キーナの魔法

小笠原慎二

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黒い穴編

光の檻

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街道を通せんぼしている集団がいた。サーガ情報によると、その辺りを領地に持つ国が動いたらしい。

「国が動くとはよっぽどだな」

サーガが言った。
辺境の小さな村で起こったことなど、余程の事がなければ国が動こうとはしない。つまり事態はそれほど大事なのだということだ。
念の為暗くなるのを待ち、夜の闇の中、月明かりを頼りにそこを越えた。もちろんサーガ頼みである。

「風使い荒くない?」

サーガの文句は誰にも届かなかった。
十分に目の届かない所まで行き、ダンの地下宿で一行は休んだ。暗い中、突き進むのは危ないと判断した為だ。その穴がどこにあるのかも分からないので、下手をすれば飛んで行く間にうっかりなどという事故が起こる可能性もある。
夜が明けるのを待ち、明るくなってからその村への道を進んでいった。
通行止めをしていた集団はかなりの安全圏から注意勧告をしていたようである。その道が一本道だったせいもあるかもしれない。そろそろ太陽が天頂に近くなるくらいまで歩いた時、それは木々の向こうに見え始めた。

「大きい…」

キーナが呟いた。
他の皆もそれを見上げ、息を飲む。
ただ黒い、暗いだけの、穴と呼べるのかも分からない球体が、ある。小さな山と言っていいほどに大きいそれ。キーナが足を早めた。
街道の先に森が開けた所が見えた。問題の村だろう。人の気配は全くない。どころか、気付けば周りから生き物の気配が消えていた。あの穴の危険性を感じ取っているのか。
村へと入って行く。穴は村を飲み込み始めていた。奥にある家屋が、じわりじわりと穴に飲み込まれて行っている。

「気味が悪いな…」

風で穴のことを探っていたサーガが呟いた。
それがなんであれ、風であれば某かの情報を探ることが出来るはずなのに、目の前の穴は風さえも触れることができない。というより、触れる先から消えて行く。なんの情報も読み取れない。

「燃やしてみる?」

メリンダが指先に炎を灯した。

「多分無理だと思うけど、やってみる?」

キーナが穴を指さした。
メリンダが物は試しと、少し大きめの火の玉を作り、穴に向かってぶん投げた。
火の玉は穴に吸い込まれて消えた。メリンダは背筋が寒くなった。

「危ないから、皆はここで待ってて。なんとかしてくる」
「なんとかって、あんなのなんとかなるのかよ」
「するしかないよ」

珍しく真剣な真面目な顔をしたキーナが、1人穴に向かって足を出す。

「待て」

テルディアスがキーナの肩を掴む。

「1人は危ない。俺も行く」
「テル…」
「だったらあたしも…」

言葉を紡ぎかけて、メリンダが口を噤む。
なんとなくキーナとテルディアスの間に流れる空気の邪魔になると思った。

(く…、入れない…。2人の間に入れない…)

ちらりとサーガを見ると、どうやらこの空気を感じているのはメリンダだけではなさそうだった。
少しの間見つめ合う2人。キーナが視線を落とした。そしてメリンダを見上げる。

「メリンダさん、ごめんね。ここで待っててくれる?」
「ううう、うん! 待ってるわ!」

メリンダがコクコクと何度も頷く。キーナは軽く笑みを浮かべると、テルディアスと手を繋いで歩き出した。

「珍しいな…。最早習慣化したのか…?」
「自発的に手を繋ぐなんて…」

サーガとメリンダが自然に手を繋いで歩く2人を見て感想を漏らす。
サーガは少し呆れたように。メリンダは感動しているのか、口元に手を当てて目が潤んでいる。まるで成長した我が子の様を見る母親のようだ。いや、ただ萌えているだけかもしれない。
ダンは無表情のままだ。こいつはいつも通りだ。

キーナとテルディアスが並んで穴へと歩み寄る。数メートル手前で足を止めた。
キーナが空いた右手で胸元を押さえ、深呼吸をする。

「俺が止めてやる。全力でやれ」

キーナの不安をテルディアスは察していたようである。
今までほとんど無意識でしか使っていなかった光の力を、初めて意識的に、大々的に使う。その不安と緊張で胸がドキドキしている。
テルディアスを見上げる。いつもと同じ優しげな瞳がキーナを見つめていた。

「うん。やってみる」

緊張で強ばっていた顔が、少し緩んでいつもの笑顔になった。
穴に顔を向ける。少しずつ穴は大きくなっている。
穴のことを聞いた時から、不思議と光の精霊の気配を強く感じるようになっていた。きっとこれはこの役目を果たせということなのだろう。
穴を塞ぐことはキーナには出来ない。だから、キーナがやるべきことは。

「力を、貸してね」

精霊に向かって呟いた。
目を閉じ、光の精霊により強く意識を向けていく。光の精霊と繋がっていく感じが強くなっていく。彼らもキーナに協力したいと思ってくれているのだろう。
キーナの身体が淡く光り始めた。髪も白くなり、長く伸びていく。
テルディアスは見ていた。邪魔をしないように、ただ黙って見ていた。
キーナの身体の光が強くなっていく。強い輝きなのに不思議と眩しくない。それにキーナの姿もよく見える。
離れていたサーガやメリンダやダンも、キーナを見つめていた。
無事に事が終わるように祈りながら。
キーナが目を開けた。そして穴を睨み付ける。

「全ての力の源たる2柱の1つ光の力よ」

キーナの口から言葉が滑り出てくる。聞いた事のないその詠唱に、テルディアスも驚きを隠せない。

「我が言葉 我が願いを聞き届け その力を顕わし給え」

キーナが右手を空へと掲げた。

「 ガム

何故か、精霊の名を冠する所の言葉が、テルディアスには聞き取れなかった。

ガキュン!!

穴の全てを覆うように、光の檻が現われた。まるで巨大なサッカーボールのように、細かい光の六角形が無数に、規則正しく並んで穴の周りを全て囲い尽くしていた。
よく見れば、穴の進行が止まっている。

「キーナ…」

良くやったと声をかけようとしたテルディアスだったが、その前に倒れそうになっているキーナの身体を抱き止めた。
キーナの身体から光は消え、髪も元通りに戻っている。
そして、眠っていた。

「良くやったな…」

テルディアスは軽く、その頭を撫でてやった。














「戻った…」
「戻ったぞ…」
「封印が解けた…」
「光が、力が戻った…」

光の宮でなにやら喜ぶ者達がいた。
以前テルディアスを間違えて攫って来た時に、切れたキーナにその力を封印されていた、上位6人である。
そのうちの1人は大神官を務める者であった。
力を封印されていた間、元々力が強かったこともありそこまで邪険に扱われるまでもなかったが、やはり力を使えないことで肩身の狭い思いをしていた。
大神官はほとんど形ばかりのものとなり、その権力は日増しに弱くなっていく。

力を封印されていた間は、その次に強い者が皆をまとめ、なんとか光の宮を維持していた。
しかし改めて光の御子を宮へ連れてきた際、やはり逃げ出した光の御子を追っていたら、何故か宮から出火。四大精霊の力は呼吸をするように容易く使える光の者達だったのだが、何故か火の精霊は光の者達の言うことを全く聞かず、宮は全焼失してしまったのだった。
この不可解な出来事に不安を強くした光の宮を支持してくれていた者達から、協力の名の元に資金を集め、宮を復興。なんとか形は整える事が出来た。
その矢先に大神官達の力が戻ったのである。

「これも光の神のご意志だ!」

光の宮が動き始めた。
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