。不思議に思いながらも、テルディアスとサーガは見ているだけだった。女性陣が終わったら、次は男性陣の風呂タイムだ。
「出たわよ~」
「気持ちよかったよ~」
「テルディアス様~!」
メリンダが蔓の端をがっちり捕まえていたので、シアもテルディアスに飛びつくことは出来ない。
「放してくださいまし!」
「ダンから絶対に放すなって言われてるもので」
2人でふん!と顔を背け合う。
「おう、お帰り~。んじゃ次は俺達か」
立ち上がろうとするサーガ。ダンが女性達3人に座れと促す。
「どしたの?」
「何何?」
キーナとメリンダが腰を下ろす。テルディアスはその場から少し遠ざかった。
「あん、テルディアス様ん」
元凶が近い故。
「風呂上がり、良いお茶」
ダンが差し出した。
「あら、ありがとう」
「ありがとうダン」
メリンダとキーナは素直に受け取り、お茶を飲んだ。
「あ~、ほっとする…」
「うん、なんかほっとするわね~」
キーナとメリンダがお茶を飲んでリラックスした表情になった。
「ん」
シアにも差し出す。
「あ、ありがとう、ございます…」
2人の様子を見ていたシアも、素直に受け取ってお茶を飲んだ。
「あら、美味しい」
そのまま全部飲み干す。
「確かに、ほっとする味ですわ…」
シアが地面に突っ伏した。
(前にも見たわね、こんなこと…)
あの時は黄色い髪の男であったが…。
「なるほど。用意してたのはこれかよ」
サーガも思い出したのか、ダンを軽く睨み付ける。ダンは目を逸らした。
「寝たのか?」
テルディアスも恐る恐る近寄って来た。ダンが頷く。テルディアスは目に見えてほっとした顔をした。
「んじゃ、こいつ運んだら風呂に入るベ」
キーナ達もお茶を飲み干し、後片付けを終わらせると、男性陣は風呂へと入っていった。
そして、テルディアスもようやっと化粧を落としたのだった。
「テルディアス、大丈夫かしら?」
化粧も落とさなければならないのだが、水娘がいる限り、近づいてこられないのではないだろうか?
「いんじゃね? 偶にはまっとうに野宿するのも」
「あいつ食材も何も持ってないでしょ」
ほぼダンが持っている。いや、今までもそんな物持たずに旅して来たんだけどね…。携帯食料くらいならば持っているはずだが。
「テルディアス様、大丈夫かしら…」
シアも心配しているが、テルディアスが寄ってこない原因はお前なのだがな。
キーナも心配しつつ、料理の手伝いを始める。
「何やってんのよ。あんたも食べたければ手伝いなさい」
「え?」
サーガはいつもの見回り。ついでにテルディアスの気配も探るのだろう。
キーナとメリンダはダンに言われて食材の下拵え。すでに慣れたのかキーナの手つきも鮮やかである。
「ほら、これで」
メリンダが小さなナイフをシアに渡す。シアは戸惑いながらそれを手に取った。
「はい、これ皮剥いて切り分けて。千切りでいいわ」
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「千切り?」
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次の食材に手を伸ばそうとしたキーナが気付いた。
「え?」
シアが突然山芋を放り投げ、水で出来た鎌で滅多矢鱈に切り裂くのを。
「えええ?! ちょ、何をおお?」
「え?」
「どうしたのキーナちゃん?」
キーナの声に驚いたメリンダが、キーナの視線を追う。つまりシアを見た。
無残に切り裂かれた山芋が転がっていた。
「ちょ、何やってんのよー!」
「え? 千切りって言いましたわよね?」
「千切りがなんでこんなことになってんのよ!」
「え? 千に切り裂くのではなくて?」
料理ど素人…、いや、無知だった…。メリンダががっくり項垂れた。
「も、もういいわ…。ダン、この子に何かやらせてやって…」
食材を切り分けさせることを諦めたメリンダが、ダンに預けた。
「これ、焼く」
お肉の塊に程よい焼き目を付けて欲しいと、ダンがシアに鍋を預けた。
「分かりましたわ。焼けばいいのですね」
シアが鍋を見つめ始めた。ダンも違う作業に移っていく。
ほどなくして、
「なんか、焦げ臭くない?」
キーナの声にメリンダもそう言えばと顔を上げる。ダンが慌ててシアの様子を見に行く。
「焼けた?」
ダンがシアに尋ねると、何故か下の火の中から肉の塊を取りだしたシア。
「この方が良く焼けると思いまして」
お肉は暗黒物質に変化していた。
思わず膝を付くダン。かなりショックだった。
「あの、ほとんど無表情なダンに、あんな顔させるなんて…」
「恐ろしい子…」
キーナとメリンダも、後ろで震え上がっていた。
料理が無知過ぎて任せられることがなくなってしまった。
なので、サーガに預けることにする。
「貞操の危機を感じますわ!」
「誰がガキに手を出すか!」
そんなコントをしつつ、辺りを偵察する。
「料理できねー奴なんて本当にいるんだなぁ」
サーガやテルディアスでさえ、簡単なものならば作ることが出来る。ダンは例外だ。
「料理なんて、教えてもらったこともありませんわ」
「いやいや、今までどうやって生きてきたんだよ」
「お食事なんて、お金を出せば出てくるものでしょう?」
金持ち的考えだった。
「野宿は…、したことねーんか」
「あるわけありませんわ! 私、これでも一応王族なんでしてよ!」
王族だからか? 何か違う気もするが。
「王族のくせに1人旅か? 普通誰かお付きの者がいたりしねぇ?」
このサーガの問いに、シアがばつの悪そうな顔をする。
「あ、あなたなんかに答える義理はありませんわ!」
「いろいろ教えてくれたなら、テルディアスに良いように伝えてやるけど」
「実は私…」
チョロい。
シアがこれまでのことを話し始めた。
水巫女の試練を受ける為に修行していたシア。いよいよ試練を受けると帰ってみたらば、宝玉がなくなっていた。王に問い詰めてみれば旅の者が持って行ったと言う(王は貸し与えたとちゃんと言った)。きっといいように言いくるめられたりとか何か術をかけられて洗脳状態にあるのだとシアは思い(決めつけ)、止める王達の手を払って宝玉を取り返す為に王国を出たのだった。その時は王がきちんと2人付けてくれたのだったが、いろいろあってはぐれてしまったらしい。
一応それなりにお金を持たせてくれていたので、今日まで困ることはなかったのであるが…。
「へ~。金持ってんだ」
言い金づるかも、とサーガが問いかけるが、
「いいえ。今はもうありませんわ」
「はあ?」
「数日前になくなってしまいましたの。それからは親切な方に泊めて頂いたりしていましたわ」
サーガ、頭を抱えたくなった。
「その親切な方、お茶を勧めて来たりはしなかった?」
「ええ。何故分かるのです? でも混ざり物があったりしたので、それを取り除いて頂いていましたわ」
水の者は水に変な混ざり物があると気付くらしい。まあそれ、大体痺れ薬とかなんだろう。
「時折不埒な方もいらっしゃいましたけど、きちんとお話したら分かって頂けましたわ」
そのお話、無詠唱で水の力を使って脅したというんじゃなかろうか。
世間知らずが過ぎる。よくここまで無事に旅をしてこれたものだ…。
サーガは溜息を吐いた。
「そういや、あの最後の、あれなんだったんだ?」
最後にサーガに何かして来たあの術。体中を弄くられるような不快感。
「あれですの? あれは、まあ生者にはあまり使いたくはないのですけど」
生者?死者には使うのか?
「生き物の体は大半が水で出来ておりますわ。故に、私達が、まあかなり集中しなければなりませんけれど、意のままに操ることも出来ましてよ?」
サーガがぶるりと震えた。
「え、つまり、俺の体を操ろうとしてたってこと?」
「ええ。けれど、あなたは余程意思力が強いのでしょうね。動かし辛くてやりにくかったですわ。結局あまり意味を成しませんでしたし」
シアが溜息を吐いた。余程自信があったのだろうか。
サーガ自身の意思力だったのか、風であったが故なのか…。
(水が一番えげつなくね?)
その力を使われたら、同士討ちも容易くあり得る。しかも生者には、という注釈が入った。
戦場には死体が溢れている。そして新鮮な死体には水分も多く含まれていて…。
(死者の軍団…)
遠い昔にそんなお伽話を聞いたなと、サーガは思い出していた。
「あれ? 肉もうなかったっけ?」
よそってもらった器の中に、楽しみにしていたお肉がない。確かまだ一欠片余っていると言っていたはずだが。
「さっき炭になったわよ」
メリンダがちらりとシアを見た。
「おぅ…」
先程のお焦げ騒ぎはそれだったのかと、サーガは肩を落とした。
「言ってくれりゃ、獲りに行ったのに…」
「もう時間がなかったのよ」
お肉があるものとして準備を進めていたのだ。そこからさらに獲りに行ってもらって血抜きして解体してとなると時間が掛かりすぎてしまう。なのであえなく肉抜きの夕飯となったのである。
「私は焼けと言われたから焼いただけですわ」
「炭にしろとは言ってないわよ!」
メリンダが睨むも、シアはつんとそっぽを向いている。
(か、可愛くない…)
隣に座るキーナは素直でこんなに可愛いのに、それより年下の少女はまったく可愛くない。
属性によるものだけではないと思う。
テルディアスはいないが、皆が座って食べ始める。すると、
「これは? どういうことですの?」
シアの足と腰に、再び蔓が巻かれた。
ダンがサーガを見る。
「あ~、分かった分かった」
ダンの言いたいことを察したサーガが風を飛ばす。
少しすると、テルディアスが姿を現わした。
「テルディアス様!!」
シアが立ち上がろうとするが、動けない。
「外してくださいませ!!」
暴れても取れない。どころか余計に巻き付かれて余計に動けなくなった。
「テル、お疲れ」
キーナが空いている隣をポンポンと叩いた。
「ああ、すまんな」
ダンに向けて軽く頭を下げる。ダンは気にするなと頭を振った。
テルディアスが当然の如くキーナの隣に座る。
「テルディアス様! 私の隣! 私の隣も空いてますわ!」
シアが声を張り上げる。もちろんだがテルディアスは聞いちゃいない。
「テルディアス様~!!」
「うっせ」
突然シアの声が消えた。
パクパクと口を開け閉めするだけ。シアも驚いて余計に口をパクパクさせる。
便利だな~。
「これでゆっくり食べられるわね」
メリンダが器を口元に運んだ。
「はい。テル」
「ああ」
テルディアスも温かい食事にありつく。
慌てるシア以外、穏やかに食事を進めたのだった。
食事が済んで一服した後はお風呂タイムである。
「お風呂?」
声を戻して貰ったシアが首を傾げた。
「入らないの? 気持ち良いわよ」
「折角なんだし、一緒に入ろ?」
一応女性仲間ということでシアに声を掛ける。
「ま、まあ、良いですわよ」
テルディアスに飛びつかないように足首に蔓を巻き付けられたまま、シアも地下へと潜って行った。まるで連行されているかのよう。
「あなたも一緒なんですの?」
キーナに向かって問いかけた。
「そだよ?」
ハテナマークを頭に浮かべるキーナ。女同士で一緒に入る事に何かおかしなことがあっただろうか。しかし、メリンダは気付いた。
「どうして殿方が女性と一緒に入るんですの?」
止める事は間に合わなかった。
「僕…、こう見えても女の子です…」
最早定番となった返し文句。
「えええ?! 何故髪を殿方のようにしているんですの?!」
うん、その質問もよくされるよ。
この世界に来て、一時やはり伸ばそうかなと悩んだこともあったが、短いのに慣れてしまうと少し長くなるだけでも気になってしまう。メリンダも最初の頃は「伸ばしたら?」などと言ってもいたが、キーナカツラ事件などもあり「キーナちゃんは短いままで良し!」と言うようになった。
なのでキーナはずっと短いままなのである。
「まあ、いろいろあって…」
そう言葉を濁すと、何故か皆納得したような顔をする。
「そ、そうでしたのね…」
それ以降髪については何も言わなくなった。
皆何を勘違いするのだろう。
様子を見に行ったダンが戻って来ると、何やら水を温め始めた。
「なんだ? 茶なら飲んだろ?」
頷いたダン。そして何か準備を始める。不思議に思いながらも、テルディアスとサーガは見ているだけだった。女性陣が終わったら、次は男性陣の風呂タイムだ。
「出たわよ~」
「気持ちよかったよ~」
「テルディアス様~!」
メリンダが蔓の端をがっちり捕まえていたので、シアもテルディアスに飛びつくことは出来ない。
「放してくださいまし!」
「ダンから絶対に放すなって言われてるもので」
2人でふん!と顔を背け合う。
「おう、お帰り~。んじゃ次は俺達か」
立ち上がろうとするサーガ。ダンが女性達3人に座れと促す。
「どしたの?」
「何何?」
キーナとメリンダが腰を下ろす。テルディアスはその場から少し遠ざかった。
「あん、テルディアス様ん」
元凶が近い故。
「風呂上がり、良いお茶」
ダンが差し出した。
「あら、ありがとう」
「ありがとうダン」
メリンダとキーナは素直に受け取り、お茶を飲んだ。
「あ~、ほっとする…」
「うん、なんかほっとするわね~」
キーナとメリンダがお茶を飲んでリラックスした表情になった。
「ん」
シアにも差し出す。
「あ、ありがとう、ございます…」
2人の様子を見ていたシアも、素直に受け取ってお茶を飲んだ。
「あら、美味しい」
そのまま全部飲み干す。
「確かに、ほっとする味ですわ…」
シアが地面に突っ伏した。
(前にも見たわね、こんなこと…)
あの時は黄色い髪の男であったが…。
「なるほど。用意してたのはこれかよ」
サーガも思い出したのか、ダンを軽く睨み付ける。ダンは目を逸らした。
「寝たのか?」
テルディアスも恐る恐る近寄って来た。ダンが頷く。テルディアスは目に見えてほっとした顔をした。
「んじゃ、こいつ運んだら風呂に入るベ」
キーナ達もお茶を飲み干し、後片付けを終わらせると、男性陣は風呂へと入っていった。
そして、テルディアスもようやっと化粧を落としたのだった。
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